第3話 詐欺集団

 K警察署に二人の新たな刑事が加わったことで、少し活性化されたような気がしていた松田警部補だったが、二人が活躍する事件が、それからすぐに起ころうとは思ってもみなかった。

 最近は、殺人事件などの凶悪な事件はあまり起こっていなかったので、ある程度平和な時期を過ごしていた。年に何度かはこのような時期があるようで、桜井刑事などは、趣味に精を出す時間にしていた。

 桜井刑事はギターをやっていて、警察署内で、楽器が好きな有志を募って、時間があり、参加可能な時だけ参加でもいいという警察らしいサークルに所属していたのだが、

「やっと、最近、好きなギターができるようになったよ」

 と言って、普段の難しい顔をしない優しい顔を、まわりの皆が見つめてくれることをありがたいと思うのだった。

 そんな桜井刑事に、

「実は私も楽器をするんですが、よかったら参加させてくれませんか?」

 と言ってきたのは、福島刑事だった。

「ほう、何ができるんだい?」

 と訊くと、

「アルトサックスが吹けます」

 というではないか。

 さすがに警察のサークルの中に、サックスのような吹奏楽器ができるという人はいなかった。思わずビックリしてその顔を見つめた桜井だったが、福島刑事はその顔を、喜んでくれている顔だとすぐに分かったのだった。

 部長をしてくれている交通課の刑事に話をすると、

「それはありがたい。ピアノやギターはいても、吹奏楽はなかなかできる人がいないのでね。後はドラムがいれば、バンドができるかも知れないな」

 と言っていた。

 それを聞いた桜井は、実は少し複雑な気持ちだった。

 本当であれば、基本的にアコースティックが好きな桜井は、一人で弾くか、同じ楽器の重奏という形が嬉しかったのだが、どうやら、部長はいずれはバンドが組みたいと思っているようだった。

 ただ、それも無理もないことだった。一つのバンドを形成できれば、いろいろなジャンルの演奏が可能になる。部長は作曲や編曲も手掛けているので、どうせなら、ミニコンサートのようなものが開ければいいと思っているようだ。

 年に一度、警察署では一般市民との交流を目的に、警察署を一般公開して、大学の学園祭のようなことをしていた。

「バンドができれば、市のホールを借りて、ミニコンサートができるんだけどな」

 と部長が言っていたのを訊いたことがあったので、やはり部長はその思いをずっと持ち続けているのかと思ったのだ。

 しかし、考えてみると、それも悪くない。バンドとしての演奏の合間に、アコースティックな音楽をBGMにして、休憩時間を設けるというのも一つの手だ。実際にコンサートをやるとなると、それを進言してみようと、桜井は思っていたのだ。

 将来のことは別にして、アルトサックスを弾ける人が現れたことは、部員に対して大いなる啓発となることであろう。

 今のところ、皆自分の得意な楽器だけを集中的に練習しているが、今後は、彼によるけいはつぃのおかげで、

「別の楽器にも手を出してみようかな?」

 と考える人も増えるに違いない。

 桜井自身も、ギターはある程度の自信を持っていたが、実際にはキーボードにも興味があった。アコースティックなピアノの音色は、ギターのアコースティックな感覚とは違って聞こえることがあった。

「幻想的な音楽には、ピアノやエレクトーンが不可欠だ」

 と考えていた。

 ギターであれば、カントリーをイメージするが、幻想的な音楽となると、やはりピアノだった。バラードなどもピアノのみの伴奏が心を打つが、それは低音部分であり、それが高音になると、、次第に幻想的になってくる。ギターでは味わえない感覚であった。

