第2話 #彩晴(一人称パート)

「なあ、今ちょっと良いか?」


 それは、実習が始まる3日前。消灯時間が過ぎているにも関わらず、同期生の時田亮が訪ねてきたことから始まる。


「どうしたんだ? こんな時間にわざわざ来るなんて。見つかったらどうすんだ?」


 士官学校は全寮制だ。消灯時間である22時を過ぎてから他の部屋を尋ねる事は、週末や、テスト期間を除き禁止されている。寮長に見つかれば腕立て100回。とっくに風呂も入り終わって、後は寝るだけだってのに、腕立てなんてさせられてたまるか。実際は100回で終わらないんだよ。その3倍くらいさせられるんだよ。おかしいだろ?


「大丈夫だ。寮長は小松が抑えている。しばらくは大丈夫だ」

「あの小松がか?」


 同期生のひとり小松太一は真面目で人一倍正義感が強い奴だ。進んで悪事に加担したりはしない。


「お前ら一体何やってんだよ?  スマギつかえばいいだろう?」


 俺はこめかみのスマギをこつこつと叩く。


 かつてケータイとかスマホとか呼ばれていた個人端末は、現在ではスマートギア、略してスマギと呼ばれている。通話は勿論フルダイブのVRにも対応していて、いつでも仮想空間のチャットルームで話すことが可能だ。リスクを冒してわざわざリアルで会う必要なんてない。


「いや、こういうことは直接話した方が良いと思ってな。実は……杉崎が三鷹に告った」

「はあ?」


 ざらりとしたものが心をよぎった。杉崎がすずを好きだったということ。それを俺がこれまで全く気付かなかったということ。色んなものが一気に混ざり合って胸の奥が激しくざわつく。


「杉崎の奴、これまでそんな様子全く見せなかったのに……」


 杉崎鉄平は少し見栄っ張りなところもがあるけど、悪い奴じゃない。親が軍のお偉いさんで、親の顔に泥を塗らないようにって頑張ってる努力家だ。成績は涼穂に次いで二位。容姿だって同期の男の中じゃ一番良い。


 認めたくないが、同期の男の中ですずと一番釣り合いがとれているのが杉崎だ。


「それも土下座告白だったらしい」

「へ、へぇ……あのプライドの高い杉崎がねえ」


 土下座!? あいつ何やってんの!?


 危うく声を上げそうになるのを抑えて、動揺を覚らせないようにポーカーフェイスで受け流す。


「まあ、見事に撃沈したんだが」

「……そうか」

「今、ほっとしただろ?」

「別にそんな事ない」

「ほう?」


 くそっ! 見透かしたように似や付きやがって。ああ、そうさ! 本当はほっとしたんだよ! 俺はすずの事が好きだ。昔からずっと。もうかれこれ10年以上片思いをしている。


 杉崎には悪いが、すずが他の男と付き合うなんて考えたくもない。だから、すずが断ったと聞いてほっとした。


「それでさ、杉崎の事を聞いた小松もアタックするとか言い出してな」

「はぁ!?」


 小松太一お前もか!? っていうか男子4人のうち3人がすずの事が好きって、ドロドロじゃね? 昼ドラか!? あいつ実は乙女ゲー世界に転生した系のヒロインとかじゃないだろうな!?


「まあ、三鷹は可愛い上にスタイルも抜群だしなぁ。あのウォールスーツ姿みたら童貞は一発で堕ちるって」

「おい。すずを卑猥な目で見るな。あと、春日とレイニーだって可愛いだろう」


 同期生の女子の容姿は総じてレベルが高い。


 春日みことは華奢で守ってあげたくなるような子だ。軍人には不向きに見えるけれど、実はとても芯が強くて、実技も勉強も必死に頑張っている。


 すず以上のグラマラスボディを持つアネット・レイニー。明るい性格のムードメーカーで、北欧の生まれだが、わざわざ種子島士官学校に入学してきた変わり者だ。


「そうなんだけどな。もしベッド脇に3人が裸で並んでたら俺だって三鷹を選ぶぞ? 春日は壊れそうで気を使いそうだし、レイニーは確かにスタイルは良いけど性格がな。姉貴やおかんみたいで萎えるつーか、それに比べてたら三鷹は恥じらいながらも……おい、そんな怖い顔するなよ」

「彼女に言いつけるぞ」

「悪い! それは勘弁!」


 こいつ、普段からどんな目で女子を見てやがる。


 因みに時田は地元に年下の彼女がいる。一度合ったことがあるが、こいつには勿体ないくらい気立ての良い、可愛い子だった。


「でだ。委員長」

「委員長言うな」


 何故か俺は皆から委員長と呼ばれている。何かと問題を起こす連中の仲裁やらまとめ役やら引き受けてたら、いつの間にか教官にまで呼ばれるようになった。


 あとついでに言っておくが、俺は眼鏡をかけてないし、お下げ髪でもない。


「今さらだろう? でだ。委員長。さっさと三鷹とくっつけ。俺は皆を代表してそれを言いに来た」

「おい。小松がアタックするって話はどうなったんだよ?」

「いや、無理だろ」

「ひでぇな」

「委員長。三鷹が見てるのはお前だけだ。そんなの小松だってわかってんだよ」

「そんなこと……」

「ある。三鷹とお前はそっくりなんだよ。お互い意識し合ってるのに、お互いの好意に気付いてねえんだ。お前、もういっそのことこのままの関係でいいやとか思ってただろう? たぶん、三鷹も同じことを考えてるぞ?」

「俺は、あいつのことなんて別に……何とも思ってねぇよ」


 時田の言葉が正鵠を射ていたので、思わず子供みたいな天邪鬼が発動してしまう。


「中坊かお前は。お前がそんなんじゃ散っていった杉崎も小松も浮かばれん」


 いや、ふたり共死んでないし。それに小松はまだ告白してないだろう?


