第7話 欺瞞の正体

 そこで、大体の話は終わりのようだった。ある意味、どこにでもあるようなお話なのだが、ほとんどの人は、普通に聞いていたが、高木明子だけは、まだ震えが止まらないようだ。

 皆が高木明子のことを気にしながら何かに触れたいと思っているのだろうが、一人が触れてしまうと、他の人がどう接していいのか分からずに、明らかに話が混乱させてしまいそうで、触れることをしなかった。高木明子の方としては、それどころではなく、目線が一点に集中しているようで、彼女のまわりだけ世界が違っているようだった。

 そんな不可思議な雰囲気が空間を支配していたが、その雰囲気を壊してくれたのは、鑑識の人たちだった。

「大体、これで鑑識作業は終わりました。我々はこれで引き揚げますね」

 ということだった。

「ご苦労様です」

 と言って送り出すと、

「じゃあ、我々も門倉警部補の現場に向かうことにしましょうか?」

 と言って、皆を同行させてもう一つの現場に向かった。

 この場所から、もう一つの現場までは車を使うと、十分くらいで行けるのではないかということであった。車は途中までしかいけないので、滝のあるところまでは、足場の悪いところを歩かなければいけない。二人の刑事は分かっているのだろうか?

 とりあえず、車で神社の奥まで行くと、そこから少し坂を上がる形で祠に向かった。

 なるほど、足場が悪いのは話に聞いていた通りだが、思ったよりも坂が厳しいのは閉口してしまう、滝の音がどんどん大きくなってくると、現場に近づいてきたのが分かり、ちょっと広くなったところに人が数名いるのが見えた。それが、こちらの現場で待っていた人たちだったのだ。

「お疲れ様です」

 と、辰巳刑事がいうと、

「ご苦労様」

 と、門倉警部補が労いの言葉を掛けた。

「ガイシャはどちらですか?」

 と訊かれて、

「この祠の裏になります」

 と言われて、なるほど祠があるが、この祠は、先ほど聞いた、

「キツネと天狗伝説」

 の祠に比べれば、随分小さい。

「この祠は小さいんですね」

 と聞くと、

「ええ、この祠には河童の伝説が残っていて、以前は、ここに河童のミイラがあったという言い伝えもあるんですが、今はありませんね」

 と、こちらにいた女中が話をしてくれた。

「この温泉街には、いろいろな伝説が乱立しているようですね?」

 と辰巳刑事がいうと、

「元々、キツネと天狗伝説か、河童の伝説のどちらかは残っていたと思うのですが、近い場所に祠がもう一か所あるということで、もう一つの伝説は、『作られた伝説』なのかも知れないと思うんです。でも、残っている伝説の中には、創作されたものもあっていいと思うので、私はどれでいいと思うんです」

 と、自分たちが連れてきた女中が言った。

 もう一人の女中の顔を見ると、同じように頷いていたので、同じ気持ちであることは間違いないだろう。

 辰巳刑事はあたりを見渡したが、最初に上がってきた時に見た光景に比べて、少し小さく感じられた。それは、最初に上がってきた時が端から見た光景であるのに対し、上がってきてから祠の近くまで来てまわりを見ると、中心とまではいかないが、円の中心付近からまわりを見渡した場合を考えると、当然大きさに錯視があっても無理もないことだと思った。

 そんな中でそれぞれの人の顔を見ていると、やはり一番気になったのが、高木明子だった。

 彼女は祠に近いところの、円の一番端の方にいる。つまりは、中心部から祠を見た時に影になって見えない部分ではなく、その箇所からは、死体が見える位置にいるということだ。

 その顔は明らかに、死体の男の方を見ていて、今にも目が飛び出してきそうなそんな表情にビックリさせられた。彼女の異変に最初に気づいたのは、門倉警部補だった。

「どうなさったんですか? あなたは、ここで死んでいる男に見覚えがあるんでしょうか?」

 と訊かれて、彼女はさらにうろたえたが、顔が真っ赤になって今にもぶっ倒れそうになっているのを、少し様子を見ていると、今度はその顔から血の気が引いていくのを感じた。その感じは、冷静さを取り戻したからなのか、極限状態を通り越して、感覚がマヒしてしあったのか分からないが、明らかに顔色が変わってきていた。

 ただ、その目は意識を失いそうな雰囲気ではなく、どちらかというと意を決したかのように見えて、

――開き直ったのかな?

