巻き込まれ第3王子の受難

さつき

巻き込まれ第3王子の受難

辺境伯家の令嬢ユリアーナは大変緊張していた。

本日3カ月ぶりに婚約者であるこの国の第3王子エドワードが訪れるという手紙が来たからだ。


幼少から仲が良く、エドワードが騎士学校に入ってからも頻繁に遊びにきていた。

しかし3カ月ほど前にしばらく忙しくて来れそうにないという言葉を残して、とんと姿を現さなくなった。


そしてそのすぐ後くらいからある噂が流れ始めた。


―殿下3人そろってとある男爵令嬢に夢中になっている―


確かに、ユリアーナと同じ貴族学園に通う王太子殿下と第2王子殿下は、半年前くらいから転入してきた男爵令嬢リリーベルを囲って愛でているようだった。

同じく側近の令息達もだ。

そのせいで、貴族学園はギスギスした雰囲気が漂っている。

それにリリーベルには魅了の使い手だとか違法な薬物で殿下たちを操っているだとかの黒い噂もあった。そのため陛下の影たちが慎重に調べているらしい。


しかし、エドワードは騎士学校であり彼女とは接点がない。

万一、王城にリリーベルを連れて行っていたとしても騎士学校は寮制のため会うことはないだろうと。

だからユリアーナはエドワードに関しては噂は噂でしかないと思っていた。


実際に3カ月前までは休みのたびに会いに来てくれていたのだ。

実直で真面目で少し不器用なエドワードの事がユリアーナは大好きだった。

そんなエドワードが浮気などできるはずないと。


しかし、1週間前に侍女を連れて街に出た際に見てしまったのだ。

うれしそうな顔で青い百合リリーのモチーフのついた髪飾りを買うエドワードを。

戻って来ていたのかと声をかけようとしたユリアーナは、髪飾りを手にするエドワードを見て固まった。

そしてコッソリ様子をうかがっている時に聞いてしまったのだ。


「彼女の・・・・色が・・・目に・・・」

「・・・・・・・運命・・出会い・・・・・」



“彼女の色” “運命の出会い”

件の男爵令嬢リリーベルは銀の髪に青い目をした女性だ。対してユリアーナは黒の髪に茶色の目という地味な色味。どう考えてもエドワードの手にしていた髪飾りはユリアーナの色ではない。


そして、「運命の出会い」という言葉。

それはリリーベルに夢中になっている殿下や令息達が揃って口にしている言葉だった。


ショックを受けたユリアーナは結局エドワードに声をかけることができずその場を立ち去った。

そこから1週間。なんの音沙汰もなかったエドワードから短い手紙が届いた。

手紙というよりもメモのような中身は、以前と変わらず彼らしい無骨な字で走り書きされたものだった。


『明日、会いに行ってもいいだろうか。』


いつもならエドワードからの手紙を喜んで読むユリアーナが顔を曇らせるのを見て、彼女の両親は心配し事情を聴いた。

当初は言い淀んでいたユリアーナだが、もしかしたらエドワードの用事が婚約解消などにも及ぶ可能性がある。

先に話しておいた方がいいだろうと口を開いた。


「まさか、エドワード殿下がそんな。」


両親も貴族学園の噂は知っていた。エドワードの名前がそこに含まれていることも。

しかし、エドワードの誠実さもよく知っていたため信じていなかったのだ。

彼は隠れて浮気をするような人間ではないと。


だがユリアーナがエドワードを見間違うとも考えにくい。


「こうして3人で考えていても仕方がない。とりあえずエドワード殿下のお話を伺ってから判断しよう。」


辺境伯はそう言って2人を落ち着け、エドワードの訪れを待つことにした。


そして今日、辺境伯鄭を訪れたエドワードとユリアーナは3カ月ぶりに顔を合わせることになった。


心なしか暗い顔をしているエドワードにユリアーナの緊張は高まっていく。


「・・・・ユリア。」

「な、何でしょうか?」


少し開いた扉の外から両親や執事たちもひっそり固唾をのんで見守っている。


「・・・なぜ向かいに座っているのだ?」

「・・・・・・はい?」


さあ別れ話か、はたまた浮気の懺悔かと覚悟を決めていたユリアーナだが、思わぬエドワードの言葉に気の抜けた声が出た。

そんなユリアーナの心情を知らないエドワードは聞こえなかったのかと再度告げる。


「いつも隣に座っていただろう。なぜ今日は向かいなのだ?こちらに座ったらいい。」

そういって自分の隣をポンポンと叩くエドワードを見て、周りはおやっと首を傾げた。


(か、変わってないわ。3カ月前から全く。)


