第二十四話 破綻
警告
この話の後半に作者の個人的で政治的な話があります。
へえ、西暦1980年代の日本はこんな感じだったのかと思う程度で構いません。
苦手な方はブラウザバックをお願いします。
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魔王との打ち合わせが終わった日の夜、今では自分の部屋となっている客間のベッドに横になったところで扉が軽く叩かれた。
「こんな時間に誰だ?」
「私です、ローナです」
何か相談でもあるのか、珍しい。
扉を開けると、夜着からほのかに湯気が立っているローナの姿が視界に映る。
ああ風呂上がりなのかと理解しながら、無意識に扉を閉め、鍵をかけた。
「ヤスタケさん? ヤスタケさ~ん」
なんとなく、彼女を部屋に入れると危険だと本能が察知した気がする。
『もう、ヤスタケさん、私を中に入れて下さいよー』
幽体離脱して入って、強引に扉を開けられた。
ここまでされたら対処のしようが無い。
「ああ、うん、どうぞ」
「お邪魔しまーす」
俺は紅茶を用意してテーブルを挟んで向かい合わせに座る。
こいつ、また突拍子もないことを思いついたんじゃないだろうな。
「で、何の用だ」
「私と肉体関係になりましょう」
ごふっと口に入れた紅茶を吹き出した。
ふんすと鼻息荒く宣言した彼女を、俺は
「あ、待って、待って下さい!」
「何だ」
「本気なんです、私と結婚して下さい!」
恒例だが、またおかしなことを言い出したぞ、この娘。
「この間言ったはずだ、幽霊族は故郷に連れ帰れないって」
「今の私なら条件を達成しています!」
「……つまり、マリーの身体も故郷に持って行くと?」
「そうです!」
「ええ? 少なからずマリーを想っていたウェブルとルモールはどう思うんだろうなあ?」
「既にお二人からは承諾を得ています。『マリーは既に亡くなっているのは理解しているので、ヤスタケさんと
「こういう時は素早いな。しかしそうなのか。……そもそも、何で行き遅れの俺なんかを選んだ?」
もはや四十を過ぎると自虐に
「
彼女によると、幼い頃から勇者の伝説に憧れており、俺がこの世界に来るまで心待ちにしていたと語る。
「それと、人柄? 雰囲気? 普段の接し方? 何でも良いんです、ありのままの貴方が良いんです!」
女にここまで言われると悪い気はしない。
しないのだが。
「……悪い、やっぱ無理だ」
「……どうしてですか?」
ローナの顔にかげりが生まれる。
「マリーが生前な、『年の離れた好きでもない男と結婚したくない』って面と向かって言ってきてな」
「……マリーはもういません。わたしはローナです」
「その姿で言われてもな、あいつの影がちらつくんだよ。あいつの意思に反するようで申し訳なくてなあ」
「……なら、この姿じゃなければ良いんですね?」
「整形するなよ? マリーに対する
俺に言われた途端、彼女の表情が歪む。
一時的な感情に囚われて突っ走るのは良くないな。
「じゃあ、どうすれば良いんですか? どうしたらわたしを見てもらえるんですか!?」
部屋の中の調度品ががたがたと揺れ出す。幽霊族のポルターガイスト現象か、初めて見た。感情が
「……すまない」
「もう過去の話なんです! 思い出として取っておくという事で良いじゃないですか!」
「明日から魔王領内で結婚相手を探すよ」
「お願い……わたしを見てください……」
とうとうローナは泣き崩れた。
本当、どうすれば良いんだ。
ローナが泣きながら部屋を出ていった。
◆ ◆ ◆
翌日、昨晩の出来事を魔王兄妹に伝えると二人そろって考え込み始めた。
「親しかった亡き者への配慮は分かるが……」
「長年、想いを募らせたローナさんへのその返答はどうかと思います」
「それで俺も困ってまして、二人に相談しに来たんですよ」
魔王と副官が
「それで、彼女は今どこに?」
「いえ、今朝からあいつを探しているんですけど、どこに行ったのか見当がつかなくて……」
同僚の幽霊族の所に行ったのかと思ったのだが、彼女らもローナを見ていないと言う。
本当、どこに行ったのやら。
「これ以上進展が無さそうだから話は変わるが、ヤスタケの嫁探しだったな」
「はい」
「軍事国家の侵攻で一部が荒廃したので、故郷の復興を諦めて離れる者もいます。よろしければ、彼女たちの中からヤスタケ様となら良いと名乗り出てくれるよう、募集するのをお手伝いしますが……」
「それで構いません。
副官が現実的な提案をしてきたので、頭を下げてその案に乗っかることにした。
◆ ◆ ◆
その日はローナの姿を見ることは無かった。
「本当、どこに行ったんだ? さすがに言い過ぎたか……」
夜、就寝前に習慣となった紅茶を用意してゆっくり飲む。
「……不味い」
茶葉自体は良い物が取り寄せられているのだが、ローナの技術と比べると雲泥の差だ。見様見真似でやってみたのだが、彼女のものとは程遠い。
今になって彼女の有能さに気が付くとはな。
せっかく沸かしたポットのお湯を捨ててしまうのも勿体ないので全て飲み干し、お手洗いで用を足すとベッドに潜り込む。
彼女を探しにあちこちを歩き回ったせいか疲れがたまっていたらしい。すぐにうとうとしだして意識が闇に落ちていった。
◆ ◆ ◆
夢を見ている。
まだ俺が小学校に上がる前の頃だ。
親父が俺を抱えながら何か言っている。
「昔の日本軍は凄かったんだぞ、酸素魚雷と言うのがあってな……」
「ふうん」
酸素魚雷という物が当時の俺には分からなかったが、とにかく凄くて日本が自慢できる代物だったようだ。
場面が変わる。
今度は小学校低学年の頃か?
