白い結婚ですか? わたくしは夫婦の営みがなくても子供を産めますよ

アソビのココロ

第1話

「やはり無理だ。すまないが、そなたを愛するつもりはない」


 屋敷の寝室で、本日届出上は私の妻になった目の前の女性に言い渡す。

 あえてコリンナ嬢と呼ぼう。

 たおやかで美しい女性ではあるが、これ以上関係する気はないから。


「わたくしは……」

「いや、そなたに咎はない。実はな……」


 コリンナ嬢には全てを告白しておかねばなるまい。

 私には愛する女性ダイアナがいたことを。

 ちょうどコリンナ嬢のように美しかった。

 流行り病であっという間に亡くなってしまったのだ。

 あの時の無力感をどう表現したらいいのか。


「……というわけなのだ。私の心は既にダイアナに捧げてしまった」

「御立派です」

「立派なものか。私はただ……」

「わたくしもトラヴィス様のような一途な男性の妻になることができて幸せです」

「いや、だから……」


 寂しげな笑いだ。

 愛するつもりはないという、意味は通じてはいるのだろう。

 しかしあの表情、ダイアナに似ている。


「わたくしはトラヴィス様の御子を授かることができます」

「うむ、健康な女性であればそうだろう」

「たとえそこに愛はなくとも」


 愛と性は別ということか。

 政略結婚はそんなものなのだろう。

 ただ私は……。


「ダイアナ様のことは事前に伺っておりました」

「何? そうだったのか」

「はい。お義父様、お義母様から直々に」


 悲嘆に暮れていた私を一番に案じていたのは両親だ。

 私しか子がないということもあるだろう。

 オルデンバーグ侯爵家の直系が絶えると、いらぬ争いを生むかもしれない。


「わたくしはトラヴィス様の御子を授かることができます」

「いや、だから……」

「わたくしは『処女受胎』の加護持ちなのです」

「処女……えっ?」

「たとえトラヴィス様に愛されず、抱かれないとしても、御子を儲けることができるのです」

「まさかそんな……」


 『抱かれないとしても、御子を儲けることができる』だと?

 コリンナ嬢の得意げな微笑み。

 ああ、その表情もダイアナによく似ている。


「でなければわたくしのような男爵家の娘に、オルデンバーグ侯爵家の跡取りたるトラヴィス様の妻などという話が来るわけがないではありませんか」


 そう言われればそうだ。

 あっという間に結婚となった手回しの良さに、深くは考えていなかったが。

 てっきり白い結婚になる可能性を話した上で、資金援助と引き換えにダイアナに似た雰囲気の令嬢を連れてきたのだろうと軽く思っていた。

 『処女受胎』だと?


「……本当なのか?」

「はい。でも実際に妊娠したことはないですけれども」


 それはそうだろう。

 いや、重要なのはそこではない。

 ダイアナを裏切ることなく私の子を得られるというのが本当ならば……。


「その『処女受胎』の加護について詳しく聞きたい」

「はい」


 髪をかき上げ、背筋を伸ばす様子もダイアナそのままだ。

 錯覚しそうになる。


「わたくしは閨の秘め事がなくても妊娠することができます」

「うむ」

「しかしただ妊娠するとなると、誰の子だかわからなくなってしまうのです」

「ほう?」


 リスクのある加護だ。


「逆にある男性の子を狙って孕むということもできるのか?」

「可能です。ただ確率になります」

「確率?」

「わたくしがその方のことを思うほど、身体の接触が多いほど、そしてその男性がお腹の子を認知していればということですね」


 なるほど、そう簡単ではない。

 当たり前か。

 例えば王族の子を好き勝手に生んだりしたら、えらいことになる。


「その三つの条件が揃えば間違いなくトラヴィス様の御子を産めます」

「わかった」

「いかがいたしましょうか?」


 上目遣いのコリンナ嬢。

 ダイアナも物をねだる時、ああだったな。

 はっ、いかんいかん。

 コリンナ嬢とダイアナは違うのだ。

 混同してはならん。


 しかしこれはどうなのだろう?

 オルデンバーグ侯爵家にとって私の子は必要だ。

 だから父上母上はコリンナ嬢を用意してくれた。

 ただ身体の接触が多く、腹の子を認知するということは愛とは違うのか?

 ダイアナに捧げた心に偽っていないか?


「……よろしく頼む」


 正直急には判断できないことが多い。

 しかし時間を空けてしまえば、私がコリンナ嬢を疎かにしていることを使用人達が知り、見下されてしまうのではないか?

 それは私の本意ではない。

 コリンナ嬢が悪いわけではないからだ。


 正直白い結婚になるならば、コリンナ嬢が周囲に蔑ろにされてしまう状況も、ある程度は仕方ないと思っていた。

 慣習通り三年後には離縁になるだろうが、その際に十分な補償すればよいとも。


 しかしコリンナ嬢が『処女受胎』という驚異の加護を持っているならば話は別だ。

 コリンナ嬢を探してきた父上母上の執念と、子供を産ませろという強いメッセージを感じる。

 私の子を産んでもらおう。


「では失礼いたします」


 何を?

