永遠のスパイラル

森本 晃次

第1話 二人の部下

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。


 K警察署の刑事課には、浅川刑事がいるが、浅川刑事の部下に、最近、他の署から移動してきた刑事がいた。年齢的には三十前後というところであろうか。まだ冬のこの時期に、しかも二人もK警察署に移動してくるというのも珍しく、ずっとコンビを組んできた桜井刑事がある程度一人前になってきたことで、浅川刑事は、少し肩の荷を下ろした気分でであった。

 桜井刑事も配属されてきた時は厄介な刑事であった。管内の駐在からの刑事志望で、やっと念願叶っての刑事課移動だった。

 だが、彼は勧善懲悪なところが大きく、仕事であるということをしばしば忘れてしまうところがあり、感情だけで突っ走るところがあった。

 そんな桜井刑事を見て、上司の松田警部補が、

「浅川刑事、桜井君を君に預けたいと思うんだけど、どうだろうか?」

 という打診を受けた。

 もちろん、ノーの返事ができるはずがない。自分に刑事のいろはを教えてくれたのは松田警部補だったので、松田警部補は、浅川刑事の部下を育てる力を認めているというころであろう。

 桜井刑事も最初の頃一緒に捜査している時、

「自分が最初に解決するんだ」

 という気持ちが強く、自信過剰なところがあり、まわりとの協調には欠けるところがあった。

 桜井刑事が、そんな気持ちになったのは、巡査時代が長かったからだろうか。事件が起こって刑事が出張ってくると、いかにも命令口調で制服警官に命令している。ただそれだけならいいのだが、K警察というところは、しょせんは所轄警察であり、広域の重大事件が起こると、県警から捜査一課がやってきて、捜査本部を仕切るようになるのだ。

 そうなると、今まで捜査で自分たちを、顎で使ってきた刑事たちが、県警本部の刑事たちから、まるで奴隷のように扱われているのを見ると、

「俺たちは一体何なんだ?」

 と考えさせられるのだ。

 ただ、そんな中で県警の刑事と対等に話ができるのが、浅川刑事であった。浅川刑事は、それでも、県警本部の刑事に十分なくらいお敬意を表している。それは自分のためというよりも、自分が横柄な態度を取って県警の刑事を怒らせてしまうと、その怒りが他の捜査員に及んでしまうのを警戒しているからだ。そこまで浅川刑事は自分のことだけではなく、まわりも見ることができる刑事として、県警本部の刑事にも人気があるのだった。

「浅川刑事という穂とは不思議な人ですよね。何を考えているのか、普段は分からないのに、捜査になって協力が必要になったりすると、彼ほど分かりやすい人はおらず、その行動が気を遣ってくれていることがよく分かるような気がしますね」

 と言われた。

 桜井刑事も、そんな浅川刑事のことを、最初は分からずに、最初こそ、

「あの人は何を考えているのか分からない。俺のやることを全部否定するだよ」

 と言って、他の同僚に愚痴をこぼしていたが、その同僚も桜井刑事に同情的で、

「そっか、全否定されるというのは、実に辛いことだからな。何をやっても否定されると、何もできなくなる。最初はやる気があったのに、どうしてあんなに否定しようとするんだろうなって思うんだよ。でも、実際には、自信過剰になっている人の出鼻をくじくということもあるので、一様にその人の考えを悪くはいえない。それこそ、全否定しているのと同じことになるだろう?」

