冠雪小咄

美夢るる

7番目の小咄

言葉探し、四季の折にて

寒風がそっと吹き抜けては頬を掠め流れ落ちる。

息を吐いたのは落胆か、或いは。

或いは、ほんの迷いか。そんな思考を脳内の隅に捨て置いて、見慣れた家路をぼんやりと辿る。

不思議だ。何が不思議って、そう、何もかもが、全て。

こんな景色、見ることもないと思っていた。

こんなにも広い世界を、この目で見ることができるのかと。

ほんの少しの昔には、考えもしなかった。

不満だとか不快だとか、そんな感覚は不思議なほどに存在せず、何だろう、この暖かい感覚は。

どんな言葉にすれば、この感覚は、この心は、誰かに、あの人に、表せるのだろうか。伝えられるのだろうか。

嗚呼、不可解だ。

どうしてだろう。言葉というものは、心というものは。

知れば知るほど、足りなくなっていくような気がした。

どうして、こんなにも。こんなにも、何もかもが、溢れて零れてしまいそうなんだろう。

振り返った帰路、その景色はやけに色彩で溢れている。

その先に手を伸ばしかけて、ふと。気付いた。

「あ」「…私、生きてるんだ」

伝えたい言葉には、足りる気がしないけれど。

あの日。あの時まで、ずっと亡霊だった私が、初めてその瞳に映って。

初めて、“言葉"をくれたこと。

初めて、手を取ってくれたこと。

初めて、初めて。

初めて、「わたし」を見てくれて

初めて、わたしが生きていることを知った。

あの景色に透けて消えてしまうことはない。

凍えるほどに冷たくとも、誰にも知られず朽ちることはない。

「……はやく、帰ろ」

家に帰って、早く、はやく、言葉にしよう。

口に出さなきゃ、分からないから。誰よりも、私が。

冬風吹き抜ける寒空の下、四季の折に日は暮れなずむ。

坂を駆け降りるには寒すぎて、手元はどうも真っ赤だけれど、

………ま、それはそのうち。

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