第2話 彼は血塗れ聖女といつまでも共にある

「魔王が百年ごとに復活する理由、知っていますか?」

「いいえ……」

「魔王と戦わせる為に召喚され、そのままこの世界で亡くなった人たちの無念や悲しみが集まって新たな魔王になるんですよ」


 それに気づいた数百年前の宮廷魔導士が解決方法の一つとして生み出したのがあの青い宝玉でした。

 アイラの言葉に聖騎士カリスはその美しい顔に複雑な表情を宿した。


「魔王を倒した後に元の世界に帰してやればいい……もっと前に気づけって話ですよね」


 少なくとも千年単位でこの悪循環ループしてるみたいだし。

 黒髪の聖女の表情は呆れながらも穏やかだ。

 だがカリスは跪いて許しを請いたくなった。

 別世界の人間を生贄にしてこの世界の平和は成り立っている。


「しかもその帰還アイテムも宝玉一つ作るのに王家の直系一人か、その他の人間百人分の魂が必要だなんてね」


 だから中途半端な形で実験も止まっちゃったんだろうけど。

 今は存在しない二つの宝玉の形を指で表現しながらアイラは薄く笑った。


「青い宝玉を盗み出す時に王様にばれた時はびっくりしたけれど、結果上手く行ったから良いかな」

「……あの節は本当に申し訳ございませんでした!」


 そうカリスは頭を深々と下げた。


 魔王討伐の旅の途中で立ち寄った辺境の村。

 そこでアイラは邪法に手を染め民を大量に殺めたという罪で処刑された宮廷魔導士の子孫と名乗る青年に出会った。


 魔法が使えず陰惨な話も苦手なソウゴは、逃げるように他の村人に頼まれた魔物退治に行った。

 なので彼から帰還魔法について聞いたのはアイラとカリスだけ。

 そして話を聞き終わった黒髪の聖女は銀の聖騎士に一つの頼みごとをした。


 絶対に魔王を倒すから、その暁には城に保管されている青の宝玉を手に入れて欲しいと。

 凱旋で浮かれる城の連中は自分とソウゴが引き付けておくからその隙に盗んでくれと涙ながらに頼んだのだ。


 そしてカリスはその願いを聞き入れた。

 王都に戻る前から手足を骨折したと偽り、城内では部屋で療養したふりで単独行動出来るようにした。


 しかし覚悟はあっても彼に盗みの才能は無かった。

 あっさりと城の兵士に目撃され、結局多勢に無勢で捕縛された。

 カリスが彼らを殺す意思があれば逃げ切れたかもしれないが、それは出来なかった。


 せめて己が勝手にやった単独犯行だと言い張り処刑されるつもりだった彼の前に黒髪の聖女が現れた。



「すみません、馬鹿王子が魔族の女とベタベタしながら私の殺害計画話し合ってたので彼の保護者呼んできて貰えます?」



 もしあれが国王の許可済みだというなら大暴れしますけど。

 そう能面のような顔で告げるアイラを前に兵士たちは顔を真っ青にして王を呼びに行った。



 黒髪の少女は淡々と国王にエルンストの命を要求した。

 王は苦渋の末幾つか条件を付けてそれを受け入れた。


 エルンストに魅了無効のアクセサリーを身に着けさせること。

 その上で彼がアイラを殺害しようとした時のみ、彼の命を奪うことを許すと。


 アル国の人間は魔力を潤沢に持つ者が多い。だからこそ同時に複数人の異世界召喚が行えるのだ。

 しかしこの国に一人しかいない王子エルンスト、彼は微弱な魔力しか持たなかった。 

 そして人格能力共に王としての資質に欠けていた。


 だからこそ国王は桁違いの魔力を持つアイラと番わせようとしたのだ。

 魔王を倒した聖女の夫として強力な存在価値を息子に与えるつもりだった。


 それでもガイウス王は最終的にアイラの提案に頷いた。

 息子の命を奪うかもしれないと知りながら呑まざるを得なかった。


 アイラが提示した条件は三つあった。

 あの女魔族を始め城内に入り込んでいる魔族を見つけ殲滅する。

