第6話 キツネと天狗伝説

「これは、心中なのかな? 心中とすれば、おかしなところがあるような気がするんだけど」

 と門倉警部補が言った。

「どういうことですか?」

 と訊かれて、

「まず一つはなぜ、こんなところで死ななければいけない? 自分たちの部屋でもいいんじゃないか? そしてもう一つは。一人がナイフで刺され、そして、もう一人が服毒しているということに違和感を覚えるんだ。だから、私はこの事件を最初から違和感ありで見ているんだよ」

 と、門倉警部補がいうと、松阪刑事も頷いていた。

「じゃあ、門倉警部補は、偽装ではないかと言われるんですか?」

 と長谷川巡査に聞かれ、

「君はおかしいとは思わなかったかね? まず服毒している男が仰向けになっていて、ナイフで刺された女が、その男の上に上からのしかかるように俯せになって死んでいた。殺してから服毒したのであれば、あのような形になることはないんじゃないかと思ってね」

 と、門倉警部補は答えた。

「確かに……」

 と、長谷川巡査は考え込んだが、考えてみれば、分かることであり、見たままの状態をそのまま信じ込んでしまった自分を恥ずかしく思えた。

 刑事というのは、それだけ、まわりを疑ってみる商売なのかも知れないと、長谷川巡査は感じた。

 さて、門倉警部補と松阪刑事が到着したのは、長谷川巡査が三人に話を訊いている最中であった、思ったよりも到着が早かったことに長谷川巡査は驚いたが、まだ聞き取りが核心に迫っていなかったのは、よかったと思った。

 あらましを長谷川巡査から聞いたところ、

「ということは、この現場か、四つ辻の祠のどちらかにいるかも知れないということで、二手に別れて捜索してみると、両方で死体を発券したということになるわけですね。しかも、こちらには、まったく見たこともない一人の男の死体gあり、一見、心中を思わせるような死に方をしていたということだね?」

 と言われて、長谷川巡査を含めた四人に、相違はなかった。

「偽装ではないかというのは、先ほど言ったことからの考えなんだけど、もっというと、毒を飲んだわりには、そこまで苦しんだ痕が見えない気がするのは、私の気のせいかな?」

 と門倉警部補がいうと、

「解剖の結果を見なければ何とも言えないですが、この男はたぶん、毒を飲んで、すぐに死んだわけではないと思うんです。何かカプセルのようなもので薬を飲んで、それが次第に胃の中で溶けてきて、そして全身に毒が回ってきたようなですね。そして、たぶん毒は青酸系のものではないかと思います。アーモンド臭がしましたからね」

 と鑑識が言った。

「なるほど、確かに青酸系の毒物は、アーモンド臭がすると言いますからね。その臭いがしたのであれば、青酸カリか青酸ナトリウムなどではないかということだろうね」

 と門倉警部補は言った。

「となると、さっきの門倉警部補の話ではないですが、心中ということも怪しくなりますね。毒を飲むのであれば、カプセルにいちいち入れる必要はないですからね。普通、自殺する人はそんな徐々に襲ってくる死の恐怖を少しでも味わいたくないと思うのが本音でしょうからね」

 と、松阪刑事はそう言った。

「もちろん、思い込みはいけないと思うけど、心中だという思い込みを捨てて、誰かに殺された可能性というのも視野に入れて、鑑識の方をお願いしたいですね」

 と門倉警部補は言ったが、発見者の三人は、最初から心中だと思って疑わなかっただけに、おかしな気分に包まれていくのだった。

「おや? これは何だろう?」

 と、鑑識が何かを見つけたようだ。

 それは小さなバッチのようなもので、よく見ると、どこかの会社の社員章のようなものだった。よく見ると、被害者の男性の手が傷だらけになっていて、誰かの胸から引きちぎったのではないかと思われた。

「毒で苦しみ出したので、思わず、手から離したんだろうな」

 というのが、鑑識の見解だった。

「死亡推定時刻は何時頃なんでしょうか?」

 と聞いたので、

「明け方というのは間違いないと思いますが、見る限りでは、二時間くらいではないかと思いますね。もちろん、解剖しないと分からないですけどね」

 ということだった。

 その話がさっき、電話で辰巳刑事に松阪刑事より報告された内容だったのだが、それにしても、こんなところで心中にしても、偽装にしてもするというのは、少し変だというのは、その場にいたすべての人が感じていたことだった。

