短譚と

憶話綴

一.MAID IN FAKE(1)

「——様、——様」

(あれ、僕は何を……)

 段々鮮やかになる視界。はっきりとしてくる聴覚。

——手

「ウミ様!」

——階段

「あ……」

——小柄な

「夢……?」

 目覚める青年。泣き崩れる少女。


 ある一室。青年が座るベッド。少女が腰掛けるイス。コップが乗ったテーブル。花瓶とハサミが置いてあるタンス。青年の横に窓。少女の後ろにドア。天井の照明。木製の壁。外は段々暗くなる。

「お医者さんと話してきました。お医者さんが言うには記憶喪失だと。えっと、本当に何も覚えていないのですか?」

「ああ、分からない。君が誰で僕がどんな人なのかも」

「そうですか……」

「でも、君と僕には深い関わりがあったんじゃないかな」

「……なぜそう思うのですか」

「僕が起きた時、泣いていただろう。多分、それだけの関係があったんだ……違うかな?」

「……そうですね。そこまで自分で気づきましたか」

「でもやっぱり他はさっぱりだ。僕がこうなる前の事、色々教えてくれないか?」

「え、あっはい。まずは名前ですかね。あなたの名前はウミです」

「ウミ……呼んでいたね、あの時」

「はい。そして私、私はスニィです。この屋敷でお手伝いをしている者です」

 聞いて、少しの間考えて、口を開く。

「ここってそんなに大きな家なのかい?」

「ええ、二人で住むには寂しいくらいです」

「見たいなぁ……」

「?」

「この部屋だけが全てじゃないって分かって、僕の家だけでも色々なものがある気がして、途轍もなく楽しみなんだ。ありがとう、スニィ」

「どういたしまして」

「僕が動けるようになったら案内してくれるかい?」

「はい、ウミ様が望むなら」

 ウミは目を輝かせる。スニィはゆるりと微笑む。


 * * *


 翌日。鳥のさえずり。淡い日差し。

「ふあああ……」

「おはようございます」

「うん、おはよう」

「ウミ様、記憶は……」

「いや全然」

「そうですか」

「早く思い出したいなぁ」

 スニィがビクッと大きく揺れる。

「いえ、急ぐ必要はありません。思い出せない間は、私が全て教えますので」

「うん、ありがとう」

 朝食を済ませ、昨日のように話をする。

「そういえば僕はどうしてこうなったんだ?」

「昨日の昼頃、階段で足を滑らせ落ちていってしまいました」

「ひええ、そんなことが」

「はい、丁度私が居合わせたため処置が遅れることはありませんでした」

「なんか、感謝してもしきれないね」

「いえ、ゆっくりでいいですよ。そろそろ私は仕事に戻ります」

 そしてスニィは部屋を出ていく。

「すごいなぁ、あんな華奢な体で」

 暇になったウミがベッドから降りる。

「まだ痛いな。早く治らないかな」

 辺りを見回す。

「前の僕が持ってた物、どこかにあるかな」

 見まわしてタンスを見つける。手を伸ばし、最上段を開ける。

 中には何もなかった。

 二段目、何もない。

 三段目、中で光る物があった。

「なんだこれ」

 取り出して見つめる。

「……針?」

 人差し指程の針だった。そしてタンスの奥から一枚の紙を見つける。

「誰だろう」

 写真だ。少年と少女が並んで立っている。

「この顔……あいたたたたっ」

 腕を押さえるウミ。

「後でスニィに聞くか」

 ベッドに戻る。窓の外を見る。雲が流れる。木々が揺れる。鳥が飛んでいく。

 気がつけばウミは寝ていた。

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