 そして次代の魔王になりそうな人物をこの世界から消す。

 最後にこの国を滅ぼさない。


「私たち、魔王とその配下の魔族数百匹を一度に倒したんです。この国で見境なく暴れたら……わかりますよね?」


 国も民も王家も何もかも無くなるのと、女魔族に唆され聖女殺しを企む恩知らずの馬鹿王子一人見捨てるのとどちらがいいか。

 アイラの顔に怒りは無かったが、その小柄で華奢な体は殺意と魔力で満ちていた。


 そして、父王の願いを裏切り愚かな第一王子はアイラの処刑を高々と叫んだ。


 今、黒髪の聖女と銀の髪の聖騎士は元魔王城にいる。

 アイラがここに住むことにすると言い出したからだ。

 魔王が復活しないよう見張り続けるという名目で二人はアル国から出て行った。


「私だけ殺そうとしたのはエミリアという魔族の入れ知恵ですよね、多分。ソウゴ君やカリスさんは男性だし自分が色気で篭絡出来ると思ったんでしょう。……そして手駒に出来ると」

「成程……」

「仇討ちだと思っていたけれど、もしかして次の魔王の座を狙っていたのかしら」


 でもあの馬鹿王子とソウゴ君やカリスさんを一緒に考えるとか本当見る目が無いですね。

 エルンストと同時に消滅させた女魔族のことを思い出したのか黒髪の聖女は呆れたように笑う。


「アイラは……元の世界に戻らなくていいのですか?」


 聖騎士は丁寧な口調で玉座に座る少女に尋ねる。

 アイラは皮肉気な笑みを浮かべた。


「その為に更に二百人殺せと?凄いこと言いますね」

「私一人の命で済めば喜んで差し出すのですが……」

「馬鹿な事言わないで」


 そう怒りを露わにして聖女が言う。

 聖騎士が真っ青な瞳で彼女を見つめているとやがて疲れたように溜息を吐いた。


「私は別に元の世界に未練はありません。寧ろ帰りたくないです」


 私はあっちの世界で人を殺して来ましたから。

 あっさりとそのように告げられカリスは目を見開いた。


「私の両親はアル中……飲んだくれで、でもお金が無くて、ある日私を中年男に抱かせて金を稼ごうとして……まあ、その時に三人殺しましたね。そうしたらなんか血塗れの床が光って……」


 気が付いたらあの城の中に居ました。そうアイラは笑う。


「だからエルンストの傷物女という指摘自体は当たっています。いやギリギリ未遂ですけれど、でも人はいっぱい殺しちゃった」

「アイラ……」

「ソウゴ君よりずっと早く魔物を殺し慣れた理由は既に三人殺していたからなんですよ。今まで黙ってましたけど」

「そんな辛いこと、口に出来なくて当然です」

「あはは、こんな私が聖女と呼ばれるなんて笑えますよね」

「いいえ、貴女は確かに聖女です。命懸けで魔王を倒しこの世界を救ってくれた。そして勇者ソウゴのことも救った……」


 愛する者と離れ離れになる哀しみを受け入れて。

 カリスの台詞に今度はアイラが驚きの表情を浮かべる。


「長い旅の中で貴女がソウゴを愛し始めたことを、知っていました。そして恐らく彼も……」

「ソウゴ君は元の世界に幼馴染の彼女が居ますよ。だからこの世界に居続けたら気が狂って魔王になる可能性が高かった」

「それでも、帰れないという結果になったなら彼はきっとアイラと……」


「馬鹿なこと言わないで! 二度と、そんなこと……」


 私はもう彼と会えないのだから。

 そう聖騎士を睨みつける少女の黒い瞳から涙が一粒零れた。


「聖女アイラ、貴女の献身はこの世界で最も気高い。私が生涯御身と共にあることをお許しください」

「……ふふ、カリスさんは本当物好きですね」


 好きにすればいい。吐息のように微かな声で黒髪の聖女は聖騎士に許可を与える。

 彼は仄暗い喜びと共に彼女の手の甲に誓いの接吻を落とした。

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