第10話 学校の戦士

 今日も今日とて、ぼくはひたすら土を耕す。

 肥料を混ぜ込む。

 うねを作り、種を撒いては土をかぶせる。

 すでに植えている分も忘れちゃいけない。

 雑草――という植物は無いが――を抜き取る。

 あとは水やりだ。


「……少し、疲れたな」


 今のところ、部活に来ているのはぼく一人だ。

 昼頃、雲雀ヶ崎からぼくの端末あてにメッセージが来て、今日は少し遅れる、とあった。

 絵文字がたくさんあって、なんかほっこりするよな。用事があるなら無理に来なくてもいいんだ。

 ここは運動部じゃないんだから。


「おつかれさま、山田くん」


「やあ」


 いつの間にか斉藤さんが来ていた。

 畑のふちにかがみ込むと、珍しそうな顔でガーベラを撫でる。


「今日は一人かしら?」


「うん。でも雲雀ヶ崎は後から来るってさ」


「でしょうねえ」


 斉藤さんは笑っていたけど、何だろう。

 すごく悪いことを考えていそうな顔だ。


「喉、乾いたんじゃない?」


「いや、別に?」


 あれ? 何だろう、すごく機嫌が悪そうだぞ。


「喉、乾いたわよねっ!?」


「アッハイ」


 思わず反射的にそう言ってしまった。

 斉藤さんもこんな顔をするんだなあ。すっごく怖い。

 同学年だけど、いちおう年上だもんね。


「近くの職員玄関より、生徒昇降口の自販機が今日はおすすめよ」


「扱ってる物はほとんど同じだし、職員玄関のほうが近――」


「昇降口」


「なんで?」


「わたしはねえ、山田くん。キミが昇降口の自販機で買ったジュースを飲んでほしいのよ。どうしても。今すぐによ。お金が無ければ貸すわ」


「訳わからん。でもいいさ、わかったよ」


 ポケットの小銭を確かめると、ぼくは昇降口まで歩いた。

 階段を上がって昇降口へ。

 玄関ホールの片隅、食堂の隣には自販機コーナーがある。


「さて、何にするかな」


 好物のトマトジュースにしよう。

 嫌いだ、って人が意外に多いけど、ぼくには気持ちが理解できない。

 お金を入れてボタンを押すと、紙パックが取り出し口に落ちる。

 正直を言えば、そんなに喉が渇いてる訳じゃないんだよね。

 でもまあ、どうせなら身体に良さそうなものがいい。

 窓の外から話し声が聞こえた。

 昇降口は二階にあって、外の地面までは三メートルほどある。


「すみません、遅くなってしまって」


 普段なら別に気に留めることもない。でも、この声は雲雀ヶ崎だ。


「いや、いいんだ」


 この声も聞き覚えがある。

 さて、どこだったかな。

 自信に満ちた男の声だけど……。

 何をしているんだろう?

