2枚目 この気持ち


「んん〜ッ〜〜!!!」

 

 なんであんなこと言っちゃったんだろう!!!

 どうかしてた...今日の私、完全にどうかしてた!!


 私、大葉 麻理は顔を枕に埋めてこのどうしようもない気持ちにもだえていた。

 なぜこうなったかというと、今日は太陽くんの家で食事会があった。

 親同士の再会を祝ってのことらしい。

 そして私も親について行った。

 そこまでは別にどうにもなかった。問題はそこからだ。


 庭で太陽くんと話していた時、太陽くんの趣味が檸檬を育てることだということを知った。

 そのとき私も何かを栽培することに興味を示していたため、偶然家の庭でトマトを育てていた。

 

 趣味が一緒で嬉しかったのか私は「トマトの育て方教えてくれないかな?」とか、「また、ここにきてもいいかな?」なんて言ってしまったのだ!!!

 しかもあろうことか最後には「下の名前で呼んでほしいな」とまで言ってしまったーー!!!

 相手は今日あってばっかのただの同い年なのに。


 その時は別になんとも感じなかったのに、時間がたってから思い出してみるとじわじわと羞恥しゅうちが襲ってきた。


 体中が熱い!鍋の中でじっくりと煮られているようなそんな感じだ!!


 ま、まさか...私...太陽くんのこと......す、す......!


 いやいやいや!?そんなことない!!

 だってまだ会って一日だし!?そんな深い話もしてないし!第一、私はそんな軽い女じゃないし!!!


 はあ...なんか、疲れた、頭もクラクラしてよくわかんない。とりあえず今日はもう寝よ、明日も学校だし、寝たらなんとかなるでしょ〜...


 そうして、感じたこともない気持ちと考えもしなかった思考に限界をむかえていた私の脳はシャットアウトするまでそう時間はかからなかった。



           ◆◆



 いつも通りの時間に起きた俺、佐藤 太陽は朝食をすませ、着替えと歯磨きを終えるとせっせと家を出て学校へ行く準備をしていた。

 なんだか今日は調子が良くいつもより早く学校に行こうという気になっていた。


 しかしそんな調子の良さも一瞬にしてただの気のせいに過ぎなかった。

 

 玄関を出てすぐ、家の前に見覚えのある少女が歩いているのに気づく。

 そう、麻理さんだ。


 うっ、...


 嫌いとかどうとかいうわけではない。

 ただなぜか麻理さんの前だと調子がくるってしまうような感覚になってしまう。

 なんというか、ペースを崩されるというかいまいちぎこちなく感じてしまうのだ。


 だが、あっちも俺のことに気づいたらしく...


「あっ...」

「あっ...」


 俺はちょっと気まずくなり、黙り込んでしまった。

 昨日あんなことを言われたらどうしても意識してしまって、なんて切り出そうか迷ってしまう。

 

 どうしよう...なんて声かけたらいいんだろう

 そもそも同級生としかも女子と登校前に会うなんて初めてだし、しかも昨日知り合ったばっかの相手だし...

 「一緒に行く?」って気安く聞くのはなんか恥ずかしいし......


 でも、さすがにこの空気に耐えきれなくなった俺は口火を切った。


「お、おはよう、大葉さ......麻理さん、早いんだね、

 いつもこのくらいの時間なの?」

 そう言った瞬間、麻理さんは完全にフリーズしてしまった。

 

 しまった!

 やっぱりそんな突っ込んだことは言わない方が良かったか?

 いやそもそも今のが突っ込んだ会話だったのかも分からない

 引いてるよな!絶対引いてるよ...な......?

 ん??......なんだか様子がおかしい

 

「おーい麻理さーん、どうしたの?、具合でも悪い

 の?」


「ィ...ィマ」

「え?」

「今、私のこと名前呼びした?」

 

 そう言った彼女の声は昨日のことからは想像ができないほど小さく、隣にいてかろうじて聞こえるかくらいの声量だった。


「そうだよ、だって昨日、俺に言ってきたじゃん?