 とりあえず、死体の状況はそのまま、鑑識に任せるとして、第一発見者の三人にいろいろ話を訊いてみることにした。

「皆さんは、文芸サークルのお仲間ということですが、どちらから来られたんですか?」

 と訊かれて、

「私たちは、隣の県のK市にある市が主催している文芸サークルの仲間なんです。他にもサークルの仲間はいるんですが、私たち五人は主婦ということもあり、最初は気が合う仲間が一組ずつあったんですが、そのうちに五人でいろいろ話をするようになって、いわゆるつるむようになったんです。ただ、年齢的には少し開きがあって、私が三十後半で、一番の年配ですね。そして一番若いのは、四つ辻で捜索をしている二人のうちの一人になります。年齢的にはまだ、二十代前半というところでしょうか? 後の三人は、それぞれ三十歳前後で、結構話が合っていたんじゃないかしら? 三人で行動することも多かったからですね」

 と最年長の彼女がいうと、

「じゃあ、被害者の横溝房江さんも、その三人の中の一人だったわけですね?」

 と門倉警部補が訊ねると、もう一人の主婦が、苦虫を噛み潰したかのような表情になった。

 それを見た松阪刑事は、

「おや? 違うんでしょうか?」

 と訊ねると、最年長の主婦も少し意外な感じがして、首を傾げている。

 確かに人数が増えると一人くらい分からない人がいても不思議ではないが、団体というには最小単位である三人の中で、よく分からないという雰囲気で答えるというのも、少しおかしな感じがする。

「まあ、人それぞれということもあるので、中には秘密主義の人もいたりするんでしょうから、よく分からないというのも分かる気がしますね」

 と門倉警部補がいうと、

「違うんです」

 と、顔をしかめた彼女が今度は申し訳なさそうに言った。

「私の態度が誤解を与えたのであるとすれば、申し訳ありません。私は彼女のことが分からないというわけではないんです。ある意味分かりすぎているというべきなんでしょうか。それだけに、仲良しグループという表現をされることに憤りのようなものを感じるんです」

 というではないか?

「じゃあ、仲が決して言い訳ではなかった。むしろ悪かったと言えばいいんですか?」

 と言われて、

「仲は決してよくはないです。険悪なムードもありました。ただそれは、彼女の言い方に問題があったんです。その都度、こちらがイライラしてしまいそうなことをいうんです。こちらがそれを訊かなかったことにしてスルーしようとしても、さらに追い打ちをかけたような言い方をするんです。せっかくこっちがスルーしてあげようとしているのに、何をって普通ならおもうじゃないですか。でも、彼女には悪気が感じられないんです。そこがどうしても許せないところで、皆、なるべくまわりには仲良くしているように見せて、実は内部で村八分のような形にしようと言い合っていたんですよ」

 という話をした。

「何か、言われて腹の立つようなことなんですか?」

 と松阪刑事に訊かれて、

「ええ、相手の性格を自分で熟知しているかのような言い方をしてくるんです。私は何でも知っているのよっていう雰囲気ですね。ただでさえ、それだけでウザいのに、完全な上から目線に見えてしまって、それをこちらがムキになってしまうと、相手の思うつぼになりそうで、それなら、無視を決め込むに限るということになったんですよ」

 と彼女は言った。

「それが、二人の間で話されていたことなんですか?」

「ええ、でも、さすがに彼女もそんなこちらの態度の奥底を見抜いたんでしょうね。必死になって挑発してくるんです。今は、そんな彼女との膠着状態というところでしょうか。まるで昔の冷戦みたいな感じです」

 というと、

「じゃあ、横溝さんと仲がよかったのはどなたかおられますか? 皆さん全員と仲が悪かったら、さすがにサークルとはいえ、旅行にまで来ることはないのではないかと思ったんですが」