リリアに夢中になって、婚約者に冷たく当たる王太子達を実際に見ていたユリアーナはエドワードの変わらなさに気が抜けた。

しかし、気になっていることははっきりさせなければならない。


「エドワード殿下。お伺いしたいことがございます。」

「なんだ?改まって。それにエドワード殿下って。いつもみたいにエドと呼んでくれないのか。」

「・・・・・エド様。この3カ月何をしていたか伺っても。」


この時点でだいぶ絆されそうになっていたユリアーナだったが、意識して固い声で問うた。


「ああ、内密の遠征があってな。こっちにも協力要請がきたんだ。だいぶ落ち着いたから学生は先に帰してもらえることになって先週やっと帰ってこれた。それでユリアに真っ先に会いに行こうと思ったんだが、何故か今度は王城に呼び出されて。」

エドワードにとっては怒涛の3カ月だった。


隣国との小競り合いが本格化する危険性がある、ということで騎士学校の学生も招聘されることになったため、エドワードもクラスの仲間と一緒に遠征に参加することになったのだ。

緊急かつ隣国に気取られないよう極秘扱いだったため、ユリアーナにも碌に事情を話せず出立となったのだ。

結果的には小競り合いで終わったが、しばらく膠着状態だったこともあり手紙も出せず3カ月の月日が経ってしまった。


(ようやく王都に帰ってこれた。ユリアーナにも心配をかけてしまったし、お詫びの品でも買って会いに行こう。)


そして、運よくいい品を購入でき、ひとまず寮に戻ろうとした際、王城の騎士に声をかけられた。


「陛下からのお呼び出しです。至急王城までご同行願います。」

「父上から?今回の招聘の件だろうか。一旦寮に戻って身なりを整えてから「いえ、このままご同行いただきます。」


騎士達の勢いに押されるまま、エドワードは王城まで連行された。

王城に着いたらついたで、魔術師たちに取り囲まれ身体検査を受けさせられた。


「魔術の痕跡はなさそうです。」

「彼女と接触したという記録は?」

「ありましたが影響はないようです。」


こそこそと話す魔術師たちに事情を聴くが、陛下から説明がございますというだけで何も教えてはもらえなかった。


「そこから私室に待機するように言われて1週間。父上からは何の呼び出しもなく。誰も呼びに来ることもなく。王城内は皆忙しそうでピリピリしていて事情を聴ける雰囲気でもなくてな。しかたなく、こっそり抜け出してきたのだ。また連れ戻される可能性があるからあまり長くはいられないかもしれないが。」



エドワードの話を聞いてユリアーナは罪悪感が込み上げてきた。

国の前線で必死に国防に尽力していたエドワードに対して申し訳なさが募る。

恐らく白だと思いながらユリアーナは聞きたかったことを聞くために口を開いた。


「エド様。リリーベルという女性をご存じですか?」

「リリーベル?ユリアの友人でいただろうか?すまないが、身体的特徴を教えてもらえるか。思い出せるかもしれない。」


(・・・目撃者への事情聴取かしら?)