 下の名前で呼んでほしいって」

 すると麻理さんの顔はまたたく間に真っ赤に染まっていき、耳にまで及んでいる。

 

「どうしたの? 顔、真っ赤だよ。熱でもあるんじゃ

 ない?」


 俺がそう問いかけると麻理さんは、はっと我に返ったように目を合わせたと思ったら、すぐにそっぽを向いてしまった。

 しかし相変わらず顔は真っ赤なままだ。なんならさっきよりも赤い気がする。


「い、いや!これは別にそういうわけじゃないわ!」

「じゃあ、何なの?」

「な、なんでもないわよ!!」


 そこでやっと俺はこの違和感の正体に気づいた

 いや、違うかもしれないけど、尋ねずにはいられなかった


「もしかして麻理さん......照れてる?」


 そう言った瞬間、麻理さんの顔の赤さはさらに濃くなり、染まった範囲も圧倒的に広がった。


「は、はああぁぁ!?!?そんなわけないでしょ!!

 だいたい、なんで私があんたに名前を呼ばれたくら

 いで照れなきゃなんないのよっ!!///」


 あ...図星だこれ......

 なんか無駄に早口になってるし、手の動きも活発になってる。俺が今心の中で思ってること、そっくりそのまま言ってあげたい...


 でも今それを言ったら俺はたぶん二度と喋れない体になってしまいそうなのでそこは自己規制をかけておく。


「私、今日学校早く行かないといけないからっ! 

 じゃあもう行く!」


 それだけ言うと、彼女はさっさと走って行ってしまった。


 そういえばこうやって麻理さんが走っていく姿を見るのは2回目だな...

 昨日も見たはずなのに、なんだか新鮮な気持ちになるなあ......


           ♡♡


 もう!...なんなのよ!!なんで名前呼ばれただけでこんなにドキドキしてんの私!?

 自分で名前で呼んでって言っといて!!

 なんでこんなに顔が熱いのよ!!!やっぱり私どうかしてるわ!


 いつもの通学路をこれでもかと言うほど全力で走った。たぶん今までの人生で一番早かったんじゃないかと思うほどに。

 周りの人たちに不思議な目を向けられてもお構いなし、とにかく走った。

 根拠はないがこの気持ちが紛れるのではと思ったから。


 昨日の夜も太陽くんのことばっか頭の中にあって眠れなかったし、どうしちゃったのよ私ーー!!!!

 さっきも「早く学校に行く」なんて嘘ついてまであの場から逃げ出した自分の気持ちも分かんない!!


「太陽くんのバカーーーー!!!!///」



           ◆◆

 


「はぁ〜...」


 ダメだ...全然集中できないし、気合いも入らない...


 学校に着き、自分の机に顔を伏せていた。

 もちろんこの真っ赤に染まった顔を誰にも見られないように隠すためである。

 

「おはよう、まり!」

「おはよー、みなみ」


 この子は海乃うみの 美波みなみ

 学番が私の一個前で机も前と後ろなのでよく喋るようになり、今では一番仲の良い友達だ。

 黒髪のショートが似合うスポーティーな子で、男女問わずフレンドリーに接することができ、クラスでは結構人気があるほうだ。


「どうしたの? 顔なんか伏せちゃって、元気ないみ

 たいだけど、ウチのパワーを分けてあげようか!」


 そう言って彼女は両手をうなだれて机に上半身を預けている私のほうに向けて「うぬぬぬぅ〜」とうなっている。

 どうやら、元気がない私にパワーを注入してくれているようだ。


 ホント、今だけはそのありあまる元気を全て渡してほしいと本気で思う。じゃないとこのまま薄くなってやがて消えてしまいそうである。

 でもそんなかわいい一面にいつも癒してもらっている。


「あっ!分かった!まり、好きな人できたんでし

 ょ〜」

「...ッ!?ち、違うし!!!」


 思わず顔を上げて反応してしまった。

 

 ヤバい!たとえみなみだとしても今この顔を見られるのは恥ずかしすぎる!!


「嘘だー、だってまり、こんなに顔赤くなってるし」


 もう、私のバカ......


