3.飯にありつく

『ガン! グズッ!! ギャアアアアアアアッッガ!!』


 物凄い大音声。スクラップビーストは首筋にガゾが放った大斧の一撃を撃ち込まれて。緑色の体液をぶちまけて、のたうち回った!!


「かかれっ!! 皆で一気に畳み掛けるぞっ!!」


 ガゾが、スクラップビーストの首に。何度も大斧を撃ち下ろしながら、必死の声で叫ぶ。


「「「「「お、おおおおおおおおおお!!」」」」」」


 俺を含めた、五人が。ガゾの声に応じて、スクラップビーストに向かって武器を振るって飛びかかる!! だが……。

 なんだ? 全部で百人近くいるはずの味方が、ほぼ動いていないぞ?


『グフッ……ゥ! ゲアッ! ゲアッ! ゲアアアアアアァ……』


 ふん。ようやくスクラップビーストが息絶えた。俺は、緑色の体液に濡れまくった槍を引き抜いて。自分が着ていたロンTの裾で拭いた……?!


 うげっ! 何だこの体液は!! ジュワッ! とか音を立てて、俺の服を溶かしたぞ?!


「ガ、ガゾ。こんな体液を持っている奴……。食えるのか?」


 俺は、スクラップビーストの体液を結構浴びて、全身に火傷を負っているガゾに尋ねた。


「コイツの体液はな。重曹をかけると中和されて、酸が消える。重曹漬けにしてやれば、この肉は十分に食える。あの天使様たちも、重曹の提供ぐらいはしてくれるんだ。何故か、な」


 ガゾはそう言うと。あの俺にとっては凄まじくムカつく、看守天使の長に頭を下げた。


「看守長カリアスエル様。このガゾとここにいる百名足らず。この哀れなクソどもに、重曹を恵んでいただきたい」


 ……! ガゾの奴。あんなに強いのに、自分を卑下して、クソだと言った……。


「はっはっは!! よいぞ、くれてやる。此度も見ていて血沸き肉踊るものであったわ! ガゾ、貴様はいい加減に、戦場の戦士にならぬか? 貴様なら、いつでも戦える腕があるのだがな」


 そうだろうな、看守天使長の言うとおりだ。

 ガゾの戦いの腕は、素人の俺が見ても。俺達の中で抜きんでている。


「ガゾよ。戦場の戦士になれば。給金も出るし、武器もそれで買える。食事も風呂もベッドも、まともな物を買い求めることができる。なぜ、貴様は。頑なにこの地下牢と地下闘技場から。出ようとしない?」


 さらにガゾに言葉をかける、看守天使長。俺も、それほどの評価がガゾにあるのに。ガゾ自身がそれを望んでいないという筋の話を聞いて。ガゾの方を見た。


「……私が。ここから出て何になりましょう。私は、ここでいいのです。ここで、新しくやってきた転移者に戦いの術と、天使様に仕える作法を叩き込む。それがこのガゾの役割と。心得ております」


 ……何だったんだろうか。その言葉を吐いたときの、ガゾの使命感に満ちた表情は。


   * * *


「食ったか?」

「ああ。腹は一杯になったけど。決して旨いもんじゃないな」

「まあな、何と言ってもスクラップの獣だ。奴には天使たちは運動もまともにさせていないし、与えている飯も薬品ばかりだからな」


 地下牢に再び戻されて。肉の塊を皆で喰らいつくした俺達に、ガゾは笑ってそう言った。


「なあ、ガゾ」

「なんだ? エイタ」

「この国。さっきアンタが、神帝国キリスタリアって言っていたこの国。どういう目的を持って、何をやっている国なのか。聞かせてもらえないか。アンタの知っている限りの事でいいんだ」

「……そうな……」


 ガゾは。何やら遠い目をして語り始めた。


『神帝国キリスタリア。人の世界、マズディア大陸に。ある日突然、神帝城キリスタルズハイムという、天空城ごと降下してきて。天使たちの大軍の強大な戦力を以って、マズディア大陸の三分の一の版図を収めた、天使たちの帝国。頂点は神帝キリスタという女神帝で、その戦闘力は地を割り山を吹き飛ばし、天を裂くほどのものがある。そして、目的。神帝国キリスタリアの目的は、魔界との接点を持つ由緒正しき古の大地である、マズディア大陸を完全に手中に収め。やはりマズディア大陸の三分の一を版図に収めている、魔皇国ナ・ミディ・アルタの魔皇城ミルディアルタに攻め込み。魔皇ナ・ミダスを捕えて、魔族の産み出す魔素や魔力を独占して管理すること、だ』


 無口なガゾに、随分語らせてしまったが。要約するとそういう事らしい。


「神帝国キリスタリア……ってのは。侵略国家か?」


 俺がそう聞くと。ガゾは首を揺らして答えた。


「普通に考えればそうだが……。キリスタリアの連中が唱える文句としては『我々は常に天の彼方から、人類を導いてきた。故に人類は我らに対して借りがあり、その為に我らの尖兵となって魔族を捕え殺さねばならない』というものがある。俺達にしてみれば、よくわからん理屈を唱えているんだ」

「……話だけ聞くと。弁の立つ詐欺師集団のような気もしなくはないが……。俺はそう思うぜ、ガゾ」

「はは、エイタ。ひょっとしたらそうかもしれんが……。奴らが力を持っていることは確か。実力に対して法を唱え。法の力で実力を覆すのは不可能だぞ。何しろ、法というものは実力の劣る者たちに、実力ある者が与えるものだからな」

「……確かにそうだな……」

「余計なことを考えるな、エイタ。まずは寝るんだ。飯は食えたんだからな。そして、体力をつけろ。明日、また。食事の時間がやって来て、別種のスクラップビーストと戦うことになる。そこでもまた、俺達は勝って。肉を喰わなきゃならないんだから」


 ガゾの奴。そういうと、粗末な毛布を被って横になった俺の頭を。

 優しくなでてくれる。


 ああ、なんかコイツ。

 俺が幼い頃に死んじまった、昔の現世の親父みたいに。


 優しいなぁ……。

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