エピソード15:本気にしちゃうよ?


「くっ、くくく」



 ヤバっ! また声に出して笑ってしまった。


 俺の日課であるランニングのお供は、お笑い芸人の漫才だ。


 まだ地元を離れる前、親に無理やり連れていかれたクリニックの先生から、思いっきり笑うことは大切だと言われた。それから俺は、すっかりそれにハマってしまった。



 俺の日常はというと、学校、バイト、勉強、睡眠。



 高校生として、健全なのかどうなのかはわからないけど、休日でバイトも休みの日は、本当にやることがない。


 掃除や洗濯などは、勉強同様に日々の積み重ね。


 こう考えてみると、なんの趣味も取り柄もない俺は、空っぽな人間なんだなって、つくづくそう思う。



 今の俺に無くて、以前の俺にはあったもの。



 最近、例の悪夢を見る回数は、月に1回ぐらい。その代わり、楽しかった時の夢を良く見る様になった。暇さえあれば、ボールを蹴っていたあの頃。



 俺は結局、あの頃となんにも変わっていないのかもしれない。



~~~~~~~~~~



『ワンワン!!』



 おっ、ワンちゃんだ。そういえばラブちゃん、元気かな。



『ワンワン!!』


「待たんね!!」



 え? なんか凄い勢いで近づいてない?



「ごふっ!!」 



 後ろを振り返った俺の腹部辺りに、勢いよくワンちゃんが突っ込んできて、再び俺は尻餅をついた。


 まだ回復し切っていないオケツが、とても痛い。



「ラブ!! いけんやろ!!!!」



 えっ!? ラブ!?



「ごめんなさい! 大丈夫ですか!? お怪我とかありませんか? 本当に申し訳御座いません」


「大丈夫ですから、気にしないで下さい」



『キャンキャン!! クゥーン』



 俺の頬をペロペロと舐めてくるワンちゃんは、以前、川に溺れていた椎名さんの甥っ子を救助した、あのラブちゃんだ!


 と、いうことは



「あっ!! 宍戸大地君!!!!」



 やっぱり、あの時のお姉さんだ。



「お久し……………えぇっ!?」



 尻餅をついて座っている俺に、お姉さんはゆっくりと近づいてくる。目の前で蹲しゃがみ込んだかと思うと、そのまま俺へーーーー



「ずっと、ずっと探しよったんよ、宍戸君のこと。なんも言わんで、おらんことなるんやけん」



 両手を後ろに付いて、座っている俺の肩ぐらいに、お姉さんの顔が当たっている。後ろに手を廻され、ギュッと軽く抱きしめられると、全体的に柔らかい感触が俺を襲った。



 お姉さんがジャージ姿の為、その感触がよりリアルで。俺とは違い、心地良い香りに意識を持ってかれそうになる。



 俺は『あ、え、すみません』っと、ぎこちない返事をし、それを聞いたお姉さんも、パッと俺から離れていた。



「ごめんなさい! そうとう嬉しかったけん、思わず抱きついてしまったに。本当にごめんなさい。嫌じゃなかったですか?」



 んん? 『しまったに』の『に』って、初めて聞く方言だ。


 この前は気が付かなかったけど、イントネーションも俺とは少し違う。そんなことより……可愛いな、『に』って。



「全然嫌じゃないです」


 うん。むしろ嬉しいです。だけど



 お姉さんは『良かったぁ』っと言いながら、その場で立ち上がっている。


 俺もお姉さん同様に立ち上がろうとした時、ラブちゃんがお腹を見せながら、横で仰向けにゴロンしていた。



『ハフハフッ! ハフハフッ!』



 ラブちゃん、俺にめっちゃ懐いてくれてる!


 嬉しくなった俺はしゃがんだまま、わしわしとラブちゃんのお腹を撫でていた。



「ラブは、信じられないかもしれないですけど、家族以外には懐かないんですよ」


「そうなんですか!?」



 あっ! もしかして俺の臭いって、犬に好かれるんだろうか?



「宍戸大地君は私の名前、覚えてくれてますか?」


森田もりた彩乃あやのさんですよね?」



