勇者との決戦直前に、最終形態になる為のキーアイテムを尻に突っ込んだら抜けなくなった魔王の話

まさふみ

勇者との決戦直前に、最終形態になる為のキーアイテムを尻に突っ込んだら抜けなくなった魔王の話

薄暗く、決して晴れ渡る事の無い空。 大地は腐り果て毒の沼に汚染されており、凶悪な魔物達が闊歩する。

 ここは魔界と呼ばれる魔物達の本拠地である。魔界最大の山【デスマウンテン】のいただきには魔物を統べる魔王の城がそびえ立っていた。

 人間界に幾度も侵略を繰り返し、破滅寸前にまで追い込んだ魔王軍であったが、今現在、重大な危機に陥っていた。


「魔王様、現在勇者共は第五階層を攻略中です。四天王最後の一人である【ヘルオウガ将軍】が交戦中です」


 魔王城最深部、魔王の間で魔王の参謀を務める暗黒魔導士が戦況を報告した。


「戦況はどうだ?」


 玉座に座った全身から圧倒的な威圧感を放つ、闇の衣を羽織ったこの人物こそ魔界の頂点に立つ魔王である。


「ヘルオウガ将軍は魔界最強の武人です。勇者共相手に相当な粘りを見せていますが、長くは持たないでしょう」

「そうか・・・・・・」


 勇者。闇の魔王と対の存在とも言える光の女神に選ばれた最強の戦士。人々の希望。彼らは人間達に対して圧倒的に優勢だった筈の魔王軍をわずか数名のパーティーで次々と撃破し、強者揃いの幹部達すら血祭に上げてとうとう本拠である魔王城にまで迫ったのだった。


「このまま行けば、勇者共は間違いなくこの魔王様に到達します。恐れながら魔王様直々にお相手をして頂く事になるでしょう」

「・・・・・・」


 魔王城に居た部下達は軍団の中でも選りすぐった精鋭部隊である。だが、彼らですら勇者の進撃を止める事は叶わなかった。もはや残ったのは魔王本人と、片腕の暗黒魔導士だけとなった。

 想像以上の戦闘力、魔王と言えど苦戦は免れない。だが、魔王には切り札があったのだ。


「魔王様、闇の結晶をご準備下さい」


 闇の結晶とは、膨大な量の闇の魔力が集まり結晶化した物である。魔界の地下には瘴気と闇の魔力が充満した地獄の様なエリアが存在する。そこには魔王軍直属の魔物と言えども、近寄れば瘴気に侵され命を落とす可能性がある危険地帯であった。

 だが、魔王軍は魔王の為に多大な犠牲を払いながら、この地下エリアを探索し、凄まじい程の闇の魔力を秘めた闇の結晶を手に入れたのだった。


「闇の結晶は闇の魔力の塊。結晶を砕く事によって魔王様の体内に闇の魔力が流れ込み、魔王様の肉体を究極の姿へと変えるでしょう」

「・・・・・・」

「まさに、真・魔王様とも呼ぶべき姿に! そうなれば勇者パーティーなど赤子も同然! 我々の勝利は間違いなしですぞ! さぁ、魔王様! 闇の結晶を手にお持ちください!」


 だが、魔王から返って来た言葉は予想外の物だった。


「無い」

「・・・・・・魔王様、今なんとおっしゃいました?」

「闇の結晶はここには無いのだ」

「では、どこに? 場所をお教え頂ければ私がすぐに取ってまいります」


 勇者パーティーはもう目前まで来ている。もはや一刻の猶予も無いのだ。


「・・・・・・中だ」

「はい?」

「余の尻の中だ」


 その瞬間、時が止まった気がした。

 暗黒魔導士にとっては、ほんの数秒間が数時間にでも感じられる程に。


「コホン。流石魔王様、余裕ですな。こんな時に冗談をおっしゃられるとは」

「冗談ではない。事実だ」


 その目は真剣であった。


「何故、そんな事に・・・・・・?」

「・・・・・・昨日の事だ。夕飯に行く前に闇の結晶を玉座に置いて行ったのだ。そして、夕飯を追終えて再び玉座に戻った時にはその事をすっかり忘れていてな。思い切り腰を下ろしたら中にずっぷりと」