 と感じさせるのであった。

 そのまるでカメレオンのように変化する顔色の状態で話しかけられる雰囲気ではないことは分かっていた。冷静さを取り戻せば、彼女の方から話しかけてくるに違いないと思ったのかも知れない。

 やはりその考えは間違っていなかった。

「あの……」

 と、狼狽した様子だったが、それは、相手が刑事だからというよりも、話したいことがあるのだが、何から話していいのか分からないことで、頭の中が整理されていない状態ではないかと思わせた。

「どうしました。奥さん」

 と答えた、その時の門倉警部補は、まるでその時、自分が精神分析のカウンセラーにでもなったかのような気分になっていたのである。

「実は私、この男性を知っています」

 といきなり核心をついた話から入ってきた。

「ほう、ご存じということは、この男の正体も知っているということかな?」

 と訊かれて、一瞬戸惑ったが、それでも、意を決しているので、

「ええ」

 というではないか。

「我々が気になっているのは、なぜこの男がここで、あなたがたのお友達である横溝房江さんと一緒に死んでいるかということなんですよ。一見、心中のように見えるんですが、どうもそうではないような気もしている。何がおかしいと言って、奥さんの方はナイフで胸を抉られているのに、男性は毒を服用して死んでいるのです。普通心中だったら、同じ凶器で死を選ぶと思うんですよ。しかも、女性が男性に折り重なるように死んでいる。つまり男性が死んでから、女性が死んだことになることを思うと、心中ではなく、少なくとも奥さんはここで死んでいる男性以外の誰かに殺されたことになる。そんなことは警察の鑑識が見れば、すぐに分かることですよね。それなのに、敢えてこのような格好での殺害になった。そこに何か意味があるのかと思ったのですが、分からなかったのは、そもそも二人の間に面識があったのかということです、この男の正体が一体誰で、彼女とどのようなつながりがあるのか、そこからが捜査の出発点ではないかと思うんですよね」

 と門倉警部補は言った。

 その意見は、他の刑事三人にも言えることであった。そして、被害者の奥さんと、高木明子が元々は仲がよかったのに、途中から仲がこじれてきた。そこへ持ってきての今度の殺人事件。何かがあると思っても不思議ではない。

 そんなに微妙な関係であったなら、いくら温泉旅行に出かけようと誰かが言い出しても、普通なら、それなりに理由をつけて断ることだろう。

 それなのに、何らまわりに違和感を感じさせずに旅行に参加した。まわりはとっくに二人の関係性の悪化を分かっているのに、それに気づかなかったのか、普通に高木明子も横溝房江も参加してきた。旅行中に怪しげな雰囲気もなかったという。

 まわりは、そんな関係を知っているだけに、余計な気を遣っていた。それなのに、まったく怪しい素振りが起こることはない。

「ということは、今までの自分たちが考えすぎていただけなのだろうか?」

 と思っていたが、こうやって横溝房江が死体になって発見されると、それ自体が思い過ごしであることを思い知らされた。

「一体、彼女は何に怯えているのだろう?」

 そう思っていると、彼女は意を決したかのように、警察を前にして自分の知っていることを語ろうとしている。

 高木明子の証言がどれほど事件解決に役立つものなのか、それを思うと、警察官四人はそれぞれに興奮を隠しきれなかった。

「高木さん、この男は一体、どういう人物なんですか? いや。ここで一緒に死んでいる横溝房江さんとは、どういう関係なんですかね? ゆっくりでいいので、高木さんが話しやすいようにしてくれればいいので、お話願えればと思います」

 と、なるべく優しく言ったつもりだが、門倉警部補としても、知りたいことが山ほどあるせいか、どれから聞いていいのか分からず、このような聞き方になってしまったが、どれだけのことを高木明子が知っているかということを、皆も知りたいに違いない。