 そんな時、サークルに所属している交通課の婦警さんが、生活安全課の婦警さんに相談しているのを訊いた。

「この間、私の親戚のおばあちゃんが、詐欺に遭いかけたらしいんだけど、その手口は変わっていて、自分たちは警察で、詐欺に気を付けるようにという話をしにきたようなのよ。その時は別に何も取っていくわけでもないし、ただ、チラシを置いていくらしいのね。そのチラシには、してはいけないことというのをしっかり書いているんだけど、それがまた詐欺の細かい手口に繋がるないようなのよ。で、それを防ぐために、ネットで指定したサイトに登録して、そこにログインさせる形なのね。ただ、ログインしただけでは登録にならないの。だから、電話でチラシに書いてある場所に連絡をするでしょう? そこで初めて相手が自分たちのやり口を説明するのよ。そして、まんまと騙すというわけ、ログインしたサイトには二度とアクセスできないようになっているし、電話番号も、一度繋がれば、二度と繋がらない仕掛けになっているの。実に手の込んだやり方でしょう?」

 というのだった。

「でも、引っかからなかったのよね?」

 というと、

「ええ、まさか相手も騙している相手の家族に警察がいるとは思っていないので、安心していたのかも。でも、詐欺を見破っても、そこから詐欺グループを特定することは無理だったのよ」

 と言った。

「それで私に相談というのは?」

 と生活安全課の婦警がいうと。

「何としてもその詐欺グループを壊滅させたいのよ。そうでもしないと、私は安心して生活できないっていう、おばあちゃんを見て居られなくてね」

 というのだ。

「うちの課でも、そのグループのことは把握しているのかしら?」

 と生活安全課の婦警がいうと、

「それはしてると思うわ。私のおばあちゃんが通報したもの」

 と言っていた。

 その話を訊いていたもう一人の女性が、

「私はこの間、高級ホテルのフロントの近くにある喫茶店で、気になる話を訊いたんだけど、それがね、最近の不況で、希望退社させられた女性が、何やら相談員みたいな人、そうね、興信所かそんな感じの人だったんだけど、相談しているのよ。その内容を訊いてみると、どうも言葉巧みに風俗店を紹介しているようなのね。それもスナックやキャバクラではなく、ソープのような売春に絡む商売の話だったのよ。相談員というよりもスカウトなのかも知れないと思ってね。でも女の子の方もお金に困っているということで、むやみに断れないし困っている様子だったんだけど、さらに追い打ちをかけるように、もっと稼げるというようなことを言いながら、耳打ちしていたのよね。女の子の方も一瞬驚いたけど、顔色をそれ以上変えることもなく頷いているだけ、風俗の話は普通に話せているのに、そこから先は耳打ちというのは、いかにもおかしいと思ってね。詐欺なのかどうか分からないけど、裕族営業法で何かに抵触するようなことがないかと思ってね」

 と言っていた。

「それは、詐欺の可能性はあるかの知れないわね。最初に風俗の話をして、そっちの印象を深く植え付けておいて、そこで感覚がマヒしているところに、別の話をする。少々胡散臭い話でも、風俗に比べればって思うのかも知れないわね」

 と言った。

「声を出せないとすれば、私が考えたのが、薬物か何かが絡んでいないかって思ったの。売春などの犯罪って、結構薬物が絡んだ犯罪が多いじゃない。それを思うと、ちょっと怖い気がしたんだけど、どうなのかしらね」

 というのだ。

 それにしても、最近の詐欺グループはなかなか手が込んでいるというものだ。聞こえてくる話は物騒で仕方がない。

「その二つの話のグループって、同じグループなのかしら?」

 と一人がいうと、もう一人が、

「違うような気がするわ。手口がまったく違うから。でも、何重にも張り巡らされたまるで年輪かバームクーヘンのような層を持っていることを思うと、まったく関係のないグループとは思えないわね」