「・・・・・・つまり事故だと?」

「余を信じろ。決してわざとでは無い。事故なのだ」


 暗黒魔導士は魔王の瞳をじっと見つめる。微かにだが目が泳いでいた。


「魔王様」

「・・・・・・」

「正直におっしゃって下さい」

「・・・・・・あの結晶、形がイボイボしてるから、気持ちいいんじゃないかって・・・・・・」


 暗黒魔導士は夢なら醒めて欲しいと強く願った。まさか、魔王がそんな特殊性癖持ちでしかもそれが原因で絶体絶命の危機にに陥っているとは。


「抜けないのですか?」

「駄目だ。あらゆる方法で何度も試したが奥に行き過ぎている。取れん」

「何とかなりませんか!? 魔法とか使えば・・・・・・」

「そんな都合の良い魔法あるわけないだろ。常識的に考えろ」


 長年魔王に仕えて来た暗黒魔導士は、主君に対して初めて殺意を覚えた。最終決戦を目前にして、宿敵に対する切り札を尻に突っ込んでしまう人物に常識を問われる。これ程までに腹立たしい事があるだろうか。

その時である。魔王の間の扉が開く音が響き、魔王と暗黒魔導士は「勇者か!?」と、一斉に振り向いた。

 しかし、そこに居たのは瀕死の状態のヘルオウガ将軍であった。


「ヘルオウガ将軍!」

「魔王様・・・・・・それに軍師殿、申し訳ありません。このヘルオウガ、力及ばず・・・・・・」


 その場で崩れ落ちるヘルオウガ。彼が着こんでいる鎧も兜もボロボロになっており、致命傷を受けている事は明白であった。


「しかし、魔王様。それがしは確信しております・・・・・・。例え魔王軍が全滅したとしても、魔王様さえ健在していれば勇者共など取るに足らぬと・・・・・・。あの闇の結晶は、多くの部下達が魔王様の為にと命を賭して手に入れた切り札。あの力があれば勇者など粉砕し、より強力な魔王軍を再結成出来ると!」

「う、うむ・・・・・・」


 魔王軍きっての武人であるヘルオウガにあまりにも真っすぐな目で見つめられ、魔王は目を泳がせた。まさかその切り札が現在尻の中にあると知ったらヘルオウガはどう思うだろうか。自害するかもしれない。


「某はここまでです・・・・・・どうか御武運を。魔王軍に栄光あれ!」


 ヘルオウガがそう叫んだ直後、彼の身体がまるで砂の様になって崩れ落ちた。

魔王と暗黒魔導士の間に再び沈黙が流れる。黙ってはいるが、二人が思っている事は全く同じである。


(超気まずい・・・・・・)


 沈黙を破ったのは魔王からであった。


「暗黒魔導士よ・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・どうしよう?」

「本当にどうすればいいんですかね!?」


 この状況、完全に詰みである。


「こうなった以上は仕方ありません。闇の結晶無しで勇者共との決戦に臨むしか・・・・・・」

「実はな、それも難しいかもしれんのだ」

「は?」


 魔王は暗黒魔導士から視線を逸らし、俯きながら言う。


「あの結晶、尻の中の一番デリケートな部分に当たっていてな・・・・・・。下手に動くとすぐに達して戦いどころでは無くなるかもしれん」

「魔王様、いっその事自害して頂けますか?」


 その時である、再び魔王の間の扉が何者かによって開かれた。


「とうとう会えたな、魔王!」


 聖剣を構え、白銀の鎧に身を包んだ若き戦士が、仲間を引き連れてそこに立っていた。


「勇者か・・・・・・!」


 勇者の他には攻撃魔法のスペシャリストである賢者、先頭に立ち盾となる防御の達人である戦士、回復魔法で味方を癒す僧侶。そして、単純な攻撃力では最強を誇る東洋の剣士のサムライが居た。


「長くて苦しい旅だったけど、ようやく終わる・・・・・・!」

「オレ達はこの瞬間の為を待っていた!」

「魔王軍の犠牲となった人々の魂を安んじる為に・・・・・・」

「魔王! お主の首、もらい受ける!」


 最終決戦を前にして、次々と魔王に向かって啖呵を切る勇者パーティー。本来ならば、魔王も魔王らしい台詞を一つや二つ言い返すべきなのだが、現在はそれ所ではない。


「ククク、よくぞここまでやって来たな」


 とりあえず表情だけは余裕を見せる魔王。あくまで表情だけである。


「魔王! お前は闇の結晶とやらを手に入れて肉体を進化する方法を手に入れたらしいな?」

「! どこでそれを知った?」

「お前の部下の一人が死ぬ前に言ってたよ。『魔王様は闇の結晶を手に入れられた! 結晶の力で究極姿になった魔王様の手にかかれば、お前らなど取るに足らん!』とな!」


 闇の結晶の件に関しては口外禁止だったはずである。だが、死に際にペラペラ喋ったらしい。魔王軍と言えども、幹部はともかく現場の末端層まではコンプライアンスが行き届いていないようである。


