第八話 授業

 教師が黒板に紙を張り、図を説明する。


「魔力を吸収し、放出する宝石、放吸石ほうきゅうせきは魔族領でしか産出しない。軍事国家が陸路を封鎖しているので、ドラゴンによる空輸で他国と取引されているため大変高価だ。我がカルアンデ王国では勇者たちがもたらした、こちらでも生産できる工芸品と物々交換しているのが現状だ。放吸石を幽霊族に与える代わりにメイドとして働いてもらっている。大きな魔力を持って生まれた子供に対して放吸石を使うのが本来の仕様だが、中級貴族以上、大商人クラスでないと使えないため、それ以下の子供は余程の事情が無い限り、見殺しとなってしまうのが問題……」


 鐘の音が響き渡る。


「む、時間か。今日の授業はここまで。次回の授業までにこの続きを予習してくるように」

「起立、礼!」


 俺が魔法学園中等部一年Aクラスに編入されてからはや一か月が過ぎた。

 この星でのこよみは十二か月で、一月が平均二十八日という周期、極めつけが一年も三百四十日と短い。地球より若干じゃっかん短いが誤差の範囲だろう。

 でも一年で一月分の差だからなあ、十二年で一年の差はでかいかもしれん。

 そんなことを考えつつ、男子学生寮へ一人で歩く。


 この一か月何をしていたのかというと、主だった教師、クラスの生徒たちの顔と名前、各教科の内容の暗記と予習と復習と、体育の体力錬成れんせいなど、挙げたらきりがないくらいだ。


 俺には学生寮の一室が与えられた。何でも、学習内容についていけなくなっただの、問題行動を起こしただので退学になった生徒の空き室があったのだとか。

 相部屋なのだが、勇者とのを優先的に進められても困る、といった生徒たちの申し出らしく、俺一人だけとなった。

 正確には一人だけではない。


『お帰りなさいませ、ノリオ様。夕食までまだ時間がございます。湯浴ゆあみをなさいますか? それとも、わ、た、し?』


 自室に戻るなり、部屋の中で俺にお辞儀しながら選択肢せんたくしを提示してくる見た目二十代半ばくらいの幽霊メイドが一人いた。

 間髪入れずに答える。


「先に風呂に入る。ついて来てくれ」

『かしこまりました。……あ~ん、いけずぅ』


 ローナ・フュシィアと名乗るメイドが身悶みもだえするが、無視。

 この一か月、彼女にはほとほと手を焼かされたが、この頃は言動に慣れてきたため、かわす事もできるようになった。


『いつも通り部屋のお掃除しておきました。もちろん、屑籠くずかごも』

「ああ、ありがとう。ってか、やけに強調するな。何か変な物捨てたっけ?」


 教科書などが入ったかばんを机の上に置きながらローナに振り向く。


『年を取られても勇者様も男ですね~。ちりがみが染み込んでましたよ?』

「……いや、その、……ああ、俺も男だよ。それが何か?」


 躱すこともできるようになったが、全てではない。

 少しどもったものの開き直る。

 堂々としていればからかわれないだろう。

 そう判断して黙らせようとしたのだが、彼女は核心かくしん的部分を突いてきた。


『おかずにしたの、誰ですか?』

「っ、黙秘もくひする」

『えー教えてくださいよー誰にも言いませんからー』

「人の口に戸は立てられぬ、って知ってるか?」

『私、幽霊です。人じゃありませんから大丈夫ですよー』

「なら、何で俺が隠しておいた菓子かしの場所を、同級生があっさり見つけたんだ?」


 ちょっとした夜食用として菓子をため込んでいたのだが、遊びに来た同級生に発見され、幾らか食べられてしまったのだ。


『寮の規則ですので』

「ほら信用できねえ。大体だいたい、菓子を探した奴は風紀委員じゃなかっただろ」

『内緒にしますからー』

「言わない」


 精神的に疲労する会話をこなしながら風呂に行くための着替えをローナから受け取る。

 このようにお金持ちか王国から奨学金が貰えていれば、男子にも女子にも部屋に一人幽霊メイドが付く。


 基本的にこの学園に入る生徒たちの大半は貴族であり、実家でもメイドが住み込みで働いている事が多い。

 また、夫がメイドに手を出して身籠みごもらせ、家庭内の不和ふわやお家騒動そうどうに発展させたりする者が後を絶たないため、幽霊メイドを積極的に雇い入れている所も多い。


