第5話 かませ犬の最悪な朝③
俺は喉を擦りながら、大声で叫ぶことでなんとか冷静さを取り戻した。いや、やはり全然駄目だ。冷静なんてかけらも取り戻していない。その証拠に俺の右手は無意識のうちにグレイブを映し出す鏡に殴りかかろうとしている。
やばい少しでも冷静さを取り戻さなければ。
俺はもう一度深呼吸をして、心の奥深くに潜む感情を静め冷静さを取り戻そうとする。
よし、ようやく怒りに埋め尽くされている思考がクリアになった。ただししかし、クリアになった思考は俺に新たな疑問を生み出した。
(…そもそも何で俺はこんなにもグレイブの事が嫌いなんだ?)
俺は少しばかり考え込んだ・・・・・・がだめだ。いくら考えても全く思い出せない。いや、正確には思い出そうとすると脳がストップをかけてくる感覚に襲われるのだ。記憶を心の中に封じ込めるように、俺の頭は過去の記憶を思い出すことを避けようとしているようだ。
どうやらそれは相当、思い出したくない記憶らしい。まあでも、残念ながら今の状況でそんな事も言ってられない。俺は自らの意思で記憶を引っ張り出す決意をした。
「けんま」の記憶を。「グレイブ」の記憶を。
「けんま」は基本的に勇者と四人のメインヒロイン達が織り成す学園ラブコメの形式でストーリが進んでいく。
主人公である勇者は学園生活や冒険を通じてメインヒロインたちとの絆を深めながら共に困難に立ち向かう事で成長する。そしてそんな学園生活は勇者とヒロイン達の間に次第に確かな恋愛感情を芽生えさせいくというストリートだ。
そしてそんなストリートを彩る為か製作陣にNTR性癖の奴がいたか理由は定かではないが、「けんま」の世界は昨今のギャルゲーには珍しいキャラクター達が登場する。
それがライバルキャラの存在だ。
第三王女のエリーゼには影から国の支配を目論む宰相の息子が。
何千年振りに聖女として教会に認定された少女にはこの国の王位継承権第一位を持つ王子様が。
この国でで最も美しい剣を振るうと称される剣姫にはこの国の魔法大臣を父に持つ賢者が
氷の女王と名高い侯爵令嬢にはこの国の軍務大臣を父にもつ剣聖が
それぞれ勇者の恋のライバルとして立ちはだかってくる。
ただそんな彼らは最近人気の「ざまぁ」していい気になるためだけに設定されたような薄っぺらい存在ではない。
確かに最初の頃は性格的に難があり勇者といがみ合うことも多いいキャラクターだが、学園生活や様々な冒険を通じて勇者の人間性に触れる事で最後には大切な仲間としてそして正統派のライバルとして成長していく。
そんなメインヒロインからライバルまで王道設定の学園ラブコメ。
そんなラブコメだからこそとあるキャラクターの存在が必要不可欠となってくる。
自分にはできないことを平然とやってのける主人公に対して嫉妬し嫌がらせをする捻くれものが
イベント発生の起点となる為に様々な問題を引き起こす厄介ものが
ヒロインと主人公の仲を燃え上がらせるための障害としてたちばたかるモブキャラ以上ライバルキャラ以下の
かませ犬キャラが
そう、そのかませ犬キャラこそおれが転生したバイトドックグレイブという男である。
グレイブは平民上がりの勇者が学園でちやほやされているのが気に食わず
勇者に無謀にも勝負を挑んで返り討ちにされらのことでそのかっこよさをひきたたせたり。
主人公達のグループと敵対する事で彼らの友情を深めさせたり。
執拗なアプローチを拒まれた腹いせに嫌がらせを受けていたヒロインを勇者に救わせる事で二人の仲を急激に進展させたり、
それはそれは見事なかませ犬っぷりだった。グレイブのほぼ全ての行動は主人公の好感度を上げることに大いに貢献しており「恋のキューピット」だの「どんなアイテムより貴重な存在」だの多くのプレイヤー達から重宝されていたし、何なら攻略においては好かれていたまでもある
とあるモブキャラクターを推していた奴らを除いてだ。確かそいつらはアンチグレイブ二代派閥と呼ばれていたっけ。
俺の記憶が確かならグレイブが引き起こした問題が原因によって死んだキャラクターが二人いたはずだ。確か貴族の少女と同級生の少女だった気が・・・・・・
(ん・・・同級生・・・の・・・・・・死・・・・・・)
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
その言葉が引き金にして俺のトラウマが鮮明に蘇った。あの日々の苦しみが。グレイブに憎悪の炎を燃やす原因となったあの思い出が。
というのも俺には推しのキャラクターが存在していた。名前はセルビア。その少女はメインヒロインでも何でもないただの勇者のクラスメイトの一人だ。ただ俺はそんなセルビアにゲームを始めた当初から一瞬にして心を奪われてしまっていた。その明るく快活な性格に。そのどストライクなビジュアルに。
だからメインストリートをクリアしながらもいつかセルビアを攻略する未来を夢見ていた。セルビアが百人以上いる攻略可能キャラの内の一人であることを一切疑わず、俺とセルビアとの間にどんな感動的なストリートが待っているか胸を躍らせていた。
まぁ、結局最後までセルビア攻略する未来なんてものは訪れることはなかったが・・・・・・
セルビアは一定期間経つか好感度を一定まで上げると必ずメインストリート上で凄惨な死を迎える仕様になっていたのだ。グレイブが引き起こす問題によって。因みにその仕様を俺が知ったのはセルビアの凄惨な死を丁度百回見届けことによるショックでの記憶を失った後の事だった。
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