親父とお袋が俺に対して何か言い聞かせている。
「だから、日本軍は南京大虐殺っていう悪い事を中国にしたんだ」
「三十万人も殺したのよ」
「……そんなの信じない」
小さな頃に旧日本海軍を自慢げに語っていた父親はどこに行ってしまったのだろうと、この時は漠然と思っていた気がする。
「新聞でもラジオでもテレビでも言ってるの」
「そんなの間違ってるよ」
「実際に起きた事なんだ」
「じゃあ、何で」
「典男?」
「何で日本では起きてないのさ」
「起きたのは中国でだ。悪いのは日本軍で……」
「お父さんお母さん、そうじゃない。そうじゃないんだ」
「何がそうじゃないんだ?」
「そんな人を殺すのが大好きな人たちが普段我慢できるはずがないよ。戦争に行く前でも終わった後も日本で人を殺しまくっているはずなんだ。なのに、何でそんなことが起きてないの? ニュースにならないの? おかしいよ」
何で今さらこんな夢を見ているんだろう。
走馬灯だったりするのか?
子供から大人へ成長する過程で断片的な記憶が流れていく。
『次のニュースです。昨日、山の中で遺体で発見された五才の○○君を埋めたとして自称韓国人の×××容疑者が逮捕されました……』
「また朝鮮人か……」
親父がため息を吐く。これは俺が小学校入学した後の頃だったはず。随分前だ。
「名前が普段日本では使われない漢字三文字だからね、すぐにあいつらだって分かるよ」
俺がそう言うと両親は無言だ。
「あのさ、もし僕があいつらに誘拐されたとしてさ」
両親が俺に顔を向ける。
「金を寄越せって脅迫電話がかかって来ても断ってほしいんだ」
「典男!」
「だって、いままで誘拐された子供たち、お金を払おうが払わまいが皆殺されてるじゃない。どうしようもないよ」
「典男! そんな事言うんじゃない!」
『次のニュースです。昨日、○○県××市の△△さんのお宅に男の声で「お宅の息子を預かっている、返してほしければ五千万を用意しろ」という脅迫電話が……』
今思い返すと物騒な時代を生きてきたんだなと思う。
◆ ◆ ◆
「…………朝か」
上半身を起こして夢を思い返す。
「夢には何か意味があると聞いたことはあるが……」
迷信だな。
ベッドから降りようとして気づいた。
……
「おっはようございまーす、典男さん!」
「お、おお!? ローナか」
「うふふ、そうですよ、今日も張り切って行きましょう!」
いきなり扉が開いてローナが足取り軽く入室してきたのでびっくりした。
何か不自然だが、誰かが彼女を元気づけてあげたのだろうか。
だとすれば、その人に感謝しなくてはならない。
「なあ、ローナ」
「はい、何ですかっ?」
「一昨日は悪かったな、言い過ぎた」
「じゃあ、結婚してくれるんですかっ!?」
「それは無理」
「むう」
「本当、ごめん」
「……いいですよー、私なりに解決策見つけましたしー」
はて、解決策?
「それは一体……」
「ふふふ、時期が来たら教えまーす」
……まあ、内緒にされるよりはましか。
「分かった、後で教えてくれ」
「楽しみにしててくださいねー」
何だろう、そこはかとない不安があるが、ローナが元気ならそれで良いか。
訳が分からないが、とりあえず魔王兄妹に問題は解決したことを伝えておこう。
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