「こ、これはそういうんじゃないし!だいたい私、今

 好きな人とか全然いないし」

「もう〜、そんなこと言っちゃってー、まりももう高

 二だよ、そろそろ恋愛に興味が出て来ないとおかし

 い時期。じゃないと逆に病気かなんかと勘違いしち

 ゃうよー」

「いやいや、そうはなんないでしょ。ただ...はぁ、み

 なみには話してもいいかな......」


 そうして、昨日の朝からの出来事から今日の朝までの出来事をできるだけ詳しく話した。


「......っと、こんなことがあったのよ、正直私はこん

 なこと初めてだし今まで男の子なんて意識したこと

 もなかった上に、そもそも私には無縁だと思ってい

 たわ」


「なるほどなるほど、ふむふむ...」


 私の話を聞き終わったみなみは眉間にシワを寄せ、何かを考えている様子だった。

 もちろんみなみが考えていることは私に分かる訳がないので、ひとりふと教室の窓の外を眺めていた。


 みなみは私と違って恋愛にも詳しいし、他人と接する上でどのようにすれば相手と上手く会話が続くのかとかコミュニケーションのコツをたくさん知っている。

 こうして実際に相談にのってもらうのは初めてだけど前々から話だけは聞いていた。


 そして、考えがまとまったのか、みなみは私に向き直り口を開いた。


「まりはさ...」

「うん」

「......その子と一緒にいて、楽しかった?」


 え?

 そんなこと...?

 

 もっとこう、具体的なアドバイスをしてくれるかもと思っていたので少し的外れな顔をしてしまった。

 例えば、相手とのちょうどいい距離の取り方とか会話の仕方とか、そう言うことを言ってくれると思っていた。


 しかし、実際彼女から聞かれたのはその時感じた気持ちはどうだったかということだった。

 そんなことを聞いてどうするのか、私には想像もつかなかった。

 でも、自分よりも経験があり、知識がある者の言うことはなんであろうと意味があるのだろう。


 そう思って私は再びあの日の出来事を思い返した。

 その時はどう感じていたのかも意識しながら.........


 最初はいきなりケンカみたいになっちゃったなあ...

 今改めて思い出してもほんと申し訳なかった


 でも、あの時はなんだか...最初こそ子供っぽいことでカチンときちゃったけど、感覚的に普通の言い合いより違ったような気もする......まぁ、それはいいや


 その後は庭にいた太陽くんに謝りに行ったっけ?

 そこでたしか檸檬を育てていることを知って、テンション上がっちゃっていろいろおしゃべりして気づいたらめちゃくちゃ時間がってて...

 いやー、あの時はびっくりしたなあ......


 そしたら、お開きになってパパとママと家に帰ったらヘアゴムがないことに気づいて、ひとりで焦ってたような......

 あれは私にとって大事なものだから無くしていたらどうしようって必死になって探していた

 

 いやホントに焦ったんだよ! スマホとどっちが大事かって言われたらだんぜんこっちって言うくらい!


 まあそれは置いていて......

 そんな時にインターホンがなってモニターを見たら太陽くんが映ってて えっ!? って思ったらヘアゴムを届けにきたって言うから心の底からホッとした


 よかった、無くしてなかって

 あと、太陽くんが届けにきてくれてちょっと嬉しかった、ちょっとだけね!


 急いで外に出てお礼を言ったらついでにMINEまで交換してもらって、その時は素直に嬉しかった


 嬉しいに嬉しいが重なって舞い上がった私はさらに嬉しいことを味わいたくて、名前呼びをお願いしたら理想のかたちじゃなかったけど言ってくれて、またまた嬉しいことが起きた

 ...まぁ、今思えば恥ずかしくてよく言えたなと過去の自分に関心してしまう


 うっ...考えただけでも胸がきゅうってなってきた...



 でも、そっか......

 昨日こんなこと思ったのも、今こんな気持ちになってるのもどれもこれも太陽くんのせいだ

 それは全部一つの理由にたどり着くから

 それは.........


「......楽しかった」


 結局はこれに限る。昨日太陽くんと過ごした時は全部楽しかった。

 あんな気持ち久しぶりに味わったから気づかなかった。


「そっか......それだけ聞ければ、今はいいかな」


 どこか意味深いみしんな言葉を残して、みなみはまっすぐ私に微笑んでくれた。


 まるでその笑顔は、全てを知っているような......