 と言われた。

 だが、頭に血が上っていた桜井は、その助言の意味が分からなかった。一生懸命に捜査をしても、認めてくれないことの辛さ、下手をすれば、

「刑事になんかならなければよかった」

 と感じたほどである。

 だが、浅川刑事は、最初の事件で、誰にも同情的な気持ちには決してならなかった。他の刑事や捜査員は、被害者の身の上を気の毒がって、

「あの人のかたきを自分たちが打つんだ」

 と言わんばかりに興奮状態だった。

 だが、そんな中で一人浅川刑事は、冷静に事件を見ていたのだ。

「浅川刑事って、どうしてあそこまで冷静になれるんだろうか?」

 と思っていて、しかもどうも、

「浅川刑事は被害者も疑っているようなところがある」

 というウワサもあったくらいだった。

 実際に捜査本部の会議においても、浅川刑事だけが、被害者を必要以上に調べていて、まるで容疑者であるかのような言動もあったくらいだ。

 そんな言動を他の誰も咎めることはなかった。

「やっぱり警察って、浅川刑事ほどに実績があれば、贔屓されることになるんだろうか?」

 と思われるほどであった。

 だが、捜査が進むうちに、浅川刑事の話が信憑性を帯びてきた。それが証明されるような形になったのが、被害者が急に外国に行くという話が出た時であった。完全に被害者ということであれば、犯人に狙われているので、

「怖いから、海外に逃げよう」

 と考えていると思うだろう。

 しかし、浅川刑事はそれを、

「高跳びだ」

 と感じたのだ。

 なぜそう感じたのかというと、会社の人からの情報として、

「ずっと前から海外に行く予定はあって、その証拠に、住む場所などは最初から手配されていて、期間としては、半年くらいを予定にしているようですよ」

 という話を訊いていた。

 しかも、浅川刑事は、この情報を得るために、被害者の会社に情報を得るためのルートを最初から組み立てていたのだった。

 事件が解決してから、

「浅川刑事は被害者が犯人側と関係していることをいつから気付いていたんですか?」

 と事件が解決してから聞かれると、

「最初の方から分かっていたよ。それはね。本来であれば、「この」と言わなければいけないところを、「あの」と言ったんだよ。どうやら、最初からその人はすでに死んでいるかのような言い方だよね。それを聞いて違和感があったんだ。君たちも覚えておくといいが、相手が言ったことに何か違和感があったら、それをすぐに信用するというのがどれほど危険なことかというのを理解できるようになれば、刑事としては一人前なんだろうね」

 と、浅川刑事は言った。

「じゃあ、どうして僕たちにハッキリと言ってくれなかったんですか?」

 と言われて、

「下手にいうと、君たちの態度で、相手に悟られるのは怖かったからね。何といっても、私は被害者の会社に内通者を持っていたので、相手にこちらが怪しんでいることを悟られると、相手は必ず自分の身内の内通者を考えるものさ。そうなると、せっかく協力してくれている人たちを危険に晒すことになるだろう。それだけは避けなければいけなかった。だから、皆に何も言わなかったのさ」

 と言われて、

――なるほど、浅川刑事の冷静沈着な様子は、全体を見渡すために必要で、片方からしか見ていないと、いたずらに犠牲者を増やすことになり、犯人の思うつぼになってしまうのだろうな――

 ということに気づいたのだ。

 桜井刑事にとっての最初の事件は、結構ややこしい事件であり、冷静に考えなければ、犯人の術中に嵌ってしまうところである。たぶん、浅川刑事の冷静な考えがなければ、犯人に海外に逃げられてしまい、下手をすると迷宮入りということになってしまっていたかも知れない。

 事件自体はかなり大きな影響を社会に与えていたので、解決できなければ、警察のメンツにも関わるというものだった。

 だが、それも犯人側の計画で、マスコミや世論の声も自分たちの犯行計画に含めていたというところが彼らが頭脳犯であることを示していた。

 マスコミに騒がれると、それに比例して敏感に世論は反応するものだ。警察という組織がメンツを一番大切にする組織であることは犯人グループだけではなく、警察や世論にも広く知られている。世論に攻撃されれば、完全に警察は浮足立ってしまい、死にもの狂いになることで、一番頭を巡らさなければいけない展開で、浮足がってしまうと、二度と事件の真相に辿り着けないだろうという計算が犯人グループにあったのだろう。

 しかも、浅川刑事のように、事前に調整していたり、内偵していなければ、理論的な犯人像に辿りつけたとしても、あくまでも状況証拠だけで、実際の証拠には辿り着けないだろう。