 良くないことだとは思うが、つい聞き耳を立ててしまう。


「同じクラスの槍ヶ岳くんよ。野球部の四番。知ってるでしょ」


 いつの間にか斉藤さんがぼくの隣に立っていた。


「しっ! 声を立てないで」


 斉藤さんに腕を引っ張られ、ぼくたちは並んで窓の下にしゃがみ込む形になった。


「クラスであれだけ話題になってたじゃない」


「そうなの?」


 斉藤さんはとても小さな声でぼくに耳打ちをするから、吐息が耳にかかって何だか変な気分になる。


「もう少し周りに興味を持ちなさいよ。けっこう大事おおごとなんだから」


「……?」


 確かに斉藤さんの言うこともわかるけど、槍ヶ岳に興味を持ったところで得るものはストレスだけだ。

 槍ヶ岳は、男子からの人望があるようで無い。

 付き合う女の子を取っ替えひっかえしているから、そのおこぼれを狙おうとする輩にはいいようにヨイショされまくってるんだよな。

 でも不思議と一部の女子からの人気はある。

 四番ってのはそういうもんだ。知らんけど。

 それはともかく、不良やスポーツマン以外の男子を露骨に見下す態度には腹が立つ。

 ぼくも何度も槍玉に挙がってるしな。

 で、なんでこいつが雲雀ヶ崎を呼び出してるんだよ。

 ぼくたちは蚊の鳴くような声で話しているから、槍ヶ岳の声は意外に大きく聞こえた。


「早速だけど、この間の返事をもらえるかな。るなちゃん、俺の彼女になってくれる?」


 胃を捕まれるような感覚が走る。

 どうやら、とんでもない現場に出くわしてしまったらしい。

 でも。でも。なぜか気になる。

 ぼくの足は、まるで地面に根が生えたように動かなかった。

 早くここから去らなきゃいけないのに。

 それでもどうにか動かない足に鞭打って、立ち上がろうとする。


「どこに行く気よ」


 斉藤さんに引っ張られてしまい、ぼくは元の体勢に戻った。


「こんなの、プライバシーの侵害だよ。ぼくらが聞いていい話じゃない。雲雀ヶ崎がどう答えようと、本人の気持ちの問題だ。盗み聞きなんてしちゃダメだよ」


「雲雀ヶ崎さんと槍ヶ岳くんが付き合うことになっても?」


 ぼくは一瞬息が詰まった。


「そりゃあ、面白くはないね。ぼくは槍ヶ岳みたいなやつは大嫌いだ。でも、悪いところだけの人間なんていない」


「そう言って彼女を寝取られて泣いた男の子、何人か知ってるわ」


「ぼくと雲雀ヶ崎は、別に付き合っている訳じゃない」


 斉藤さんは何やら言いたげに束ねた髪を弄んだ。


「あー。うん。まあ、現状ではそうよね」


「言いたいことがあるなら言えよ」


「あら怖い。普段のあなたなら、そんな言い方は絶対にしないのに」


「…………」


 嫌な目つきだな。すごく楽しそうだ。


「あなたは立派よ。でも、相手を考えて。理想論だけじゃ、どうにもならないわ。力が必要な事もあるの」


 斉藤さんの顔は、今までに無いほど真剣だった。


「……どういう意味だよ」


「しっ。静かに」


 雲雀ヶ崎は少しだけ震えた声で返事をした。


「……ごめんなさい、それはできません」


 その言葉を聞いて、ぼくは胸をなで下ろす。


「どうしても?」


「はい。この間もお答えした通りです」


 ん? この間ってなんだ。

 ああそうか、ぼくが入院してて居ない間の話か。

 不安が沸いてくる。

 嫌な予感を補強するように、斉藤さんがぼくに耳打ちした。


「あなたを連れてきたのはこのためよ。もし万が一の事があったら……」


 槍ヶ岳の粗暴さとワガママな性格は、ぼくだってわかっている。


「へえ……理由を聞いてもいいかな?」


 槍ヶ岳の口調は落ち着いたものだった。

 ぼくだったらもっと落ち込んじゃうな。


「それは……」


「好きな人でもいる?」


 しばし沈黙。頷いたのか、あるいはかぶりを振ったのかはわからない。


「それは言えません。迷惑を掛けてしまいます」


「ふうん……そうか、やっぱりあいつか。わかった、じゃあね」


「すみませんでした」


 どうやら槍ヶ岳は去って行ったらしい。

 その場には雲雀ヶ崎だけが一人残されているようだ。

 あいつって誰だよ。

 チャラチャラしたやつだったら、お兄ちゃん許しませんよ。

 斉藤さんはぼくを引っ張ると、またぼくに耳打ちをする。


「わたしはね、山田くん。時代錯誤だろうと何だろうと、いわゆる『男らしい男』が好みなのよね」


「何の話?」


 そう言うと、ぼくの両肩にしっかりと手を置いた。

 真剣な顔を――いや、真剣そうに見えるけど、その目はすごく楽しそうだ。


「わたしは特別体力が無いからって訳じゃないけどね。基本的に女ってのは、やっぱり男の人の腕力にはかなわない。これはもう、物理的な問題なの。そしてわたしのような恋に恋する夢見る乙女は、そんな絶対的なピンチに颯爽と駆けつけてバッタバッタと悪党をやっつけてくれる、そんなカッコイイヒーローに憧れちゃうものなのよねえ」