 そんな包み込むような、優しい笑顔だった


「何よ、それ......ありがと、みなみ」

「いえいえ、いや〜それにしても、これからのまりの

 話を聞くのが楽しみですなー」

「べ、別にどうもないわよきっと。あってもみなみに

 は言わなーい」

「えぇー!?なんでよ!!うち、みなみの話聞きた

 い!」


 急に期待を裏切られたみなみは「おねがい! おねがい〜!」と子供みたいに駄々をこねてきた。

 まったくさっきまでの包容力はどこに行ったのやら...。


 それにしても.........


「みなみ、よく私の話を聞いて、あんなすごいことす

 ぐに言えたわね、私びっくりしちゃった。そう言え

 ばみなみって、何回ぐらい付き合ったことある

 の?」


「え? ないよ」

「ないの!?!?」


 え?...え?? どういうこと?

 じゃあなんで今まで私にいろんな恋愛のコツとか、さっきもスパッとすごいこと言って分かっちゃったの?


 彼女が付き合ったことがないいないという事実には結構驚いた。

 だって、今までそんな話を聞いていたら、かなりの経験なんだろうと誰でも思ってしまう。


「あぁ〜そういうことね、今までのは全部、アニメと

 か漫画とかで得た知識だよー! 言ってなかったっ

 け? さっきのもアニメの台詞で、一回言って言っ

 てみたかったんだー」

「な、な、何よそれー!!!やっぱりみなみにはもう

 話してあげないわ!!」

「ごめんよーまりー!! 怒らないでよーー」


 ...ホントにこういうところはいつものみなみね......



           ◆◆



 俺は今猛烈に緊張している

 なぜか...? それは.........!


 今、麻理さんの家の前にいるからだーーー!!!

 

 女子の家に入るなんて小学生以来だからめちゃくちゃ緊張する。

 そもそも小学生ときなんてそんなこと考えもしなかったからいいけど、今はもう高校生だし!! 

 嫌でも意識してしまう!!

 昨日から怒涛どとうのイベントラッシュせいもあってか余計にだ。


 さらに、俺を余計に緊張させるのが、麻理さんの家が立派ということだ。

 昨日は暗かったからよく見えなかったけど、今は学校帰りだからよく見える。


 豪邸ごうていとまではいかないがかなり裕福なんだろうというのは伝わってくる。

 庭もまあまあ広そうだ。


 ここ...本当に昨日来たところか?......


 思わずそう思ってしまうほど、雰囲気ふんいきが全然違った。

 

 そんなことでかなりしているいる俺はかれこれ十分くらいこの場で立ち尽くしている。


 そろそろピンポン押さないと不審に思われるよな...


 そうだよ! 

 いつまでヒヨってるんだよ!

 ただピンポン押すだけだろ、何をそんなに考えてるんだ俺は!!


 覚悟を決めた俺は深呼吸を一つして、いよいよ、ピンポンを押した。


 するとすぐに音声が入り......


「入っていいわよ」


 と麻理さんの声がした。

 それにしてもめちゃくちゃ出るの早かったな


「お、お邪魔します...」


 玄関のドアを開け、中に入ってまず目に入ったのはいかにも高級そうな絵画が飾ってあった。

 他にも謎のツボだの、装飾そうしょくだのが飾ってあった。


 いやすごいなこれは...外よりも豪邸感がつたわってくるな、これとか売ったらどれぐらいすんだ?

 おっと、いかんいかん...人の家の物でそんなこと考えるんじゃないな......


 あれこれ考えていると、奥のドアから麻理さんが顔を出していた


「早く、こっちよ」

「...おう」


 言われるがまま奥の部屋に入ると、そこはリビングだった。

 リビングもとても広く、特大のテレビに特大のソファなどが置いてあり、掃除もきちんと隅々までされており、部屋全体がきらきら光っているように思えた。


「ちょっと遅かったわね、なんかあったの?」


 ...ギクッ!

 鋭いっ!!

 女子の家に入るのにビビっていたなんて言えない!

 それだけは俺のプライドが許さない、というより

 男のプライドが許さない!!


「いや〜、ちょっと準備に戸惑っちゃって...ごめんご

 めん」

 

 ははは...と、とりあえず苦笑いを浮かべつつどうにかこの場はごまかせた...と思う......

 うん、怪しまれてはいないはず...


 こんなことを考えながら麻理さんの様子を伺っていると...