 すると、少し考えながら、高木明子は口を開き始めた。

「最初、私と横溝さんが文芸サークルの中で仲が良かったのをご存じだと思うのですが、その時は、横溝さんといつも一定の話をするのが恒例になっていたんですよ。話題というと、不倫の話が多かったんです。これは私が悪かったのかも知れないんですが、グループの中でも一番の最年長で、しかも、皆と年齢が少し離れているせいもあってか、他の奥さん連中から、きっと『何も知らない若奥さん』というくらいにしか見られておらず、少し甘く見られていたところがあると思うんですよね。それを私は気にしていたんですが、横溝さんはそのことにはあまり触れませんでした。それで、横溝さんは結構私とため年のような感じで話をしてくれるので、私の方も、実のお姉さんと話をしているような感覚でつついついため口になってしまっていたんですよ。だけど、実際には年齢差があるわけじゃないですか、その思いを私は余計に感じてしまって、余計にため口になっていたと思っていたんです。だから、そんな中、少し横溝さんが不快な表情になると、私は急に我に返って、ドキッとするんです。もし、ここで横溝さんから不快に思われると、まるで私が彼女を裏切ったかのようになって、グループの中で決定的な関係になってしまう。それからの私は横溝さんに対して気を遣いまくっていました。それを彼女も察ししたのか、気が付けば私は横溝さんの腰ぎんちゃくのようになってしまっていたんですよ。でも、そうなってしまうと時すでに遅くで、私は彼女に洗脳されてしまったようで、彼女のいうことには逆らえなくなってしまっていたんです。だから、最初に背伸びして不倫の話題を出していたんだけど、それは本当はウソであって、私はその時まで不倫なんかしたことがなかった。それがバレてしまうと、私はもう今までの関係ではいられなくなりますよね。だから、彼女の言いなりになってしまいました。ここまではいいですか?」

 と高木明子は言った。

 それを皆真面目に聞いていたが、一番真剣に聞いていたのが門倉警部補だった。もし、一番が門倉警部補でなければ、刑事三人のうちの誰かが質問をしていただろう。考えられる一番の刑事は、辰巳刑事だっただろう。

 勧善懲悪である辰巳刑事は、ここまでの話を訊いて、自分の中にある勧善懲悪を擽られたような気がした。

――一体私は、この先、どうしたらいいんだ?

 と、少し、彼女が思ったのかも知れないと思った辰巳刑事は、門倉警部補がこの後どのような質問をするのかが気になっていたのだ。

「不倫には、本当に興味を持っていたんですか?」

 と聞かれた高木明子は、

「ええ、正直、不倫というものを味わってみたいという、アバンチュールを想像して興奮を覚えたこともありました。だけど、それは独身の頃のことであって、結婚してしまってからは、そんなことを思ってしまってはいけないという思いがあったから、文芸サークルに入る気になった一つの原因だと思っています。奥さん連中は耳年魔が多かったり、実際に不倫をしている人もいたりして、その話を訊けたりするだけで満足できる気がしていたのでした。でも、実際に話を訊いているうちに、話だけでは満足できない自分がいることに気づかされたんです。つまり、実践してみたいという欲望ですね。それに、奥さん仲間から勧められたということであれば、不倫がもしバレたとしても、他人の責任にできるかも知れないとも思ったんですね。その思いを巧みに利用していたのが、横溝さんだったんです。だから、私は危険を感じ、横溝さんと少し疎遠になりました。その時まわりからギクシャクしているように見られたんだと思います。横溝さんは、甘い言葉で不倫の良さを宣伝してきます。中学時代に性について何も知らないウブな生徒の耳元で、耳年魔なのか、それとも早熟なのか分からないクラスメイトが、その人に対して、性の悦びなるものを言って、煽るのを思い出しましたね。『とっても気持ちいい』などと言われると、想像しただけで身体がムズムズしてくる思春期という時代ですからね。そうなると、もう抑えが利かなくなる。相手もそれが狙いなのか、でも思春期にはそれ以上のことはないのですが、結婚して主婦になってからの場合はそうも言っていられない。その後には必ず何かの報復が行われることになる。私と横溝さんの関係は、その時、そんな関係だったのですよ」

 と、高木明子は、そういった。

「あなたの気持ちは分かりました。きっとその通りなのでしょう。でも、それはあくまでもあなた側の解釈ですよね。だから実際の横溝さんがどうだったのか、それが問題です。もっとも、もうこの世の人ではないので、立証のしようがないですが、誰か他に彼女のことをあなたくらいに知っている人がいればいいんでしょうけどね」