「さすがに時代遅れじゃないかな」


「あれこれ言う人も居るとは思うけどねえ、とにかくわたしはそういうのが好きなのよ。性癖なんてそうそう治るものではないし、雲雀ヶ崎さんだってたぶん嫌いじゃないと思うのよね。だってそうでしょう、奇をてらうよりもやっぱり王道こそが最も尊い、あなたのそう思わない? だから――」


「嫌っ! 放してっ! 誰か、誰か助けてっ!」


 反射的に立ち上がって窓から下を覗くと、なんともまあ、斉藤さんが望むような光景が繰り広げられている。

 どこから出てきたのか男子生徒――槍ヶ岳の取り巻きが現れて、雲雀ヶ崎を両脇から抱えていた。


「何やってんだあいつら!」


「あまりにもあからさま過ぎるマッチポンプね」


「マッチポンプ?」


 どこかで聞いたような言葉だ。ええと、なんて意味だっけ。

 マッチは火を付けるあれで、ポンプは消火ポンプ、つまり自作自演みたいな意味だ。たぶん。


「襲われているところを助けて女の子に恩を売る。槍ヶ岳くんの得意技よ。きっと近くに隠れているわ。なんともまあ、だんだん雑になってきたわね。タイミングがあからさま過ぎるのか、それとも最初から腕ずくの予定なのかしら?」


「助けなきゃ」


「相手は四人。あなた一人の力じゃどうにもならないわ。でも、あなたがわたしの思うような人であれば、この状況で逃げ出すような人じゃないと思うのだけど? それとも身も心も傷ついたタイミングを見計らって、救いの手を差し伸べる振りをして食い物にする? 槍ヶ岳くんはそれがいつものやり方みたいだけどね」


 さすがにそこまでえげつないことをやる気はない。

 雲雀ヶ崎は押さえつられ、どこかに引きずられて行こうとしている。

 あの方向にあるのは用具室だ。

 おもに用務員さんが隠れてタバコを吸うのに――バレたらクビらしい――使っている。

 そして用務員さんは面倒くさがって鍵を掛けないんだ。

 何でか、っていうとぼくが道具を借りにいつも来るから。

 ぼくの相手をしている間、他の仕事ができなくなるからだ。

 つまり、ぼくも全く無関係という訳じゃない。


「わかってるよ。教えてくれてありがとう、斉藤さん」


「どういたしまして。勝てなくていいわ、とにかく時間を稼いでくれれば、それでいいの。あとはわたしが助けを呼んでくるから」


「わかった。頼んだよ」


 ぼくは窓枠に足を掛けると、思い切って跳んだ。下を覗いて躊躇すれば、それだけ飛び降りるには勇気がいる。

 下は土だから、コンクリートに比べれば遙かにマシなはずだ。

 迫る地面がやけにゆっくりと近づくけど、身体は思うように動かない。

 やがてぼくの足が地面に届いた。


「――いい痛ってええェッ!」


 情けなくもぼくは尻餅をついた。衝撃が全身を伝わり、とくに足と膝が痺れるように痛む。

 地べたに転がってのたうち回り、四つん這いになってどうにか息をついた。

 顔を上げると、雲雀ヶ崎の泣き顔がまず目に入ってくる。

 そして、その両側を固めるどこかで見たような男子生徒。


「何か用か、ああ!?」


「見てるんじゃねえ、早く消えろやカス」


 取り巻きたちが不機嫌な声で呷ってくる。

 なんともまあ、治安の悪い学校だこと。雲雀ヶ崎が叫ぶ。


「逃げて先輩!」


 何言ってんだこいつは。だいぶ混乱してるな。

 大丈夫、そもそもこいつら、ぼくには用がないはずだから。あったら困るよ。

 でも、気持ちはありがたいかな。

 なんてことを言いたかったけど、ぼくは丸っきり衝撃から回復しきっていなかった。

 若干のタイムラグのあと、腹の傷口に猛烈な痛みが襲ってきたからだ。

 額から脂汗が吹き出し、奥歯がガチガチと噛み合わない。

 手足も震え、立ち上がろうとしても上手くいかず、頭から地面に突っ込んでしまう。

 痛い。痛い。痛い!

 傷口はもう塞がっているはずなのに!