 それも、実は犯人グループの計算であった。

「どうせ警察には、推理としては真相に近づけても、その証拠を一切残していないので、逮捕や起訴は絶対にできない」

 という計算があった。

 犯人としては、

「何重にも張り巡らせた段階が警察を苛立たせて、結局は真相を目の前にして、判断を誤ることにあるだろう」

 とも思っていた。

 そういう意味では、

「恐るべき犯人」

 と言えるであろう。

 結局、事件は、

「犯人グループ対浅川刑事」

 という構図となっていたのだ。

 しかも、途中で浅川刑事はまわりの意見とはまったく別で、一人孤独な状態になっていた。犯人は、そこも狙いであったのだ。

「警察というのは、組織で動いているので、少数意見では動かない。だから、真相に行き着く捜査員がいたとしても、その人一人では何もできないのが警察というところだ」

 と言っていた。

 だが、浅川刑事は密かに内偵者によって、証拠を密かに掴んでいた。捜査本部長と捜査主任の二人には事情を説明し、

「ここは他の連中には悟られないようにしないといけないので、私が異端児の役をやりましょう」

 と言って、敢えて悪役を願い出たのだった。

 かといって、浅川刑事への信頼感は、ひょっとすると浅川刑事が思っているよりも大きいのかも知れない。

 浅川刑事の気持ちを皆知っていながら知らないふりをして、その様子を眺めていた。ただ、疑いの目で見ていたのが桜井刑事だけだった。

 事件は浅川刑事の誘導に伴って進んだ。犯人グループは自分たちの計画通りに動いていると思っていたので、簡単に騙せたのだ。

「俺たちよりも、警察に頭にいいやつがいるわけはない」

 という驕りが彼らの命取りだった。

 いざ、逮捕ということになると、犯人グループも潔かった。

「警察にも我々を追い詰めるだけの人がいるとは思ってもいなかったよ。まるで名探偵にしてやられたという感じだね」

 と犯人グループから言われると、浅川刑事はニッコリ笑って、

「私は、警察という組織内の一人の刑事ですyp」

 という言葉を訊いて、犯人は大声で笑いだした。

「ははは、そういうことか、あなたのような刑事が相手だと、我々が敗れたのも分かった気がする。完敗だよ。せいぜい、今の気持ちを最後まで通すことができるか、高みの見物としゃれこませてもらいたいな。特等席を用意しておいてくれよ」

 というと、

「任せておいてください。あなたたちには、私も敬意を表します。私のことをここまで分かってくれているのは、警察内にもいないくらいですよ」

 と言った。

「それは光栄だね。たぶん、君を敵に回した時点で我々の負けは決定していたなろうが、負けても初めてだよ、ここまで潔い気分になれたのは」

 と言っていた。

 彼らは、その後、裁判に掛けられ、執行猶予のついた実刑だったが、その程度で済んだのは、彼らが逮捕された時の場合も頭に入れて犯行計画を練っていたということであり、考えれば考えるほど彼らは犯罪者にしておくのはもったいないと思わせるくらいだった。

 まるで昔の探偵小説を読んでいるような醍醐味のある事件であった。サスペンス的なところはなかったので、頭脳戦が全般に渡って繰り広げられたということであったが、浅川刑事にとっては、

「たくさんある事件のうちの一つ」

 という思いなのかも知れないが、桜井刑事にとっては、刑事というものがどういうものなのかということを、口ではなく態度で示してくれたという事件であった。

「僕も浅川刑事には及ばないまでも、事件ではなるべく冷静になって、犯人を追い詰めるような捜査を行い、そのためには、まわりを最初に固めることが大切だということを考えないといけないのだ」

 と考えていた。

 ちなみに彼らの集団は、すっかり浅川刑事に陶酔してしまい、他の刑事にはまったく見向きもしないが、浅川刑事にだけは協力を惜しまない。そんな組織になっているのだった。

「俺たちは、浅川さんに協力することで、こちらも自分たちを守ることになる。だから取引をしているわけでもないし、ただ従っているというわけでもない」

 と自負していたのだ。

 今では彼らの信頼は、浅川刑事だけではなく、桜井刑事にも影響していた。

「桜井刑事という人は、浅川刑事とパートナーを組んでいくうちに、どんどん刑事としてしっかりしてきた、浅川刑事に似てきたと言ってもいいんだけど、もし、彼がただの浅川刑事の模倣であれば、私たちは桜井刑事に協力することはないだろう。桜井刑事の中には、あくまでも自分独自の考え方と信念がしっかりあるんだよ。だから、我々は桜井刑事をあくまでも、別人格として対等に見ているつもりなんだ」