 と、松阪刑事は訊いた。

「そうですね。四つ辻の方で捜索をしている先ほど申しました一番最年少の女の子で、名前を高木明子さんというんですが、彼女が結構仲が良かったと思います」

 というのを訊いて、

「仲が良かった? 過去形ですか?」

 と、間髪入れずに門倉警部補が訊き返した。

 彼女の言葉の抑揚と、言葉を区切った時の違和感からの咄嗟の反応だったようだ。

「ああ、いえ、そうなんです。最初は高木さんが横溝さんを慕っているというような感じだったんですが、そのうちにお互いにギクシャクし始めて、そのうちに、何と言いますか、高木さんが横溝さんのいうことなら、何でも従うようになったんです」

 というではないか。

「じゃあ、最初は、年功によるものなのか、尊敬の念を抱いていたようなんだけど、そのうちにそれに高木さんが疑問を抱くようになったのか、ギクシャクし始めたが、今後は高木さんは横溝さんに従順になってしまったということでしょうか?」

 と松阪刑事に言われて、

「ええ、その通りです、最初は、あまり仲良くなりすぎることで、高木さんが何か弱みでも握られたのかって思っていたんですが、どうもそうではないようなんです」

「というというと?」

「弱みだけではなく、借金か何かもあるのではないかという感じも受けました。あくまでも勘でしかないんですが」

 と最年長の彼女はそう言った。

 ひょっとすると、相手は誰かは分からないが、誰かに対して金銭的な弱みを握られたことがあったのかも知れない。その経験から、そのような思いを抱いたのではないかと思うと、まんざらまったく信憑性のない話でもなさそうな気がした。

「なるほど、分かりました。じゃあ、あちらの事件とこちらの事件が結び付くかどうかは分かりませんが、こちらで横溝さんが殺された事件に関して、一度、サークル仲間の、殺された横溝さん以外の四人からご意見を伺った方がよさそうなので、一度、こちらの検証が済み次第、宿の方で、再度お話を伺うことにしょうかと思いますが、皆さん、それでよろしいでしょうか?」

 と、門倉警部補は、そういった。

 ここにいる三人に依存はなかった、

 そこで、前述のような電話を辰巳刑事に入れたのだが、辰巳刑事の意見としては、

「分かりました。じゃあ、こちらから、まずそちらに移動しようかと思います」

 という話を言われた。

「どうしてだい?」

 と門倉警部補が聞くと、

「こちらの三人は、そっちの状況を知らないし、一緒に殺されている男性をまだ見ていないので、一度、面通しをした方がいいのではないかと思いまして」

 というのであった。

「どうしてなんだい?」

「実は、こちらにいる高木明子という主婦がおられるんですが、その人の様子が微妙に変なんですよ。殺されている人物を知らないのは知らないらしいんですが、何か不安に襲われているようで、ひょっとすると、別の男性をイメージしていたのではないかと思うと、そっちで殺されている男性を見せてみたいと思ってですね」

 というではないか。

「そうか、実はこっちでも、その女性が、被害者の女性と微妙な関係にあるという証言もあるんだ、少なくとも、何かを知っている可能性は十分にあるだろうな。よし、分かった。そっちが一段落ついたら、こっちに移動してきてくれ、こちらは、まだ死体を移動させないようにしておくから」

 と門倉警部補は言った。

 電話の会話を松阪刑事は聞いていたが、どうやらこの二つの事件は繋がりがあるような気がして仕方がなかった。

 辰巳刑事と桜井刑事が合流しての捜査ともなると、大規模なことになりそうだ。不謹慎であるが、ドキドキしていた。

 四つ辻の方では、辰巳刑事が、これから滝のある祠の方に移動してもらうことの話をしていた。

 その時、辰巳刑事は門倉警部補から、

「高木明子には、君も気付いたように、こちらの奥さん方も気にしているようなんだ。君も分かっていると思うが、気を付けておいてくれ」

 ということだった。

「あちらに、もう少ししてから移動することになる」

 と言った瞬間の高木明子の表情は、一瞬ビクッとしたかと思ったが、すぐに平静さを取り戻していた。

 まるで何事もなかったかのようにしているのは、最初から分かっていたことなのか、向こうに行っても自分に損はないと思ったのか、要するに、

「願ってもないことだ」

 と思ったのかということなのではないかと感じていた。

 そんな時、桜井刑事は少し気になっていたことを聞いてみた。まだ鑑識が捜査が終わっていないということと、向こうに移動することになったことで、少し時間が空いたことで聴いてみることにしたのだ。

