魔女と最後の彼女への手紙②

 翌日、約束した通り僕は電車に乗る。

 カツッ、カツッ、カツッ――

 あのヒールの踵を鳴らすような音が車両の奥から僕の方へと近づいてくる。

 今日僕は近づいてくる彼を初めて正面で待ち構えた。

「それなりに強くはなったようだな」

 彼は僕に向かってあの凄惨な笑みを浮かべながら言った。

 あの笑顔に僕は変わらず悪寒を覚える。

 その刹那――。

 彼は僕の眼前で剣を振り下ろした。

 反射的にその剣を弾き返した。

 彼がその光景に目を少し見開いたのが分かった。

 僕が反射的にでも反応できたことがよっぽど意外だったみたいだ。

 今度は剣で薙ぐ、がそれを受け流す。

 その後来るだろうと予想した蹴りを剣を盾にして防いだ。

 攻勢には出られないが、前回のように一方的に痛めつけられもしない。

 前回とは違って攻めあぐねる彼は僕から距離を取って思案する。

「あれからかなり努力をしたようだね、ここまで防がれるのはびっくりしたよ」

 彼はなおも少し余裕を見せつつ愉快そうに言った。

「あなたのおかげだよ」僕はそう言って攻勢に出て、彼に向かって剣を振り下ろした。

 彼は余裕の表情で僕の剣をいなす。

 いなして、すぐ僕の喉元へ剣を突きつける。

「これで一回死んだね」

 僕は一歩引くと、突きを繰り出す。

 僕の剣をさばきながら体を逸らす。

 すぐに薙ぐがまた剣で弾かれる。

「くっ、そ」

 僕の攻撃は全く当たらない。

「ガッ、ハッ」

 気が付いたら至近距離まで来ていた彼に蹴り飛ばされる。

「おうぇ、がはぁっ、はぁはぁ」

 あれだけ練習して、彼の攻撃もあれだけ見て見慣れているはずなのに全く反応できない。

 自分の無力感を少し感じる。

 力の差は相変わらず歴然だった。

 ちょっとだけ見える様になっただけで、届くには至らない。

 そんな状態で彼女に挑むのかと思うと、寒気がする。

 なんとか必死に立ち上がり握る手に力を入れるが、恐怖で歯がガチガチと鳴る。

 怖い……、怖い……、怖い……。

 僕は彼に成すすべがないと感じ、足がすくんで急に動けなくなってしまった。

 なんとか足に力を入れて踏ん張ろうとするが、うまく立てない。

 目の前で彼は憐れみの目を僕に向ける。

 どうせ僕にはあなたみたいな才能はないさ、そう思うと視線が彼の足元にまで下がる。

 立ち上がる気力も、手に込めた力も抜けていくように――。

 コツッ、コツッ、コツッ――――

 この場にはありえないはずの足音がする。

「やぁ、やぁ、二人とも元気かなー」

 そう言いながら僕の後ろから彼女は現れた。

 彼はギョッっとした顔をしている。

「どうやってここに入った?さすがのお前でもここには入っては来れないはずだぞ」

 彼はいつもの彼と言った感じではない様子で狼狽えている。

「入るまでになかなか大変だったよ、そもそもタイミングがはっきりしなかったからね」

「どうやって干渉してるんだ!!」

 彼は彼女に叫んだ。

「この剣よ」

 彼女は僕の剣を指さした。

「剣を通して干渉しているだと、どうやっ……!?」

 彼は何か心当たりがあるように、言葉を止めた。

「あの時か、お前の首を斬ったとき」

「よくわかったね、そうだよ。代わりにレディーの体に一生モノの傷をつけたんだ責任は取ってもらうよ」

 彼女はそう言って僕に振り返って、ウインクをした。

「おかしいと思った、綺麗に治るはずの傷が治らないなんてな。私もてっきり外で切り落としたからかと思っていたが」

 彼は少し落胆したように言った。

「そんな訳ないでしょ、どこで斬られようと一緒よ」

 彼女はそう言い放った。

 僕が一生懸命箱以外で出せるようにした努力はいったい……。

「でも、あの時はホントにびっくりしたわ。まさか切り落とされるとはねー。おかげでここに来られたんだけどね」

 彼女は笑ってる。

「それにあの時私を貫かなかったのは、今回のことを警戒してのことよね。でも残念だったわね」

 今度は嘲笑うようにして彼を見た。

 彼は彼女のそのセリフに少し悔しそうな表情をする。

「それにもう一つ確認したいことがあったんだ。お前が本当にアイツのかってことを私はどうしても確認したかった」

 それから一つため息を吐くと

「まさかお前があいつを語っていたとはな。爺」

 彼女がそう言うと、彼の姿が変わっていく。

 髪は白髪のままだが髪は短くなり、体格も顔も変わる。

 その姿は初老の老人だった。

「お久しぶりですね、魔女」

 彼は恭しく彼女に頭を下げた。

