第14話 キャプテン・ファーマー

 とりあえず犯人捜しなんかよりも、現状を復帰するほうが園芸部としては重要だ。

 被害に遭った畑は一つだけだから、大きな影響は無いと言えば無いんだから。

 ただ見栄えが悪いから、なんか適当に植えとけばいいだろ。

 ぼくはやる気のない顧問に形式的な報告した後、部室に向かおうと階段を降りていた。

 踊り場に差し掛かったその時、ぼくの爪先は何かをカラン、と蹴っ飛ばした。


「……?」


 階段にはポツポツと、赤い点が続いている。

 背筋に悪寒が走った。ぼくはこの色を知っている。

 ぼくが蹴ったのは、刃の飛び出したカッターナイフだ。

 カッターナイフは大小あるけど、これは小さい方。

 赤い汚れがべっとりと付いていた。


「なんだこれ。……血?」


 なんで血の付いたカッターナイフが階段に落ちてるんだよ。

 ぼくは恐る恐る階段を少しずつ降りる。


「おいおいおいおい! 何だよこれ!」


 無造作に突き出した足。手すりを越えて覗き込むと、血だまりの中でうずくまっているのは、なんとまあ、槍ヶ岳くんじゃありませんか。


「おい槍ヶ岳! しっかりしろ!」


「うう……」


 槍ヶ岳の後頭部に触れると、べっとりとした血がこびりついた。

 出血量じたいは多くないけど、頭とは場所が悪い。

 どっちにしろ辺りは血の海だけど。

 ほら、ぼくが二〇〇CCのトマトジュースをぶちまかした時よりは少ない程度。

 ぼくは上を――カッターナイフのあった辺り見た。

 何者かに斬りつけられて階段を転がり落ち、そして壁に頭を打った。

 そんなところだろうか。

 頭を打っているなら、不用意に動かすべきじゃない。

 すぐに救急車を呼ばないと――


「きゃあああああっ! ひ、人殺しっ!」


 真っ青な顔で悲鳴を上げたのは、野球部マネージャーの神戸さんだった。

 なんてタイミングだよ。


「違う、ぼくじゃない! そりゃ検討はしたけど、最終的に殺さないことにしたんだ! ぼくが殺したんじゃない!」


「……勝手に殺すんじゃねえ。ちょっと頭を打っただけだ。つか、恐ろしいやつだなお前は」


 槍ヶ岳が目を覚ました。ぼくは生まれて初めて、槍ヶ岳の生存を感謝した。


「悪いが山口、保健室に連れて行ってくれ」


「わ、わかった。それからぼくは山田だ。覚えろ!」


 ぼくはハンカチを取り出すと槍ヶ岳の傷口に押し当てた。

 手にも切り傷があって、それは神戸さんのハンカチを握りしめてもらう。


「おい、アイ」


「な、何!?」


「カッター、拾っておけ」


「…………うん」


 まあ、あれを転がしておくのは物騒だもんな。

 ふらつく槍ヶ岳を立たせると、肩を貸しながら保健室を目指した。


「ちょっと、どうしたのよ!」


 保険医は青くなって槍ヶ岳に駆け寄った。


「ちょっと階段から落ちちまって。すいませんけど、ちょっと包帯とか巻いてくれませんかね」


「いいからこっちに早く!」


 槍ヶ岳の傷は見た目ほど重傷ではなく、頭を軽く擦りむいた程度だった。

 そして槍ヶ岳は、保険医に何を言われても階段を踏み外した、としか言わなかった。

 カッターのことなど一言も言わずに。

 あれはいったい何なんだ?


