第15話

 最後のおまじないですよ、と誤魔化して私は出来上がったアリサさんのマフラーに吐息を吹き込んだ。彼女も同じようにふぅっとする。私の魔力に反応した妖精が出来立てのマフラーの新しさに精彩を加えてグレイのそれはやっと出来上がった。五日目だった。

 やっぱり妖精に頼んだ所為かすらすらとマフラーは長くなり、一メートルと少しぐらいになった。編み始めの所と編み終わりの所にボンボンに付けてみると、ちょっと軽い感じになって、貴族らしさは無くなるけれど優しいお父さんさは増す。


 留めるためのブローチも作っていると、ナターシャさんがお茶を持って来てくれた。このところコスタス様は忙しくて、お茶は一緒にしてくれない。だけど私もアリサさんとお喋りをしながら色々聞くのは楽しいので、今の所困ってはいない。貴族の教養を彼女から習っている状態だ。十歳の彼女は父親の仕事も把握していて、ちょっと遠出になるこの領地に来るのも楽しみにしていたのだと言う。

 明日は馬車で街に出て、好きな毛糸をお土産用に買うつもりだ。夏にまた来た時にはレース編みも教えてみよう。あれは指と糸があれば出来るから、編み物よりもっと簡単だ。もっともその前に編み方を忘れないようにいくつか習作も作るつもりらしいけれど。母親の具合が良くないらしいので、編み棒をあげればそのまま妖精もついて行くだろう。そうして温かい肩掛けでも作れたら万々歳だ。その辺りの契約は、アリサさんが眠っている間に妖精としてある。報酬は朝のパンを二つ。


 ナターシャさんはいつもちょっと多めに焼くし、最近はアリサさんの分も作るのでちょっと余り気味なのだ。それを渡せば良いだろう。焼き方が上手くなったバターロールは垂涎ものだ。バターロールって卵を塗った所が真っ黒だと思っていたから、驚きも同時に。

 それでもリリーさんやナースチャさんよりは手先が器用だと言うのだから、パンの道は険しい。思いながらラムキャンディをスプーンで溶かしていると、スコーンに手を付けたアリサさんが丁寧にクリームを延ばすのが見えた。スコーンの正しい食べ方も解らなかったので、十七の手習いである。ジャムを付けてはむっ。んーっ、とアリサさんは嬉しそうに声を出す。


「バターの風味が効いてて美味しいっ。ジャムもこのおうちで作ってるの?」

「はい、夏にベリー詰みの人を雇って一気に加工するんだそうです。お砂糖は入っていないけれどこの辺りのベリーは元から甘いらしくて、お気に召したなら何よりです」

「美味しい! こうやって冬までもつって凄いよね! それに領主が仕事を斡旋できるのは良いことだってお父様も言ってた! 今回の堤防作りは場所によって工夫を出す方が変わるって言ってたけど、なるべく均等にしなきゃなって」

「アリサさん言ってることが難しい……帝王学と言うものでしょうか……」

「私一人娘だからいつかは女子爵にならないといけないんだって! だからお父様のお手伝い出来るように色んな事を教えてもらってるんだー! サーニャお姉ちゃんはどこから来たの? 一族からの推薦?」


 本当に難しいこと喋る子だな、思いながらほぁーっと息を吐いてしまうと、ねーねーと肩を揺さぶらせる。紅茶が零れそうになって、慌ててテーブル代わりのワゴンに乗せた。何の濁りもない目に見詰められて、私は困ってしまう。昔の事はあまり思い出したくない。伯爵令嬢だった頃のことは特に。でもそれを分かってくれる相手ではないから、溜息を吐いて素直に白状する。


「私は南の、リョーリフ領の人間でした」

「リョーリフ領? ……伯爵様じゃなかったっけ、そこって」

「はい」

「サーニャお姉ちゃん、伯爵様の子供だったの?」

「はい、一応」

「うわっ、うわわわわっ」


 慌てて私の肩をゆすっていた手を放し、アリサさんはぴょんっと座っていたベッドから飛び降りて私に跪く。なるほどこれが貴族教育のなせる業なのか、思いながらスンッと頭から血が下りて来るのを感じる。今までと違う扱いをされるのは嫌いだ。たとえ子供であろうと、突然頭を垂れられるのは、具合が悪い。


「知らずのこととは言え失礼をしました、サーニャ様、あっとアレクサンドラ様? どうか子供の戯言と受け取っていただければ幸いです、申し訳ございません」

「アリサさん。今の私はリュミエール男爵夫人のサーニャです。アレクサンドラ・ド・リュミエール。子爵令嬢のアリサさんの方が上位ですよ」

「で、ですがっ」

「それに私は嫁に出る際一切の未練は断ち切れと言われています。要は勘当ですね。ここを追い出されたら寄る辺の無い、ただのサーニャです」


 恐る恐ると言った様子で顔を上げるアリサさんに、にっこり微笑みかければ、ほわーっと彼女はへたり込む。でも慌てて立ち上がってドレスのスカートをぱしぱしと叩き、埃を掃った。それからちょこんっと私の隣に戻って来てじぃっと見上げてくる。首を傾げると、その眼がきらきらしているのが分かった。


「ねぇねぇ、サーニャお姉ちゃんはどうしてそこまでしてコスタス兄さまを選んだの? 男爵って一番位が低いんだよ、貴族の中でも。ここは農作物と乳製品で成り立ってるけれど、農民が離れないように努力はしているってお父様に聞いた事があるわ。サーニャお姉ちゃんはコスタス兄さまの、どこが好きで移り住んできたの?」


 うっ。

 子供は痛いところ突くなあ。


 別に積極的な愛情があったわけではなく、流れに任せていたらいつの間にか男爵夫人としてここに座っていただけだ、私は。悪いようにはしないから。確かにコスタス様は私に許可なく指一本触れようとしないし、紳士な方だ。でもどこを愛しているとか好きだとかは、考えたことがない。

 私はあの人のどこが好きなんだろう。

 うーんと考え込んでしまうと、アリサさんにくすくすと笑われてしまった。

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