巡り綴り、昔日と為り

あの日からいくつ夜を数えただろう。

机上にぽつんと置かれた卓上カレンダーに視線を投げやり、そっと息を吐いた。

閃光にも遠からぬ、長くも短い時間を経て、漸く目が眩む程の闇夜を抜けた。

窓から吹き込む薄ら寒い夜風が頰を撫で、部屋の空気を均して行く。

夕闇は徐々に沈みゆき、夜の帳が下りてくる。

ぱらぱらと揺れていた日記帳が音を立ててぱさりと蓋を閉じた。

椅子の引く音、窓の閉まる音、微かな足音、そのどれもが並んで、静かな夜へと沈んでいく。

何の変哲もないただの日常の一幕も、今はどうしてか寂れているように思えて。

温もりを探したくなって、1人、照明を落とした。

ぱちん。暗がりの運ぶ音階が、夜を寂しくしていたその調子が、夜闇の奥にいるはずの今を朝焼けにも似た温度に染め上げて、それがひどく暖かかった。

暗闇で視界が隠されると、普段とは違ったものが見えてくる。

だからだろうか、やけに色々と考えてしまうのは。

幾度もなく夜闇に不安を感じてきたくせに、今はどうしてこんなにも___?

…考えたって、わからない。わからないなら、きっと、それでいい。

だから、もっと違うことに目を向けた。

ねえ、明日は何をしようかな。

久々に訪れた静かな明日を、次はどう使おう。

どんな風に息をして、どんな場所に行って、誰に会おうか。

何を見て、何を知るのか。それもきっと、私たちの自由であるに違いないから。

それを知っている。知ってしまったが故に、戻れない。戻りたくもない。

そうやって、今日に向き直り明日を見てまた進んでいく。そのうちに、明日は今日に、今日は昨日へと変遷していく。

そんな風に歩みを進めていけば、いつかはあの日も昔日となり、振り返る間もなくまた明日がこの世界を覆い尽くして広がっていく。

それでいい。

明日は、私たちのこの手にある。逃げることなく待っている。

だから、歩みを止めないで。

闇夜を抜けて、その先でまた。

失くした思い出に、逢いに行こう。

少なくとも今は、そう思えるのだから。

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