「とりあえず少し横になりなさい。もし気分が悪くなるようなら、すぐに呼ぶこと! あなたたち、悪いけど付いていてあげて。斉藤さんも何か気付いたらすぐ知らせてね」


 そう言って保険医は出て行った。


「斉藤さん? 今日は休みのはずだけどな。名前を間違えたかな?」


「いいえ、わたしはここよ」


 ベッドのカーテンが音を立てて開き、中から顔を出したのは当の斉藤さんだった。


「朝からちょっと調子が悪かったから、保健室にずっと居たのよね。面白そうなことになってるみたいじゃない?」


 *


 斉藤さんは朝から学校に来ていて、昼休みに竜宮院たちから事のあらましを聞いていたらしい。

 こいつら仲良いなあ。クソ。

 その後のことを話すと、斉藤さんは何やら合点がいったようだ。


「さて、山田くん。あなたは勘違いをしているみたいだけど、畑荒らしと槍ヶ岳くんの件はまったくの別件なのよ。そんな連続した事件は推理小説の中だけだわ」


「別件?」


「とりあえず畑のことは置いておきましょう。今は忘れて。とりあえず……そうね。槍ヶ岳くんを切りつけたのはあなたね、神戸さん」


 おおっと。いきなり確信に触れたぞ。


「どうして……そう思うの?」


 神戸さんの顔に動揺が走った。目が泳いでいるし、落ち着かない様子で身体のあちこちを動かしている。


「あなたは槍ヶ岳くんの女癖の悪さが嫌で、階段の踊り場で問い詰めた。違うかしら?」


「…………」


 どうやら図星らしい。


「言い合いの結果、カッとなってカッターナイフで斬りつけ、そのまま槍ヶ岳くんは階段を転げ落ちたのよ。気絶した彼を死んだと思ったあなたは、たまたま通りがかった山田くんを犯人に仕立て上げるために悲鳴を上げた。違うかしら?」


「違うわ!」


 叫ぶような声だった。


「じゃあ、何なの?」


 神戸さんは斉藤さんの視線に耐えられなかったのか、目をそらして絞るような声で続けた。


「……違わないわ。でも、当たっているのは半分だけ。私は……最初からミツルを――」


「言うな!」


 ベッドの上で声を上げたのは槍ヶ岳だ。


「俺は足を踏み外して階段を転げ落ちた。それでいいだろ!」


「でも私は!」


「いいんだ。何も……何も言わなくていい」


 槍ヶ岳は神戸さんをしっかりと抱きしめた。


「ミツル……?」


「俺が……俺が悪かった」


 何だ? 何が起こっている?

 ぼくには丸っきり訳がわからなかった。

 訳のわからないまま、斉藤さんに引っ張られるようにして、ぼくは保健室を出ることになった。


「動機とトリックを何もかも犯人が白状するなんて、それこそ二時間ドラマの中だけだわ。探偵が全てを解決するのも、ね。とりあえず今回は三ポイントかしら」


 斉藤さんは一人で納得している。

 ぼくには何が何だかさっぱりわからない。


「誰か説明してくれよ!」


「んもう。空気読んでよ」


「無茶言わないでくれ。消化不良感が半端じゃないんだ」


 斉藤さんはため息をつきながら、長い髪を払った。


「あの二人の口から真実が語られる事はないわ。だから、これはわたしの推測。それでもいい?」


 ぼくは迷わず頷いた。


「神戸さんは槍ヶ岳くんの女癖の悪さに辟易していたのね。それで、雲雀ヶ崎さんとの件を……おそらく睦月さんから聞いたのよ。その睦月さんも槍ヶ岳くんと噂があった。これは覚えてるわよね?」