「ふぅーん...ま、いいわ。とにかく庭に行くわよ」


 何食わぬ顔で庭に行くことを促すと、さっさと行ってしまった。


 ......ふぅ、よかった、バレてはなかった

 家に来て早々にこんなことが麻理さんに知られてしまったら、今日一日たぶん恥ずかしすぎて何も出来なくなるだろう

 いや...それどころか、耐えきれずにそのまま帰ってしまうかもしまっていたかもしれない

 とりあえず最悪の状況はしのげたな


 とりあえずは自分の無事に安堵あんどの感情を覚えつつ庭に向かう俺だったが


 一方で彼女の方はどうかというと.........



 ひえぇ...! ほ、ほんとに太陽くんがうちに来てる!?

 大丈夫かな私、変な表情してないわよね?変なこと言ったりもしてないはず!!

 だって恥ずかしいこと言わないように口数を減らしてるんだから!

 あっ! でも、そんなにしゃべらなかったら、冷たい女って思われないないか心配になってきちゃった...

 あぁ...っ!

 そんなこと考えてたら余計に意識して上手くしゃべれなくなっちゃう〜...

 

 と、こんなふうに大パニックである。


 今はまだ太陽くんが後ろにいて、表情とか見られてないからいいけど......

 私、顔真っ赤だ!!

 はっきりわかる! なんなら湯気が出てるんじゃないかって思えるくらい

 とにかくこの状態の顔を太陽くんに見られるのはかなりまずい!

 なんとしてでも見られないようにしないと!

 は、早く庭に逃げよう!


「やっぱりちょっと待って」

「ヒェッ!?」


 庭に向かおうとする私に太陽くんが後ろから声をかけてきた。

 それがあまりにも急だったから思わず変な声が出てしまった。


「さっきから思ってたんだけどさ......」

「何?」


 まずい...! 顔赤いのバレてたかな? 隠してたのにそれ言われたらけっこう恥ずかしい〜...

 もっと顔赤くなっちゃうかも......


「麻理さん、なんか冷たくない?」


 そっちー!? でもよかった、バレてなくて.........

 いやいや、よくないよくない!?

 それも思われたくなかったのに!

 でもやっぱり今日の態度じゃ、そりゃそう思うわよね...

 そんなことより早く誤解を解かないと!!

 でも、恥ずかしくて上手く喋れなかったって正直に言うのはもっと恥ずかしいから言えない!!


 そう考えて太陽くんの方を振り返って、


「べ、別に! いつも通りよ!」

「そう? まぁ、いつも通りならいいけど...」

「そうよ! あんたの勘違いだわ......あっ...」


 気づいた時にはもう遅かった。

 そう、振り返ってしまったのだ。よりにもよって今一番表情を見られたくない相手の方を...。


「でも、それにしては異常に顔が赤いけど、どうした

 の?」

「あ...ああぁ〜!!!」


 私は急いで自分の顔を隠して、太陽くんに背を向けた。


 もう! 何やってんのよ私!? あんなに見せないようにしてたのに〜!!

 図星を突かれてつい振り向いちゃった...

 しかも一番見られたくない時に......!

 

 太陽くんに顔が赤いのがバレて、私の顔はさらに紅く染まっていく。


「大丈夫? 耳まで真っ紅になってるよ? 体調悪

 い? 熱でもあるんじゃない?」


 えぇ!?!?

 後ろ向いててもわかるようになっちゃったー!

 これじゃもうどこ向いててもダメじゃない!!


「もう! そんなんじゃないってば〜......」


 今すぐ消えて無くなりたい...

 誰か助けて〜.........