 と言っていた。

 それを聞いていた桜井は思わず声を掛けた。

「何か、物騒なお話をしているようだね」

 というと、

「ええ、そうなのよ。刑事課の方では何か聞いていないかしら?」

 と言われて、

「そうだね、こっちには入ってないよ。生活安全課の方が一番詳しいんじゃないかな?」

 というと、

「確かにそうね。やっぱりああいう連中は、警察に感づかれるようなへまはしないんでしょうね」

 というので、

「あまり深入りはしない方がいいと思うよ。ああいう連中は、詐欺だけではなく、他の犯罪にも手を染めているかも知れないからね。例えば薬物に絡む部分であれば、生活安全課だけではうまくいかないよね? しかも。バックに反政府勢力のようなものがついている可能性があるだろう? そうなると、マルボーさんにも関わってくるので、下手をすると、一課にも関わってくるかも知れない。そうなると、大規模なバク滅運動になるからね。そうなると、個人の問題ではなくなるので、気を付けないといけない」

 と言って諭した。

 つまり、皆が協力して、一糸乱れぬ体制を取っておかなければ、相手も死に物狂いになってくると、どうしても、指揮が取れなくなってくるかも知れない。それを阻止するために、いかなる状況が起こっても、それに対応するだけの作戦であったり、意志の統一が図られていないと、犠牲はが出る可能性がある、そうなると、組織撲滅という主旨ではなくなってしまいかねない。下手をすると、

「弔い合戦」

 の様相を呈してくる。

 警察も組織も両方、メンツが一番大切なところがあるので、メンツを守るためには、何をするか分からない。しかも警察に被害者が出てしまうと、皆気持ちは、

「明日は我が身」

 である。

 それだけに復讐心は相当強く、

「あいつらの首を犠牲者の墓前に供える」

 というくらいの物騒な発想をする人だっているだろう。

 何しろ捜査一課や薬物対等、あるいはマルボーとなると、いつ命を落とすか分からないという恐怖が裏腹にあるので、万一の場合の覚悟はしているものだ。それだけに、実際に身内が殺されたとなれば、冷静でいられる人間がどれだけいるだろう。戦争中に普段は冷静沈着な部隊であっても、虐殺行為に及んでしまう連中がいるというのと同じ精神状態である。

 つまりは平静な状態ではいられないということである。

 それを思うと、桜井刑事は詐欺グループの卑劣なやり方。さらに緻密に計算されたやり方とを考えあわせると、歪に歪んだ芸術的な造形物に、どんなに強い風が吹いてもびくともしないような強靭で、柔和な雰囲気を感じさせる組織は、

「押しても引いても、身動きしない」

 というような相手にどのように立ち向かうかというのは、やはり集団での組織力を使うしかないような気がする。

 そこで問題になるのは、お互いの意思疎通と、団結力が必要で、指揮が歪んでしまったりすると、そこから綻びを生じることになるだろう。

 しかも、相手はそこを狙って攻撃してくる。大きな山もありの穴から崩れるというではないか。

 相手が空けようとするアリの穴を、

「それくらいの小さなものは問題ない」

 などと思っていると、とんでもないことになる。

 そう意味での危機感であったり、小さな部分をこじ開けるというような手法は、相手の方が得意とするものだ。百戦錬磨の騙し合いに関しては相手の方が強いと思っておかなければ、痛い目にあってしまうだろう。

 だが、警察官の中に桜井のような考え方を持っている人がどれほどいることだろう?

 世間は確かに広く、想像もおぼつかないような考えを持っているひははかなりいるに違いない。実際に、おかしな考えのひとがいるので、猟奇的な犯罪も起こるのだ、

 しかも、犯罪は猟奇的なものばかりではなく、様々な動機がある。欲というものが絡んでくる犯罪が一番多いのではないかと思うのだが、、探偵小説などでもよくあるではないか、

 例えば遺産相続に絡む、肉親同士の骨肉の争い、これは明らかに、

「金銭欲」

 絡んだ犯罪である。

 また、次に多いのは、男女の仲が絡んだもの、夫婦のどちらかが不倫をしたり、付き合っている男女のどちらかが、相手を裏切ってしまったりした場合など、これは、

「性欲」

 あるいは、

「独占欲」

 が絡むものであろう。

「征服欲」なども絡んでくるかも知れない。

 小説などを読んでいると、計画犯罪において、共犯者がいるという犯罪はかなり多く散見されるような気がするが、遺産相続に絡むものも、男女関係に絡むものも、どちらも共犯者がいある可能性が大きかったりする。共犯者はあくまでも、利害関係が一致さえしていればありえることで、その利害関係が共通したものでなくても問題はない。