 やっぱり急いで階段に回るべきだっただろうか。

 いやだめだ、それじゃ間に合わなかったかもしれない。

 傷口に両手を突っ込まれ、上下に思い切り引っ張られているみたいだ。

 本当ならここからスラリと立ち上がって、雲雀ヶ崎に乱暴しようとしているクソども叩きのめさなければいけないのに!

 いやでもこれは無理でしょ、でも。


「先輩ッ!」


 今にも泣きそうな――いや、すでに相当な涙声。

 この声のために、どうにか頑張って立たなければならない。

 今立てるのはぼくだけなんだから。

 勝てる勝てないの問題じゃない。

 とにかく立って、雲雀ヶ崎を助けなきゃいけない!

 震える横隔膜をどうにか押さえつけて、少しずつ息を吸い、肺が一杯になったところで止める。

 どうにか目を開くと、地べたをひっかきながら膝を立て、震えながらもどうにか立ち上がることができた。

 握りこぶしを構える。

 さあ、戦いのゴングだ。

 殴り合いの喧嘩なんて、それも四人いっぺんに相手するなんて初めてだけど。

 暴力なんて嫌いだけど。

 斉藤さんだって言っていたじゃないか。

 理想論だけじゃだめだ、力が必要なこともある……。


「おい、こいつ……」


「ああ……なんか……やばいな」


「お、俺は知らねえぞ! 関係ねえ!」


「あっ、おい待てって!」


 何だかよくわからないけど、悪党どもは青い顔をして逃げていく。

 何だ? 何が起こった?

 ぼくは何もしていないぞ。

 ふわりといい匂いがして、ぼくの全身を柔らかくて温かいものが包んだ。


「太郎さん……!」


 雲雀ヶ崎が泣きながらぼくを抱きしめているんだ。

 そんなに怖かったんだな。無理もないか。

 でもまあ、無事でよかったよ。

 痛い目を見ただけの甲斐はあったかな。

 斉藤さんにも感謝しなきゃ。

 ん? 雲雀ヶ崎のやつ、今ぼくのことを下の名前で呼んだな。

 まあいいけど。


「やだやだやだ! これでお別れなんて、絶対いやです! お願い、死なないで!」


「えっ」


 雲雀ヶ崎は何を言っているんだろう。

 よくわからないけどぼくを押し倒して、ベルトのバックルに手を掛ける。


「な、何をする気――」


「喋っちゃだめです! すぐに止血して、救急車を! ああもう、るなのためにこんな無茶して! 太郎さんのバカっ!」


 ぼくはその時ようやくわかった。

 ズボンのポケットに入れていた紙パックのトマトジュース。

 あれが着地の衝撃で破れたんだな。

 おかげでぼくの下半身は真っ赤だ。

 それを全員、血だと思い込んだわけだ。

 紙パックの内容量は二〇〇CC。

 仮にこれが本物の血だとしても、一回の献血で抜くのがちょうど二〇〇CCだから、どうってことはないんだけどね。

 まあ、来年からは四〇〇CC取られるけど。


「大丈夫、大丈夫だよ。これは血じゃないから。よく見て。トマトジュースだってば。ポケットの中で紙パックが破れたんだ」


「ええっ?」


「上の自販機で買ったんだよ。飲もうと思ったら、こんな事になってて」


 ポケットから取り出した、ぐしゃぐしゃになった紙パックを見せる。

 それでやっと雲雀ヶ崎は安心したみたいだ。


「よかった……よかったです……!」


 雲雀ヶ崎は袖で涙を拭った。

 変なの。危なかったのは自分だったってのにさ。

 助かったことをもっと喜んだっていいじゃないか。ぼくの心配なんかより、さ。


「なんともまあ、締まらないわねえ」


 押っ取り刀で駆けつけた斉藤さんは、なんだか微妙に残念そうな顔をしていた。


「でもまあ、本物の血を見ることがなくて良かったわ。まあ、わたしとしては、もうちょっとスペクタクルな展開を期待していたんだけど……」


「槍ヶ岳は?」


「見当たらないわ。でも、どこかに隠れていたのは間違いないわね」


 その時、校舎の陰からあからさまにヤバいやつが現れた。

 バイザーがミラーコーティングされたバイク用のフルフェイスヘルメットを被り、右手に持った金属バットはボコボコに凹んでいて、正規の目的に使っているとは思えない。

 それどころか奪われないためだろう、テーピングテープ――運動部が関節の保護なんかに使うやつだ――でガッチリと右手に固定されている。

 肘と膝にもプロテクターが着けられている。

 服装は男子の制服だけど、やたらに恰幅が良い。

 どう考えてもヤル気満々だ。

 槍ヶ岳の仲間が戻ってきたんだろうか?

