第18話 天使とガーターベルト

「ごめんごめん。通信だから。通信」


 つい盛大に突っ込みを入れたせいで、ディアとセーナを驚かせてしまった。彩晴はスマートギアを示しながら、身振り手振りで通信している仲間がいることを伝える。


 文化レベルが中世とはいえ、宇宙船を飛ばしている文明の住人である。ふたりはすぐに彩晴の頭にあるのが通信機であることを理解したようだ。だがそこで、スマートギアに興味を示したディアが、彩晴の頭に手を伸ばしてきた。


「痛たたっ!」


 悲鳴を上げる彩晴。


 スマートギアは、フックと吸着材で頭に固定されている。スイッチひとつで脱着できるが、無理に外そうとすると少しばかり痛い思いをすることになる。


「※※※※!」

「※※※※※※」


 慌ててセーナが窘めたことで、ようやくスマートギアから手を放すディア。だが、悪びれた様子は無いようで、シェルパンツァーや彩晴の装備に視線をちらちらさせている。


(ディアは油断ならないな。セーナに良識があって助かったけど、どこまで抑えきれるか不安だ)


 彩晴は顔をしかめて触らないようにお願いする。恐らく、彩晴の言いたいことは理解しているだろう。だが、見るからにお嬢様のディアがどこまで言うことを聞いてくれるかはわからない。


「常識のないお嬢様はレイニーだけで十分だっての」

『あはは……』


 彩晴の愚痴に乾いた笑いを返す涼穂。


 豪快、ゴージャスな同期生。アネットお嬢様には、彩晴も涼穂も散々振り回されてきた。


「ところで、船体の切り離しはどうなっている?」

『アームは二本とも切断が終了しました。後は海賊が乗り込むのに使っていたドリルだけです』


 海賊船のアームはメーザーガンで既に切断し終えている。だが、要救助者がいたことで、ハツは中型船側に避難する場合も考え、海賊船から伸びた中空のドリルを切断せずに残していた。


「了解。中型船に移乗する時間は無いな。切断しよう」

『アイサー! 衝撃注意!』


 中型船は海賊船よりしっかりした貨客船だ。船内の気密については問題無いと判断して、彩晴はハツにドリルの切断を命じる。


 メーザーガンでドリルが切断されると、支えを失った海賊船が大きく揺れた。


「※※※!」

「おっと」


 咄嗟にセーナの肩を抱いて支える彩晴。ディアの方はシェルパンツァーが保護したようだ。無骨なアームに掴まれたディアが何やら恨めし気な目をしているが気にしない。


 その後中型船から引き離すため、ハツヒメからアンカーが撃ち込まれる音が内部に響く。


『ふたりの脱出はどうするの? シュラフを使う?』


 シュラフとは使い捨ての非常用携帯脱出カプセルのことだ。ほんの数時間宇宙に出られる程度の代物で、寝袋に似ていることからそう呼ばれている。未使用時は1リットルペットボトル程の大きさで、バックパックの中に幾つか入っている。


 どちらかと言えば死体袋に似ていることや、実際死体が入ってることが多い事から、シュラウドと揶揄する者もいるが、それは別の話である。


「いや、彼女達にはシェルパンツァーの中に直接入ってもらおうと思う」

『狭くない?』

「確かすずと春日なら何とかふたり入ったんだろう?」

『凄くきつかったけどね』

「ならいけるだろ?」


 地球人ならシュラフの使い方は幼稚園で習うが、今ここでレクチャーしている時間が無い。


 シェルパンツァーの装甲の内部には、いざという時の為に、人が入れるくらいのスペースがある。彩晴と涼穂は訓練で、どれくらいの体格なら入れるかを実際に入って体験済みだ。涼穂とみことの組み合わせで入れたなら、より小柄なディアとセーナの組み合わせで入らないはずがない。Q.E.D。


 彩晴はシェルパンツァーの装甲開けると、身振りで入るように促す。ふたり共すぐに意図を察したようだ。だが、そこで問題が起きた。


『ちょっと何揉めてるんですか!? 時間無いですよ!?』

「いや、それが……」


 彩晴の前でディアとセーナが何やら言い争いを始めたのだ。


「※※※! ※※※※※※※※※!」

「※※※※※※。※※※※※※※※※※※※」

「※※※! ※※※※※※!」


 言葉はわからないが、必死に腕を引くディアとそれを拒むセーナ。察するに、どうもセーナがここに残るような事を言い出したらしい。


 彩晴のことが信用できないとか、お嬢様に窮屈な思いをさせられないとか、閉所恐怖症とかそういう様子ではない。


「※※※※※※」


 セーナはディアを彩晴に預けると、別れを告げるかのようにカーテシーを見せた。無重力空間で優雅に広がるロングスカートから、ちらりと覗くガーターベルト。天使降臨を思わせる美しさに、彩晴は状況を忘れて見惚れてしまう。