「うん。でも、デマだったろ?」


「事実かどうかは重要じゃないのよ。神戸さんの不安をかき立てるのには、その噂だけでじゅうぶんだった、って訳。さて、根本的な原因は何だと思う?」


「わからん」


「少しは考えなさいよ。あと、もっと周囲に興味を持って」


「次から頑張る」


 斉藤さんはひどく呆れた顔をしていたけど、ぼくの脳からは可能な限り槍ヶ岳を追い出したいんだよ。


「槍ヶ岳くんがモテ過ぎる、ってこと。エースで四番もそうだし、ハンサムで背も高いし、家もお金持ちだもの」


「世の中クソだな! ブルジョワジーを粛正して、世界同時革命を――」


「まあまあ、そんなに赤くならないでよ。男の嫉妬はみっともないわ。さて、槍ヶ岳くんの人気を下げて独占しようと思ったら、神戸さんは何をするのが手っ取り早いかしら?」


 ぼくはハッとした。まさか。まさか。


「まさか、怪我をさせて四番を降ろす……?」


「ご名答。でも勢い余って槍ヶ岳くんは階段から落ちた。あとは、さっきのわたしの推理通り。槍ヶ岳くんが死んだと思って、通りがかったあなたに罪を着せようとしたのね」


 ひええ。女って、怖いなあ。


「でもまあ、あの様子だと槍ヶ岳くんも、多少は反省したんじゃないかしら? 最後まで神戸さんを庇っていたでしょ」


 確かに、そうであれば良いことだ。

 どんな楽天家でも、あの怪我は自業自得としか言い様がない。

 それだけ神戸さんの気持ちが強かったのかもね。

 だとすれば、変わるかもしれない。

 でも、ぼくの口は気持ち通りには動いてくれなかった。


「さあね。人間、そう変わらんものだよ」


「かもねえ」


 ぼくの表情から本音がダダ漏れだったのか、斉藤さんは苦笑いしていた。

 とりあえずこれで、槍ヶ岳退治のミッションは終わった……のかな。

 いや、本題がまだだ。

 そもそもたった二日で捨てられたことを、斉藤さんはどう思ってるんだ。

 ぼくは楽しそうな顔で靴を履き替える斉藤さんを見た。


「ねえ斉藤さん。好きでもない相手と付き合える?」


「何の話?」


「槍ヶ岳が斉藤さんを二日で捨てた件について」


「ああ、それね。もういいわ」


 鼻歌なんか歌っちゃって、とても楽しそうだ。

 でも、ぼくは違和感を感じた。


「もういい? 元カレが次々と女を取っかえ引っかえしてて、何とも思わないの? それとも――」


 ぼくは言葉を切った。


「付き合うのはただのファッション、だとでも?」


「ふふっ。高校生の恋愛なんて、そんなもん――」


 ぼくの顔に気付いたのか、斉藤さんは真剣な顔をしてぼくと視線を合わせた。


「……付き合っているうちに好きになることもあり得るでしょうね。ケースバイケースだと思うわ。そこに文句を言ったらお見合いなんて成立しないと思わない?」


「そんなもんかね」


「ええ。ただ、わたしに見る目が無かったのは確かね」


 つまり、斉藤さん自身は槍ヶ岳の事を好きではなかった、ということかな。

 そうは言っても、やはり禊ぎが必要だとぼくは思うんだ。


「ごめん、忘れ物。そもそもぼくは部活に出なきゃいけないんだった。斉藤さん、先に帰って」


「ええ、またね」


 ぼくはきびすを返すと、保健室へ向かった。

 槍ヶ岳にシャイニング・フィンガーを食らわせてやるんだ。

 もちろん気絶しておしっこ漏らすまで。

 無論洗濯は自分でやらせる。

 当然だろう、斉藤さんをたった二日で捨て、雲雀ヶ崎を怖い目に遭わせたんだから。

 あの程度で終わりにして、ちょっといい話っぽくしようなんて、そうは問屋が卸さない。

 お前との取引は現金のみなんだよ!

 革命の時は来た! ブルジョワジーを粛正し、我々プロレタリアートの社会を建設するのだッ! これは正義の戦いだッ! 粉砕ッ!


「くぉら槍ヶ岳!」


 ぼくは扉を壊しそうな勢いで開ける。


「……おやまあ、みなさんお揃いで」


 槍ヶ岳が神戸さんといちゃついているくらいなら予想の範疇だったさ。

 その時は股間に大回転キックをお見舞いしてやるつもりだったんだ。

 でも、さすがにこれは予想できなかったなあ。


「ああん? なんだテメェ!」


「出てけや。ぶっ殺すぞコラ!」


 槍ヶ岳と神戸さんを取り囲んでいたのは、以前雲雀ヶ崎に乱暴しようとした四人組だった。

 斉藤さんいわく、雑な実働部隊。

 お見舞い? いや、それはないでしょ。

 カッターナイフに釘バット、自転車のチェーンにメリケンサック――雑誌の通販記事でいまだに見る――という重武装なんて、ただのお見舞いには必要ない。

 なんともまあ、治安の悪い学校だこと。

 ここだけ今も昭和なのか?

 なんとかハイスクールロケンローなのか?

 集団で袋叩きが男の勲章なのか?

