第12話 そんな装備で大丈夫か?

「この白兵戦用のウォールスーツ、めっちゃ重いな」

「着ればパワーアシスト入るんだよね?」

「そうらしいな。そっちの、パイロット用ウォールスーツって何が違うんだ?」

「こっちは耐G用。コクピットのキャンセラーと合わせて、最大で20Gまで遮断できるようになるみたい」

「お前、VRでの訓練でそれ以上の戦闘機動やってたよな?」

「これがあればリアルでも出来そうだね」

「……ほどほどにな?」


 ロッカールームには各種装備が用意されている。彩晴は白兵戦用、涼穂はパイロット用のウォールスーツにそれぞれ着替える。


 乗る人間が少ない為、ロッカールームは四畳半程の広さで男女共用だ。ウォールスーツは素肌の上に着る必要がある為、着替えの際には裸にならないといけないが、四の五の言ってる時間は無い。彩晴と涼穂は背中合わせになって着替えを済ませる。


 実はカーテンで仕切れるようになっていたのだが、この時の彩晴も涼穂もそれどころではなく、カーテンの存在に気が付いたのは後日のことだった。


 ウォールスーツはウエットスーツに似ているが、実は上下に分かれている。また、最初からぴったりしたウエットスーツと違い、着た後に空気を抜く事でアジャスト出来るようになっている為、脱ぐのも着るのもそれ程手間がかからない。


 ジャケットも士官学校のものから、より高い防弾性能と拡張性を持つ、黒いタクティカルジャケットに変更する。


「あや……」

「ん? どうした?」

「どーん!」

「おわっ!?」


 背中を合わせてきた涼穂からの突然のヒップアタックにたたらを踏む彩晴。


「よしっ!」


 彩晴が振り向くと、涼穂が自分の頬を叩いていた。その表情さっきまでとどこか違う、すっきりとしたものだ。


「ごめんね。甘えるのはこれで最後にする」

「まったく。別にいいんだぞ? いくらでも甘やかしてやるって」

「もういっぱいあやに甘えちゃったもん。今度は私があやを甘やかしたいかな」

「そうか? じゃあ、今日からは一緒に風呂に入って、一緒に寝てくれるか?」

「え? いいの?」

「駄目に決まってるだろう!」


 彩晴が頭を軽くチョップすると、涼穂はくすぐったそうに笑う。


 涼穂が調子を取り戻すのは好ましいが、だからといって本当に手を出すつもりは無い。風呂も同衾も言語道断だ。


『ごっほん! おふたり共、いちゃいちゃしてないで、早くしてください!』


 ロッカールームにカメラは無いが通信はずっと開いた状態だった。いちゃつき始めたふたりに、ハツはおかんむりの様子である。


「ごめんごめん」

「ごめんハツ」

『まったく、ほっとくとすぐ夫婦漫才始めるんですから。見せつけられる私の身にもなってほしいです』

「ごめんって。急ぐから武器庫を開けてくれ」


 ロッカールームの手前には鍵のかかったガンロッカーがあり、銃器は普段そこにしまわれている。正規の軍人ならば、当人と確認できれば開けられるが、学生である彩晴と涼穂が開けるにはハツの承認が必要だ。


『ガンロッカーを解錠します』


 重い扉を開けると、地球連邦軍で採用されている銃火気がお目見えする。


 45口径拳銃を太もものホルスターに差し込み、突入を担当する彩晴はグレネードや予備の弾倉をタクティカルジャケットのホルダーに突っ込んでいく。


 先に手の空いた涼穂がバックパックと爆薬を用意する。


「爆薬はアルゴンNでいいんだよね?」

『それが一番無難だと思います』


 アルゴンNは破壊力よりも、発生する熱量を重視した爆薬だ。ただ吹っ飛ばすのではなく、超高熱で対象地点を融解させることで、必要以上に船を傷つけないことから宇宙軍で重宝されている。


「頑丈そうだし、5キロくらいあればいいかな?」


 5キロは耐熱処理された厚さ1メートルの複合装甲が破れる量だ。


『少し多い気もしますが、足りないよりはいいでしょう。携帯式の音波スキャナーも持って行ってください。爆破前にこちらで解析します』

「了解」


 ハツの指示に従い、涼穂は1キロずつのブロックになったアルゴンNと、音波スキャナーをバックパックに詰め込んでいく。


 彩晴は涼穂が用意したバックパックを彩晴は背負うと、最後にサブマシンガンをスリングで肩に吊るす。


「準備できた。格納庫に向かう」

『アイサー。ドローンの準備はできています。涼穂さんはヒエンに搭乗し待機をお願いします』


 格納庫には物資の入ったコンテナ、内火艇、そして2機の練習機。WFー3Tヒエンが詰め込まれている。


 ハツヒメの格納庫は元々それ程広くない。2機のヒエンは訓練用に本当に無理やり詰め込んだという感じである。


「じゃあ、頼んだぞ。すず」

「あやも気を付けてね」

「ああ!」


 ヒエンは普段、主翼と機首を折りたたんだ状態で格納されているが、格納庫が狭い為、パイロンに各種装備を取り付けるには、艦の外に出さなければならない。涼穂がコクピットに乗り込むと、ヒエンはアームでエアロックへと運ばれていく。そこから艦尾にあるフライトデッキで、スライムの入った補修弾をパイロンに取り付ける作業が行われる。