 だが、それは一瞬のこと。彼女の目尻に光るものを見て、彩晴は彼女の真意に気が付いた。


「どうやらセーナはここで死のうとしているみたいだ」

『彼女の事情なんて知ったこっちゃないです。彩晴さん。力づくで詰め込んじゃってください』

「ああ、そうしよう」


 彩晴よりも早く動いたのはディアだった。両手、両足でセーナにしがみつく。


「よし、そのまま捕まえててくれよ?」


 困ったように振りほどこうとするセーナだが、ディアも必死である。彩晴はそのままふたりを詰め込もうとしたその時だ。


「「※※※!」」

「うん? 後ろ?」


 揉み合っていたふたりが同時に彩晴の後ろを指さして叫んだのだ。


 彩晴が振り返ると、海賊ボス(仮)の姿があった。顔を歪め、涎を垂れ流しながら、壊れた光線銃を彩晴めがけて振り下ろそうとしている。


「っ!?」

『彩晴さん!?』

『あや!?』


 装甲を開いているシェルパンツァーは動けない。


 振り下ろされた光線銃を、咄嗟にサブマシンガンで受け止める。幸い彩晴は足が床に付いていたため、反動で吹っ飛んだのは海賊ボス(仮)の方だ。


「こいつ。無重力戦は素人か!?」


 頭に血が上って冷静な判断が出来なかったのかもしれない。彩晴はあまりにもお粗末な攻撃を仕掛けてきた海賊ボス(仮)にサブマシンガンを向けると、セミオートで3発撃ち込む。


 胸に2発、首筋に1発の弾丸を受けた海賊ボス(仮)は、血しぶきを上げながら通路の壁に叩きつけられた。


『あや!? 大丈夫!?』

「あ、ああ。なんとかな」


 海賊ボス(仮)が死んでいるのを確認して小さく息を吐く。


(もっと罪悪感を感じるものだと思ってた)


 初めて人を撃った。殺した。しかし、罪の意識は全く感じない。むしろ、何事もなく敵を排除できた安心と喜びの方が強い。


 相手が悪人だったからだろうか?


 地球人ではないからだろうか?


『彩晴さん。この船の主機はもう限界です。最悪ディアさんだけを連れて脱出してください』

「ああ」


 ディアを抱きしめるセーナ。彼女は酷く震え、その目には怯えの色が見える。少しでも刺激したら、ディアを振りほどいて逃げ出しかねない。だが、彼女と追いかけっこをしている時間はもう残されていない。


(ディアもセーナも地球人ではない。実は悪人なのかもしれない。でも、俺はふたりを見殺しにはできない)


 このままでは3人とも爆発に巻き込まれて死んでしまう。セーナの為に使える時間はもうこれが最後だ。


「大丈夫。もう心配しなくていいから」


 彩晴は安心させるように穏やかな口調で語りかけた。セーナの目から一瞬警戒が薄れたのを見逃さず、彩晴はその手を強く引き寄せる。驚いたように抵抗するセーナだが、ウォールスーツで強化されている彩晴の力に敵うはずもない。有無を言わさずセーナをシェルパンツァーに押し込める。


「※※※※※※!」

「文句は後で聞くから、少しの間我慢してくれ」

「※※※!?」


 ディアが抗議の声を上げている。もっと優しく扱えとかその辺りだろう。だが、問答している時間は無い。彩晴は騒ぐディアもまとめて押し込める。ふたり共スカートが捲れて、あられもない格好だが気にしない。不可抗力。やむを得ない犠牲である。


(ごちそうさま)


 彩晴は親指を立ててにかっと笑うと、シェルパンツァーの装甲を閉じる。


『あや? 最後のアレ何?』

「気にするな。脱出するぞ! 誘導を頼む」

『アイサー! シェルパンツァーにしっかり掴まっててくださいね』

「あいよ!」


 彩晴はヘルメットを被ると、シェルパンツァーの後部にしがみつく。


 バーニアを吹かして通路を爆走するシェルパンツァー。途中コマンドドッグ達と合流して、脱出ポイントである外郭へと急ぐ。


「速い!? 速いって!?」

『泣き言言わないでください! 頭上げない! 危ないですよ!』

「ひえっ!?」


 天井から垂れ下がったパイプをプラズマインパクトガンで排除する。頭すれすれを破片がかすめて彩晴は悲鳴を上げた。


『涼穂さん!』

『了解』


 ハツの指示でトリガーを引く。フェイザーバルカン砲で海賊船の外郭が破壊されて、空気が一気に噴き出し始める。


「うぉぉぉぉぉっ!?」


 空気と一緒に宇宙に放り出される彩晴とシェルパンツァー。それをヒエンが脚部クローでつかみ取る。


「うおっ!? びっくりした!?」

『お見事です!』


 全長2メートル程しかない小さなシェルパンツァーを、一発で捕えた涼穂の腕は賞賛に値する。シェルパンツァーにしがみ付いていた彩晴は、身体を挟まれるかと、心臓が飛び出そうなくらい驚くことになったが……


 恐らく、散々心配をかけた彩晴への涼穂からの意趣返しだろう。


 海賊船の主機が火を噴いたのは、その数秒後の事だった。


 間一髪での脱出。だがハツはそうは思わない。


『船霊よ、我らが艦長をお救い頂き感謝いたします。どうか安らかに眠ってください』


 まるで彩晴達が脱出するのを待っていたかのように炎に包まれた海賊船に向けて、ハツは静かに祈りを捧げたのだった。

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