花束(ブーケ)

シンカー・ワン

罪な届け物

 晴れて三十路を迎えた記念にと、気の置けない友人たちが開いてくれた祝賀会。

 ほろ酔い気分で今の住処すみかである賃貸マンションへと戻ったアタシを迎えたものがあった。

 それは郵便受けに差し込まれた、アタシの誕生花で作られた小振りの花束ブーケ

 ――こんな気障キザな真似をするような相手、心当たりがあるのはひとりだけ。

 記憶の中から、アイツの顔が鮮やかに浮かび上がる。


 出会ったのは大学一年の時、サークル活動で。

 夢見がちでいっつも笑ってて、そのくせ変なところで小粋な振る舞いをする、捉えどころのないおかしな奴。

 話術が上手いわけじゃない、ルックスなんて十人前。

 恋愛対象になんて、とてもとても。

 ……だけど、なんとなく気が合って。いつの間にか付き合ってて、気がついたら一緒に暮らしてた。

 気を遣わなくてもいいアイツとの生活はとても居心地が良くて、このまま続いていくのだろうってなんとなく思っていたなぁ。


 そんな気持ちがズレはじめたのは、大学を出たあと。

 アタシは就活に励みそれなりの会社に何とか入れたが、アイツは定職に付く事無く、アルバイトをしたりしなかったりのフリーターに。

 遊び呆けている訳でなく、それなりに働いてはいるアイツに対して特に思うところはなかった。

 ただ、らしいなぁって感じてただけ。

 アイツのことを気にするより、学生から社会人という、新しい環境に馴染んでいくのに必死だったから。

 でも、仕事を覚えそれにやりがいを感じ楽しみだしてから、アイツへ向ける目が変わってしまった。

 グループの一員とはいえ、わりと大きな案件を任され、それを成し遂げることに追われ、仕事が楽しいとか感じられる余裕がなくなっていた時、自分の好きなことだけをやって笑っているアイツの姿が癇に障るようになっていた。

 あとはもうお決まりのコース一直線。

 日々募るストレスの捌け口をアイツにぶつけるようになり、口論が絶えなくなった。

 だけど、アタシがどんなひどいことを言っても、アイツは少し困った顔をして聞き流すだけ。

 でも、ある夜、恒常化していた口喧嘩――と言っても、アタシが一方的に言い散らかすだけ――の最中、アタシは決定的な言葉をぶつけてしまう。

 アタシとアイツとの仲で、不文律であった言葉を。


 次の日、会社から帰ったら、玄関ドアの内側にアタシの名が書いてある封筒が落ちていた。

 新聞受けから室内へと入れたのであろうそれの中には、少し右上がりになるアイツのクセのある字で 「楽しかった。元気で」と書かれた便箋一枚とアパートの鍵。

 ふたりの部屋から、元から少なかったアイツの荷物は綺麗サッパリ無くなっていた。

 出会ってから六年、二十五の歳、アタシとアイツは別れた。


 それ以来、アイツとは会っていない。

 どこで何しているのかは知らない。いや、知ろうとしていない。

 別れてから五年の時間が経ってる今、落ち着いた気持ちで当時を振り返れば、一方的にアタシが悪かったのが判る。

 責めたてていたのはいつもアタシで、アイツは一度たりとも文句らしいことを言い返してこなかった。

 ――あの、手ひどい言葉を投げつけた夜でさえ、アイツは少し悲しそうな顔をしただけ。


 アタシはアイツの傍らの居心地の良さに甘えていただけで、アイツを甘えさせてあげられてはいなかったのだと、居なくなってずいぶんしてから気が付いた。

 アイツの方が、アタシよりもずっと大人だったということ。

 若かったのだと思う。……ん、いや、今だってアタシは若い。アラサーはまだ若い。

 ――あの頃は気持ちが、心が若すぎたのだ。

 別れてから二回引っ越し、勤め先も変わった。

 一緒に暮らしてたあのアパートから、ずいぶんと離れたところで、今は暮らしてる。

 束の間の相手がいたこともあったけど、ずっと、ひとり。

 

 スーツという武装を解き、化粧という仮面を外し、シャワーで今日を洗い流す。

 自宅に戻るなりかかってきた、大学時代からの友人の電話。それで花束の謎は解けた。

 数日前、出先で偶然アイツと出会い、旧交を温めあっているうちにアタシの現状いまを伝えたという。

 余計なことをと思う反面、アイツがどうしてるかが知れて嬉しかった。

 アイツが今も変わらず、アイツのままらしいのが、ただ嬉しかった。

 部屋着という名の寝間着に着替え、キッチンからアイツも好きだったロゼのワインと、グラスをひとつ手にとって、リビング兼寝室へ赴く。

 酒の肴はチーズと……アイツとの思い出話にしようか。

 花束プーケ添えてあったカードには 「誕生日おめでとう」 と、例の右上がりの手書き文字。

 五年もの間、何にも音沙汰なかったくせに、しれっとさぁ。困った奴だよまったく。

 カードを手にとって見つめていると、胸の奥がほんのり熱くなる。

 アイツからの気障な贈り物に、久しく忘れていたアタシの中の女がときめく。

「――ったく。罪なこと、してくれちゃってさ」

 苦笑いしながらそう呟き、ワインをグラスに注ぐ。

 どこかに居るアイツにグラスを傾け、それからそっと口を付ける。

 ワインは甘く、そしてホンの少し、少しだけ切ない味がした。

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