 例えば、ターゲットを殺すことで、自分に遺産が転がり込んでくるとして、共犯者とすれば、その人がいなくなれば、自分の好きな人を独占できるという考えから、協力して犯罪を犯すわけである。

 だが、二人の共犯関係がうまくいくのは、犯行を行うまでではないだろうか。実際に相手を殺してしまうと、お互いに、自分が思っていたような結果が得られるとは限らない。遺産は相続できるかも知れないが、共犯者の方では決して彼女を独占できなかったとすると、もし、共犯者が殺人の教唆を主犯からそそのかされたとすれば、

「騙された」

 と感じるだろう。

 そうなってしまうと、せっかくの計画犯罪がズタズタになってしまう。主犯とすれば、共犯者が今度は邪魔な存在でしかなく、共犯者とすれば、騙されたという後悔の念が襲ってくることで、復讐を考えようとするだろう。

 そうなってしまうと、犯行を犯してからの方が、共犯者としての扱いは難しくなる。もし、二人が仲たがいすることなく計画通りに進んでいたとしても、共犯の存在を捜査陣に分かってしまうと、ほぼ、犯行計画は頓挫したようなものである。

 探偵小説などでもよく書かれているが、

「共犯者を持つことはそれだけ高いリスクを背負うことになる」

 ということである。

 だから、小説などでは、主犯の計画の中に、最初から共犯を始末するシナリオが描かれていたり、あるいは、図らずも共犯と仲たがいをしたことで、殺し合いに発展するなどというのは、よくあることだ。

 もっとも、どちらかが死んだ時点で、計画に完全な綻びが生じたわけで、その時点で推理ができないようなら、捜査員としては失格ではないかと思うほどの計画の瓦解と言えるのではないだろうか。

 さらに、欲から始まる犯罪というのは、そのほとんどが法律への挑戦と言えるのではないだろうか。

 逆に言えば、犯人の方は犯行に関係する法律を熟知していないと犯罪計画を立てることができない。遺産相続などでは、民法の相続法を知る必要がある。男女の中に絡むことでは、不倫や、貞操などの問題が法律上どのように解釈されるかということも絡んでくる。特に男女関係などでは、人と人との気持ちが絡んでくるので、状況を先まで想像するのは不可能かも知れない。それを思うと、余計に法律を知っておかなければ、言い逃れのできない事態になった時、八方ふさがりになってしまうからだった。

 そのあたりを警察の捜査官も理解しておかないと、違った道に進んでしまって、真相に辿り着くことは難しいだろう。

 そもそも警察の仕事というのは、犯人を捕まえることであって、犯人を裁くわけではない。犯人を特定し、特定するためには、その動機や犯行に至った経緯、そして状況証拠や、決め手となる証拠を集めることが必要だ。そうしないと、裁判所が逮捕状を出してくれないからだ。

 逮捕してから、警察と検察で取り調べが行われる。現行法では、基本的に四十八時間以内に起訴するか、不起訴であれば、釈放しなければいけない。釈放の場合は、証拠不十分ということになるのだろうが、そうなってしまうと、もう一度捜査のやり直しということになるのだ。

 つまり、警察の仕事は、逮捕して、検察官が起訴するまでが、警察の仕事である。不起訴になって釈放されても、捜査は続くが、永久ではない。あまりにも捜査が暗礁に乗り上げてしまうと、警察はそこで迷宮入りの判断を下し、捜査本部を解散することになる、それが、いわゆる、

「未解決事件」

 ということだ。

 これだけ世間に犯罪が蔓延っているので、逮捕され、起訴され、そして刑が確定する事件も無数にあれば、逮捕にも至らず、犯人を特定することもできなかった時間、逮捕はしたが、最終的に証拠不十分で捜査打ち切りとなった、