「うわぁ! しんけん嬉しいっ!!」



 そう言葉にしたお姉さんは、明るめな茶髪のポニーテールを揺らして。どこか『うふふ』って聞こえてくるような、そんな微笑みを俺へ向けてくれた。


 その姿が優しさに溢れていて、包み込まれるような感覚が、俺に安らぎを与えてくれた。


 ただ、それでも俺は気になってしまうから



「お姉さんの方こそ、俺なんかにくっついて嫌じゃなかったですか? 汗もかいてるし、臭いとか」


「もぉ! 名前、覚えちょったんやなかったん? あっ!! 丁寧な言葉だと、方言があまり出ないんですけど、普通に話をすると、どうしても抜けないんですよね。私の言葉、気になりますか?」



「全然気にならないです。むしろ、俺はとても可愛いと思います」



 自然と、自分でも驚く程、自然にそう口から漏れていた。


 正直、お姉さんの話す言葉は凄く可愛いと思う。とても綺麗な美人さんに、その方言が可愛さをプラスしているような、そんな表現がよく合うと感じた。



 お姉さんは口に手を当てながら『うふふ、なぁに、それ? 本気にしちゃうよ?』っと、少し恥ずかしそうに照れ笑いをしている。



 俺はそんなお姉さんの仕草に、なんだか温かい気持ちになっていた。



「ご縁、ありましたね」



『はい、そうですね』っと答えながら俺は立ち上がり、ラブちゃんのリードをお姉さんに手渡した。



 それにしてもラブちゃん、リードがちゃんとあるのに、どうしていつも単独行動なんだろうか。



「せっかくご縁があったんやけん……ラブの散歩に少しだけ、付きあっち欲しいなぁ。ラブは宍戸君に、懐いてるから」



 暇だから、全然大丈夫だけど。お姉さんの話し方、なんかグッとくる。



「俺は暇なんで、全然大丈夫ですよ。ちょっと気になったんですけど、ラブちゃんはなぜ、いつも単独で動いてるんですか?」


「普段はそんなことないんよ。毎日散歩してるけど、この前と今日の2回だけ。ラブ、女の子なのに力が強いんよね。うちが堪たまらんことなって、リードを離してしまったに」



「そ、そうだったんですね。ラブちゃんは、本当に賢いですね」



 俺の周りを嬉しそうにクルクルと回っているラブちゃんの頭を撫でてやると、またひっくり返ってお腹を見せてくる。



「ちょっとラブ! 嬉しいのはわかったけんって、ダメや……全然動かんにぃ。宍戸君がリードを持ちよってくれたら、動いてくれるかも」



 お姉さんからリードを手渡され、俺がそれを握った瞬間、ラブちゃんは起き上がり、普通に歩き出してくれた。



『もぉ』っと膨れたお姉さんを見て、クスっと笑いが溢れる。そんな俺にお姉さんはジト目を向けていた。



「ラブはあの後、取材受けたり、表彰されたりしたんよ。誰かさんが、おらんことなったけん」


「すみません。あんまり目立ったりするのが得意じゃなくて。でも、実際にラブちゃんが助けたことは、事実ですから」



「本当にありがとう。ラブもあの子も助けてくれて。ヒーローみたいで、素敵やったよ」


「や、やめて下さいよ」



「うふふ、宍戸君は可愛いなぁ。そういえば、リザーレ高校に通いよんのやろ?」


「えっ? どうして」



 一瞬、俯うつむいてから『ふふっ、うち、エスパーやったりして』と、今までと変わらない笑顔を向けてくれる。


 俺のことを気遣ってくれているような、心配してくれているような。お姉さんの優しさが伝わってくる、そんな言葉だった。


       『あとがき』


バカップルの休日



美香「久々にカフェ以外のデートだね」

啓二「ホントごめん」


美香「気にしてないよ! 映画、楽しみ」

啓二「ありがとう。美香は優しいな」


美香「急にどうしたの?」

啓二「美香のことを知れば知るだけ、惚れ直すから」


美香「恥ずかしいよぉ」

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