エピソード13:マスターの仕事


ここはお馴染み、喫茶Night view。



 とある山から見えるこの街の夜景は、多くの人を魅了する観光スポット。


 俺が初めて訪れたのは、小学生の修学旅行だった。残念ながら生憎の天候により、夜景は全く見えなかった。


 いつかまた、登ってみたいと思う。その時は、綺麗な夜景が見えるといいな。


 そんなことをふと思いながら、俺は注文を伺う為、OLさんのグループがいるテーブルへと足を運ぶ。



「お姉様方、ご注文はいかがされますか?」


「大地君、そろそろ私たちも名前で呼んで欲しいなぁ」


「常連さんを名前で呼ぶのは、接客業の基本だよ?」



「そっ、そうなんですか? いつもお越し頂いてるのですが、名前でお呼びするのって、なんか、恥ずかしい……です」



「今日の大地君、可愛いぃ!!」


「うん、可愛い!! 今度、お姉さんとデートしようよ!?」


「あっ、抜け駆け! ダメよ!! 大地君、私と行きましょ?」


「ちょっとぉ、あんた彼氏いるじゃん! ねぇ、誰が一番好みかな?」



 えっ? 三人とも俺を見てるんだけど、俺に聞いてるんだろうか?



「僕に……聞いてるんですか?」



『ぷっ』と笑い声が漏れた。



「「「  そうよ!!!!  」」」



 お姉様方がハモったところで、奥のテーブルから大きな声が聞こえてくる



「真央ちゃん、いいじゃん!! 連絡先、教えてよ!」


「携帯、持って無いんです」



「嘘だぁ!! じゃあ、遊びに行こうよ!!」


「バイト中ですから」



「真央ちゃん、彼氏いないって言ってたじゃん」


「お客様、困ります」



 男性客が完全に真央ちゃんに絡んでいた。随分、しつこい奴だな。



「最低ね」


「うん、キモイ」


「クズね、クズ」



 さっきまでご機嫌だったお姉様方も、ドン引きしてる。



「一回、一回でいいから!! 俺とデートしてよ、ねっ!?」


「お客様、困ります」



「なんでだよ!!!!」


「キャッ!!」



「いてぇ! 離せよ!!」



 俺は男が真央ちゃんを掴もうと伸ばした手を掴み、手首をそのまま捻り上げた。



「お客様、当店はそのようなサービスを提供して御座いません」


「いてぇなぁ! いいから離しやがれ!!」



 掴んでる俺の手を目掛けて、男の手刀が飛んできた。仕方なく、パッと手を離す。



「てめぇみたいな店員が、舐めてんのか? 関係ねぇだろ、お前に!!」


「俺はこの子のセンパイだ!! しつこいんだよ、あんた。嫌がってるのがわかんねぇのか!?」



 この街にも、こんなガラの悪い奴がいるんだな。なんだか懐かしいよ。でも、暴力はなぁ



「あぁぁーー!!!!」



 男が唸り声をあげた時『大地君、もう大丈夫だ!!』っと後ろからマスターの声がする。


 振り返ると、竹刀を中段に構えるマスターの姿が



「うちの大切な従業員にーーーー」



~~~~~~~~~~



 その後、マスターの気迫だけにノックダウンされた男性客は、予あらかじめ連絡してあった警察へと連行されていった。


 お店はというと、さすがにそこからはドタバタと時が流れ、俺と真央ちゃんの就業時間が終わりを迎える。



「マスター、凄かったですね! 気迫だけで、腰抜かしてましたよ」



 失礼だけど、とても還暦を過ぎた人の迫力とは思えなかった。剣道の師範代で、今でも道場で若い子を指導しているとは聞いてたけど、まさかこれほどとはね。恐れ入りました。



「いやいや、大地君も勇気あるね!! 改めて驚いたよ」



 いや、それは俺のセリフですよ、マスター。



「お二人とも、助けて頂いて本当にありがとうございます! とってもカッコ良かったです!!」



 うんうん。確かにマスター、オールバックの白髪に、なぜか竹刀が似合ってたね。



「従業員を守るのも、マスターの仕事だからね。帰りも気をつけるんだよ」


「はい!! 本当にありがとうございました。お疲れ様です!! お先に失礼します」



「真央ちゃん、お疲れ様」


「山本さん、お疲れ様」



 俺もそろそろ帰ろうかな。お客さんもちょうど引いてるし。



「マスター、俺も帰りますね」


「大地君、真央ちゃんの家は君と逆方向なんだけど」



「はぁ?」


「この辺りなんだ」



「はい?」


「今から、左側にダッシュすれば余裕で追い付くから、宜しく頼む」



「えっ?」


「従業員を守るのは、マスターの仕事なんだよ」



「はい」


「大地君にとっても、可愛い後輩だろ?」



~~~~~~~~~~



 結局俺は、山本さんを尾行してる。むしろ俺の方が、不審者で捕まりそうだ。



 一緒に帰ろうって声を掛ければ済む話なんだろうけど、そんな勇気、俺には無い。変に怪しまれたら、次シフトで一緒になった時に気まづいし、それこそ山本さん、バイト辞めちゃうかもしれない。



「きゃぁぁっ!!」



 まずい!! 山本さん、路地へ引き込まれた!? マジかよ、今日二回目? トラブルメーカーなのか?



 俺は山本さんが引き込まれた路地まで、ダッシュした。



       『あとがき』


マスターの独り言



竹刀を磨きならが、優雅に自身で煎れた珈琲を口にしている。

白髪にオールバック。執事のような制服にピンと伸びた姿勢。

その全てが顧客を導くように、この喫茶は老若男女に古くから愛されてきた。


「宍戸大地……私の目に狂いは無かったが」


この喫茶Night viewは、時給は高いが採用のハードルも高い。

そのことは、知る人ぞ知る隠れた事実だったりする。


そんな喫茶のマスターは武道の達人で、熱狂的なサッカー狂でもある。

スポーツ全般が好きらしいのだが。


「彼の抱える闇は、どう照らされるのだろうか」


そんな喫茶Night viewは不定休だ。

一時期、長期休業していたこともあったとか。

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