 と、彼らのボスはそう言っていた。

 K市管轄の中にある反政府組織のほとんどは、彼らのやり方を賞賛していたが。他からの勢力を受け入れているところは、彼らの考えを容認することはできないようだ。

 実は、最近の事件で、K大学病院で起こった記憶喪失状態に薬物が絡んだ事件(因果応報の記憶喪失事件)の裏で彼らの組織が暗躍していたということを知っている人は少ないだろう。

 解決に至ったこととして、浅川刑事のまわりに彼らの組織があることを、川越博士が知っていたということも大きな要因だったのだ。

 川越博士は、浅川刑事というよりも、桜井刑事に対して思うところがあり、事件解決に影響を与えたのだった。

 あれから一年ほどが経って、いよいよ桜井刑事が独り立ちということになったのだ。

 本来であれば、すでに独り立ちをしていてもよかったのだが。刑事課の事情として、今まで桜井刑事の下が入ってこなかったという理由もあったのだ。他の刑事が育たないのは、今の状態がK警察署刑事課の一番いい状態で、誰かを異動させることも、異動させてK警察署に配属させるのも、躊躇してしまうのだった。

 それはある意味、安定しているからという意味でもあったが、人が動かないというのは、ある意味弊害があるということもあり、浅川刑事や松田警部補は懸念を抱いていたが、他の捜査員には分からないところであった。

 K警察署刑事課の人員は、課長として、警部が一人、警部補としては松田警部補がいて、刑事の長としては、やはり浅川刑事が筆頭であろう。その次には数人の刑事が並んでいる。あと二組コンビが築けるので、刑事としては、六人体制であった。

 今回二人の刑事がいきなり配属されたというのは、元々は巡査から昇格の刑事は決まっていた。名前を河合刑事といい、彼の憧れは桜井刑事であった。

 自分が巡査として現場をパトロールしている時、よく桜井刑事が交番にやってきて、差し入れなどを持ってきてくれた。別に差し入れにつられたわけでも何でもないのだが、

「自分が刑事になったら、部下のこともしっかりと見ることができるようなそんな刑事になりたい」

 と思ったからだった。

 桜井刑事は、よく交番で世間話をしていった。それは別にサボっているわけではなく、最前線での事情を自ら現場の巡査に聞いて回るという情報収集に余念がないことだったのだ。

 浅川刑事は、自らの人脈で情報網を持っているが、桜井刑事は、自分の足と実際に生の声を聴くという考えで努力を惜しまないというのは、令和の時代にそぐわないと言われるかも知れないが、

「大切なことは昭和だろうが、令和だろうが関係ない」

 と言えるのではないだろうか。

 河合刑事は巡査の頃から桜井刑事に対して、

「私はいずれ刑事課に配属になりたいと思っています。頑張って配属されますので、待っていてくださいね」

 と会うたびに話していた。

 桜井刑事はそれを聞いて、

「頼もしい限りだね。だけど、僕もまだまだなので僕も頑張って、立派な先輩になるようにせいぜい精進することにしよう」

 と言って笑っていた。

 桜井刑事は、刑事課に自分の後輩ができないことを実は憂いていた。

 他の警察署では、人事異動が激しいと聞いているので、異動させられないだけいいのだろうが、後輩が入ってこないことをまるで自分の責任のように考えていたが、それこそ、思い上がりではないかとも思えるのだ。

 河合刑事は、刑事課を目指して一生懸命であったが、一つの欠点があった。

「情に弱い」

 と思っていて、それを、気が弱いからだと思っていたのだ。

 情に弱いことで刑事課への異動を希望していたくせに、実際に叶ったとなると、急に臆病風に包まれた時期があった。鬱病に掛かったような神経質になっていて、

「河合巡査は大丈夫なのか?」

 と、一般市民からも心配されるほどであった。

 もう一人の刑事は、福島刑事という。福島刑事は、F県の別の警察署からの配属であった。年齢は二十九歳で、先ほどの河合刑事が三十一歳なので、年齢は若いが、刑事としての経歴は長かった。