 多い、というだけで、全部がそうではない。

 男のさがか、妻だけでは満足できずに娼館しょうかんに通う夫もいれば、人間のメイドを雇う者もいる。大抵は子供ができにくいとされるエルフや獣人などの異種族メイドで我慢するそうだが、このカルアンデ王国も建国以来二百年と頭痛の種が尽きないそうだ。


 これでも、周辺国と比べれば随分とましな状態だそうだ。

 あくまでうわさだが、人間のメイドを権力で凌辱りょうじょくし、身籠みごもったと分かったら、赤ん坊ごと辞めさせる貴族が当たり前の国とか、もっとひどい国は異母兄弟の跡目争いで一族が二つ三つに分かれての殺し合いなんて茶飯事さはんじなのだとか。

 他の生徒たちと共に受けた授業では、どの国も内輪うちわ争いばかりで他国との戦争がおろそかになっており、ここ二十年くらいは平和だった。

 魔王が現れるまでは。


 事の発端ほったんは後に魔王と呼ばれる者が、今現在、魔王領と定められた諸国を統一したところから始まる。当時、魔王領と隣り合わせだった軍事国家が勢力を増す彼らに対して国境沿いに要塞線を構築したらしい。

 が、魔王軍はあっさり要塞線を完全破壊したようだ。カルアンデ王国の調査では大規模魔法での破壊は無理があり、どうやら魔王は勇者を召喚したらしいと結論付けた。でないと説明がつかないそうだ。


 魔王軍は破竹はちくの勢いで軍事国家の首都を攻め落とすと、その国の隅々まで住んでいた国民の大半を殺戮さつりくしてしまったという。

 外国まで逃げ出した生き残りの民の訴えに危機感を覚えた諸国家は同盟を結び、魔王軍が占領した旧軍事国家の領地を取り返さんと攻め込んだが、数に劣る魔王軍は何倍もの同盟国軍を押し返し、戦争は膠着こうちゃく状態にいたったそうだ。


 学園長に各国で召喚された勇者たちを一か所にまとめ、力を合わせて魔王討伐すれば楽勝ではないかと意見したところ、どの国も自国が召喚した勇者の情報をなるべく他国に知られるのを嫌がり、それぞれが独自で魔王に挑む取り決めをしたそうだ。


