ななみん

@serai

第1話:ナナミ

 現実的にそれしか方法がなかったのだ。と、私は、自分自身に言い聞かせた。

母を救うには、彼の手を借りるしかなかったのだと。

それは、まるで悪魔に自身の魂を売る行為だと解っていた。

しかし、唯一の肉親である母が助かる道がるのならと、藁にもすがりたい気持ちだった。



 私は、「○○製薬」と書かれた門を前にして溜息をついた。

ここまで来てしまったのだから、あともう少し……。っと、自分自身に言い聞かせて小さな勇気を振り絞った。




「あっ……あの、連絡入れていた澤山と言う者ですけど……」


門の入り口の角にある入門管理口に私は、そう声を掛けた。

年配の警備員がガラス越しに身を載り出して私の顔を訝しげに覗き見る。

警備員は、無言で手元のスイッチを押すと私の直ぐ横でカチャリと何かが外れる音がした。

金属の扉のロックが外れたのだ。

警備員は、早く入れと言わんばかりに目線で扉と私を交互に見比べた。


 私には、一人の幼馴染が居た。

そいつは、理屈っぽい生意気なな人柄だったが、どことなく憎めない奴で。

しかし、今考えると幼い頃に私は、そいつに何時も酷い目に遭わされてきた。



そいつの言葉を直ぐに信じてしまっていた幼い頃の私が恨めしいほどだ。

とにかく、私が小学校を卒業する頃には、嫌悪の対象であった。

そう、これから、私が会いに行く彼とは、その幼馴染だ。



彼は、大学を卒業すると薬品開発のベンチャー企業を立ち上げた。

彼の企業が開発した薬品が医療機関に大人気だそうだ。

またたく間に大企業へと成長して行った。


そして、暫くして母の病気が悪化した。

今の所、母の病気を治せるのは、彼が開発したとされる新薬だけだった。



私は、1つの扉の前で再び深い溜息を吐いた。

できる事なら、彼になど頼りたくなかった。

見返りに何を要求されるのか……きっと悪魔のような彼だから、だいたい想像がついてしまう。



コンコン

と、扉をノックすると私は、躊躇いがちにそっと扉を開いた。


「やあ、よく来たね。ナナミン!」


「ナナミン、言うな!!」


久しぶりに再会した幼馴染に早速、私の気持ちを逆なでする言葉を口にする。


こんな奴に「ナナミン」と言われるとこれほど腹ただしい思いをするとは……。


部屋の中には、薬品会社の経営者と言うだけあって、豪華な美術品の数々が飾りつけていた。


大きな机とその上に載ったパソコンが一台。


そのパソコンのキーボードをさわりながら、にこやかな笑みを浮かべる一人の男。


痩せ型の体形、ジェルで髪の毛をツンツンに立て、眼鏡をかけた一見センスの良いサラリーマン風の男。


この男が私の幼馴染である「生田利夫」だ。


「まあまあ、ナナミさん。そんなに興奮しないで」


利夫は、からかうような口調で言って、おかしそうに手をヒラヒラさせた。


そろらく、本気でからかっているのだろうが……このまま利夫のペースに乗せられるのは、御免だった。


「相変わらずね。昔から、成長してないわ」


私がそう言うと利夫は、ムッとした表情を浮かべた。


「そんな事、言っていいのかなぁ。ナナミさん? 何の為に貴方がここに来たのか覚えています?」


「チッ……」


「お母さん、助けたいんでしょ? ならさ、それなりの態度を見せてよ」


利夫は、そう言うとニヤニヤと笑みを浮かべて、私の身体を舐めるように眺めだした。


私は、ネットリとした利夫の視線に嫌悪感を感じながら、ここへ来た目的を思い出していた。


床に膝を付き、頭を擦り付けた。


「お願い!! 私の母を助けください!」


私が無様な土下座のかっこうで叫ぶと、俊夫は、ニヤニヤと笑みを浮かべだした。


「クックククッ……良いですね。その姿……あのナナミさんを地べたに這い蹲らせるなんて……。クッ……癖になりそうですよ」


利夫のその言葉に私は、怒りが込み上げてきたどころか……殺意が破裂しそうだった。


「お〜の〜れ〜……」


地獄の底から這い出るような私の声に俊夫は、声を大きくして口を開いた。


「そんな、恨めしそうな声を出しても無駄ですよ。ナナミさんの母親の命は、僕が握っているんです」


「……」


利夫は、とても楽しそうに私の顔を一時、眺めた後……とんでもない事を語りだした。


「いやね。ナナミさんの提案。こっちにとっても都合がよくてね。なるべくなら、早めに新薬の臨床実験を行いたかったんです。


しかし、問題がひつありましてね。とても大きな問題です。ナナミさんの母親を助ける事ができるかもしれない新薬は、まだコストダウンの方法が


確立されていません。とてもコストが掛かるんですよ。それも、人間一人の臨床実験に使う量ともなれば、億単位のお金が掛かるんです。


我が社は、まだ小さなベンチャー企業でしてね。それほどの資金があるはずもなく。まあ、スポンサーが居れば別なんですがね」


「それで、そのスポンサーになってくれそうな企業は、居るの?」


私がそう聞くと利夫は、ニヤリと笑みを浮かべた。


「ええ、目星は、付けてあります。ただし、条件がありましてね。ナナミさんが協力してくれるのなら、上手く行きそうなんですよ」


「協力? 私が?」


「ええ、そうです。ナナミさんにか出来ない事です」


利夫は、そう言ってクリアファイルの塊を私の前にドンと差し出した。


「これは?」


「まあ、とりあえず見てくださいよ」


利夫にそう言われて、私は、クリアファイルの一つを手に取ってみた。


その中にあったのは、何かのプロフィールのようなモノだった。


まるでそれは、結婚相談所で見されれるような。


そんなモノだった。


顔写真に名前、趣味や趣向、性格まできっちり書かれた書類の束。


「これは……」


「どれも大企業の御曹司様でしてね。我が社のスポンサーになってくれるかもしれない大企業のです」


利夫は、そんな事をあっけらかんと言った。


私は、おおむね利夫が言わんとする事が理解できた。理解できたが……。


「あんた、本気で言ってるの?」


「モチロン!! 本気ですとも。まあ、ナナミさんの気持ちもありますから。ナナミさんしだいですねぇ。ですが、スポンサーが居なければ、助けられる命も助けられなくなる可能性が……」


「クッ……私が断れない事を知ってて……」


「そんな、ナナミさんを苛めてるみたいじゃないですか。僕は、ただ最善の解決策をですね」


利夫は、そんな事を言ったが……完全な苛めに違いない。


よりにもよって、大企業の御曹司様とやらと見合い、婚約、結婚までしろ言うのだろうが。


本音で言えば、断りたい。しかし、母の命を救えるのは、今の所、利夫しか居ないのも事実だ。


「大丈夫ですよ。性格と人格は、僕が保障します。下調べは、完璧です。こんなおもしろ……いや〜、僕は、常にナナミさんの幸せを願って居るのですよ」


利夫は、白々しくもそんな言葉で私を励まそうとする。


いや、実際は、励ましどころか……殺意を覚えたほどだ。

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