 ぼくはその時にはどうやらダメージから回復していたから、二人を庇うように前に出た。

 今度こそ戦わなければいけない。

 あんな重装備の相手に勝てるなんて、これっぽっちも思えない。

 斉藤さんが言っていたように、これは物理的な問題だ。

 だけど、やっぱり勝てる勝てないの問題じゃないんだ。

 ぼくが男で、二人は女の子なんだから。

 理由なんてそれだけでいい。

 一つ救いがあるとすれば、相手が一人ということだろう。

 それでも、二人が逃げるための時間稼ぎがせいぜいだ。

 でも二人が逃げられれば、ぼくの勝ち。

 それを勝ちというなら、きっと勝てる。

 いや、絶対に勝たなきゃいけない。

 それにしても、こいつはいったい……。


「なんだ、もう終わりか?」


「お、お前は!」


 男がヘルメットのバイザーを上げると、見知ったニキビ面が顔を出した。


「山田がヤバいことになってるって言うから助けに来てやったのに。やれやれ、拍子抜けだな」


「竜宮院、お前……助けに来てくれたのか?」


「ああ。ヒーローは遅れてやってくるものだが、ちょっとばかり遅れすぎたらしいな。なにせ、準備に手間取っちまって」


 竜宮院は上着のボタンを外すと、中を見せてきた。

 腹には分厚い漫画雑誌が何冊も、鎧のように養生テープで固定されていた。

 よく見れば股間も膨らんでいる。

 野球のキャッチャーが着ける防具だ。


「すごい装備だな」


「ああ、痛いのは嫌だからな。もちろん山田が一人でボコられてるだけなら来なかっただろうが、今回は女の子もいるしな。良いところを見せられず、無駄足になって残念だ」


 でも、考えようによっては泥沼化しないで済んだのかも。

 結果論だけどね。

 斉藤さんは竜宮院に近づくと、人差し指でカシャン、とバイザーを下げた。

 斉藤さんの笑顔が反射して見える。


「ヘルメットは防御だけかしら? 竜宮院くん」


「もちろん旗色が悪くなったら逃げて、明日から無関係を装うための覆面でもある。決まってるだろ」


 正直なやつだ。でも、なんだかんだ言って良いやつだよね。


「ありがとうな、竜宮院」


「なあに。結果的には何もしていない」


 その時、上から大声が響いた。


「おい! お前そこで何やってる! 顔を見せろ! 警察を呼ぶぞ!」


 体育教師の声だ。

 うん、どう見ても過激派が学校で暴れてるようにしか見えない。

 凶器準備集合罪だ。でも、こうなるとさっそくフルフェイスが役に立つ。


「お前は逃げろ!」


「そうさせてもらう。じゃあな!」


 ぼくが竜宮院の背中を叩くと、彼は意外なほどの俊足で走り出した。

 上の体育教師も、叫びながら追いかけるように走り出す。

 斉藤さんが風に揺れる黒髪に触りながら呟いた。


「竜宮院くんに免じて、今回は合計六ポイント、ってところね」


「斉藤さん……?」


 笑ってはいるんだけど、とても寂しそうな顔に見える。

 ぼくだってそうだ。

 だって、あのポイントが貯まったら斉藤さんがどこかに行ってしまいそうな気がするんだもの。


「山田くんはお姫様を安全地帯に連れて行きなさい。じゃあ、またね」


「う、うん……」


 斉藤さんはきびすを返し、ぼくと雲雀ヶ崎は後ろ姿を見送った。


「先輩……あの人たちは……」


 雲雀ヶ崎の頭の中は、クエスチョンマークがたくさん浮いているようだ。

 あれ? また呼び方が先輩に戻ってる。まあいいか。

 さて、なんと答えるのがいいだろう。う~ん。


「どうやら、ぼくの友達……らしい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る