「爺、久しぶりだな。だけどその悪趣味は許容できないわよ」

 彼女は少し苛立った様に言った。

「これもあなたの願いを叶える為ですから」

 そう言ってのける。

「あくまでこれも私の願いを叶える為というのか」

 彼女の苛立ちがさらに強くなった。

「左様でございます」

 彼は彼女をまっすぐにみる。

「よりにもよって、アイツの容姿をして彼に近づくなんて私は……私は……」

 彼女はわなわなと震えている。

 彼の「剣」が「杖」へと変わると、彼女は彼に肉薄するほど近づいた。

 彼女は老人に必死に攻撃をするが、ことごとくいなして避ける。

「くっ」

 攻撃が当たらないことに彼女は苛立ち始める。

 老紳士の体裁きには無駄がない。

 老紳士は決して攻撃に転じることはないが、ただ避けることにだけ注力しているようだ。

 この狭い車内で器用に避け続けている。

 時折彼女の攻撃による衝撃が僕にまで届くが、老紳士は眉一つ動かさない。

「お互いにかなり衰えましたなぁ」

 老紳士は彼女に向かってしみじみと語る。

「うすさいよ、あんたはとうの昔に死んだはずだろ」

 彼女は老紳士に向かって吠える。

 僕は突然青年が老紳士に変わったことに混乱して彼女らのやりとりをただ眺めるしかなかった。

「爺はどうやってここに居るんだ?何故まだ生きてる?」

 彼女は爺と呼ぶ老紳士に問いかける。

「私は生きているわけではございません。思念体というのが一番近いと思いますよ」

 そう静かに答える。

「散々サンプルとしてあなたの血を得ましたから、自分にもいろいろと試した結果こういう風に残りました。不死を追い求めていたわけですからある意味それを達成できたとも言えますかね」

 爺は彼女に真意を語る。

「爺、貴様そのために私に近づいていたのか!!」

「そうですよ、あなたの代わりを私がするための研究ですよ。私があなたの代わりに永遠に生きる、それが私の望みでした」

 彼は首を振りながら、やれやれといった感じだった。

「私の代わりになってどうするんだ」

 彼女は彼に問う。

「私には富も名声も、子もあった。けれども命だけはどうにもならない。だからその命を未来にまで継ぐことで自分を残そうと思っていた。だけど、ずっと考えていたのですよ。自分に永遠の命があれば、それさえあれば家族なんてものは要らないと」

「それで私を探してたのか!!」

「その通りです、あなたの噂は私のところにまで入ってきていましたし。本物の魔女ならば不死でなくとも人よりも遥かに寿命はあるのではと考えました」

 彼らは攻防を辞め、互いに睨みあいながら昔話をしている。

「あなたを見つけたときは、歓喜に打ち震えましたよ。それにあなたはふさぎ込んでいたので研究を持ちかけるのも簡単でしたから」

「そのためにあの子を唆したのか!!」

「私にも情くらいありますよ。私の夢と引き換えに、せめてあなた方の夢も叶えようと手を貸したに過ぎませんよ」

 爺と呼ばれた彼は、またため息を吐く。

「それでも、お前さえ現れなければ私はあいつが死ぬまで一緒に居られたんだ」

 彼女は拳を握りしめながら、握り込んだ拳が震えている。

「あそこまで病んでたなら、同じ結末……いやもっと悪い未来もあったかと思いますよ」

 爺に正論を言われて、彼女は押し黙る。

「それに彼も、周りが見えていなかった。時間が経たないと見えないことも多かったんですよ」

 続けてしみじみと語る。

「じゃあ、何故。彼の姿で出てきたんだ?」

 彼女は単純な疑問を口にした。

 するとあの気持ちの悪い満面の笑みを老紳士はした。

「私は彼を食べました。あなたの力の一端を得るために」

 その言葉彼女はギョッとした。

「食った?食ったとはどういうことだ!!」

 彼女は頭を振りかぶって混乱した様子で問う。

「彼はあなたを殺す為に度に出たと言ったのは嘘ですよ。彼があなたを殺すことが出来ないとわかり旅に出ようとしたところを私は彼を殺した。その体を使って、あなたの血と肉体を使っていろいろな実験をした。その一環で私は彼も食べたのです」

 彼女が呆然自失としているのが後ろからでもわかる。

「目も、髪も、舌も、骨も、筋繊維も、体のあらゆる部分を食べ、血を飲みました。それでも得られた力はこの程度でしたがね」

「旅に出たというのは嘘だったのか……」

 暗い声で彼女は問う。

「嘘ではありませんよ、きちんと旅に出たではありませんか」

 彼は右の人差し指を上に向けて「天国へ」と言った。

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