 槍ヶ岳は神戸さんを庇うように、壁際に追い詰められていた。

 ふうん、ちょっとは男らしいところあるじゃんね。

 まあどっちにしろ、いつかこうなるだろうな、とは思ってたけど。

 なんともまあ、最悪のタイミングで踏み込んだもんだ。

 でもまあ、こいつらの気持ちもわかるかな。

 こいつらにしてみれば、借金踏み倒されるようなものだし。

 今までさんざん利用させてやったんだから、ケジメを付けろと思うのも無理はない。

 こいつらが居なければ、槍ヶ岳はピンチの女の子を助けるヒーローになれなかった訳だし。

 ううん。それどころか、もしかしたら野球部で四番になったのも、こいつらの手を借りたのか? なんて邪推もしたくなる。

 報酬が何だったのかは気になるけどね。

 金か、あるいはもっとゲスな何かか。

 だとしたら全くもって同情はできないな。

 だから最初から悪党の手を借りちゃだめなんだよ。

 自業自得といえば自業自得。

 勉強になったかな? 槍ヶ岳クン。高い授業料だね。

 でも、さすがに重武装過ぎるよな。

 このままだ普通に死ぬ。

 こういうやつらって、加減を知らないからな。

 竜宮院があれだけ重装備だったのにも納得がいくよ、こりゃ。

 ぼくに武器はない。あるのは拳だけだ。

 どうやらぼくの必殺拳を使うときが来たらしい。

 何を隠そう、店長は『北斗の拳』を全巻持っている。

 ぼくも借りて読破したから、ある意味北斗神拳伝承者だ。

 この技は危険すぎるから封印したんだけど、やむを得ない。

 深呼吸をして精神を統一する。

 見える、見えるぞ。


「ほぉ~、あたあっ!」


 ぼくは全身の力を込めて、拳を突き出した。

 目立つ赤ランプのすぐ下、アクリルカバーで覆われた火災報知器の経絡秘孔に。

 これが究極奥義、非常警報発報拳。相手は死ぬ。

 非常ベルが全館に鳴り響く。

 職員室の防災盤に、この報知器の番号が表示されているはずだ。

 遠からず教職員の誰かがここに駆けつける。

 まあ、ボタンを殴りつける必要は無いんだけどね。

 アクリルカバーごと普通に押すだけでいい。


「てめえ山口、何してやがる!」


「ヤバいぞ、コイツと竜宮院は頭がおかしいって評判なんだ! 常識なんて屁とも思ってねえ!」


「関わるとろくな目に遭わねえヤツだ!」


「逃げろ!」


 四人組は逃げるようにして走り去ったけど、後にはボタンを押したぼくが残される訳で。

 あと、ぼくは山田だ。


「大丈夫よ、私が事情を説明するから。証拠もバッチリ」


 神戸さんが携帯端末をぼくに見せてきた。

 カメラで武器を持った四人組がバッチリ写っている。

 これじゃああいつらもただじゃ済まないだろうな。

 下手すりゃ停学、最悪退学だ。

 というか、そもそもあいつらが学校にいる時点で色々おかしいんだよ。

 刑務所に行け、刑務所に。


「山口……ありがとうな」


「山田だ、つってんだろ。死ねよ槍ヶ岳」


「ああ、いつかジジイになったらな。お前がいなければジジイにもなれなかった。ありがとう」


 槍ヶ岳が神妙な顔をしてぼくの手を握る。

 くそう。あいつらさえいなければ、ぼくが槍ヶ岳にシャイニング・フィンガーしてやったのに。

 駆けつけた教師に軽く事情聴取を受けた後、ぼくは放免された。

 納得がいかない。

 なんなんだ、あのちょっといい話にして幕引きをしよう、みたいな雰囲気は。

 槍ヶ岳や神戸さんだけならまだしも、教師どもまで。

 事なかれ主義にもほどがあるぞ。

 でもまあ、これが現実だ。

 やりたい放題やって報いを受けるのは、映画の中だけ。

 いい話が事実である事はまれだ。……って、いつだったか店長が言ってた。正義が勝つとは限らない。

 そして斉藤さん。思い切り推理を外してるじゃないか!

 なんなんだ、あの自信は!

 これが現実ってもんかよお。

 

 *


 とりあえず部活に戻る。

 雲雀ヶ崎は当然ながら先に来ていた。


「先輩、なんかさっき非常ベル鳴ってませんでした?」


「誤報だってさ。気にするなよ」


 説明するのも面倒だ。さすがに疲れた。

 やることはたくさんあるんだから。

 ぼくたちはとりあえず畑をならして土作りをした。

 今日は色々あって、時間も足りないからな。

 あとは明日にしよう。

 畑荒らしの犯人は、結局わからないままだ。

 斉藤さんなら犯人がわかるだろうか?

