謝罪会見

遠藤世作

謝罪会見

 「──今回は弊社に不備がありまして、まことに申し訳ございませんでした」


 入室早々、スーツを着た重役らしき人物が、マイク数本が並べられたテーブル前に立って頭を下げる。それと同時に記者達のシャッターが切られ、部屋は瞬く間にフラッシュの嵐。そらチャンスだ、いいアングルで撮れよ。誰も喋りはしないが、思っていることは同じだ。いかに刺激的で、煽情的な記事を書けるか。なにせ謝罪というのは、他の何にも変えがたいエンターテイメントなのだ。

 はたして謝罪会見というもの自体に対し、新聞社は同情するのか、それとも非難するのか。当然ながら、それは各社によってスタンスが変わるだろう。たとえばA社なら、問題が起こってしまった事情に同情し、関係者や家族に取材して、最後は社会の歪みがこんな事態を起こしたのだと書き綴るかもしれない。B社ならば、いやいやこれはどう見ても怠慢だ、ここで許しては後から同じような輩が噴出するから、いま一度、見せしめとまでは言わずとも緩みきったネジを締め直さなければならぬ、とでも社説を掲載するだろう。

 しかし今回に限っては、各社とも同じ方向の記事を書くと決まっていた。なぜなら今回の不祥事を起こしたのは、同業他社であるX新聞社なのだ。まさに飛んで火に入る夏の虫。批判する記事を書けば、競合相手を一つ潰せて、自社の売上が伸びるのは目に見えている。一社くらいは逆張りをして情けをかけるかもしれないが、この業界は弱肉強食。目前にある美味しいネタを見逃すほど、甘くはない。


 「えー、改めて事態を説明したいと思います。弊社が昨日発行した夕刊の記事に、誤った情報が記載されてありました。そしてさらに精査したところ、このような誤りが何箇所か発見され──」


 まったく、何と迂闊な会社だ。記者達は内心大笑いをした。だがそれは、誤りがあったことを笑っているのではない。誤りがあったとが笑えたのだ。どの社の記事でも、多少の誇張表現は飛び交っている。政治家の発言を、裏にはこのように意図があるはずだと決めつけのように書いたり、名がありそうな専門家に尤もらしく、この商品は安全だろうと語らせたり。

 けれど、それらは誤りではない。嘘はついていないからだ。どれも最後には「はず」や「もありえる」、「だろう」「かもしれない」……決して言い切らず、憶測として書くのがコツなのだ。

 それをX新聞社ときたら、バカ真面目にそれらを誤った記述として謝罪会見まで開くとは。新興の新聞社とはいえ、あまりにも業界を知らないらしい。


 「それでは、質疑応答を始めます。挙手をなさった方で指名された方は、社名とお名前をお願いします。ではまず、そちらの方から」


 あらかたの説明と謝罪文句が終わり、会見は質疑応答へと切り替わった。最初に指名されたのは、D社の記者。


 「はい。D新聞社のタナカです。今回こういった誤りがあったと気づいたきっかけは何だったのでしょうか」

 「お答えいたします。こちらは購読されているお客様からのご指摘でございました」


 これを聞き、記者達は鼻で笑った。何だ、内部告発ですらない、客からのクレームか。そんなもの聞き流せばよかったろうに。もししつこい奴だったなら、詫びの品をひとつでも渡せば大人しくなる。第一、そういった文句を全部拾っていったら記事なんて書けないではないか。


 「続いて手前の方、どうぞ」

 「F社のササキです。今回の件に対して、どのような補填をお考えですか」

 「はい。再発防止、および世に出てしまった新聞の回収を致したいと思います。もちろん、タダでというわけにはいきませんから、誤った新聞を我が社へとお送りくださった方には僅かながら、補償金を支払おうかと」


 おいおい、やりすぎじゃないか。夕刊だから発行部数が朝刊よりは少なめとは言え、相当な額になるのは違いないだろう。どうやらX社は思ったより、事態を重く受け止めているらしい。まあその分、赤字になろうが知ったこっちゃないが。


 「では今度は後ろの席の方」

 「G社のサトウです。まったく何と悪辣な、ひどいことをしたのですか。あなたからは誠意というものが感じられません。本当にX社は反省をしているのですか」


 このG社の男は、こういった責め立てるような質問を得意とした。つまりわざと感情的になるように言葉をぶつけて、相手が怒ったり泣いたりする姿を見せるよう誘導するのだ。そうすれば、目につく写真が撮れるというもの。

 実際、彼のおかげで売れた会見記事は過去何度かあって、それを知っているカメラマン達は相手の出方をじっと伺い、シャッターに指をかけて、今か今かと焦れったそうにした。


 「ああ、返す言葉もございません。私どもはどうしてこんなミスを見逃してしまったのでしょう。悔やんでも悔やみきれない、お詫びしてもしきれない……」


 やがて、といっても数秒後。X社重役はワッと涙を流した。やった、これだよ、これ。構えていたカメラのフィルムに彼の姿が焼き付く。これで明日の一面は決まった。タイトルは何がいいだろうか。スキャンダラスで目を引いて、尚且つシンプルな文句がいい。"X社、不祥事発覚"はどうだ。"許されざる誤り"とかもいいな。他はどんなのがあるだろう。よし、帰ったら忙しくなるぞ。

 記者達の心は欲望の渦を巻き、その後何回かの質問を経て、記者会見は終了した。


 後日。X社の社長室に、あの会見を行った重役は呼び出されていた。


 「どうだね、首尾は」

 「は、万事順調でございます。我が社の新聞売上は伸び、他社新聞の売上は下がる一方だそうです」

 「うむ、すべて計画通りに運んだというわけだな。君も大変ご苦労だった」

 「いえ、私は本心を話したまで。しかし、そろそろお話ししていただけませんか。社長のご指示通りに動きましたが、私自身、何が何だか。なぜ我が社だけ売り上げが伸びて、他は駄目になったのでしょう」

 「うん、そろそろ話しても良いだろう。この計画には二つの目的があった。第一に、我が社の誠実さを世の中に知らしめること。これが謝罪会見の狙いだった。小さな誤りだろうと見逃さない、金を払ってでも謝る会社だということだ。そして第二に、それが他の社ではなされていないことを示したかった」

 「と、いいますと」

 「ほら、これが君が謝罪会見を開いた翌日の各社の新聞だ。見たまえ、最初のページに次のページ、それから政治欄なんかを」

 「は、ではちょっと拝見……」

 

 それぞれの新聞社は、まず一面に大きくX社の批判を書いた。そこには大抵、「断定も出来ない記事」とか「確証も持てないなら新聞にするべきではない」とか、言いたい放題の批判が書かれている。

 ところが、ページをめくってみると各新聞社は、まさに断定も出来ない記事ばかりを並べている。「あの事件は家庭環境が悪かったの」「警察組織の体制が変わるべきとき」「次の国会では解散総選挙も」……。

 

 「な、そういうことだ。彼らは墓穴を掘ったのだ。だが我が社は違う。そういったものは精査すると決め、余計な文言をつけず事実だけを伝えますと、会見で公明正大に発表してやった。よって読者は、こちらの方の新聞を買うようになったというわけなのだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

謝罪会見 遠藤世作 @yuttari-nottari-mattari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