第二十話 仕込み

 要塞司令官のウォルズは姿勢を正したので、俺たちも自然と背筋を伸ばす。


「すぐにでも外交官を連れてきてほしい、綿密な打ち合わせをしたい」

「了解しました」


 慣れない敬礼をする俺に、要塞司令官が咳払せきばらいをした。


「ところでだな、勇者ヤスタケ殿、折り入って頼みがあるのだが……」

「はい、何でしょうか?」

「うちの孫娘はどうだろうか?」

「私の故郷に連れ帰る事ができれば受けます」

「……遠いのか?」

「この大陸ではありません」

「うむ、この話は無かったということで」

「……残念です」

「お二人とも、こんな時に何言ってるんですか……」


 ルモールが呆れた顔で俺たちを見ていた。

 いや、すまない。こっちも切実なんだ。


◆     ◆     ◆


 その日の深夜ルモールたち数名に見送られながら空へ飛んだ。

 透明な板を出し エレベーターのように浮かび上がる俺を見て、目を丸くする皆を見届けながらひたすら上を目指す。

 一定の高さまで飛んだ後、王城のある方へ向けて斜めに落下した。


 何のことはない、透明な板を斜めに配置しての無限滑り台だ。どんどん加速していく。

 遊園地のジェットコースターを思い出すな。

 一定の高さまで滑り降りたら板を斜め上に配置して運動エネルギーを利用し勢いをつけて登る。

 速度が落ちてきたら斜め下に板を配置し、それを繰り返す。

 透明な板は摩擦係数がぜろに限りなく近いので非常に良く滑る。

 風圧が心地良い。

 ウェブルの叫び声さえ無ければ快適な空の旅なのだが。


「ひいいい、大丈夫なのかいこれ!?」

「一応、試験段階では成功したぞ! 実証はまだだったからぶっつけ本番だけどな!」

「聞くんじゃなかったああああ!」

「とにかく速さが優先されるんだ、文句言わない!」

「ひいいい!」

「ウェブル! 聞こえてるか!? あんまり騒いでいると誰かに聞かれる恐れがあるから黙っててくれないか!?」

「わわわわ分かったああああ!」

「本当に大丈夫だろうな……?」


 何故ウェブルがついてきているのかと言うと、王城の形に詳しくないからである。

 空をすいすい進んでそのまま通り過ぎましたでは意味がないのである。

 半ば不安がるウェブルを強引に連れ出したのだ。


「ところで王城はまだか!?」

「も、もうすぐだと思う! そ、それでさ!」

「何だ!?」

「こんな状態でどうやって王城の中に入るんだい!?」

「理想は王様のいる部屋に飛び込むことかな!」

「止めてくれ、死にたくない!?」

「冗談だ、そこのところは俺に任せてくれ!」

「それと、勢いつけすぎじゃないか!? このままだと壁に叩きつけられて死んでしまうよ!」

「王城が見えたら合図してくれ、減速する!」


 結果的には、王城のすぐ手前まで滑り、多少ずれはあったものの、減速して止まった。比較的近いベランダに乗り移る。


「それで、どこが王様の部屋なんだい?」

「前回案内されたのは応接室だから、それ以外は分からん」

「え、ちょっと」

「貴様ら、そこで何をしている!」


 ウェブルと会話している最中に第三者の声が割り込んでくる。


「恐らく近衛騎士だ」


 ウェブルの言葉に、俺たちは松明を掲げながら近づいてくる人物に礼をした。


「突然、夜分遅くの来訪失礼いたします。私はカルアンデ王国により召喚された、勇者安武典男と申します」

「何、勇者だと」

「こちらの印章が国王陛下から正式に発行された物です」


 王と応接室で話し合った直後に貰った印象を近衛騎士に渡す。


「確認する。……確かに、本物だ。して、こんな夜更よふけに何の用か?」

「魔王軍との戦いで最前線で異変が起きました。至急、カルアンデ王国国王陛下ウェスティン様の判断をいただきたく」

「議会を通しては駄目なのか?」

「事は急を要します。それでは間に合いません」

「……内容による。誰にも漏らさない故、私には教えていただけないだろうか?」

「……構いませんが、陛下の判断次第では、貴方も最前線送りになってしまう可能性がありますが」

「構わん。国王陛下の安全が第一だ。教えてくれ」

「その意気や良し。分かりました」


 誰かに聞かれる恐れもあるので、近衛騎士の側に寄り、耳元で話す。


「以上が最前線で起きたことです」

「それは、確かに誰にも話せない内容だ。分かった。陛下へ繋ぎをとる。付いてきなさい」

「ありがとうございます」


 以前来た応接室へ案内されるとここで待つよう言われ、近衛騎士は静かに去る。


「ノリオ、大丈夫なのかい? もしあいつが主戦派閥だったら」

「その時はその時さ、とにかく待とう」


 十五分くらい経ったろうか、扉が開き、寝間着を着たウェスティン王と付き人の幽霊メイド、先ほどの近衛騎士が入って来た。

 王様はソファーにどっかと腰を下ろすと俺を睨みつけて来た。


「話は聞かせてもらった。和平派閥の外交官を連れて行きたいという事で間違いないか?」

「はい、一応こちらが要塞司令官ウォルズからの親書です」

「改めさせてもらう」


 幽霊メイドが受け取り封を開ける。中身を取り出しメイドが目を通して、魔法がかけられていない事を確認すると、王に手渡した。


「…………ふむ。勇者殿たちの計画は理解した」


 沈黙。果たして王様はこちらの計画を許可してくれるだろうか?