「未解決事件」

 こちらも、山ほどあるに違いない。

 ちなみに、警察のいう検挙というのは、厳密には逮捕とは違っている。警察内部でよく言われる検挙率というものは、ここでの検挙を事件の数で割ったものをいう。

 事件の数とは、被害届などの受理を含めたものになり、警察が事件として受付、捜査を開始したものは事件である、

 検挙というのは、警察や検察が、容疑者を特定したことをいう。だから、容疑者を特定しても、逮捕状が得られない場合は謙虚はしたが、逮捕はしていないことになり、さらに、逮捕の理由として挙げられる、証拠隠滅であったり、逃亡の意志がない場合は逮捕に至ることはないが、検挙されたということになる、そしていわゆる検挙というのは、警察内部擁護であり、法律用語でもないということだ。

 そういう意味では詐欺事件というのは、デリケートな部分を孕んでいると言ってもいいだろう。

 詐欺というのは、最初から誰かを憎んで犯すものではない。自分の利益だけで行う場合が多いだろう。

「お金に困って、詐欺を働く」

 ということも多いだろうが、基本的に、殺人事件のように、自分を陥れた相手に対しての復讐であったり、妬みや嫉妬からくる、精神的なものが影響していることから、精神的には、

「負の要素」

 が大いに含まれていることであろう。

 だが、その方が、まだ情状酌量の余地というものはあるもので、詐欺事件の場合は、情状酌量というものはあまり考えにくいものである。

 人を騙すことで犯罪を楽しむ人もいれば、自分の存在価値を犯罪に見出すという人もいるだろう。

 一種の愉快犯に近いものが考えられ、どこまで自分が相手を考えているかなど、分かったものではない。

「自分さえよければ」

 という考えが蔓延っていて、自分の持ち味である頭を使うことで、金銭も得られるのであれば、それに越したことはないということなのであろう、

 そうなると、金銭は本当の目的ではない。

 ただ、それは詐欺の単独犯であれば、そうかも知れないが、基本的には組織で動いている。詐欺の方法を考えた人間。そして、それを全体的に仕切る人間、実際に行動する人間。そう、まるで演劇やドラマなどにおける、脚本であったり、監督であったり、俳優であったりという分業制になっているのではないだろうか。

 一人が出しゃばるとうまくはいかない。それぞれが相手の気を遣いながら演じるのが演劇でありドラマなのだが、犯罪に関しては若干違っている。

 失敗の許されない高いリスクのある行為なので、上からの命令はある意味絶対なのだ、意志の疎通がうまくいっていなければいけないところは間違いないが、末端の連中には、これが犯罪であることを知られてはいけないというところもある。

 そういう意味では詐欺行為というのは、それ専門の捜査員が当たることが多い、これが殺人に発展すれば捜査一課が乗り出すこともあるが、そうでなければ、別の専門の課が行うようになる、警察には、薬物であったりマルボーなどという専門部隊がいて、詐欺犯罪や、あるいはサイバー詐欺などに対しても専門部隊がいる。だから、他の課の連中が関わることは危険だったりする。

 詐欺犯罪は何といっても、頭脳犯である。百パーセント、計画的犯罪だ。

「衝動的に詐欺を働いた」

 などというのはあまり聞いたことがない。

 あったとすれば、何かの記事を見て、それをマネ下模倣犯くらいであろうか。正直その程度のものは詐欺犯罪とはいえず、ただのチンケな犯罪である。

 言い方は悪いが、詐欺グループからすれば、それを詐欺と言われるのは心外だとでもいうべきであろう。それを思うと、ある意味、詐欺集団には彼らなりの、思いもあるに違いない。