 しかし、福島刑事は同じ時期に配属になった河合刑事とはまったく違った経歴を持っている。

 彼は、警察学校を優秀な成績で卒業したが、さすがにキャリアというわけにはいかず、同じF県内のD警察署からの配属だった。同じ県内でも、結構離れているので、まったく違う場所の配属と言ってもいいだろう。

 福島刑事は、自分に圧倒的な自信を持っているのが特徴だった。かつて勤務していたD警察署でも、検挙に対しての執着は異常なものがあり、時には強引とも言える捜査や取り調べが行われ、とにかく逮捕の実績を挙げていった。

 だが、それが災いしてか、強引な捜査を行って、裏をしっかりとらずに逮捕して基礎に踏み込んだことで、裁判において弁護士にうまくこちらが提示した証拠を逆に利用され、無罪となってしまった。それが冤罪として被告から訴えられたこともあり、彼の立場は微妙なものとなった。

 実際の取り調べは若干の行き過ぎがあったのは仕方のないことだろうが、起訴するしないは検察官の判断である。それを一捜査員に負わせるというのは酷いのであろうが、冤罪を受けた方とすれば、検察官よりも、実際の取り調べを行った捜査官に恨みが向くもので、その時になって、初めて福島刑事は自分の過ちに気が付いたのである。

 実際の捜査のやり方に問題があったわけではないのだろうが、取り調べが行き過ぎていただけであり、焦りすぎだったと言えるかも知れない。

 それを戒める上司がいなかったというのも、彼の不運だったのだろう。

 検察官は、検察庁から厳重注意という形での一番軽い処分で済んだが、実際の捜査員であり、被告の対象が福島刑事であるだけに、福島刑事は処分を免れることはできないだろう。そういう意味で、異動くらいは当たり前のことで、K警察署というのは、県警としても、庇えるだけ庇っての結論だったのではないだろうか。

 本人は、さすがにショックが大きかったようだ。一度は辞表も提出したが、受理は許されなかった。

「K警察への異動になったので、もう一度自分を見直してみるといい。そこにいる浅川刑事を見習うといい」

 と言われて、送り出されたのだった。

――浅川刑事ってどんな人なんだろう?

 とそれだけを思いながら配属されてきた。

 今までいたD署にはいないタイプだということは訊いていたが、尊敬されるべき刑事であることは間違いないだろう。

「果たして、尊敬される刑事ってどんな刑事なんだろう?」

 と考えさせられる。

「検挙率が高くて、署長賞などを何度も貰っているようなエリート刑事?」

 それらも、

「部下をうまく使って、警察の機動力を生かして、早期解決に貢献できる刑事」

 そのあたりのイメージが浮かんできた。

 福島は、自分が目指した理想の刑事というのはどんな刑事だったのだろうかを思い出していた。それは、

「自分で動いて、自分で手柄を独り占めにしてでも、実績を挙げる」

 ということだけを目指していたような気がする。

 それが、災いして、冤罪を引き起こしたという汚名を浴びて、左遷された刑事になってしまったのだ。

 辞表を出したのに、それを却下されたことがどう災いするというのか、福島には想像もつかなかった。

「今度行くK署では、今回もう一人配属になる人がいるようだぞ」

 と課長に訊かされた。

「どんな人ですか?」

 と訊くと、

「巡査上がりの刑事だそうだ、君とは違う経路での配属になるので、いい意味で切磋琢磨してくれることを私は願っているんだけどな」

 と言っていた。

「巡査上がりですか」

 と少しテンションを下げた福島に対し、

「そこが君の悪いところだ」

 と言って、その理由は説明してくれなかった。

 福島は自分が人を見下して見ていることを自分で分かっている。そして、それを悪いことだという意識はない。確かに人をライバル視するのであれば、見下すという言葉には語弊があるが、ただの仲良しこよしでいいわけはない。義務教育のように、義務だから学校に来ている人と違って、少なくとも警察というのは公務員である。公務員試験に合格し、研修や訓練を受けて、晴れて配属されるのである、

