第24話 通信機をよこすのじゃ!

 客船内にいる重傷者を救助する方針は決まったが、やはり問題になるのが客船にどうやって乗り込むかである。だが、それは意外な人物の働きで解決することになる。ディアだ。


 客船に侵入する方法を巡り頭を悩ませる3人の横で、ディアが彩晴のスマートギアに手を伸ばす。最初は悪戯かと思ったが、どうやら本気で取ろうとしている様子ではない。彩晴が気付いて窘めようとすると、外を示すように指さしながら、またスマートギアに手を伸ばす。


 その行動から、なんとなく言いたいことが伝わってくる。それはつまり……


 わらわに通信機をよこすのじゃ!


「話を付けてくれるってことか?」

「私もそう言いたいんだと思うよ?」

「ありがたい話ではありますが……」


 ディアが客船に呼びかけ、中からエアロックを開けることが出来れば、スムーズに要救助者を運び出すことが可能になる。ディアは状況を理解したうえで、自分に出来る事で協力しようとしてくれているのだ。


「あのクラスの客船なら、内火艇を収容できるエアロックがあるはずだ。よし、ディアに賭けてみよう」

「なんか、凄い子だね」

「ああ。ハツ。ディアの声を客船に届けられるか?」

「わかりました。インセクターの振動スピーカーを使います。内火艇にある端末を使ってください」

「よし、それじゃあ発進だ!」


 彩晴、涼穂、ディア、セーナの4人と、不測の事態に備えてコマンドドッグも2体が内火艇に乗り込む。操縦席には涼穂が座り、彩晴はディアを隣のシートに座らせると無線機を起動させた。ディアの正面に浮かび上がるARコンソール。彩晴は彼女にそこに向かってしゃべるよう手振りで促す。


「※※」


 ディアはARコンソールを物珍しそうにしていたが、直ぐに理解したようで、ディスプレイに向かってしゃべり出した。


 こちらは外にいる救助船じゃ! 砂の踊り子号の生存者に告ぐ。これから怪我人を収容する為に小型艇を降ろす。後部デッキの領域結界を機動させよ!


 インセクターには壁面を振動させて音を伝える機能がある。ディアの声は確実に客船にいる生存者の耳に届いただろう。しばらくしてハツヒメから客船をモニターしていたハツから反応があった。


『涼穂さん! 客船後方のデッキに内火艇を下ろしてください!』

「ええ? そんなところに降りて大丈夫なの?」


 驚いたのは涼穂だ。ここは真空の宇宙空間である。デッキに降りても外に出ることはできない。


『……見ればわかりますよ』

「了解」


 含みありげなハツの言葉を訝しみながら内火艇を客船後方に向かわせると、デッキの一部がドーム状の光のバリアのようなものに覆われているのが見えた。


「あれってまさか……」

『イオンバリアと人口重力によるエアドームです。まさかこんなものを運用しているなんて……』


 ハツが驚愕するのも無理はない。大気をバリアと人口重力で封じ込めることで、宇宙空間に出る技術は地球でも既に確立されている。船内にエアロックを設ける必要がなくなる等、確かに便利な技術だが、宇宙線やデブリに対する脆弱さと、何より事故の恐ろしさから、地球ではほとんど普及しなかったという代物なのだ。


「本当に降りて大丈夫なの?」

『はい。エアドームは問題無く機能しています。ただ、侵入時には振動と重力の発生にご注意ください』

「了解。じゃあ、いくよ?」


 ハツの言う通り、エアドーム表面のイオンバリアに触れた際多少の振動が起こった。だが、それ以外は特に問題が起こる事は無かった。


 エアドームに覆われたデッキには、プールやステージのような設備が見られる。程よい照明に照らされて、まるでナイトプールのようだ。どうやらこの世界の人々にとって、エアドームは普通のものであるらしい。水着で外に出てプールで遊んだり、ステージでの催しを楽しんでいるようだ。


 彩晴と涼穂はウォールスーツがある。例え事故が起こって宇宙に放り出されても問題ない。だが、ディアとセーナ。そして怪我人は生身でここを通る事になる。エアドームに慣れない地球組は心配になったが、ディアもセーナも気にしている様子は無い。


「この世界の人達は怖くないのか?」

『まあ、平気なんでしょうね。きっと。あ、おふたりは駄目ですよ! 絶対にヘルメットは取らないでくださいね? 特に彩晴さん!』

「わかってるよ」

「あやはすぐに良いかっこするから怪しいなぁ」

「すずまで!? 俺ってそんなに信用無いの!?」

「無い」

『ありません』

「酷っ!?」


 前科のある彩晴にハツが念を押し、それに乗っかるように、彩晴の性格を熟知している涼穂にも弄られて、彩晴はしょんぼりと肩を落とす。


 重力下でも飛行可能に設計された内火艇は、やがて出入り口付近に静かに着陸する。


「ハッチを開けるぞ?」

『ヘルメットをしてからにしてください』

「ほら」

「……」


 しっかりヘルメット着用して、彩晴が内火艇の後部ハッチを開くと、真っ先にディアが外に出て船内へと走っていき、セーナがそれを追いかけていく。


「ハツ、船内に残ってる乗客の様子はどうだ?」

『精神的に不安定になっている方には麻酔で眠ってもらいましたが、不測の事態はありえます。十分に注意してください』

「了解だ。行くぞすず」

「うん」


 彩晴と涼穂は、45口径拳銃に非殺傷弾を装填してスライドを引く。あくまで念のためだ。


 船内にいた海賊は、インセクターから麻酔針を受けたところを、乗客によって縛り上げられるか、報復を受けて殺されるかで無力化されている。だが、生き残った乗客は身内が殺されたり、暴行を受けたりで、精神が不安定になっている者がほとんどだ。そんな人達が海賊から奪った武器を持てば、自殺しようとしたり、錯乱して銃を乱射したりする者が出る事が予想される。そういった事態を防ぐため、ハツはインセクターで船内を見回り、危険な状態にありそうな人達を片っ端から眠らせていた。その為、現在客船の中で意識がある者は10人程しか残っていない。


 内火艇を降りる彩晴と涼穂。自走式ストレッチャーと2体のコマンドドッグを率いてディア達の後を追う。


「でも、ここで遊ぶのは気持ちよさそうだね」

「そうだな」


 エアドームへの不安はあるが、雰囲気は悪くない。プールで水と戯れる涼穂をつい想像してしまう彩晴であった。

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