 と、辰巳刑事が訊いた。

 辰巳刑事はさすがだった。彼女に対して、自分がそのあと不倫をしたのかどうかをいきなり聞いたりしなかった。さっきの門倉警部補の言ったことば、

「あなたが話しやすいように」

 という内容をしっかり実践し、自分たちから煽ったりはしないようにした。

 もし、必要以上に煽ると相手がムキになって思ってもいないことを口走ってしまったり、こちらを困らせようと故意にウソをつくかも知れない。それを思うと、

「この高木明子に対しては、余計なことを言ってはいけないんだ」

 と感じていた。

 だから、余計なことは一切言わず、相手から言わせようとするのが、この場合のベストなのだ。さすがいつも門倉警部補の下で勉強してきただけのことはある。桜井刑事も見習うべきところだと思っていた。

「それからの横溝さんなんですが、私に対して不倫の気持ちよさを煽るものですから、ついにその口車に乗ってしまったんです。私が不倫に興味を持っているような話をすると、彼女は不倫について話をしてくれる人がいるから、その人に聞いてみればいいと言ったんですね。その相手の人というのは、女性だから安心すればいいと言われたので、横溝さんについて、あるスナックに寄ったんです。そこのママさんが、どうやら、不倫の仲介のようなことをしているというので、本当はよほど信頼のおける人でないと紹介しないんだけどっていう触れ込みのママさんだったんです。入会金のようなものはなく、ただの仲介なのでということだったんです。要するに、ここでお金を取ると自分たちがあっせんしたということがおおっぴらになると困るというんですね。それを訊いて私ももっともだと思ったので、ちょっとした火遊びのつもりで参加してみたんです。ママさんからすれば、そうやってあっせんするだけでお客がきてくれればいいということだったんですが、実際にはあくどいことをしていたんです。不倫相手が酒の中に睡眠薬を入れて、そのまま昏睡状態でホテルに連れ込み、いかがわしい写真を撮る。そして、それで脅すというわけです。ただ、彼女たちは、一回それで脅迫した相手には、二度と脅迫をしないというのがモットーだったので、私も、五十万を渡しただけで、その後は何もなかったんです。なぜ一度以上しないかというと、私と横溝さんのように同じサークルだったり会社だったりすると、その関係がぎこちなくなって、そこから警察にバレたりするとヤバいと思ったんでしょうね。一度脅迫すると、そこでいったん終わりにする。だから、泣き寝入りであっても、それがお互いに一番いい、波風を立てない解決方法なんです」

 と意を決した高木明子は、そこまで一気に言い切った。

 意を決していなければ、絶対に言えないことであり、そもそも、横溝房江が死んだりしなければ、この秘密は墓場まで持って行こうと思ったのだろう。

 しかし、それを言おうと思ったのは、このまま捜査が進んで、自分にいずれ容疑者に入ることになれば、殺人事件の時一緒にいた仲間の一人として、最重要容疑者になりかねない。そうなると、その時に警察の執拗な尋問や、捜査で分かったことを証拠として突き付けられでもしたら、自分に否定するだけの自信がなかったのである。

 それくらいなら、最初から怪しいのだとすれば、自分から話をした方が、隠していて、後で分かった時の印象の悪さはハンパではない。

 それを思うと、やはり意を決しなければいけないのは、最初だったのだろうと思わずにはいられなかった。

 だが、その秘密を訊いても、辰巳刑事はどこか納得のいかない部分があった。

 先ほどの四つ辻の犯行現場で、女中さんが話していた、

「キツネと天狗伝説」

 の話を訊いている時、何か他人事ではないような表情をしていた。

 何を思っていたのか、本当に何か虚空を見つめていたのは確かであり、その先に何が存在するのか、辰巳は知りたかった。

 だが、今の彼女の告白だけでは、何か物足りまい。

「彼女は、まだ何かを隠している」

 と思わずにはいられなかった。

 さらに、こちらに来てから最初に見た男の顔に対するリアクションである。それは、

「どうしてこの男がここにいるのだろう?」

 というイメージで、その男のことは知っているが、どこで横溝房江と繋がっているのかが分からないということなのか、それとも、

「横溝房江との関係から言って、この場所にいてはいけない一番の相手ではないか」

 という思いが、彼女の中に意外性を見せたのかも知れない。

 どちらにしても、この時の表情には意外性のようなものがあり、何をどう反応していいのかを考えているのかも知れない。

 彼女が何かを隠しているとしても、それを強引に聞き出すやり方をすることはできない。なぜなら先ほど門倉警部補の方から、彼女に対して、

「あなたが話しやすいように」

 と言ってしまったことで、こちらのハードルを上げてしまったのだ。

 だからと言って、門倉警部補を責めることはできない。それは門倉さんが上司だからという意味ではなく、もし自分が門倉警部補の立場であれば、同じことを言ったはずだと思いからだった。