「ちなみに、ここの四つ辻は、結構まわりが開けているところではあると思うのですが、そんなところに祠があるというのは、何か曰くがあるんでしょうか?」

 と訊かれて、

「これは先ほども話したように、キツネと天狗のお話が伝わっているんですが、皆さんはキツネというと、どういうイメージをお持ちですか?」

 と逆に、女中から聞かれて、高木明子は先ほどビクッとした時と同じ反応を示したが、今度は先ほどのようにすぐに平静を取り戻すことはなく、次第に不安に思ってくるような気がしていた。

 それを横目に見ていた辰巳刑事をよそに、桜井刑事が女中の話に答えた。

「ええっと、キツネと言えば、人を化かすというイメージが一番強いですね。タヌキなども同じイメージなんですが」

 と言った。

 それを訊いた女中は、

「そうですよね。しかも、キツネのイメージというと、人を騙すというイメージと、女性っぽいというイメージも一緒についてくると思うんです。そこでここに残る伝説なんですが、昔、この土地を収めていた領主がいたんですが、その殿様は結構真面目な方だったようです。いわゆる君主というと、権力をかさに着て、暴君になりがちなところがあるんでしょうが、その殿様は、確かに殿様としての権威は示しておられましたが、家臣などに対しては決して暴君を働くようなことはなかった。それは、自分に仕えている女性に対しても同じだったようです。殿様ですから、正妻の他に側室も何人かおられたようですが、側室同士も仲がよかったようで、表から見た目は実に平安な状態が続いていたんですが、そういうところに限って、ちょっとした綻びが出てくると、ぎこちなさがどんどん膨れ上がってくるものなのではないでしょうか? 側室には、五人の方が控えておられたようなんですが、一人が殿様の寵愛を強く受けるようになったんです。それまでは平等だったんですが、どうも殿様が贔屓したというよりも、本当に好きになられたというのが本音かも知れませんが、実際のところは話としては伝わっていません。そこで、側室内で関係がぎこちなくなってきて、殿様の性格からして、考えにくいと思った四人は、その寵愛を受けた女性が殿様に特別に取り入ったのではないかということになったんですね。これは実によくあることだと思います」

 と女中はそこまで言って、ちょっと会話を切った。

 すると、そこに口を挟んできたのは、高木明子以外の主婦の人だった。

「それは、嫉妬ということですよね? 元々いい関係だった人間の間で、一人怪しい人がいれば、今まで関係がよかっただけに、疑心暗鬼がそのまま裏切られたかのような発想井向くのも無理はないことではないでしょうかね」

