ファーストキス

菜乃花 月

ファーストキス

『ファーストキス』


一人読み。読み手の男女不問

だいたい20分ほど


とある少女の恋と愛と女の話


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本編


「彼氏が欲しい」と同じ制服を着た誰かが口にする。

その言葉に対し、「わかるー」、「それなー」、と返ってくるのを耳に入れるだけで終わる私。



「彼氏って特別だよね」と女子トイレの鏡で自分を整える女子。そのままだらだらと惚気をこぼしながら唇に色を付け、前髪をチェックして出ていく。

興味もないのに彼女らの言葉だけを聞いて、手を洗って出ていく私。



彼女たちが求める彼氏という存在はなぜ必要なのか、友達じゃダメなのか。ずっとそんなことを思っていた。

別に彼女たちを否定してるわけではない。恋をして潤っていく彼女たちは幸せなのだ。それでいいと思う。


私が恋愛に興味がないだけなのだ。



ある日、友達が声を潜めて告げたのは同じクラスの子が別れたということだった。

狭い空間でそれぞれのコミュニティがある学校で情報が回るのは早い。

誰が付き合った、誰が別れたなんてすぐに広まる。


正直、恋にこだわる理由がわからない私は、同情もなにもしないまま話を聞き流すだけ。



いつか恋をする時が来るだろう。それまでは友達と今を楽しもうと思っていた高校三年生の夏。男友達と恋の話になった。

あの二人が付き合っている、あの人は誰が好きらしいなどクラスでよく聞く話を小さい画面の中でやり取りする。


ふと、友達が「好きな人いるの?」と私に問いかける。

「いないよ」と返す私。

『そっか。俺はいるんだよね』とすぐに返ってきた。


なんだか胸騒ぎがした。その好きな人ってまさか・・・と思いつつ、やり取りを続ける。

誰が好きかを当てるクイズ大会が始まり、私は思いつく人たちを言っていく。

条件が絞られ、私の手札がどんどん減っていき、やがて残った手札は一枚。この一枚だけはありえないと思いながら、恐る恐る手札をめくる。



「もしかして、君の好きな人って・・・私?


 なわけないよね!」


『・・・そうだよ』




あぁ、やっぱりかとため息を一つ。しかし画面の中の私は

「えぇ!?そうなの!?」

なんて驚いている。


『俺はお前が好きだ』



すごく遠回りしたわりに、シンプルな告白は私の心に戸惑いを運ぶ。

顔も声もわからない、文字だけの告白。

本当に告白なのか、からかわれているだけではないのかと考えを巡らせ、たった八文字を反芻する。


彼のことを恋愛的な目で見たことはない。ただの友達だ。


でももしかしたら、知らないことがあるだけでこれから好きになっていくかもしれない。同い年の女子たちが見えているものがわかるかもしれない。


そう思った私は、「よろしくお願いします」と送った。


私の初めての彼氏だった。




彼氏ができたら嬉しくなって誰かに報告をすると思っていた。

しかし、実際の私は誰にも報告せず過ごした。

彼氏ができた、付き合ったという実感がなかったからかもしれない。


もしくは・・・



告白された次の日の朝、「おはよう」と送られてくる。

今まで彼とそんなやり取りをしたことはなかったから、本当に彼女になったんだなと思いながら「おはよう」と返す。

スタンプが送られてきて、会話が終わる。



学校終わり、画面の中で今日どんなことがあったかという日常を共有する。



夜、「声が聴きたいな。今度通話しようよ」と小さな約束をする。



朝、「おはよう」とあいさつをする。


こんな風に繰り返される日々。女子たちが求める特別に触れた私は小さな小さな違和感がだんだん膨らんでいく感覚だった。



増える文字でのやり取り。

好きだよ、というラリー。

でも、自分の気持ちがわからなかったり。



友達の時には見せなかった甘えた彼の姿は、彼女だから見せてくれるもの。

なのに彼女の私は、彼に自分を見せることはしなかった。


本当に彼のことが好きなのかわからないからだ。




付き合って二週間。デートをすることになった。


デート前日、ぬれた髪をドライヤーで乾かしながら明日はどんな服を着ようか考える。


せっかくならオシャレに可愛くならなきゃ。だって彼女だし。


慣れないメイクもしよう。彼女だもん。


明日のデートで彼の好きなところをたくさん見つけよう。

そう思いながら眠りにつく。




彼との初デートはとりあえずカラオケに行くことにした。


私の好きなアーティストの歌を歌ってくれる彼。

歌が上手いと褒めてくれる彼。

嬉しいはずなのに、嬉しくなかった。


彼が歌っていると突然私の手を握る。私は戸惑いながらも握り返す。彼女だから。



『ねぇ、キスしていい』


残り時間30分を持て余した私に彼は言う。


私は「いいよ」と彼の目を見て言った。彼女だからキスするのは普通だもんね。

私のファーストキスはあなたにあげる。


彼の唇と私の唇が合わさる。最初は軽く重なり合い、だんだん彼の舌が私の舌を絡めとり深いキスをする。深い、深いキス。



不快だった。



キスの味はレモンの味なんて聞いたことがあるが、レモンの味は一切なく唾液と荒い息が絡み合い、まとわりつく。


完全にキスに酔いしれる彼を見て、頭が冷静になっていく。


告白された日から感じていた違和感がわかった。


あぁ、私ずっと、ずっとなれなかったんだ。



唇が離れ、真剣な顔で『キスうまいじゃん。本当に初めて?』と聞く彼に

「初めてだよ」と答える。


残り時間はまだある中、この後どうするかを聞かれた私は

「この続きでもいいよ?」


と甘い言葉を投げかける。



本当に彼と身体を重ねたかったわけじゃない。

ただ、私の中で区切りがついた。ついてしまったからこそ、雰囲気にのまれたフリをした。


彼は『これ以上は・・・俺もしたいけど今度にしよう』と言った。


結局再び唇を重ね、出る準備をした。


すると


『あーやっちまった。お前は初めてだって言うからゆっくりいこうと思ったのに』


ぽつりと頭を抱えながら彼が呟く。その一言で心にしまってたものが全部崩れたのがわかった。





「ねぇ、別れよう」





こうして、初めての彼に別れを告げた。




私はなれなかった。

彼のことを彼氏として好きになれなかった。

今まで友達だったものが急に彼女扱いされて慣れなかった。


だから、彼女として染まりきれなかった。


彼女だからと暗示をかけて、彼を好きになろうとする度、ズレていく心。

顔も声もわからない文字だけで告白されて、友達だと思ってた相手を特別に好きになろうなんて考えが浅はかだったのだ。



彼は私のことを彼女として接してくれた。

でも私は数日前まで友達だったのが、彼女として甘えられたりするのが耐えられなかった。


友達としての時は普通だったのに彼女になった途端、女として見られている気がして気持ち悪かったのだ。


彼が好きだったのは私という一人の人間ではなく、女というガワの部分。そんな気がしていた。


それをキスの時に感じてしまった。誰でもいいんじゃないかって。

女の勘というのは変に鋭いから嫌になる。





付き合うという経験をしても、彼氏が欲しい理由はわからなかった。


ただ、


ファーストキスのあの不快感は一生忘れることないだろう。







今日も同じ制服を着た誰かが「彼氏欲しい」と呟いた。



終わり

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ファーストキス 菜乃花 月 @nanohana18

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