第2話 白い便箋と黒い文字

 一体誰が私をここに運び、そして何故ここに運んだのか。の理由には、一抹の心当たりさえありはしなかった。しかながら、ここが自分の部屋ではないというのは、我が細心の暗雲低迷を除くには、事足る事実である。

 私は、目をこすり、周りを見回すことにする。この部屋が一体如何いかなる空間であるか、明らかにせねばならぬ。と、そう使命に近い感情を思い起こしたのだ。

 然し、こういう時分の身体からだの不動たるや、忌々しいものはない。いっそのことベッドが自走してくれやしないだろうか。

 目は自然と扉を探して彷徨う。部屋は、何ら変哲のない洋室である。ベッドやクローゼット、ちゃぶ台の下にはピンク色の円いカーペットが敷いてある。そして、彼方まで続く灰のような曇り空を思わせる、掃き出し窓。扉は左手にすぐ見つかった。然し、其れが本来の目的だったのにも関わらず、私はそちらに意識を向けることをしなかった。

 静けさが部屋中に響き渡る。

 私の意識の先は、かの窓にあった。其れは窓と言うにはあまりにも濁っている。そうともなれば其の向こうなど見通せる筈もないのだが、向こうに玉の枝などがあるように思えてしまうのだった。

 結局、其れは暫くの間私を魅了し、其の間一切目を離す事も許されることはなかった。

 漸く窓も満足したと見えて、時計が八つ秒針を打った頃には、目を離すことを許された。

 そして、自由を得た私はまたもや目を彷徨わせ、部屋の中央に位置づけるちゃぶ台を見据える。随分と可愛らしいちゃぶ台である。その上には、ひまわり柄の便箋と1杯の水が置いてあった。ベッドから足を下ろす。

 一体どういった了見だろう。説明もせずこんな所に連れてきておいて、こんな親切をするとは。何だか気持ちが悪いように思えて仕方ない。

――ともかく、水に手を伸ばした。

 胃に水が貯まるのを感じたのち、便箋を読むことにする。そこには「白石さま」とある後、こう続いていた。


 突然このような状況に置かれ、とても困惑していると思います。ですがどうか、落ち着いてこれを読んでください。

 ご存知の通り、あなたは最近病気にかかってしまったそうですね。それも、あの新型のウイルスだそうで、とても辛い思いをしているんでしょう。

 そこでわたし、自分に何かできないかって考えたんです。あなたとお話したことなんて何度もないけど…とにかくなにかしたいって思って、そしたら思いついたんです。あなたを看病してあげればいいんじゃないかって。 そう考えたらいても立ってもいられなくて、つい昨日の夜わたしの家に連れてきたんです。

 というわけで、これから病気が良くなるまでわたしの家で過ごして欲しいんです。

 どうか、よろしくお願いします


 どうしたものだろう。「白石」というのは間違いなく私の苗字である。其れに、ウイルスに感染していると、3日前に医者に伝えられたばかりだ。看病がしたいだと?そんな頓珍漢なことを語るのは一体誰なんだ、と便箋の最後の行に目をやった時。

 ガチャン、と扉の開く音がした。

「あ、おはようございますっ

  手紙、読んでくれたんですね」

 そう言った彼女の名は「黒瀬ゆき」年齢は16歳。眼鏡をかけ、いつも本を読んでいるばかり、物静かで地味な女の子。


私のクラスメイトである。

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罪な少女 ヘッセ @hesse_kokuten

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