 と言った。

 それを訊いて、高木明子はまたしても、ビクッと下反応を起こしたが、さらに不安が募ってくるようだった。

――高木明子という女性、見れば見るほど、分かりやすい人なんだな。だけど、一歩間違うと、それが欺瞞にも見えてくるから不思議な気がする――

 と辰巳刑事は考えた。

 今まで自分がどのような感情を持っていたのか、高木明子はそれを考える余裕はないだろう。

 つまり、今の彼女は、ひょっとすると、

「この場から消えてなくなりたい」

 とまで、思っているのではないかと考えるのだった。

 言葉をいったん切った女中がまた話し始めた。

「そんなぎこちない状態に気付いたのは、側室係をしていた乳母だったんです。殿様のいわゆる育ての親ともいうべき女性の、しかも自分よりもかなり年上で、女性を見る目はしっかりしていると思っている信頼している人から、どうも側室内で不穏な状況になっていると聞かされて、我に返った感じだったんですね。確かに一人の側室を好きにはなりかかっているが、彼女ばかり贔屓にしていては、側室内の安定は図れないと思ったんですね。この殿様は自分の欲望よりも、まわりを見ることに長けていた本当にできた殿様だったので、それだけの決断もできたんでしょう。だから、それ以降は皆平等にしていたのだが、そのうちに、問題の側室が次第に様子がおかしくなってきた。それまで自分が好きだと思っていた女性とはイメージが変わってきた気がした殿様は、急に怖くなって、側室と離れたところで住まわせることにしたんです。ただ、これはそれまでの領主が伝統的に行ってきたことに逆らうことになるので、そのあたりは何とも言えない状況になったんですが、側室は次第に、キツネに見えてくるというウワサが聞こえてきたので、殿様はそのつもりで彼女を見ていると、やはり、彼女はキツネの化身であることが分かったんです」

 と言って、また一旦話を切った。

「じゃあ、そのキツネは殿様を騙すつもりで側室になって、お城の中に入り込んだということでしょうか?」

 と、桜井刑事が訊くと、

「キツネというと皆さん、その発想になりますよね? そうなんです。お城の人も殿様もその思いを特に強くお持ちになったんですね。しかも、この殿様は真面目を絵に描いたような人だったので、悪い意味で、融通の利かないところがあった。一旦思い込んだら、なかなか抜けないというところがあったので、自分は騙されていた。裏切られたんだと思ってしまい、次第に何もかも信じられないような精神状態になった。だけど、すぐにそれはまずいと思って思い返すと、こんな気持ちにさせた一番の原因はそのキツネの化けた側室にあると思ったんですね、そこで、殿様は問答無用で、彼女を処刑した。そして、見せしめにあの四つ辻のところに晒したんです」

 という女中の話を訊いて、

「いくら何でも、事情も聴かずにそれはむごいですね。確かに真面目だったのかも知れないけど、そこまでするということは、本当に裏切られたという思いが強すぎたのかも知れないですね」

 と言って、主婦の一人は考え込んでしまった。

 高木明子は、次第に身体が震えているようだった。何にそんなに震えているのか分からないが、その様子を見ながら、辰巳刑事は訊ねた。

「キツネというのは分かりましたが、天狗という話もあるんですよね。ということは、お話はこれで終わりということではないんですよね?」

 と女中に言った、

「ええ、そうです。実はこのキツネ、昔、狩りに出かけた元服してすぐくらいの殿様に助けられたことがあったんです。罠にかかったキツネを可哀そうに思い助けたんですが、殿様は当然のことをしたと思っているので、そのことはすでに記憶の奥にしまい込まれていて、そのキツネとの関係を考える以前に、キツネを助けたことすら頭にはなかったんですね。キツネは、殿様に恩返しがしたくて、どうすればいいかと思っているところに、天狗が現れて。『お前を人間にしたやるから、恩返しをするんだよ』と言ってくれたのだと言います。でも、結果としては、最悪の形を迎えてしまったことで天狗は、キツネを人間にしたことを後悔し、殿様に対して恨みを持ったんですね。だから、それからしばらくは殿様は正体不明の病で苦しむことになったんです。そして天狗が夢に出てきて、本当のことを聞かされて、自分のしてしまったことに大いなる後悔を感じた殿様は、四つ辻に祠を作って、そのキツネを祀ったんです。ただ、彼女が正体を知られたくなかったという思いから、しばらくはその祠は誰のために建てられたのか不明だったのですが、殿様の死後、この祠の謂れを、伝承する人が現れて、この祠の伝説として、知る人ぞ知るという話になったということなんです。だから、ここの祠には、その時のキツネと、キツネを人間にしてあげ、後悔の念に苛まれた天狗を祀ってあるんですよ。何とも悲しいお話ですよね」

 と、女中は話を締めくくった。

 それを訊いて、一同は誰も言葉を発することはなかったが、実際にここで人が一人殺されているのは事実なので、なぜここで死体が発見されることになったのか、祠と事件に何か関係があるのか、さらには、もう一か所の祠のある場所でも二つの死体が発見されたというではないか。

 一体何がどうなっているのか、辰巳刑事は頭を回転させてみたが、今の段階で分かっていることはあまりにも少なすぎる、

「ここからは、情報収集が必要だな」

 と考えるのだった。

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