第8話 終わり

『7月15日



今日、初めて君の絵を描いた。私の大好きな君の笑顔を見て、これから頑張るために。病室に飾ると、いつでも君に会える。



苦しい夜が明けて、朝目が覚めると君がいて。今日も生き延びたなーって思うんだ。幸せだったな。最後の思い出になった。君の絵を描いてよかった。



最近痛みがキツくなってきて、もう我慢出来る程じゃなくなっちゃった。今まで君にバレないようにしてきたから、これが本当に最後になったんだよね。



寂しいなあ。もう会えないなんて。





死にたくない。まだ、生きたい。もっと君と思い出を作りたかった。悔しい。悔しい、悔しい、悔しい、悔しい!!



でもね、同時にね。痛くて痛くて、辛くて、逃げ出したくなるの。死んでしまいたいと思うの。全てを捨てて、楽になりたいと思う。生きたいのに、おかしいよね。




ごめんね、嘘ばっかりついて、ごめんね。苦しむ姿は見せたくなかったの。わかるでしょう? 貴方が私だったら、同じ事をしたはず。だからどうか、許してね』





 クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ……!!!!!!

辛い、苦しい、読み進めるのが。お前の痛みが伝わってくる。心と、身体の。


 なんで俺は、お前の辛さに気付けなかったんだ……!!!!なんでお前が、こんな辛い思いをしないといけないんだ!!!!!!お前に代わって俺が苦しめば良かったのに。

 神なんて、いないんだ。そんなに都合のいい存在なんて、いない。




 涙が溢れ出す。ボロボロと、次々と。お前にもう一度会って、思いっ切り抱きしめてやりたい。今まで辛かったなって。よく頑張ったって。クソほど褒めてやりたい。お前は今でも俺を見ているだろうか。お前の大好きな空から。




 日記を胸に抱く。上手く息ができなくて、声が漏れる。




「う……ぐっ……」




 ずっと添えられた美沙のばあちゃんの手。お前の事を最後まで育ててきたシワシワの温かい手。そばに居たのは、俺じゃなくて、ばあちゃんだった。苦しむ孫を見守ってきた。俺よりもっと、もっと辛いんじゃないかと思う。



 背中に触れる手が、震えているのがわかる。2人で涙を流し、悲しみに暮れた。












 最後まで読まないと。震える手で、再びページを開いた。







『8月27日



君は今、何をしているだろうか。もう私は起きてる時間がとっても短くなって、こんなふうに字も汚くなってきたよ。私が返さなくても、連絡してくれてありがとう。その文字に救われてるんだよ。



さあ、書くのも限界が来たようです。絵の君にお別れを言おう。君の分身に。今までありがとう。私のことは忘れないで。それだけでいいから、新しい恋をして、幸せになって。私の分まで幸せにならないと、許さないからね? 




あとね、よかったら、私の代わりにおばあちゃんの話し相手になって欲しいな……たまにでいいの。


おばあちゃんは、私のために生きてくれた。1人になっちゃうの。こんな事をお願いしてごめん。じゃあね。また来世で会おうね』







 幸せに、か……お前はいつも他人を気にかけていたな。優しいお前は最後まで変わらないんだな。お前を好きになってよかった。 



 これからもこの気持ちは変えられない。俺の最初で最後の恋。お前でよかった。お前が、よかったんだ。大丈夫、ばあちゃんの事は任せろ。




 俺はお前のために、生き続ける。お前は俺の人生を見ていればいい。俺が死ぬまでそこで待っていて欲しい。






「読み終わりました……」

「そうかい。どうだった?」


「美沙は、最後まで美沙でした。優しくて、あったかくて……」

「……そうかい。美沙ちゃんのこと、大事にしてくれて、色んな所に連れて行ってくれて、ありがとうね。

私はあまり連れてってあげられなかったからねえ。美沙は、祐也くんに会うまで、無理をして笑っていたようだった。

貴方に会って、よく笑うようになった。楽しそうに、笑っていたわ。祐也くんが生きがいだったのよ。最後まで貴方のことを気にかけてた」


「馬鹿だなあ……人の事ばっかり気にしやがって……」

「それだけ好きだったってことさ。さあ、美沙ちゃんの眠る場所へ、行ってみるかい?」

「……行きます、行かせてください」







 俺達は歩いた。ただ、歩いた。何も話さなかった。それでよかった。俺は美沙の事をずっと考えた。お前の気持ちを考えた。会えなくなったのは仕方なかったんだ、と言い聞かせた。お前はいつだって、正しいんだ。お前がとった選択なのだから。そう思うようにした。俺がお前を責めるなんて、できない。





「ここに美沙ちゃんが眠っているのよ」

「……美沙……」



 お墓に書かれたお前の名前。本当に死んでしまったんだな。真新しい墓石に掘られた美沙の名前を指でなぞる。





「美沙、久しぶり。知ってるお前の姿じゃねえから、何を話せばいいんだ……えっと、日記読んだ。お前の気持ちが知れて嬉しかった。ありがとう。俺に遺してくれて。


これからお前の分まで生きようと思う。ばあちゃんの事は任せろ。あと、ずっと見とけよ? よそ見は無し。俺はお前を好きになった事、後悔してない。これからもだ。だから、今はゆっくり休んでろ。俺が死ぬまで待ってるんだぞ? 


お疲れ様。辛かったな。痛かったな……。俺と思い出を作ってくれて、ありがとう。また会いに来るからな」




「美沙ちゃん……祐也くん、素敵な人だねえ。美沙ちゃんと最後までいられてよかったよ。ありがとうね、私は美沙ちゃんのおばあになれて、嬉しいよ。大好きだよ、美沙ちゃん。また来るからね」











 お前と過ごした数ヶ月は、俺の一生の思い出になった。忘れられない記憶になった。










 俺はこれからもお前の事を想いながら、生きていくのだろう。





 今日も俺はお前とすごしたこの海から、お前の好きな空をみる。今はお前のいる、空を。

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