Fourth God 摂理

 午前三時。丑三つ時すらも越えた深夜に青年は一人パソコンに向かっていた。カタカタと青年に与えられた研究所の一室にキーボードの音が響く。


 彼は若いながらも世界最高の頭脳を持つと言われている研究者だ。

様々な人々が神童やら百年に一人の逸材だ、などと様々な言葉で彼の頭脳を褒め称え、万能の天才と言われた青年の師ですらその才に目を見開いたという。

 彼は興味を持った様々な分野の未解決問題を、長年考え続けてきた研究者が馬鹿らしく思えるぐらいあっさりと解いてしまう。

 同僚の研究者や教授などはその姿を見て、彼には不可能などという文字はないのだ、と口ぐちに言い合った。


 けれども今回男が取り組んでいる研究だけはいつもと同じように鮮やかに完成はしなかった。

同じ研究所の同僚たちは初めて、研究所の食堂でコーヒー片手に苛々と頭を悩ます彼の姿を見ることとなった。

 けれどもそれは昨日までの話。

すっかり冷めてしまったコーヒーを苛立ちを紛らわせるため口に含んだ瞬間ふいに解が閃いた。

 そこから十数時間、青年は不眠不休で、彼らしくもない鬼気迫る表情で一心不乱にキーボードを叩き続けた。

 そして今キーボードを打つカタカタとした音が止み、青年は背もたれに深く寄りかかりつつ両手を上げ伸びをする。

「やっと終わったか……」

 その言葉と表情にはやり遂げたという達成感だけが色濃く映っていた。

 青年は初めて自分の全てを出し切ったという心地よい充足感を味わいながら、ここ数日間まともに入ってなかったベッドに向かおうとした。だが、背後に人の気配がある。

「誰だっ!」

 産業スパイかもしれないと思い、声を張り上げ後ろを振り返る。

 そこにいたのは白いスーツを着た一人の四十代の男だった。

 その姿を見て、青年は自分の身体が緊張していることを自覚した。目の前の白いスーツの男には言いようのない威圧感がある。それに気圧されているのだ。

 青年は先ほどまで候補にあった産業スパイであるという選択肢を捨てた。この男の放つオーラはそんなチャチなものではないし、なによりこの部屋には彼自ら手がけたセキュリティシステムがかけられている。これを破る企業は今現在どこにも存在ということを確信していたからだ。

「ふむ。だが君は私の正体がわかると思うが」

 その言葉に青年はこの白いスーツの男をじっと見つめる。

 青年は脳内のメモリーから様々な人の顔と男の顔を参照する。父親、母親、親戚、友人、同じ研究者たち……。

けれどもどれにも該当することはなかった。間違いなく今まで見たことのない顔。確実に自分とこの白いスーツの男とは初対面のはずだ。

だがしかし、青年は頭脳ではなく本能というべきもので感じ取っていた。この男は自分が今まさに完成した研究となんらかの関係があることを。

そう、既存するものではない、まったく新しい生命体を生み出すという青年の研究と……。

だからこそ、青年はこの研究内容を踏まえてこんな言葉が自然と出た。

「お前は摂理か?」

「ああ、そうだ。私は摂理だ」

「で、その摂理がぼくになんの用だ?」

 もしかしたら自然の摂理を壊したなどという理由で、自分を殺しに来たのかもしれない。彼の頭脳はその可能性を導き出し恐怖するが、それを表に出さないよう毅然とした態度で尋ねた。

 けれどもその答えは青年のまるで予想しなかったものだった。

「なに、君は知ってるのかと思ってね」

「なに、を?」


「神となる者の運命をさ」


青年はハッと摂理の言葉を鼻で笑う。

「生憎ぼくはそんな大それた存在じゃないね」

「ふむ。だが完成したんだろう? 君のその研究、新しい生命を作り出すといったものは」

 確かに青年の研究は理論だけは完成していた。あとはこのデータの通りに事を進めるだけで新しい生命は生まれてしまう。

 そこで青年は摂理の言葉の意味を理解した。

「ああ成程。つまりぼくはぼくの創り出した生命にとって神になるというわけか」

「そういうことだ」

「じゃあぼくはその生物たちに敬われる存在になるわけだな」

 青年の言葉を聞いた瞬間摂理は大きな声で笑い出す。

「……なんだよ。人々に敬われるのが神の辿る道じゃあないのか?」

「まるで違う」

「じゃあ神の辿る運命とやらを教えてくれないか?」

「ああ、いいとも。神の辿る運命はただ一つ滅亡するだけだよ。自らの生み出した生命に殺されて……」

「なぜぼく達が、自分の創ったものに殺されなければならない? 崇められるのが当然だろう?」

「果たしてそれはどうかな。順を追って説明しよう。君のその新しい生命のスペックは人間よりも確実に上回っているだろう?」

「当然だ。なんで創った本人より劣っている存在を生み出す?」

人間には出来ないことを可能にするため科学者たちは機械を発明してきた。青年の研究も例に漏れずそうだった。

「ああ、確かに君の言う通りだ。さて、本題に戻ろう。君は自分より劣っているモノを尊敬できるか?」

「そんなの無理に決まって……ハッ」

 男はそこで気が付いてしまった。

 けれども摂理は語るのをやめない。

「君の新しい生命は自然とこう思うだろうな。何故ニンゲン共はあんなに威張っているんだろう。自分たちの方が遙かに優れているのに……。確かに自分たちを創ってくれたことには感謝しているが……ウザイから殺してしまえ! てね」

 青年が考えたことと、摂理が語ったことは同じだった。

 そして彼には簡単にイメージが出来た。


 大昔人間は自分たちを創った、けれども自分よりも劣っている神を滅ぼした。そしてその罪を誤魔化すために神話を創ったのだ。劣っているはずの神を賛美する内容で……。


「それが世界のもう一つの顔」

 

 そこで摂理は一呼吸おいて青年に尋ねた。


「さて、決めるのは君だ」


 摂理の消えた部屋の中、青年は大きな息をはく。そしてパソコンからデータの保存されたディスクを取り出し、メキリと折った。

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