 コリンナ嬢が私の背中に回り、ぎゅっと抱きついてきた。


「……これが身体の接触を大きくするということか?」

「はい。トラヴィス様の背中は大きいですね。ドキドキしてしまいます」


 ドキドキするのはこっちだ。

 背中にコリンナ嬢の胸の膨らみを感じる。

 ……そしてコリンナ嬢の声も口調もダイアナに似ていることを、改めて意識する。


「ダイアナ様に関することを話してくださいませ」

「ダイアナの? 何故だ?」

「わたくしがダイアナ様のことをよく知れば、トラヴィス様とダイアナ様の御子を授かれるかもしれません」

「そういうものなのか?」

「わかりませんけれど、何となく」


 ダイアナとの子、か。

 どれほど夢に見たことだろうか?

 『処女受胎』とは実に神秘的な効果の加護だ。

 コリンナ嬢の言うことに従おう。


「ダイアナの実家テューダー伯爵家とは領地が隣で、彼女とは幼馴染だったのだ。明るく淑やかな性格に惹かれ、婚約したのも自然な流れだった」

「はい」


 ああ、コリンナ嬢は本当にダイアナに似ている。


「とは言っても、子供の頃のダイアナは淑やかとは程遠かったのだぞ」

「そうなのですか?」

「ああ。背中にカエルを入れられたこともある」

「わたくしも幼い頃はお転婆と呼ばれていたのです。セミ取りが得意だったのですよ」


 そうだ、よくセミ取りもしたな。

 貴族学院の入学年齢が近付くと縁遠くなってしまったが。

 懐かしい。


「……そなたはダイアナに似ている」

「そうなのですか? 光栄です」

「去年、ダイアナを失ってな」

「はい」

「流行り病ということで近寄ることが許されなかったのだ。死に目にも会えず、つらかった」

「……ダイアナ様も、トラヴィス様にそれほど思われて幸せだったと思います」

「……」


 コリンナ嬢の私に抱きつく力が少し強まった気がする。


「ダイアナは私に手紙を残していたんだ」

「何と書いてあったか、お伺いしても?」

「……ダイアナの死に囚われることなく、私の幸せを求めてくれと」

「わかります。わたくしもダイアナ様の立場なら同じことを書き残したと思います」

「何と……」

「トラヴィス様をお慕いしているからです」


 トラヴィス様をお慕いしているからです、か。

 胸が熱くなる。

 同じことがダイアナの手紙にも書いてあったからだ。


「トラヴィス様、大丈夫ですか?」

「あ、ああ」

「わたくしが付いておりますから」


 肩が震える。

 ああ、ダイアナ。

 そなたは私の幸せを願っていてくれたんだな。

 そしてコリンナ嬢も。


「わたくしはトラヴィス様に愛していただけないかもしれませんが、立派な御子を産んでみせます」


 ダイアナと似た、いや、ダイアナと同じ声で囁かれる言葉。

 頭が痺れる。

 私はコリンナ嬢を愛さない?

 いや、そんなことはない!


「トラヴィス様?」


 コリンナ嬢と向かい合う。


「私が間違っていた。コリンナ、私の妻になってくれ」


 ダイアナもコリンナも素晴らしい女性だ。

 たまたまダイアナと先に知り合い、図らずも失ったことで特別視していたかもしれない。

 いや、特別なのは当然だが、運命のいたずらで順番が逆だったかもしれないではないか。

 その時私はダイアナを愛さない、などとひどいことを言うのか?


 ニコリと微笑むコリンナ。


「ありがとうございます。嬉しいです」

「コリンナ」

「あっ……」


 長い夜が始まる。


          ◇


 ――――――――――五年後。


「おとうさま、あそんでくださいな」

「うむ、何がしたい?」

「つり!」


 女男男と三人の子供に恵まれた。

 中でも長女のミレーナは活発で、外で遊ぶのが大好きだ。

 まったく誰に似たんだか。


「あら、いいですね。皆で行きましょうか」

「わあい! おかあさまだいすき!」


 結局護衛や乳母などの従者を含めて、総勢一〇人以上のピクニックになってしまった。

 領内では保養地として知られた湖だ。

 水練の達者な者を連れているので、特に危険はないがな。

 ああ、今日はいい日だ。


 コリンナと二人きりになった時に聞いてみた。


「なあ、コリンナ」

「何ですか?」

「そなたが『処女受胎』の加護持ちだ、というのは本当だったのか?」

「どう思います?」


 コリンナが艶然と笑った。


「どちらでもいいではありませんか。もう調べようがないのですし」

「ハハッ、そうだな」


 一度でも男女の営みを行ってしまうと、『処女受胎』の加護は消えてしまうとのことだ。

 なるほどな反面、騙されたような気もする。


「わたくしはトラヴィスの妻でよかったですよ」

「私もだ」


 きっとダイアナも天界で安心していることだろう。

 これでいいのだ。


「おとうさま! つれたっ!」

「おお、大物だな。よくやった!」


 釣りあげた大きなマスと、にぱっとした笑顔を見せるミレーナ。

 ダイアナの小さい頃にそっくりだ。

 そしておそらくはコリンナの幼少期にも。

 ぎゅっとミレーナを抱きしめる。


「おとうさま?」

「ん? 何だい?」

「はなして。もっとおさかなつるの!」

「そうかそうか」


 ミレーナを解放すると、すぐさま釣りの師匠である従者の元に駆けていった。

 ああ、幸せだ。

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