 したがって、差別化されるのはある程度仕方のないことで、逆に警察官を底辺に合わせるわけにはいかない。一定の水準があって、そこに見たなければ、警察官としての職務がまっとうできないとして、辞めなければいけない立場にだって追い込まれるというものだ。そんな中、同期の人間と上司から競わされる立場に置かれたとしても、それはパワハラとは言えないのではないだろうか。最近では、ハラスメントが叫ばれているが、何でもかんでもハラスメントで片づけるというのは、却って問題なのではないかと思うのだ。

 福島刑事は、そもそも自分から、競争の立場に身を置くことで、自らの成長を促そうと思っていたことは間違いなく、上司もそれを頼もしいと思っていたのだ。

 だが、少しやりすぎがあったようだ。

 警察官としての職務や理念を忘れてしまっては、いくら勧善懲悪の精神を持っていても、せっかくの意志も宝の持ち腐れというものだ。

 冤罪の事件においても、最初は普通に捜査をしていた。しかし、逮捕されてからの犯人の様子があまりにも曖昧だった。素直に反省しているかのように首を垂れて、素直に事情聴取を受けている時もあるかと思えば、相手をバカにしたように、足を投げ出したりして、挑発行為を繰り返してみたり、急に泣き出してみたりと、捜査陣の考えていることをことごとく覆すような事情聴取に、ほとほと疲れ切っていた。

 そんな時、参考人の一言が福島の堪忍袋の緒を切ってしまったのだ。何と言ったのかまでは覚えていない。覚えているくらい冷静であれば、ここまで起こってはいないだろう。

「気が付けば、怒鳴り散らしていた」

 というのが本音で、しかもその時から参考人は、観念したかのように喋り出したのだ。

 しかもその内容が理路整然としていたので、誰が考えても、彼が本当に改心して話しだしたと思ったのだろう。

 だが、この証言を元に起訴したが、検察官は、ちょうどその場面でのやり取りの場にはいなかった。これもまずかったのだが、そこも相手の計算だったようだ。

 弁護士がしっかりと知恵をつけていたのだろうが、福島には分からない。

 通常通りに起訴して、その証言さえ裏付けられれば、後は裁判に任せればいいというところで、裁判になると。

「私は警察官の恫喝に怯えて、ウソの告白をさせられた」

 とばかりに居直ってしまった。

「そんなバカな」

 と傍聴席から怒鳴っても、後の祭りである。

「傍聴席は静粛に」

 と言われるだけだ。

 そして、この時とばかりに、弁護側はいろいろと無罪の証拠を拾ってくる。普通であれば、疑わしいことも、警察の自殺の強要という意識があるからか、後から出てきた弁護側の証拠は、完全に鉄壁のものとなってしまった。

 そうなると、後は、どんどん無罪ではないかという話に傾いていき、マスコミまで、

「冤罪」

 という文字が週刊誌や新聞を賑わせるようになる。

 結局、裁判では無罪が確定し、再度捜査は振り出しだった。

 いや、冤罪を引き起こしたという部分で、大いにマイナスのイメージを持たせてしまい、さらに時間が経ってしまったことで、捜査もどんどんやりにくくなり、結局事件は迷宮入りしてしまった。

 福島からすれば、

「迷宮入りになるのは、当たり前だ。犯人が無罪放免として、のうのうと生きてるからだ。そもそも真犯人が見つからないことこそが、冤罪ではないという証拠ではないか?」

 と言いたいが、そんなことは口が裂けても言えない。

 結局、警察は世間からの悪者となり、しかも犯人も挙げられない無能というレッテルを貼られてしまう。

 そうなってしまうと、福島だけが悪いわけではないのだろうが、誰か一人に罪をかぶってもらわなければいけないということで、彼が左遷されることになったのだ。

 そんな事件は、ここだけに限ったことではなく、他でも結構あることではないか。世の中で冤罪と言われているものの中に、どれだけの冤罪があるというのだろう? 逆も真なりで。本当は冤罪なのに、罪をかぶせられた人だって、山ほどいるだろう。それを考えると、マスコミや世間の言葉もあながち無視することはできないであろう。

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