第二十五話 お見合い

「ふむ、解決したのか」

「はい、何が理由かは教えてはくれませんでしたが、元気になって良かったです」


 執務室で魔王に告げる。副官が眉を寄せて首を捻っている。 

 ちなみに珍しくローナが同席していない。何か用があるとかで外出した。


「では次の話だ。見つかったぞ」

「はい? 何がですか?」

「結婚相手の候補だ。一人名乗り出てきた」

「え、昨日の今日でですか?」

「確かに早いな」


 魔王領内の情報伝達速度が異常に速いのか、それとも……。


「それで、名前は何と言うのですか?」

「俺の直属の巨人部隊に所属している部下だ。名をセシルと言う」


 どこかで聞いたことのある人物だ。


「んん? それってもしかして」

「お前が捕虜にした二人のうちの一人だな」

「あいつか。何で俺を選んだんでしょう?」


 選ばれる心当たりが無い。


「報告書によると、ヤスタケに熱烈な求愛をされたとあるようだが」

「は?」

「したのか、求愛?」

「……そんな覚えないんですが……」


 彼女に何かしたっけ?

 今までの記憶を掘り返す。

 命がけで捕虜にして、要塞に連行して軟禁し、魔王城まで同行させて目的を達成したから解放しただけだ。

 その後も定期的にいじめられてないか顔見に行ってるだけなんだが。

 さっぱり分からん。


「ではどうする?」

「まあ、とりあえず会ってみます」


◆     ◆     ◆


 魔王の執務室に呼び出されたセシルは魔王と副官が同席する中で俺と対面する。

 困った。何を話したら良いのか分からない。


「そ、それでだな」

「ああ」

「わ、私と結婚してほしい。……どうだ?」


 普段とは違ってがちがちに緊張したセシルが言った。

 こいつ、こんなキャラだったっけか?

 そういえば、魔王を雲の上の御方なんて言ってたっけ。憧れが目の前にいるんだから緊張もするか。

 とりあえず、今のところ断る理由は無い。


「それは大丈夫だ」

「そうか、……そうか」


 俺の返事を聞いて安心したらしい、表情が幾分か和らいだ。


「逆に訊くけど、どういった理由で名乗り出たんだ?」

「打算的な話だが……」


 セシル曰く、彼女が住んでいた町が突然攻め込んで来た軍事国家に滅ぼされ、命からがら逃げだした彼女他数人が後に設立された魔王直属の巨人部隊に入隊することになった。

 しかし、ひときわ結婚願望が強かった彼女が他の魔族にそれとなく話しかけてもなしのつぶてだったと言う。


 後になって、家族を失い後ろ盾を無くしたのが影響し必要な援助が受けられないことを理由に男性側は断っていたようだ。

 俺からすればそんな馬鹿なと思うが、この世界では何か困った事があれば家族や親類に頼ることは普通であるとこの時知らされた。


 なかなか世の中はうまく回らないらしい。

 それでは相棒のネアはどうなのかと訊くと、彼女は姉が別の町の所に嫁いでいてそこで暮らしていたので壊滅は免れ、姉にうちに来ないかと誘われているとか。ネアは家族の仇を取りはしたものの、相棒のセシルが心配だから戻れないと語ったそうだ。

 長々と語ったセシルが一息ついて紅茶を口にする。


「ヤスタケよ」

「魔王様、何ですか?」

「この魔王領ではこういった民はそこかしこにいる。三年に渡る戦で男の数もそれなりに減った。ここはひとつ、彼女をめとってはどうか?」

「それは願ってもない事ですが……」

「何だ」

「疑問がありまして。……求愛行動、俺やりましたっけ?」

「覚えてないのか!?」


 俺の素朴な質問にセシルが目をむいた。


「すまない。どういう事言ったのか教えてくれないか?」

「そうなのか? うろ覚えだが私がお前に捕らえられた時、『抵抗するなら手籠めにしてはらませて産ませて一緒に暮らすことになる』と脅されたんだが……」

「ヤスタケ?」

「勇者様?」


 異様に低い、底冷えした声で魔王兄妹が俺に冷たい視線を向けてくる。

 俺はセシルの言葉で過去に自分が何を言ったのか記憶の底からよみがえった。


「そうだそうだ、思い出した! だけどその言葉は間違ってるぞ! 確か、『捕虜にしたがもし要塞で巨人を使って暴れるようなら手籠めにして産ませて孫に囲まれて死ぬことになる』と言ったんだ!」