 そんな消えそうなささやかな思いが届いたのか廊下の奥から同い年くらいのメイド姿の少女が姿を現した。


「麻理様は照れていらっしゃるのです」

「...ッ!? 何言ってんのよゆき!!」

「あーなるほど、そういうことか......」

「あんたも何で納得してんのよ!! そんなんじゃな

 いからーー!!」

「というか...誰?」

「申し訳ございません。自己紹介が遅れました。私

 はおおとり ゆきと申します。今はこの

 家でメイドとして雇っていただいています。以後、

 お見知り置きを」


 丁寧な挨拶をしてくれた彼女は、言われた通り、いかにも『メイド』と言わんばかりの、黒と白が基本の服装でフリルがついているスカートの丈は膝上くらいでおさまっている。

 そのため、白のストッキングとの間から顔を出す透き通るような白い太ももの上に重なる黒のガーターベルトまで見えるようになっている。

 さらに背中は紐が交互に絡まって構成されているため、上半分は丸見えとまでいかないが、きちんと着こなしているぶん、感じるバランスがとても良くなっている。

 少し凛とした表情からはさすがメイドだなと感じさせる顔立ちだが、ショートヘアの白銀の髪と背丈からはどこか子供らしさも感じ、不思議と接しやすそうだと思えてくる。


「こ、こちらこそよろしく。佐藤 太陽です」

「はい、太陽様のことは以前より存じております。」

「え? そうなの?」

「はい。昨日、麻理様が楽しそうに太陽様のことを私

 に話していらしたので」

「雪!? それは言わない約束でしょ!!!」


 ニコッと笑顔を浮かべながら昨日のことを教えてくれた鳳さんを相変わらず真っ紅な顔した麻理さんが必死に口を抑えようとしているが、もう遅い気がする。


「ずっと立っているのもなんですし、一度こちらに座

 ってゆっくりしませんか?」


 と、鳳さんがテーブルと椅子が置かれた場所を指差した。

 ダイニングかな...?

 いや、それにしてもテーブルデカすぎだろ......

 何人座れる? 六...いや、八人は座れるぞこれ

 何人家族いるんだ大葉家は......?


 そんなデカすぎるテーブルの周りに置かれた椅子に三人は座り、とてもがらんとした雰囲気の中、鳳さんが出してくれた紅茶を飲みながら話し合いらしきものが唐突に始まった。



「と、とにかく! 照れてるとかじゃないから!!

 勘違いしないでよね!」

 

 声を荒ぶらせて目の前の紅茶を一気に飲み干したのは言わずとも知れず大葉さんである。


 いや......今頃言ってももう、手遅れだと思うんだけどなー


「分かってると思うけど、決して、太陽くんが家に来

 てくれるから、緊張しすぎて口数が減ったとかじゃ

 ないわよ!!」


 あ、全部言ってくれるのね...

 口数が少なかったのはそういうことか

 よかった! こっそり心の中でなんか嫌われるようなことしちゃったのかと思ったよ〜......


 まあ、今日不審に思ってたことは二人のおかげで全部分かったから、これ以上麻理さんにつっかかるのはやめとこう

 また調子に乗ると喧嘩になりそうだし......


「分かったから、そんなに怒らないで。それよりさ、

 麻理さんの家ってお金持ちなんだね。こんな立派な

 家この辺じゃそうそうないよ」


 もう俺がこれ以上問い詰めないと分かると今までのカリカリした表情から血相を変えて話に食いついてきた。


「あ...あぁ、そうね......今のお父さんがね、有名な財

 閥の社長なのよ......この家は引っ越してきたやつ

 ね」

「ご存知ありませんか? 電気メーカーの大葉財閥で

 す」

「ええー!?!? あの大葉財閥!?」


 マジか!!

 そんなの知らない人なんていないよ!

 大葉財閥は電化製品をメインに扱っているところだ

 今じゃどの家庭にもあるほとんどの電化製品がそこの商品だと言っても過言ではないぐらいの有名さだ!


 そっか、そりゃこんな豪華な暮らしができるわけだ


「へぇーすごいね、麻理さんの家。その上メイドさん

 まで雇っているなんて。やっぱり普段の家事は鳳さ

 んがやってるの?」

「そうですね、基本的には私が一人で行っておりま

 す」

「大変だね、家広そうだし、退屈じゃないの?」

「いえ、そんなことはありませんよ。実際一日のやる

 ことは夕方から夜にかけて全て終わりますし、自分

 の時間も取れるので」


 ニコッと笑ってサラッと当たり前みたいに言ってるけど、結構すごいことじゃないそれ!?

 

「そうなの?! そんなに早くできるんだ、すごいね

 鳳さん」


「そうよ! 雪はすごいのよ!!」

「なんで、麻理さんがドヤってるの...」

「ッ!...別にいいでしょ! うちの雪なんだから!」

「構いませんよ、それに多少長くやっていれば、意外

 と慣れてくるものですよ」


 そういうものなのかなぁ...? 俺も家にメイドとかいたら毎日楽なのかな......

