代理店に参る

He goes to the Agency

「僕なんかが……」

「何とかなりますよ」

「でも、人付き合いも、運動神経も、見た目も――」

「皆さん、同じですよ。これと言って特別なスキルのない、ぱっとしない人ばかり。いじいじ、なよなよ、おどおど……あ、こりゃ失敬」

　店長の千藤（ちとう）が脂ぎった頭をかりかりと掻いた。

　その代理店はショッピングモールの片隅にあり、千藤の他には一人も店員が居らず、ひっそりとしていた。

　業態は『転生代理』。店頭の幟旗は『転生、承ります』と謳っている。

　疎遠になった友達の書き置きに拠ればここで間違いはないが、どうも足を踏み入れ難い。部良野（べらの）は何度も店先を行き過ぎていた。

「どうぞどうぞ」

　そこに声を掛けて来たのが千藤だった。生え際が後退した卵型の顔に惜し気もなく笑みを貼り付けている。

「あ、えぇと……」

「分かってます分かってます。うちに来店される方々の典型的なパターンだ」

　行き成り色々と見透かされているようで部良野は身構えたが、きっかけを作って貰えて大助かりなのは揺るぎない事実だった。

　店内の奥に通された部良野を待っていたのは、モニターが一台だけ置かれた狭いブースだった。

「彼女が面接官です。私みたいなオジンより話し易いでしょ？」

　モニターにアニメタッチの魔女っ娘もどきが現れた。

『こんにちは、私の名前は来夢（ライム）ッ！』

「宜しくお願いします。部良野です」

『タメ口でオッケーだよ！』

「はい、分りまし、分かった」

「じゃ、ワタシは昼飯を食いに行きますから、ごゆっくり〜」

　千藤がブースを出て行くのが、面接開始の合図だった。

『何でも質問してね！』

「あぁあ、えぇ〜と……えっと～」

『ピーガーガー、自爆装置ガ、起動シマ、シタ』

「ええぇえっ、何何何っ?!」

『冗談だよぉ、質問してくれないから、つい！』

「じゃじゃあ、あっちでは言葉が通じるのかな？」

『大丈夫、寧ろ日本語しか通じないよ！』

「こっちの世界の記憶は引き継がれる？」

『勿論、こっちでのクソ記憶があれば、あっちでの俺ツエーが際立つからね！』

「食事だけど、僕って偏食なんだけど」

『好きな物だかりだよ、何なら食べなくても問題ないよ！』

「後は、そのう……」

『なぁに？』

「えぇと、あのう……」

『なぁになぁに？』

「あっちの人達と上手くやってけるかどうか……」

『て言うか、あっちの女の子と、でしょ？』

「へへへ……」

『平気平気、直ぐにハーレムだよ、面倒臭い恋愛なんて前世紀の遺物だよ！』

「そうなんだぁ……」

　部良野がにやにやと妄想に耽り始めたので、ライムが話を進める。

『どのコースを選ぶ？』

「コース？」

『お勧めはこの３コース』

　モニターに『リンカ』『スイカ』『ヒッカ』という文字が並列で表示された。

「もしかして、仲良くなれる女の子を先に選べるとかっ?!」

『違うよ』

「違うのか」

『一番人気は輪禍（リンカ）。ブゥ〜ン、キキィーッ、ドッカァ〜ン』

「……」

『水禍（スイカ）は、ドッボーン、バシャバシャ、ブクブクブク～ッ』

「……」

『筆禍（ヒッカ）は、エンジョ～ッ、キョーハク～ッ、ノイローゼ～ッ、サキダツフコーヲ〜』

　転生方法の説明が続いた。

『一週間以内にあっちに行けるから、楽しみにしててね！』

「うんっ!!」

　契約を結び、全財産を支払った部良野がスキップをしながら退店すると、店の奥の更に奥から千藤が汗を拭きながら出て来た。

　ＡＩが客の典型的な気質を深層学習（ディープラーニング）して導き出したマニュアルに沿って受肉（えん）じれば、簡単に契約へ導ける。

　商売替えをして正解だった。

　これまでは自殺願望のある人間ばかりを相手にしていたが、需要は良く見積もっても年間二万から三万人に過ぎない。その上、良かれと思って便宜を計っても自殺幇助の誹（そし）りを受ける損な役回りだった。

　今度の新しいビジネスは、こちらも良心の呵責に苛まれる事はない。もう暫くはこのウィンウィンの関係が続きそうだ。

　それにしても、首尾良くあっちへ行ける保証など何もないのに、人気コンテンツの影響というのは恐ろしい。

「あの世に行くのか、異世界に行くのか、どっちが現実的なんだろうねぇ……あ、どうぞどうぞ、いらっしゃいませ～っ」