 相手に変な思い込みなく、素直に自供させるには、相手が話しやすいように環境を整えること。昔のように強引に、

「吐かせる」

 などということは、今の時代には合っていない。

 コンプライアンスに反するということでもあるし、人間の感情が複雑になっていて、その分疑心暗鬼になっている。したがって、一度殻に閉じこもってしまうと、二度と出てきてくれないという状況に陥ったとしても、無理もないことであろう。

 そんな中で、発生した今回の事件、大きなカギを握っているのは、いうまでもなく、現時点では高木明子であった。

 ひょっとすると彼女の口から、今回の旅行に来ている他の人物の名前が、予期せぬところから出てくるかも知れない。そういう意味でも、他の三人も緊張を持って、しかもそれぞれに違った思いで、高木明子を見つめていた。

「私の名前を出さないで」

 であったり、

「私の名前が出てきたらどうしよう」

 であったりする。

 前者であれば、犯人、もしくは犯人を知っているということで、一気に容疑者にされてしまいそうな状況であり、後者であれば、自分はこの事件に関係ないのに、間違って容疑者にされてしまったらどうしようと思っているのだ。どちらにしても、ここで名前を出されるのは、致命的であり、もし事件に関係ないとしても、警察に疑われたまま、元の世界に戻らなければならない。戻った瞬間から、負の要素を負ってしまうのであった。

 だが、それにしても、高木明子は何を知っているというのだろう。なかなか話そうとしないのは、今感じていることが事実かどうか分からないからだろう。

 言い方はおかしいが、死人なのだから、間違っているからと言って、侮辱罪や、名誉棄損に当たるわけではない。あくまでも、犯人追求のための、情報の一つでしかないのだ。

 警察の方も、この時点で仕入れた内容を、外部に漏らすようなことは絶対にしてはいけない。

 警察であれば、それこそ、死者への冒涜として、世間から誹謗中傷を浴びることになるだろう。もちろん、発表してしまわないと分からないことなので、そういう意味でも外部に漏らすことはしないはずだ。

 門倉警部補が一つ気になっていることがあるのだが、それは、四つ辻で死んでいた男がフリーライターだということだった。

 普通であれば、温泉地の取材をしたのだろうという考えになるのだが、一日目には、ほとんど何もせず、二日目では、早朝からどこかに出かけようとした。温泉地の取材というわけでもなさそうだ。

 しかも、この男、いつまでの宿泊か決めていないという。長くかかると踏んでいるからなのか、どこまでの取材をOKとするかなのかということが問題になりそうだが、そこもハッキリとしなかった。

 門倉警部補も辰巳刑事も、じっと高木明子のことを見守っている。それぞれに違った感情を持って見守っているのだが、門倉警部補は、まるで花嫁の父親のような心境で、辰巳刑事は勧善懲悪な自分の理念を彼女に当て嵌める形で見ていた。

 その視線に彼女も気付いたのか、徐々に頭の中で言いたいと思っていることを整理しているようだった。

「下手なことを言って誤解を与えるのは本意ではない:

 つまり、捜査かく乱などという意識はまったくないということだ。

 しかし、彼女は次第に胃を決してきた。言いたいことを頭の中でまとめているつもりだったが、実際に出てきた言葉が違った感情になったのか、自分でも分かっていないようだった。

「あの男、実は詐欺師なんです。最近流行りの、老人をターゲットにした詐欺、そのため、自分たちではなく、相手を安心させるために送り込むのが主婦なんです。借金のある人を助けるという名目でやらせているんです。しかもその借金を作らせたのも、それを助けるふりをしてお金を都合したのも、詐欺集団のやり口です。彼はそんな中の一人でした」

 と、そう言って、やっとすっきりとした顔になった高木明子だった。

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