 家にいる間、掃除とかご飯作ってくれたりとかしてくれるのかな?


 ふと、そんなことも考えていたらあることに気づいた

 

「あああぁ!! 麻理さんのトマトを見にきたのすっ

 かり忘れてたー!」


 がたんっと椅子から立ち上がり、麻理さんの方を見ると...


「あぁ...そういえばそうだったわね、私も忘れてた

 わ」


 いかにも他人事のように言ってるけどメインはあなたですよ!!


「でも、太陽くん、もうこんな時間だよ」


 そう言われて、リビングに掛かっていた時計に目を向けると六時半を過ぎていた。

 しまった、話に夢中になり過ぎて時間をまったく気にしていなかった...

 にしても早かったな、時間が経つのが...


「え? ホントだ、もう遅くなっちゃうな、いつの間

 に......うん、今日は無理そうだねー」

「申し訳ございません太陽様、私が口を突っ込んでし

 まったがために...」


 鳳さんが立ち上がって俺にペコリと頭を下げてきた。


「いやいや、そんなことないよ俺も忘れてたのも悪い

 んだし...だからとりあえず顔上げてよ」

 

 それを聞くと彼女はゆっくりと顔を上げ、なおも少し申し訳なさそうな顔をしている。


「とりあえず、今日は帰るよ。あんまり遅くなると親

 も心配するかもだし。二人とも今日はありがとう、

 めっちゃ楽しかったよ」

「太陽くん、もう帰っちゃうんだ......」


 少し視線が下がり、残念そうにしている麻理さん。

 ちょっとモジモジしながらついでに髪もいじいじして......

 結構カワイイ!!

 帰り際にそんなこと言われると妙に帰りづらいんだけど...!!

 でも、そろそろ帰らないといけない!!!

 なんだこの変な感じっ!

 めっちゃモヤモヤする〜!


「うん...ごめんね麻理さん次はちゃんと見るから」


 そう言って俺は帰り支度じたくを済ませ、玄関で靴を履いていた。

 すると、二人が玄関先まで見送ってくれた。


「それじゃ、今日はこれで。ホントごめんね麻理さ

 ん」

「い、いいわよ...今日は私も忘れてたわけだし......」

「本当に今日はわざわざ来てくだっさったのに、申し

 訳ございません」

「だから、大丈夫だって」


 鳳さんは、ほんとに謙虚だな、よく知らないけど、いいメイドさんなんだろうな...


 見送ってくれた二人に手を振って、帰ろうと思い背を向けた瞬間、後ろから声から声が出て聞こえた。


「た、太陽くん!」


 後ろを振り返ると、遠くからでも分かるくらいに顔を真っ赤にした麻理さんだった。


「どうしたの?」


 この言葉から次の言葉がくるまで少し時間が空いた


「ぁ、明日も絶対来なさいよね!.........

 ま、待ってるから......今日は...ありがと......」


 とても小さい声だった。それでも俺の心を掴むには十分すぎる言葉だった。


 そんなこと......、余計に帰りたくなくなっちゃうよ

 どうしよう、心臓の鼓動がうるさい。

 麻理さんにも聞こえそう、こういう時どう返したらいいんだろう?

 ダメだ...それどころじゃない、麻理さんが可愛いすぎる!!

 最後にこんなツンデレをみせられたら、誰だって戸惑ってしまう!!


「当たり前だよ、明日も明後日も絶対くるよ、待っててね.........それじゃ」


 それだけ言うと俺は逃げるように去っていった。

 自分の顔が赤いのを隠すために...。


 偶然にも彼女も顔を伏せているのを振り返り際に視界に入ったのを最後に記憶が曖昧になってしまった。



 太陽くんが帰って行ったのを感じて、私達二人は家の中に入った。


「...もう......バカ.........」


「太陽様、いい人でしたね。麻理様が急に男子の話なんてなさるのでどうしたものかと心配していたのですが......あの人なら心配ありませんね」


 横で雪がそんなことをニコニコしながら私に行ってきた。



「な、な、何言ってんのよー! 雪のバカーー!///」

 


 

 

 



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その檸檬《ツンデレ》は、甘く実る 神楽坂 月 @sakasou-0413

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