「了承しよう。思う存分にやってくれ」

「ありがとうございます」


 王様は幽霊メイドに言いつけるとすぐに外交官を呼び出しに行かせた。聞けば、彼は王城に宿泊しているとのこと。すぐに出立できるだろう。


「それと、ここにいる近衛騎士も連れて行け」

「はい」

「近衛と言うだけあって強いぞ、役に立つはずだ」

「新米勇者としてはありがたい限りです」


 王様の急な呼び出しにも係わらず、ぴっちりとした正装と旅行かばんを持ってやって来た外交官に拍手したくなった。


「和平派外交官、メッケル・ノーラントと申します。よろしくお願いいたします」

「近衛騎士、ワルム・ズムント、以後よろしくお願いいたします」


 二人の挨拶に俺とウェブルは頭を下げて自己紹介を行った後、慌ただしく応接室のバルコニーから城を出ることにする。

 メッケルとワルムの二人は夜闇の中、初めての慣れない滑り台に恐怖を覚えたようだ。外交官は悲鳴を上げ、胆力のある近衛騎士は真っ青になりながらも我慢しているようだ。

 夜が明ける前に要塞付近に着地した俺たちは入り口を目指す。入り口には二人の見張りが周囲を見回していた。


「誰だ! ……勇者様!?」

「見張りご苦労様。至急、ウォルズ要塞司令官殿にお会いしたい。可能か?」

「先ぶれを出します。付いて来てください」


 俺たちは見張りの先導で要塞内を歩く。簡単に攻め落とされないよう、中は入り組んでいて、自身の位置があっさりと分からなくなるくらい広かった。


「失礼します、勇者ヤスタケノリオ様他三名をお連れいたしました!」

「入れ」


 扉が開いて作戦室の中に入ると、ウォルズは椅子に座って茶を飲んでいた。


「思っていたよりも早かったな。それで、首尾は?」

「成功です。和平派外交官と近衛騎士を連れ帰りました」

「近衛?」

「我々の計画を知ってしまったので」

「ならば仕方ないな、ヤスタケ殿に預けるので使うように」

「ありがとうございます」

「で、いつから魔王の下へ行く?」

「今日の太陽が沈んでからすぐに。勇者部隊及びモンリー中隊も連れて行っても構いませんか?」

「良いだろう、許可する」

「魔王の居場所はどこに?」

「前に言った通り、拠点にしている城から動いていない。そこに乗り込めば、あるいは」

「分かりました」


 俺たち四人は要塞の外に出て、学園生たちの宿営地に向かう。


「急ぎすぎじゃないか? 少しくらい休んでも……」

「議会の主戦派の政治家たちにばれる前に和平条約を結ばないと面倒なことになる」


 ウェブルの眠そうな声に理由を説明する。


「寝たい……」

「社会人三てつめんな」

「そんな職場嫌だ……」


 そんなことをウェブルと会話しながら歩いていると、ワルムから声をかけられた。


「勇者殿」

「どうした?」


 ワルムが右手を差し出してきた。握手だろうか? 右手で握り返すと彼は笑顔になる。

 彼の機嫌が良くなった意味が分からない。

 続いてメッケルとも握手した。彼も笑顔だった。

 ますます意味が分からない。


 宿営地にたどり着くと、起き出してきた学園生たちと朝食を共にする。

 皆にはこの後重要な話があるから、戦支度をして広場で待つようにと伝えた。

 次に、モンリー中隊の宿営地にも訪れる。

 事情を聞いたモンリーは難しい顔をしている。


「魔王と直接対決、か……、ううん」

「頼む、モンリーさんたちが手伝ってくれないと、この作戦が上手くいくか分からないんだ」

「他ならぬヤスタケさんの頼みだしな。でも、俺も死にたくねえし」


 悩むモンリーに秘密を一部打ち明けることにした。


「なあ、モンリーさん、この作戦が失敗した場合、俺たちだけじゃなく、ここにいる要塞にいる兵だけじゃなく、カルアンデ王国に住む平民たちまで危なくなる。議会の主戦派どもは兵の不足を補うため、平民たちを片端から徴兵するつもりだ」

「何だって?」

「頼む、一緒に戦ってほしい」


 この情報はウォルズからもたらされたうちの一つだ。あまり話を広めると主戦派がどんな手段に出るか分からないため、口外しないようにと言われていたのだが、緊急時だ。

 頭を下げる。


「ああ、分かりやした。ご一緒しやしょう」

「ありがとう、すまない」

「ただし、報酬ほうしゅうは弾んでくだせえよ」

「作戦が成功したら王様に掛け合ってみるよ。努力する」


 広場にモンリー中隊全員を連れて行くと、待っていた勇者部隊の学園生たちが何事かと目を丸くしている。

 二つの部隊を並べ、俺は演説を始めた。


「すまない、緊急の出撃だ。今夜、ここにいる皆で魔王のいる城へ突入し、決着をつける」


 どよめきが上がる。


「決着と言うのは語弊ごへいがあるか。こちらの力を見せつけ、和平を結びたいと考えている。戦況が思わしくないうえにこのままだと君たちだけでなく、この要塞にいる者たちもそうだが皆の故郷にいる家族の命も危ない。そうなる前に俺たちが出撃する。ただ歩いていくのは敵に見つかるためやらない。ではどうするのかと言うと……」


 ここで俺が無属性魔法の透明な板を足の下に出現させて体ごと浮かせる。

 皆がざわめく。


「こうして」


 彼らの頭上で滑りながら大きくぐるりと一周すると、元の位置へ戻って来て着地する。


「こうやる。この魔法を皆にも使用して大地をはい回る事無く、直接魔王の城まで行く」


 ざわめきが治まるのを待つ。

 集団に対しての説明や説得はあまりやった事が無いんだが、うまく行っているだろうか。

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