「いい加減素直になれ。好きなんだろ? 三鷹のこと」

「……」

「好・き・な・ん・だ・ろ?」

「…………」

「好・き・な・ん・だ・よ・な!?」

「………………ハイ」


 時田の尋問に、ついに俺は秘めたる胸の内を晒す。


「ようやく白状したか。まったく。手こずらせやがって」


 なんだよその、一仕事終えた後えたみたいな薄い反応は。こっちは恥ずかしくて死にそうだってのに……


「ああ、言っとくけど、全然隠せてなかったからな? 気付いてないのは三鷹本人くらいだ」


 うるせーし!


 俺だって何度もすずに告白しようと思ったさ。でも、すずは可愛くて、スタイルも良くて、勉強も運動もよくできる。それでいて成績を鼻にかけず、気さくで何時だってクラスの人気者だ。


 そう、俺はすずにコンプレックスを感じている。それは士官学校に入って一層強くなった。


 すずは主席で俺は7人中ど真ん中。宇宙戦艦の艦長になるって子供の頃からの夢を叶える為に、俺は猛勉強して士官学校に入学した。それでも、何故か士官学校にまでついてきたすずに、俺は何ひとつ敵わない。皆からは委員長なんて呼ばれているけど、結局はただ少し口が上手いだけ。実力が伴わない口先だけの男。それが俺だ。


 すずは成績で人を見たりはしないだろう。でも、怖いんだ。


 告白して断られたら、もう俺はすずの隣にはいられない。高嶺の花を見上げるように今後すずと接することになるだろう。


 逆に告白が上手くいっても、いつか俺の醜い嫉妬心が暴走して、すずを傷つけてしまうかもしれない。


 いろんな悪い可能性が頭の中に浮かんできて、それがぐちゃぐちゃになって気持ち悪くて、それでも、やっぱり俺はすずの事が好きで……


 進むことも、離れることも出来ずに今の居心地の良い関係に甘えている。


「後悔するぞ?」


 珍しく真面目な顔をして、時田は言った。


「いいか委員長。今度の実習航海が終わったら卒業や今後の配属に向けて忙しくなる。特にお前は艦隊勤務希望だろ? 卒業したら、もう会えなくなるかもしれない。俺達には恋愛してる時間なんて、もう今しかないんだ。今、進まないと後悔する。絶対にだ。お前が三鷹が付き合うっていうなら、杉崎も小松も笑って祝福できるって言ってる。せっかくこれまで上手くやってきたんだ。俺はギスギスした関係で卒業したくねーよ」

「そう、だな」


 時田のいう通りだ。卒業まであと1年。それがすずと一緒にいられる時間だ。艦隊勤務になれば年単位で会えなくなる。


 卒業後、すずはエリートコースを歩んでいくだろう。将官になるのだってあいつなら夢じゃない。精神的にも、物理的にも、社会的にも、俺とすずの間は開いていく。


 杉崎が告白したのも、残された時間をすずと恋人として過ごしたかったからだ。それはきっと小松も同じ。


 杉崎と小松は俺とすずのはっきりしない関係の被害者だ。時田は一見ちゃらそうに見えるが、誰よりも仲間思いで、たぶん同期の中で、人間的には一番大人だ。そんな時田がわざわざ尋ねてきたのも、これから先、同期の間でギクシャクしたくないからだ。


 今のご時世、本気で軍人を目指そうって人間は珍しい。俺が入学したときは定員30名のところ20名しか入学せず、それも1年目で半分が辞め、2年目でさらに3人が辞めてしまった。今残ってる連中は、同じ夢に向かって切磋琢磨してきた大切な仲間だ。7人揃って笑顔で卒業したいという時田の気持ちは、俺にもよくわかる。


「腹を括れ、委員長」

「そう……だよな」


 時田の言う通りだ。仲間の為にも、自分の為にも、俺はここで腹を括らなきゃいけないんだ!


「ありがとう時田。決めたよ。俺、実習が終わったらすずに告白する」




 ✤✤✤




 翌日、実習航海の日程と班割が発表された。


 1番艦ハツヒメ

 艦長:三鷹涼穂

 副長:相馬彩晴


 2番艦ユキヒメ

 艦長:春日みこと

 副長:アネット・レイニー


 3番艦マヤヒメ

 艦長:杉崎鉄平

 副長:小松太一

 :時田亮


 予想もしていなかった。まさか俺とすずが、同じ艦でペアになるなんて。

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