Fifth Perfect            半端者

時は十四世紀、霧の街倫敦。その日はしんしんと純白の雪が降る夜のことだった。

 一人の少年が自室で本を読んでいる。年のころは十四ぐらいか。けれども読んでいる本は不相応なぐらいに厚く、また難しい。

 少年はふうとため息をつくと、残念そうに本を閉じる。

そしてその美しい金糸のような金髪を搔き揚げた。

 少年の追い求める答えは結局その本にはなかった。

彼が探し求めているものは完璧。完璧な存在というものは一体どういったものかという疑問。



幼少時よりこの少年は人々から完璧な人間と言われ続けてきた。

人並み外れた容姿に、知力、そして運動神経を持つ少年を周囲の人々がそう称するのは仕方がない。

けれども少年は、どうしても自身が、皆が言うような完璧な存在だとは思えなかった。

私生活においては多少ずぼらのところがあったし、なにより出来ないことがたくさんありすぎた。


じゃあ完璧な存在ってどういうものだろう。


 少年がこんな疑問を持つのは酷く自然なことだった。

疑問を抱いてから数年間、彼はずっとその答えを探し求めてきた。

けれども先生や神父、様々な人に聞いても、またどれだけ難しい本を読み漁っても少年の納得のいくような答えは見つからなかった。



少年はチラリと先ほどまで読んでいた本の表紙を一瞥する。そしていつも感じていた軽い絶望感のままベッドへ向かおうとイスから立ち上がり、後ろを振り向く。

するとそこに人がいることに気がついた。

ビクンッと肩が跳ね上がる。咄嗟のことで声も出ない。

目の前にいたのは一人の東洋人だった。この東洋人は今まで見たことのないような綺麗な白い服を着ている。

少年が思わずその服の白さに見とれていると、目の前の東洋人は静かに口を開く。

「君の求める答えはこの世には存在しない」

その言葉で少年の意識は再び東洋人へと向かう。

この男は自分が探し続けていた完璧な存在についてなにか知っているに違いない。

そう思った少年の行動は早かった。

「なんでそんなことが言える?」

「なに、その存在は矛盾を内包してしまうからだよ」

「完璧な存在自体が矛盾を内包している? そんなバカな……」

 少年は頭を振る。

まるでそんなことはあってはならないと言わんがばかりに

「完璧な存在である以上、すべてが出来なければならないのはわかるか?」

「そんなの当たり前だ。完璧な存在だから全て出来なきゃおかしい」

少年の言葉に目の前の東洋人はくつくつ笑う。

「なにがおかしい?」

「いや、全てが出来るということは同時に全てが出来ないことを内包しなければならないからだ」

「どうして?」

「ふむ。例を出して説明しよう。たとえば勉強ができる人がいたとする。けれどもその人は勉強が出来ないという要素は持っていない。ほら、おかしいじゃあないか。全てが出来るのだったら〝勉強が出来ない〟ことも出来なきゃおかしい。本当に全てが出来るのだったらこうなるはずだ。勉強が出来るけれども、勉強は出来ないってね」

 確かにそれは少年が考えたことのない内容だった。

 

完璧であるということは全てができるということ。けれども全てが出来るということは〝有〟も〝無〟も両方持たなければならない。それでは矛盾してしまう。じゃあその中間を取ったらどうなるか。それでは中途半端になってしまう。

 〝有〟か〝無〟か〝中間〟か、我々はそのうちどれか一つを選択しなければならない。けれどもそれは……。


「―――――ああ、なんて半端者」


 少年のその言葉に男は、さも愉快そうに笑う。そしてさらにこう付け加えた。

「だが少年、半端もいいものだ。完璧とはつまり終わりだ。誰にも手がつけられない以上進むことは出来ない。それは進化を止めた存在。我々人間は発展しなければ生きていけない種族だ。だから未来へ進むために半端でいる必要がある」

 少年はこの男。いや、半端者の言いたいことは理解していた。

 

経済も芸術も技術も、どこかにまだ開発していない部分や手の付けくわえられる部分がある。だからこそ人々はそこを開発することで発展し、生きてこられた。けれども全てが出来るということは、もうそれ以上どうすることも出来ないということ。

あとはもう滅びの道を突き進むしかなくなる。


そこまでわかっていながらも少年はどうしても半端であることを認められなかった。

「なあ、完璧を目指すことはいけないことだろうか」

「ふむ。それは私が決めることではないな。だが仮に君がそれを目指すというのなら言うべきことは一つ」

 半端者の眼光が急に鋭くなる。


「もがけ。私は貴様ごときにやられるほど甘くはないぞ」


 それは半端者からの挑戦状だった。

 完璧を目指すなら半端者である自分が、必ず少年の進む道を邪魔するだろう。それを打ち倒せるものならやってみろ。

 その言葉を最後に半端者は霧のように霧散した。


「ああ。やってやるさ。ボクは必ずお前を倒して完璧になってやる」

 

 後に残ったのは少年の決意に満ちた瞳だった。



 少年の進むべき道は決まった。この選択が良いか悪いかは別として……。

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