 夕方の浴場は利用者が少なく、がらんとしていた。

 貸し切りみたいで落ち着くなあ。……何で他の生徒たちはこの時間に来ないんだか。

 洗い場でローナに背中を流してもらった後、ゆっくりと風呂にかりながらつらつらとこれまでに聞いた話を整理する。


 世界の危機ってわけじゃねえのか? こんな時まで腹の探り合いかよ。敵国に突撃する方の身にもなってみろ。

 心の中で愚痴ぐちを言う。最悪の場合、敵国で勇者たちがお互いに出会ったら敵か味方か判断できず、信用もできずで殺し合いになるのではと危惧きぐする。


 大丈夫かこの世界。

 そもそも滅ぼされた軍事国家に疑問がある。

 魔王領に攻め込まずに防衛線を構築したという点だ。

 俺がその国の独裁者なら、魔族領が群雄割拠ぐんゆうかっきょしていた状態で攻め入れば勝てたのではないかと思う。

 それにも関わらず、滅ぼされたのは魔王を見くびっていたのではないのか。


 滅ぼされた軍事国家は比較的強大な国で、おいそれと攻め込まれるような弱い国ではなかったと聞いている。

 それが滅ぼされたということはよほど魔王が召喚した勇者が強かったのか、それとも噂だけで軍事国家が弱かったのか。


「ところでローナ」

『はい、何でしょうか』

「……くっつくのやめてくんない?」


 ちなみに、ローナが全裸で俺の隣で湯に浸かっている。しかも体を傾けて頭を俺に寄せている状態だ。しかもご丁寧に柔らかい感触があるのが憎らしい。


『良いではないですか、減るもんじゃなし』

「一応俺だって男だ。理性をたもつのが大変なんだけど」

頑張がんばってください』

「こやつめ、ははは……」


 明らかに俺をからかっている。

 調子に乗る彼女に苛立いらだつが、理性を崩したところで普通は彼女たちにこちらから触れる事はできない。

 幽霊だから。

 そのくせ彼女たちからは自発的に物体に干渉かんしょうできる技能がある。

 ずるいと言う他ないだろう。


 学術的に幽霊族は基本は裸なのだそうなのだが、半透明とは言え、女性の裸体がもろに見える状態でうろつかれると公序良俗こうじょりょうぞくに反するということで、人間族と住まう場所では服を着るよう人間側が指導したらしい。


 それまで人間界に関わってこなかった幽霊族は人間が着る服に興味を持ち、彼女らの間で流行するようになったとか。

 ちなみに、自分の意思で好きな服を形作ることができるらしい。

 貴族たちや学園内で働く彼女たちはメイド服を着ているが、同一では面白くないと思ったらしく、衣装が細部で異なっていたりする。

 彼女たちが独自に工夫した衣装が服飾ふくしょく屋の目に留まり、新たな衣装が生み出されるといった好循環こうじゅんかんを生み出しているとかなんとか。


 ただ、人間側から干渉できないわけではない。

 ずばり、魔法だ。

 に乗った彼女たちをらしめるために使われることもあるそうで、さすがに死にいたらしめることまではしないようだ。


 というか、普段温厚な彼女たちを怒らせると怖い目にう。

 ポルターガイスト現象を起こして安眠妨害あんみんぼうがいしてくるのは優しい方で、直接肉体をいじられて殺されることもあったとか。

 学園で生活を始めてから一か月たつが、専門科の教師から学んだ魔法はちょっとずつではあるが、使用できるようになった。

 今回使うのは闇属性の精神干渉魔法だ。対象に直接触れる事で効果を発揮する。

 相性が良いので無詠唱で発動できるのが最大の強み。


「いい加減に、しろっ」

『うきゃっ!?』


 手でローナの顔面を掴み、指先に魔力を集中させ指をゆっくりと曲げていくと、彼女が俺の手をつかんで暴れ出した。


『あだだだだだ、痛い痛い、ごめんなさい調子に乗りました許してくださいだだだだ』

童貞どうていをからかうな」


 ため息をつきながら手を離すと、ローナは顔をさする。


『ああ、痛かった。……ん? ノリオ様、今童貞って言いませんでしたか?』

「言った。それが何か?」


 ローナは信じられないという表情で俺を見る。


『その年になっても童貞なんですか?』

「どうした急に真顔になって」

『恥ずかしくないよう、娼館に行かれて捨てて来てはどうでしょうか』

「嫌だよ、性病怖いから」

『え、そんなことで?』

「お前は幽霊だからそんなのとは無縁なんだろうが、中には不治の病もあるんだぞ。気楽に行けるか」


 思い起こせば学生時代、同級生が当時治療方法が分からなかったエイズをうつされて死んだことがあった。

 極端な例かもしれないが病気は病気だ。可能性を少しでも減らすなら、性風俗で遊ぶのは避けた方が良いと考える。

 急に無言になったローナを不審に思いつつ、静かになったのなら良いかと判断し、丁度良い湯加減を堪能する。


『あのー、ノリオ様』

「……ん? 何だ」

『そのー』


 ローナはもぞもぞと、いや、もじもじし始めたと言えば良いか。とにかく今まで目にしたことのない不穏な動作をする。

 じれったいな。

 このような態度をとるのは初めてだと思いつつ彼女の発言を待つ。

 彼女は言おうかどうか迷っていたみたいだったが、おずおずと口にする。


『もし、よろしければ、わ、私が、お相手をつとめさせていただきましょうか?』


 予想外にくだらない意見だったので却下することにした。

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