冬・1話

 仕事を終えて部屋に帰ると、今日はミヤコが来ていた。いつも通り墜落したように眠っている。


 彼女を起こさないよう一歩一歩丁寧に歩きながら、会川は彼女のことを思い出していた。数えてみるとミヤコとはもう一年近い付き合いになる。だが、会川はミヤコの電話番号や仕事、上の名前すらも知らない。ビルの最上階にある鍵をかけていないこの部屋に、彼女が来たくなったら来る、来たくなかったら来ない。それだけの関係だった。  


 会川はなぜ彼女がここへ来るのか知らなかった。会川に夏をねだるわけでも、男性としての振る舞いを求めるのでもない。字義通りの意味で寝床を共にしているが、本当にそれだけだ。


 気をつけてはいたが、物音で目を覚ましたのだろう、ミヤコがベッドの中でもぞもぞと動く気配がした。おかえり、と寝起きのぼやけた声。ただいま、と会川は返事をすると、仕事着を脱ぎ捨て、暑いシャワーを浴びるために給湯室へと向かった。


 夏屋は基本的に年中無休だ。夜遅くに開いて、朝早くに閉まる。明日は誰にどんな夏を<貼る>ことになるのだろう。そんなことを考えながら彼は頑迷な冬の寒さを熱いシャワーで追い払った。


 給湯室からシャワーを終えて出てくると、ミヤコは珍しくベッドの隅に腰掛けていた。普段なら、もう一度眠るか帰り支度をしている。


「今ね、起きてからしばらく考えていたんだけど。

 あなたは、私のことをなんだと思っているの?」

「……それは、非難しているのか?」

「言葉通りの意味よ。そりゃ、あなたに……その、拾われてから、定期的にこの部屋に泊まらせてもらっているけど、あなたは何にも聞かないじゃない」

「自分から話すまでは聞かない方が良いかと思ってな」

「それよ、それ。じゃああなたは私のことを一体なんだと思って部屋に上げているのよ」

「あまり考えたことがなかったな。寝不足の同居人、だろうか」

「じゃああなたは寝つきの悪い人全員にこの部屋のベッドを貸しているわけ?」

「うーん、全員かはともかく少なくともここを訪れる人は歓迎する。何しろ仕事の都合上、付き合いが長続きしないんだ」

「……呆れた。そんな理由だったんだ」

「逆に聞くが、なんだと思ってたんだ」

「てっきり、あの夜に私のことを全部理解したかと思っていたわ」

「買い被りだ。俺はそこまでできないよ」


 そう言ってから会川は自分の中だけでこう付け足す。

―――みんなそう思うから、俺とは絶対に仕事以上の付き合いはしないんだ。それなのに、なんで君はこうやって訪れることが出来るんだ。


「じゃあ、教えてあげる」

「……何をだ?」

「私のことよ。実は私ね、吸血鬼なの。少なくとも自分ではそう信じているわ。だから、夜になると眠る場所を求めてここにくるの。ふふ、これからもよろしくね」

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