第22話 最終話 生きるべき道とは

俺は本来、恵子と行くべきだった海へと再び足が向かっていた。

どれほど、幸せだっただろうか。

恵子とこの浜辺を歩るくことが出来ていたなら。

今、俺はさ迷っている。

わからないよ。

恵子、俺はいまだにわからないよ。

どうすればいいんだ。

酒もやめられないじゃないか。

馬鹿野郎。

苦しい、飲めないのが辛い

駄目だ、これじゃ健作と香住を助けることができないじゃないか。

恵子の願いすら叶えられない。

俺はなんて情けない男なんだ。


(幸樹さん、もうすぐです)

(もうすぐです)

(歩き続けてください)

(この浜辺を自分の人生だと思って歩き続けてください)

(先には待っています)


恵子、また、幻覚なのか……

何が待っているんだ。

それ以上、俺を苦しめないでくれ。

馬鹿野郎、馬鹿野郎

何がカリスマ医師だ。

ただのアル中じゃないか


(幸樹さん、自分を責めないでください)

(私は幸樹さんがいて、幸せでした)

(少なくとも私を幸せにしてくれました)

(駄目です)

(自分を責めたら)


恵子……

俺はこのままでいいのか


(いえ、違います)

(幸樹さんなりの道を探してください)

(幸樹さんなら、必ず見つけるはずです)

(あの頃の幸樹さんに戻ってください)

(いえ、戻る事はできます)

(このまま歩き続けてください)

(この浜辺を)


俺はひたすら、浜辺を歩き続けた。

今までの自分を振り返りながら。 


白い灯台が二人を優しく照らしていた。 

満天の星空も優しく見つめていた。


僕の心は波のように揺れ続けていた。

すぐ目の前には、いとしい香住さんがいる。

触れようと思えばすぐにでも触れることができる。

繋ごうと思えば繋げる香住さんの手は、僕の胸に既に触れている。

僕は吸い込まれそうだった。

しかし、僕は香住さんの手を振りほどいた。


「できないよ、香住さん」

「そんな……うううう」

「だって、僕達は兄妹なんだよ。出来るはずがないじゃないか」

「それでも、いいです。駄目でしょうか」

「僕にはできない」


「そんな……」

「これだけ、お願いしても駄目でしょうか」

「お願いします」

「願いが叶わないなら、いっその事……」


「待って、香住さん」


香住は白い灯台へ向かって走り出した。


「待って、香住さん。香住さん……」


僕は走った。必死で走った。

彼女を追い求めて走った。

香住さんとの距離は一向に縮まらなかった。


香住さんは白い灯台へ着くと階段を上っていった。

僕も後を追うように懸命に追いかけていった。


「危ない」

「危ない、香住さん」


「来ないで」

「来ないで、健作さん」


俺は一方で浜辺をさ迷っていた。

恵子の言うようにひたすら浜辺を歩き続けた。

今までの俺はいったい何だったんだ。

朝から酒ばかり飲みやがって。

健作、香住……

後悔の念が俺を襲う。


俺は次第に意識が薄れかけていった。

目の前には白い灯台がみえる。


恵子じゃないか……

なぜ、恵子が灯台へ


(幸樹さん、香住を助けてあげてください)

(香住を助けてあげてください)


恵子……


(香住を助けてください)

(香住をお願いします)


香住か……どこにいるんだ。

ふと、俺は我に返った。

気がつくと、目の前には灯台から香住が飛び降りようとしていた。

俺は走った、白い灯台へ向かって走った。

必死で走った。


「待つんだ、香住」

「どうして、お父さんまで……」

「待つんだ、香住」


「来ないで、お父さん」

「お願い、来ないでください」


「恵子」

「私は香住です」

「香住か……」

「お前は香住なのか」


もう少しだ、恵子


俺は恵子の出産の時が頭によぎった。

痛い、痛い、痛いです。幸樹さん

もう少しだぞ。頑張るんだ。もう少しだ

痛い、痛い、助けてください

恵子、俺がついている


「来ないで、お父さん」

「なぜだ、どうなっているんだ」

「恵子、待つんだ、俺が助ける」

「お父さん、来ないで」

「香住さん、待って」

「健作さんも来ないで」


(香住、そこから先は駄目よ)

(どうして、お母さんなの?)

