第7話 日記

「貴方、安達 美沙を知ってるわね?」

「はい……もしかして、美沙のばあちゃんですか?」

「そうです。貴方は祐也くんでしょう?」

「はい。美沙は、美沙はどうしてるん……すか」

「実はね……美沙ちゃんは亡くなったの」



 あんなに元気だったのに…俺はその場にへたりこんでしまった。




「は……? 嘘だろ? そんな訳……だって、あんなに元気だったし、忙しいって……」

「信じられないわよね……でも、もう、いないのよ……」





 美沙のばあちゃんは、遠い目をして哀しく笑った。まさか、そんな……事故か何かか? 車に轢かれたとか……そういうやつか? 正直未だに信じられないし、信じたくもなかった。また会えると思っていた。きっとまた会った時に、秘密を話してくれるだろうと。



 俺は唇を噛み、血が滲むのがわかった。悔しくて、悔しくて、悔しくて、悔しくて……!! そんなのどうでもよかった。










「なんで……死んだんすか」

「病気だったのよ。貴方には隠していたけど」

「なんの病気なんすか!!!! 死ぬほどの……ものだったんすか……」





 拳を握りしめ、爪が食い込む。死んじまうほどの病気のお前を、俺は気にもせずに遊びに連れて行って……そのせいで、死んじまったんじゃないか……? 自責の念が俺を蝕む。




「癌だったの。そこの緩和ケア病院で入院してたのよ」




 そう言って美沙のばあちゃんは、入り江から見える大きな建物を見ながら呟いた。





「癌……? いつから?」

「貴方に会う前から」

「……そんな…………」

「これ、美沙ちゃんが残した絵と日記。あなたに渡してほしいって」







 美沙のばあちゃんは、俺の肖像画と1つの日記を俺に渡した。最後に会ったあの日、描いてくれた最後の絵。最初で最後の人物画。それが、俺。



 ああ、過去に戻れたならどれだけ良かっただろうか。お前のことを気遣っていたら結果は変わっていただろうか。今更どうしようもないこの現状が、俺を嘲笑っているようだ。




「くそ……くそ!」




 俺はへたりこんだまま、拳を叩きつけた。その度に砂が弾ける。




 俺は砂を握りしめながら、俺はいつしか涙を流していた。美沙のばあちゃんは、ただただ俺の背中をさすってくれた。




 その暖かい手に、尚更涙が止まらなかった。お前が大切にしていた人が、俺を慰めているなんて。









 どれくらいの時が流れただろうか。やっと俺は少し落ち着くことが出来た。とにかく、この日記を読まないと。




 ここに真実が書かれているのだろう。彼女が残した記憶が、ここにある。



 お前がもし何も残さず逝ってしまったなら、俺はもっと辛くて辛くて、死にたくなってしまっただろう。





「あの……1人で読む自信がなくて……今、読んでもいい……ですか」

「もちろん。私は横で座っています。貴方も座って」

「はい……」




 美沙のばあちゃんは、俺の背中に手を添えてくれた。少しだけ、安心する。









 日記は、お前が好きな夕焼けのオレンジ色だった。リングノート。めくりやすい日記だと思った。




 表紙には、『美沙の日記〜祐也へ〜』とかかれていた。






『4月16日



 私は今日も、何の変哲もない外の景色を見る。夕方になると、ある男子高校生が通るのを待つの。


 彼は悲しい顔をしていて、いつも同じ場所へ向かう。表情までは見えないんだけど、何となく雰囲気でわかった。ただ、誰もいない海辺に座り込んで、ひたすら時間を潰してる。


 なぜか今日は、その子に会ってみたいと思った。その子のために、外出許可を貰って明日会いに行くことにした』







 ちょうど海が見える場所で、俺を見ていたのか。急に現れるもんだから、おかしいと思っていた。近くの病院から眺めているなんて、思いもしなかった。



 俺はそんなにかなしそうに歩いていたのか。死にそうなやつに心配されるなんてな。でも、そのお陰で、お前に会えた。






『4月17日



 ついに会いに行った! まさか、向こうから話しかけてくるなんて。趣味が絵でよかったー。絵が話のきっかけになった。


 彼の名前は東二祐也。祐也、いい名前。素っ気ないけど、いい子なんだろうな。口下手で可愛い。背が大きくて、カッコイイな。彼女いるのかな?


 歳、離れすぎてるよね? 彼は高校生で、私は23歳の大人だし。犯罪じゃん!』




 なんだよ。そんなこと思ってたのかよ。初対面から好印象だったとは、少し胸がくすぐったい。







 それから、俺との毎日がひたすら綴られていた。退屈だった毎日が楽しくなったって。癌なんて、どれだけ辛いか俺には想像も出来ないけど、そうあれたなら嬉しい。





 ちっぽけな俺が、誰かを楽しませることが出来ていたんだ。





『6月23日



 初めてのディズニー! 今まで行かなかったのは、彼氏ができたら行こうと思ってたの。彼氏が出来たことない訳じゃないけど、一緒に行ってくれるような人じゃなかったんだ。



 君が誘ってくれた時、すごく嬉しかったの。胸がドキドキして、もう、心臓が飛び出でるくらい! 君が私のために、そこまでしてくれるんだって。



 ディズニーでただ並んでいる時でさえ、君の一挙一動が愛おしくて堪らなかった。恥ずかしそうに笑う君をみて、あぁ、好きだな……って思った。




 チュロスをお互い一口ずつ食べあった時は、なんでもない様な振りをするのに必死だった。気付いてたかな……すごくドキドキしてたんだよ? 



 一生の思い出になった。ありがとう。君と過ごす時間は、あっという間に終わっちゃう。どこに行っても楽しくて、ずっとこの時間が続けばいいのになーって。



 そんな願いは叶わない。私に残された時間は残り少ない。余命宣告より長く生きる人はいるけどさ、私はどうかわかんないじゃん。


 最近痛みが強くなってきて、あー、終わりが近づいて来たのかなって思ってしまうの。強い気持ちで闘えればいいんだけどさ。私には、無理だった。痛くて痛くて、何もする気が起きなくて。起きるのもダルくて、ずっと寝て過ごすの。



 好きって言ってくれて、本当に嬉しかった。でも、終わりが来る恋なんて辛いでしょう? 私も好きって言うつもり無かったのに……馬鹿だな。自分の気持ちには嘘がつけなかった』








 なんだよそれ……自分で勝手にきめつけて。俺の気持ちはそんなんじゃないのに。俺は、俺は、残り短い時間だとわかっていても、そばに居たかった。お前の辛さに寄り添いたかった。目の前が涙で滲む……。手がブルブル震えて、上手く読めない。








 お前に会うことが叶わないまま、お前は日記になって現れた。無機物に。痛い、心が軋むようだ。お前の熱をもう感じられないなんて。







 現実は、残酷だ。





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