「そこで、俺達はそれを封じる手段を見つけた!」

「それは闇の結晶を封じる 【光の結晶】よ!」

「光の結晶だと・・・・・・!?」

「女神様の光の力が満ちた結晶です。 これがあれば闇の結晶の力を打ち消せる筈です!」


 衝撃の事実。勇者達は闇の結晶を封じ込める手段を既に用意していたのである。これでは例え闇の結晶が尻から抜けようと魔王の不利は変わらない。


「フッ・・・・・・、面白い! だが、貴様ら程度を滅するのに、闇の結晶など無くとも何も問題無いわ!」


 魔王は玉座から立ち上がり、武器を構えて戦闘態勢を取る勇者達を見下ろす。

 傍にいる暗黒魔導士だけは冷や汗が止まらない。


「勇者よ、戦う前に一つ聞いておこう・・・・・・」

「何だ!?」

「・・・・・・お前達の中に医者は居るか?」

「・・・・・・は?」


 勇者達は困惑した。当然である。何故その様な事を問うてくるのか?


「医者・・・・・・ではありませんが、治癒担当の僧侶である私はおりますが」

「そうではない。医者だ。手術が可能な医者だ」

「手術・・・・・・?」

「魔王様・・・・・・まさか!」


 暗黒魔導士だけがその質問の意味を理解した。否、理解したくなかった。



「俺の尻の中に詰まっている闇の結晶を取り除ける人間は居ないのか・・・・・・・?」


 再び時間が停止した。 


 魔王は洗いざらいぶちまけた。闇の結晶を尻に突っ込んだら抜けなくなった事。そのせいでまともに戦う事すら難しい事。

 状況は完全に詰んでいたのでヤケになっていたのかもしれない。


「・・・・・・なぁ、こいつ何を言ってるんだ?」

「ねぇ、こいつ本当に魔王なの? 偽物じゃない?」

「し、しかし! 全身から感じる禍々しい程の魔力は間違いなく魔王本人です!」

「しかし、それならば尚更好都合! 今すぐ魔王の首を取るでござる!」


 勇者はただ一人黙っていた。 が、構えていた聖剣を下ろして鞘に納めた。


「ここには医者は居ない。だが、人間界に戻って医者に頼めば手術を頼めば取り除いてくれるだろう」

「おい、何を言ってるんだ!?」

「まさか、貴方・・・・・・」

「例え相手が魔王でも、戦えない相手に俺は剣を向けられない」


 魔王は勇者の顔を見た。余りにも甘すぎる。だが、その甘さがあってこその勇者なのであろう。暗黒魔導士も同様でらしく信じられない物を見る目つきをしている。


「本気かよ、お前!?」

「こいつは魔王なのよ!? 人類の大敵なのよ!?」

「勇者様が高潔な方であるのは知っています。しかし、魔王に対してまでその高潔さは必要なのでしょうか!?」

「高潔さを失えば、それこそ魔物と変わらないだろう。これだけは何を言われようと無理だ」


 勇者パーティー一行は当然納得出来ず口々に不満を口にするが、勇者もまた譲らない。

 

(これが、勇者か・・・・・・)


 女神が何故この若者に希望を託したのか、敵ながら魔王は理解した気がした。


「あのー、ちょっといいでござるか?」


 魔王への処遇を巡って勇者達が揉める中、唯一加わって無かったサムライの間延びした声が響いた。


「何だよ、邪魔するなよ!?」

「そうよ! 空気読みなさいよ!」

「いや、例の【光の結晶】でござるが、一体誰が持っているんでござるか?」


 それを聞いて四人の動きがピタっと止まった。


「言われてみれば見てないな」

「確か僧侶が持っていなかったっけ?」

「いえ、私は勇者様にお渡しした筈ですが・・・・・・」


 その場に居た全員の視線が勇者に集中する。

 勇者はこれ以上にないという程爽やかな微笑みを浮かべてこう言い放った。


「【光の結晶】は今、俺の尻の中だ」


 本日三度目の時間停止の瞬間であった。





 その日、長らく続いた人間と魔王の戦いは終わった。

 人間界に戻った勇者一行は、「魔王との和平が成立した」事を王に伝えた。王は最初は信じられなかったが、魔王と腹心である暗黒魔導士が非武装の状態で和平の交渉にやって来たので一時王城は大混乱に陥ったものの、知恵者の僧侶と暗黒魔導士が上手くとりなして無事講和は成立。

調印式を終えた後、勇者と魔王が何故か二人で並んで城内の医者の元へと向かう姿が目撃されていた。


 人間界と魔界は不可侵条約を結び、長い平和が訪れる事になった。

 しかし、何故かそのすぐ後に勇者は王城を追放され、一方で魔王も暗黒魔導士とその部下の反乱に遭い魔王城を追放された事が明らかになる。

 行く先を失った二人は放浪の果てに偶然再会を果たし、後に第三勢力となって成り上がる事になるのだがそれはもう少し後の話である。



 おしまい

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