 さて、詐欺グループの話を訊いていると、サークルの中にいる一人の刑事が、彼女たちの間に入って、話を詳しく聞いていた。

 その男性は、どうやら、詐欺グループ検挙の専門家のようで、普段はあまり署で見かけることはなかった。だが、その男を見た時、反応したのが、福島刑事だった。

「おい、韮崎刑事じゃないか。君もK署に赴任してきたのかい?」

 と声を掛けられた男はそう言われて振り向くと、最初は顔色の悪そうな、少し脆弱な雰囲気に見えた刑事だったが、福島刑事を見てニッコリと笑うと、それまでの顔色の悪さが急に生き生きとしてきて、血色が明らかによくなっていた。

「脆弱さは顔色から来ていたんだ」

 と思わせるだけの、表情の明るさに、桜井刑事はビックリさせられた。

「ああ、去年、こちらに赴任してきてね。それでこのサークルにも去年から参加させてもらっているんだよ。福島もいろいろあったようだけど、元気そう何緒で安心したよ」

 と言っている。

「ありがとう、それはお互い様なので、俺もソックリ今の言葉をお前に返すよ、でも、また同じ警察署というのも、何かの縁なのかも知れないな」

 と福島刑事は言っているが、実際には、かつて曰くのあった刑事がK警察に赴任してくるというのは、昔からの暗黙の了解のようなものがあったのだ。

 だから、福島刑事や韮崎刑事が始まりではない。

 この傾向は十年くらい前から続いている。

 この傾向を始めたのは、今の署長が就任してからのことで、F県警管内のいろいろな場所で署長を歴任してきたが、K警察に来てから、特にこの傾向が強くなった。

 曰くのある刑事を受け入れると言っても、もちろん、事前に調査を行ってのことだ。せっかく今のうまくいっている体制を壊してまで、受け入れるようなバカなことはできるはずもないのだが、署長が考える最近の曰くというのは、

「表に出てきている問題の奥に、情状酌量しなければいけないような要素が含まれている」

 ということと、

「我が署には、そんな彼らを受け入れる包容力のある部下がたくさん揃っているという部下に対しての絶大な信頼感」

 があるからだった。

 署長がそれだけ信頼を置いているのは、刑事課の松田警部補を見たからなのかも知れない。

「松田君は、部下の刑事をあれだけ信頼できているのには、何か彼なりの考えがあるのだろう」

 という思いがあるからだが、そのことについて、実際に言及したわけではなかった。

 桜井刑事にとって松田警部補への忠誠心のようなものはハンパがなく、また浅川刑事に対しては、安心感とやる気を起こさせてくれるという意味で、尊敬の念が強いのだ。これが、捜査一課の強みであり、この雰囲気が、他の課にも充満しているのか、

「K警察署ほど、部下に恵まれた警察署はない」

 と、豪語するほどになっていた。

 ただ、このようなことをいえば、署長のかつて赴任していた警察署の部下から、

「それじゃあ、俺たちは何なんだ?」

 と言われがちなのだろうが、それどことか、

「あの署長がそういうんだから、本当にそうなんだろうな」

 と、署長の意見を認めるような発言をする人が多いのだ。

 つまりは、それだけ今まで署長の職をこなしてきた場所でも部下に慕われていたということであり、署長の人間性を知っている人は、

「よかったな。あの署長の元で働けるんだぞ」

 と、K署への赴任を喜んでくれる人も多かった。

「俺も行きたかったな」

 という人もいるくらいで、そんな警察署なので、福島刑事も転勤させられる際も、さほど悪い気はしていなかった。

 しかも、自分についてくれた桜井刑事とは気が合いそうなところがある。サークル活動にしてもそうだった。

 普通なら、

「サークル活動でまで、先輩と一緒にいたくないよな」

 という言葉をよく聞くが、その思いは桜井刑事にはまったく感じなかった。

 桜井刑事は、

「仕事は仕事、プライベートはプライベート」

 と、しっかりとした見切りをつける人なので、そのあたりも安心できる相手なのだろう。

――きっと韮崎刑事も同じことを考えているんだろうな――

 と思った福島刑事だった。

 その証拠に、前の署では、自分のことで精いっぱいで、相手をねぎらうような言葉を一切岩適ったのに、どうした風の吹き回しだろうとさえ思ったほどである。

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