 彩晴が乗り込む10人乗り内火艇は、観光バスくらいの大きさで、四つ足の犬型ドローンであるコマンドドッグが6体。丸っこい装甲に覆われたカニのようなシェルパンツァーが1体。既に乗り込みが完了していた。コマンドドッグは海賊船の制圧を行い、シェルパンツァーは彩晴の盾となる。


『現着60秒前です』

「艦停止。インセクターポッドを発射しろ」

『アイサー。1番魚雷発射管、インセクターポッド装填。発射!』


 中型船の内部を偵察するために、距離をとりつつ一時停止するハツヒメ。その艦首両側舷に装備された発射管が開く。発射管は、エアロックとリニアカタパルトを組み合わせた作りで、魚雷だけでなく様々な物を飛目標に向けて飛ばすことが事が可能だ。


 宇宙の闇に紛れるように静かに放たれたポッドは、海賊に襲われている客船の艦橋付近に取りつくと、パイプ状のドリルを船内に突き立てた。必要以上に船体を傷つけ空気漏れを起こさないように、補填剤をしみ込ませながらドリルで外壁をこじ開け、内部に詰め込まれたインセクターを解き放つ。


 インセクターは通常羽で飛翔するが、大気の無い場所でも、糸や足を使って潜りこんでいく。こうして侵入に成功したインセクターから、船内の様子がハツヒメへと送られる。


「内部は地球の宇宙船とほぼ変わらないな。まあ、同じような種族が乗っているのだから、当然といえば、当然か」

『豪華客船なのかな? 上品っていうかクラシカルな感じで、結構雰囲気良いね』

「ああ、確かにいい感じだな」


 中型船の内部は、まるで良いところのホテルのようだ。通路は広く、シャンデリアのような凝った照明や、絵画などが飾られている。ドアなど所々に木材が使われているのも味わい深い。恐らく彩晴や涼穂が乗っても、快適に宇宙を旅することが出来きるだろう。


 だが……


 映像が切り替わると、思わず目を背けたくなるような光景が映し出された。船内のあちこちに広がる血だまり。倒れる人影。


『酷い……』

「ああ」


 首に痣を作り、目を見開いたまま息絶えた若い女性。衣服が引きちぎられ、むき出しになった乳房、まくりあげられたスカート。彼女が死ぬ間際、どのような目に遭っていたか容易に想像がつく。


『※※※※※※!』


 怒声、そして悲鳴。レーザーの閃光が瞬き、赤い血しぶきが上がる。


 ハツヒメが救難信号を受信してか30分以上が経過しているが、海賊達による蛮行は依然継続中らしい。


『艦橋が全滅ですね。中型船が動かないのはこのためですか』


 艦橋と思われる場所に映像が切り替わる。そこはまさに血の海で、乗組員と思われる人間は皆殺害されているようだ。


『確認された海賊の数は20名程。いずれも光学光線銃で武装しています。その他の装備は……まさか見た目通りじゃないですよね?』


 海賊達は皆、不健康そうな青白い肌に、細い手足をしている。これは日光に当たらない低重力環境と、保存と機能性重視な食生活による、宇宙船暮らしが長い者にありがちな外見的特徴だ。


 問題は彼等の服装である。海賊達は、宇宙服のようなものは身に着けず、派手なシャツに、縫製の荒い丈夫なのだけが取柄のようなズボン。頭にはバンダナと、まるで17世紀の地球の海からやってきたかのような格好だったからだ。しかし、持っている武器はマスケット銃ではなく光線銃。


 何ともちぐはぐな装備でハツが不審がるのも無理はない。


「確かに、宇宙に出るような恰好じゃないよな」


 よく見れば、殺された乗客や船員達の衣服も中世のものを思わせる古いデザインで、とても宇宙に進出している文明人には見えない。


「服装もそうだが、光線銃とはまたレトロだな。制圧は可能と判断する。計画通りに行くぞ」


 彩晴は手にしたサブマシンガンの上部に30発の45口径弾が詰まった弾倉を取り付けて、ボルトを引く。弾丸を薬室に送り込む、ジャキンと力強い音が内火艇の中に響いた。

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