「そうか、なるほど。……ヤスタケ」

「勇者様」


 魔王兄妹の変わらず冷たい声に俺の背筋が思わず伸びた。


「はい何でしょう、魔王様副官殿」

「大して変わってない」

「見損ないました」

「あの時は悪役を演じたんですって!」


 俺の弁解に魔王兄妹とセシルが困惑する。


「何故そんなことをした」

「俺とお前は敵同士だからなれ合うつもりはない、という意味で。……俺、おっさんですからどう言えば年頃の少女が嫌がるかを考えて言ったんですよ」

「では、あの時の言葉は嘘だったと!?」


 セシルが顎が外れんばかりに驚いて訊いてきた。

 こうれなればやけだ、正直に言ってしまおう。


「嘘でもあるが本音でもある」

「……本音?」

「お前、美人じゃないか」

「びっ……!? い、いや、先日はよく分からないと言ったじゃないか!」

「まあ、あくまで個人的な主観だけどな。他の人から見たら評価は変わるかもしれんが」


 良く分からないがセシルは固まっている。


「あの時は俺があと二十才若ければ告白したんだがな、とか思いつつ言った」


 セシルが両手で頬に手を当て頭を左右に振っている。それが何を意味するのか分からないが嫌がられてはいないと思う。

 反応に困って魔王兄妹を見ると何故か白い目で俺を見ている。


「まあ、とにかく。俺と結婚する条件はこの地を離れ、遠い遠い俺の生まれ故郷へ行って俺と一緒に骨を埋める事だ。……可能か?」


 首を振るのを止めたセシルが真面目な表情で俺を見る。


「私からも条件をひとつ。……故郷の町が焼かれ生存者は数えるほど。思い出の場所に戻って住むのが辛いので、どこか遠くへ連れて行ってほしい」

「分かった。受け入れる」


 俺とセシルはお互い無言で頭を下げた。


「婚約成立だな」

「色々と言いたいことはありますが、本人たちがそれで良ければ」


 魔王兄妹が頷いた。


「二人を祝って明日の夜、パーティーを開くとするか」

「ここのところ働きづめでしたからね。準備します」

「頼む」


 え、こんな事で?


「そんな盛大なものじゃなくて良いですよ」

「そのつもりです。けれど、一番の客人を粗雑に扱うのは体面に関わるので無下にもできません」


 ああ、そうか。和平条約を締結させて平和をもたらしたお礼もあるわけか。


「魔王様も副官も大変ですね」

「気にするな、慣れている」


 俺は無言で礼をし、セシルも続いた。


◆     ◆     ◆


 宴が始まるまで一旦自室に戻ることにした。

 一応賓客として持て成されても良いように正装の洋服を渡されている。


「至れり尽くせりだなっと」

「おかえりなさい、ヤスタケさん……」


 部屋に入ると、ローナが元気のない声で俺を出迎えた。


「ローナ、どうした?」

「いえ、ちょっと」

「困った事があるなら相談に乗るが」

「いえ、そこまでではないんです」


 本当にそこまでではないのか? でも無理に訊き出すのもおかしいしな。


「そうか。それで明日の夜、パーティーが行われるんだ。ローナもたまにはただの人間として参加してみないか?」

「良いんですか?」

「問題ないだろう」

「やったー! 実を言うと、参加してみたかったんですー」

「美味しいもの食べられるぞ」

「楽しみですー」


 両手を上げて喜びを露にする彼女を見てやっぱり笑顔が似合うなと思った。


「ところで、何のパーティーなんですか?」

「俺とセシルとの婚約パーティー」


 びしりと。ローナの動きが急停止した。笑顔が抜け落ち、顎が下がる。

 何故にそんな反応?


「……ヤスタケさんと、……誰の?」

「セシル。ほら、巨人を操縦していた二人の少女のうちの片方」


 両手を下ろした彼女は俺に背を向けてふらふらと部屋の外へ向けて歩き出した。


「ローナ?」

「やっぱり出ません」

「え、何で?」

「もう知らないっ!」


 速足はやあしで出て行ってしまった。

 意味が分からない。

 俺に振られた後、吹っ切れて元気を取り戻したと思ったら今の事態。

 もしかして俺の事を諦めてないのか?

 彼女の後を追いかけることにした。


 廊下に出ると既に彼女の姿は無い。人に彼女の行き先を訊いて回るのは非効率だ。

 素直に探知魔法を使うことにした。探知系は苦手な部類に入る魔法だが、莫大な魔力で物を言わせる。

 彼女の魔力反応を発見。城の外に向かってるのか。

 あ、探知されたのを知ったのか魔力を抑え込んで反応を消しやがった。

 探知系では彼女が上手だ、見つけるのが難しくなる。

 難しい、と言うだけで時間はかかるけど無理ではないのがミソだ。


◆     ◆     ◆


 城の外へ出て城下町の商店街に入る。

 魔力を抑え込んで反応させなくするというのは探知系魔法では一般的な対策だが、痕跡が完全に消えるわけではない。

 うっすらとした残り香みたいな魔力が本人が移動した経路に残るのである。魔力の消費が大きくなるが問題無い量だ。こんなチートが無ければ早々に彼女を見失っていただろう。

 対して彼女からは探知系魔法は一切飛んできていない。

 本当は逃げるつもりがないのだろうか。


 彼女との距離はもうないのか、残り香はだんだん強くなっている。

 建物の角を曲がれば見えるだろう。

 建物を陰にして覗いてみれば、彼女の後ろ姿が見える。

 彼女の前に誰かがいて会話しているようだ。

 聴力拡大の魔法で耳をすましてみる。


「……なんてどういうつもりですか!」


 いきなり大きな声が響いたのでとっさに耳を塞ぐ。

 聴力調整、調整っと。


「どういうつもりも何も、結婚相手を募集してたから思い切って応募しただけだ。それと声が大きいぞ」


 この声、セシルか。

 今日は休日だったのか、街中にくり出したんだろう。

 しかし、ローナの方が年上なのに随分と冷静だな。


「……ヤスタケさんは私が以前から狙っていたんです。いきなりぽっと出の貴方あなたに奪われてなるものですか」


 セシルに諭されたのか、ローナは幾分抑えた恨みがましい声で言う。


「うーん、そう言われてもな。彼と私の利害が一致したから婚約できたんだ」


 そう説明するセシルにローナはうなる。彼女を否定する言葉を探しているのだろうか。


「君が彼を想っているとは考えてなかったんだ。すまない」

「……本当に私の事知らなかったんですね」


 セシルが頭を下げるとローナが幾分か気落ちした声で絞り出す。


「もっと落ち着ける場所で話し合おうか、近くに喫茶店がある」

「……分かりました」


 二人が歩き出した。

 どうするか。

 事情を盗み聞きするのは良くないが、俺の結婚相手探しが元だから尾行した方が良いだろうか。

 これからも何も知らずに接していると、ふとしたことで地雷を踏んでしまう可能性があるから尾行しよう。

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