 難しいかな。さっき推理を外してたし。

 でも、ぼくよりはマシだろう。

 どっちにしろまだ初日だ。

 明日がある。明日相談してみよう。


「先輩……」


「うん? どうした?」


「へこたれないんですね、先輩は」


「花を枯らした原因が、日照りや長雨、病気じゃなくて人だった、ってだけさ」


「そんなに……割り切れるものでしょうか?」


「よくあることさ。バカどもがバカなことをしているのは、なにもここだけじゃない。世界中で血の気の多い連中が、自分勝手な正義のために戦ってるよ。どんな理由があっても、結局暴力は暴力だってのに。しょせん力のあるものが無いものを虐げているだけだ。でも」


「でも?」


「そいつらは壊すだけだけど、ぼくたちは違う。何が違うと思う?」


「えと……何でしょう」


「ぼくたちは生み出す側だ。生み出すことができる者ってのは、そう簡単に折れたりはしないよ。一度や二度だめだからって、諦めたりはしない。また次を育てるだけだ。花が咲くまで。実を結ぶまで。これは花に限った話じゃない。科学者もエンジニアも、作家もそうだ」


「花が……咲くまで。実を……結ぶまで……ですか?」


「そうさ。何度でも、何度でもな。……うん?」


 雲雀ヶ崎は土の上にぺたりと座り込んで、俯いていた。


「どうした、雲雀ヶ崎」


「――なさい」


「えっ」


「ご、ごめんなさい……。るなが……あたしがバカでした……。ううっ……うえええええええん!」


 顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして、雲雀ヶ崎は泣き始めた。

 ぼくのシャツにすがりついて、わんわんと。


「ど、どうしたんだよ?」


「ごめんなさい、ごめんなさいい! うええええん!」


 ちょっとだけ、周囲の視線が痛いかなあ……。

 これじゃあ、ぼくが泣かせて謝らせたみたいじゃないか。

 いや待てよ。実際そうなのか?


「と、とりあえずあっちに行こうか。ね?」


 泣き続ける雲雀ヶ崎を立たせ、部室に連れて行く。

 タオルを貸してやり、後で飲もうと思っていた缶ジュースを渡すと、しばらくして雲雀ヶ崎は泣き止んだ。


「いったいどうしたんだ?」


 雲雀ヶ崎は、真っ赤に腫れた目でぼくを見上げた。


「畑荒らしの犯人は……あたし。雲雀ヶ崎るなです」


「へぇあ」


 何を言ってるんだこいつは。


「来てください」


 ぼくは雲雀ヶ崎に手を引かれ、物置に連れて行かれた。

 いつも道具を借りに行く場所だ。

 雲雀ヶ崎が扉を開くと、きれいにプランターに植えられた花がずらりと並んでいた。

 ノギクにリンドウ、シロツメクサ。少量のチューリップにガーベラ。その他諸々。


「どっかで見た花だね?」


「るなが昨日抜いて植え替えました」


「なんで?」


「先輩を困らせたかったからです」


「なんで?」


「斉藤さんや竜宮院さんとばっかり遊んで、るなに構ってくれないからです」


「それだけ?」


「それだけです。寂しかったんです」


「そっか。ごめんよ」


「許してあげます。……今回は。るなこそ、ごめんなさい」


「うん、許すよ。でも、もうやるなよ」


 可愛いやつだなあ。ぼくは一人っ子だけど、妹がいたらきっとこんな感じなんだろう。

 ぼくがガシガシと頭を撫でてやると、雲雀ヶ崎は目を細めて小さく声を漏らした。

 ははは、まるで猫だな。ジャンガリアン・ハムスターは卒業だ。

 事件は解決した。

 土作りも終わっているし、プランターにはきれいに植えられているので、そのまま畑の周りに並べることにした。

 結局は、名探偵竜宮院ケンジが最初に言っていた通りだった訳だ。


「とりあえず四ポイント……かな」


 このポイントは、ぼくが貯めても仕方がないんだけどね。

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