第19話 #ディア2(一人称パート)

 海賊。それは宇宙を荒らすウジ虫じゃ。


 一等客室の壁面には、外の映像を映し出す大型スクリーンが設置されている。だが、今そこに映るのは、星の海ではなく、砂の踊り子号に取り付く一隻の赤茶けた船と、砲を向ける4隻の小型船。


 大きなアームで砂の踊り子号の横腹に取り付き、細長く伸びた針のような突入口を突き刺した様子はまるでダニのようじゃ。まさに海賊というのをよく表しておる。


「汚い船じゃ」


 壁面に映された外の様子に吐き捨てる。


 まさか、皇帝の膝元である帝星系内で、海賊に襲われることになろうとはな。


 海賊の取り締まりは格惑星やコロニーに駐留する警邏艦隊の仕事だが、一般の民で運営されている警邏艦隊は権力に弱く、汚職が蔓延していると聞く。3年前、皇帝と共に近衛騎士団の主力も失われた。それによって、監察の目が届きにくくなり、一層質が低下しているようじゃ。


 まったく。ギッツの白髪が増えるわけじゃな。


「だめです。艦橋に繋がりません」


 インターホンの受話器を置き首を振るセーナ。セーナはずっと艦橋に状況を問い合わせようとしているが、全く通じないようじゃ。


 スイートルームや一等客室は貴族籍の者も利用する事がある為に、一般の客室とは別のエリアにある。


 食事時とあって乗員、乗客の多くが食堂に集まっていた事から、わらわ達は現在客室に取り残された状態にあった。


「既に制圧されておるのじゃろう。そうでもなければ、あんなポンコツでこのクラスの船を捕えることなど出来ぬはずじゃ」


 砂の踊り子号突然襲ってきた海賊の船団。だが、いくら武装したところで、小型船しか持たない海賊共に1300フィータクラスの砂の踊り子号は荷が勝ちすぎる獲物じゃ。遥かにパワーのある中型船相手に、小型船ではとても追いつくことが出来ないからな。


 恐らくだが、海賊共は予め侵入させていた仲間にブリッジを制圧させ、内側から砂の踊り子号の足を奪ったのじゃ。乗員による避難指示が出ていないことからも、既に艦橋が制圧され、乗員は皆捕まったか、殺されていることが予想できる。


「食堂を使わなくて正解じゃったな」


 海賊共は、乗員乗客が食堂に集まる時間を狙って襲ってきた。恐らく食堂は今頃大変なことになってることじゃろう。


 わらわ達は他の客にあまり顔を見られたくなかった為、食堂へは行かず客室で食事をとっていた。それで運よく難を逃れることが出来たが、ここも安全と言うわけではない。間もなく海賊共はやってこよう。脱出しようにも女ふたり。海賊と鉢合わせしたらどうにもならん。よしんば脱出艇に乗れたとしても、外には武装した海賊船が待ち構えている。狙い撃ちにされるか、永遠に宇宙を漂流するか。生存できる可能性は低い。


「ディア様は私がお護りいたします」


 スカートを捲ったセーナが、太ももの内側に隠していた小型の銃を手にする。だが、セーナは戦闘訓練など受けておらん。戦っても殺されるのが目に見えておる。


「無理じゃ。よせ」

「しかし……」

「よい。海賊の相手はわらわが行う。セーナは控えておれ。よいな」


 わらわは健気な侍女の手から銃を奪い取ると、寝室のベッドの枕の下に隠す。銃を使うのは最後の最後。誇りを護る為に自害しなければならなくなった場合のみでよい。


「なあに、救援が来るまで何とか時間を稼いでみせよう。口の勝負は得意じゃからな! 任せておけ!」

「ディア様……申し訳ございません」

「よい。それよりも茶を頼む。例の茶葉でな」

「はい」


 リビングに戻ると、わらわはセーナに茶を入れさせる。帝宮からくすねてきた最高級の茶葉じゃ。セーナとふたりで、その豊かな香りと味を楽しむ。


 決して現実逃避ではない。心を落ちつかせて頭を働かせるためじゃ。


 非力なわらわにできるのは口先八丁で時間を稼ぐことくらいじゃ。


 経由地点である資源コロニーにを発ってから半日とたっておらん。例え航路から外れていたとしても、そこまで離れてはいない筈じゃ。


 コロニー駐留の警邏艦隊はあまりあてにできんが、通商ギルド所属の賞金稼ぎが駆けつけてくる可能性がある。それに、帝城を出て2日。ギッツならば既にわらわの足取りを掴み、近衛を差し向けていてもおかしくは無い。


 ほんのわずかな時間でも、稼ぐ価値は十分にある。


「この船に皇帝の姉が乗っているのはわかっている。出せ!」

「まさか!? そのような身分のお方が乗船されているなど、我々は聞いておりません!?」

「ああ、そうかい」

「っ!?」


 外から荒々しい物音が聞こえてくる。


「ディア様!?」

「いよいよか」


 わらわはカップに残った茶を一気に飲み干す。


 さあ、戦闘開始じゃ!

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