(そうよ、お母さんよ。あなたのお母さんよ)

(生きて、香住)

(お父さんを助けてあげて)

(私の代わりに香住がお父さんを助けてあげて)


「恵子、待つんだ、もう少しだぞ」


俺の中に記憶が蘇ってきた。


おぎゃー


『やったぞ、生まれたぞ』


「父さん、しっかりして」


「どうして、ここに健作がいる」

「恵子なのか、香住なのか、どっちだ」


「私は香住です」

「お父さん、しっかりしてください」


「香住さん、駄目だよ……」


僕は必死で飛び降りようとする香住さんを止めた。

そして、飛び降りようとする香住さんを静止した。


「健作さん……」

「やっと、私を抱きしめてくれましたね」


「香住さん……」


「うれしいです」


「どうして、香住はここにいるんだ」


「わかりません……」

「わからないのです」

「お父さん、どうして、私はここにいるのですか?」


「父さんのせいだよ」

「そうだな、俺のせいだな……」


「違います。健作さん。それは、違います」

「私自身もわかりません」

「どうして、健作さんがそこにいるのですか?」


「それは……」

「みんな、しっかりしろよ」

「僕もだよ……」

「僕もしっかりしないと」


「お父さん、どうして、私は生きているのですか?」

「どうして、生きているのですか……」


「それは……

「わからない……」

「健作はわかるか?」


「僕もわからないよ」

「私もわかりません」

「俺もわからない、だが、本当の意味で家族がそろったな」

「まさか、こんな所で会えるとは思ってもいなかったな」

「そうだよ、父さん」


「本当に私のお父さんなのですか?」

「私の父は有名な医師として知られていました」


「そうだよ。父さん。しっかりしろよ」


「そうだな、俺には何も言えない」

「健作のいうとおりだな」

「このざまだよ……」


「お父さん、私はなんとなくですが、見えてきました」

「何が見えてきたの、香住さん」


「私はお父さんを支えます」

「少なくとも、そうすべきだと思います」


「僕はどう生きればいい……」

「僕はどうすればいいんだ」


「健作、俺は酒をやめる努力をする」


「お父さん、東京に帰って、また医師として活躍すべきだよ」

「そうだよ、父さん」


「はたして、俺がいまさら出来るだろう……」


(幸樹さん、幸樹さん、大丈夫です)

(香住が私の代わりに支えます)


「お母さん」


「恵子……」


「どうしたんだ、父さんも香住さんも」

「健作には聞こえないのか、お前の母さんの声が」

「僕には聞こえないよ」

「私には聞こえました」

「ああ、俺にも聞こえた」

「どうして、僕にだけ聞こえないんだ……」


(健作は自分で自分の道を探して)


「そうだよ、健作、俺が言える立場じゃないけど」

「また、声が聞こえたの?」


「はい、健作さん」

「私達はそれぞれ道を探していかないといけないですね」

「お父さん、私と東京に帰りましょう」

「でも、私は……」


「健作さん……」

「健作さん……離れたくないです」


「香住さん……」



「香住さん、そうだね、僕も生きていく意味を探すよ」

「自分で自分なりに探すよ」

「それがわからなかったんだ」

「でも、そのことがわかったよ」

「香住さんと出会えて」

「父さんは香住さんと東京に帰って昔の姿に戻ってほしい」

「僕は自立する」

「自立するよ」


「お願いです」

「健作さん、また会ってくれますか……」


「香住さん……」

「どうすればいい……」

「僕はどうすればいいんだ」


「健作、香住、答えがでたら、ここで再会しよう」

「家族だからだよ」


「そうだね。そうしよう」


「健作は自立できるか」

「できるよ、僕はもう子供じゃないんだから」

「父さんこそ、酒を断てるのか」


「俺は俺なりに頑張るよ」

「今度会った時は加藤幸樹ではなく、村田幸樹でいるよ」

「若い頃と同じくな」


「健作さん、もう一度聞きます」

「また、会ってくれますよね……」


「そうだね、その時は互いに道を見つけた時だね」


「約束してください……」

「必ずです」


「必ず、見つけるよ、僕なりの道をね」 

「香住さんも父さんを支えてください」


「はい」


忘却ではなく、そこには白き記憶があった。

海が静かにささやきだした。

それぞれは、想いを包みながら

歩むことだろう


翌日、香住さんと父さんは東京へ帰った。

僕は自分なりに自分の歩む道を探していく。


ほろ苦い僕の恋は終わりを告げた。



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忘却の海~白き記憶 虹のゆきに咲く @kakukamisamaniinori

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