全く心当たりのなさそうなエドワードは必死に思い出そうとしているようだ。


「銀の髪に青い瞳の可愛らしい女性ですわ。」

「・・・・・・。すまない。思い出せそうにない。それに、俺はユリア以外の女性を可愛いと思ったことがない。」


突然の甘い言葉にユリアーナは顔が熱くなるのを感じた。

そして、本人には甘い言葉を吐いている自覚がない。


「い、今はそのようなことを聞いているのではないのです。街でそのような女性を助けたりはしませんでしたか?」

「困っていたら男女に関わらず声をかけているが。」

「その女性にお礼として何かを渡されたり、食事に行ったりは?」

「知らない人物に渡されたものは何が入っているかわからないため、そういうものは全て断っている。実際の騎士になったら職務規定違反になるしな。」


(堅い。堅すぎるわ。)


騎士であっても、近所の人などからは気軽に声をかけられて食べ物を渡されているのはよく見る。職務規定は宝石や金銭のようないわゆる賄賂を禁止しているだけで、ちょっとしたお礼のお菓子やハンカチなどは暗黙の了解で見逃されているはずだ。

しかもエドワードはまだ学生。校則では禁止されていない。

第3王子という身分上、食べ物は確かに受け取れないかもしれない。

しかしエドワードは食べ物以外も全て断っているらしい。



「それで、そのリリーベルという女性がどうしたのだ?まさか新手の詐欺師とかか?何か騙し取られたなら取り戻してくるか?」

「・・・いえ、なんでもないです。」


取られたと思い込んでいただが、実際はこちらの勘違いであったらしいので、ユリアーナは被害に合っていない。


「そうか。あ、そうだ。ユリアに渡したいものがあったんだ。」


そう言ってエドワードが懐から取り出したのは、例の百合リリーの髪飾りだった。


「戻ってきたときにたまたま見かけた露店で売っていてな。ユリアにピッタリだと思って。」

「あ、ありがとうございます。」


あの時のショックを思い出して、声が固くなってしまったユリアーナに気付いたのか、エドワードも顔を曇らせる。


「気に入らなかっただろうか。」

「いえ!とっても嬉しいです。ありがとうございます。ですが、どうしてこの髪飾りを選んだのですか?私の目や髪の色とも違いますし。」

「ユリアはこの色が好きだろう。よく身に着けているようだと思ったが、違ったか?」


そう言われて、もう一度髪飾りに目を向ける。


(これは、エドワード様の瞳の色だわ。)


あの時は遠目だった上、百合リリーのモチーフだったことでリリーベルの色だと思ってしまったが、よくよく見ればそれは少し緑がかった青色だった。

空のようなリリーベルのコバルトブルーの瞳とは違う。

対して、エドワードの瞳はターコイズブルー。この髪飾りは正にエドワードの色だった。そして、ユリアーナはその海のような透き通ったエドワードの瞳の色が大好きで、ドレスや小物などよくその色のものを身に着けていた。


(まさか、自分の瞳の色だとは思わず、単純に私の好きな色だと思われていたなんて。)


あの時の商人との会話もそういう事だったのだろう。

彼女リリーベルの色ではなく、彼女ユリアーナの好きな色。

好きな色を覚えていてくれたこと、自分の事を思って買ってくれたこと。

エドワードの真摯な思いにユリアーナは泣きそうになった。


「ありがとうございます。ほんとに、ほんとに嬉しいです。大切にします。」


「よかった。色もそうだが、これを売っていた商人に興味深い話を聞いてな。東の果てにある国ではリリーの花のことを【百合】《ゆり》というのだそうだ。ユリアの好きな色の【百合】《ゆり》の花だ。婚約者の名前もユリアだと言ったら、商人がそれはもう運命の出会いですねと。商人の口車に乗せられたのかもしれないが、確かにそうだと思ってすぐに購入したんだ。その足で渡しに行こうと思ったんだが、さっき話したとおり王城に軟禁されてしまって。遅くなってすまない。」


「いえ、こうして会いに来ていただいただけで十分です。」


(言えない、言えないわ。直前まで別れも覚悟していただなんて。)


ギュッと髪飾りを大切そうに握るユリアーナをみて喜ぶエドワードの姿に、ユリアーナの良心がチクチク痛む。


「エドワード殿下。お疲れのところユリアに会いに来てくださりありがとうございます。」


室内の空気が緩んだところで、こっそり話を聞いていた両親と執事が部屋に入ってきた。


「どうでしょう。今夜はこちらで夕食を召し上がっていっていただいては。」

「それはいいわね。そうしていただきましょう。」


執事が両親の少しぎこちない空気をフォローするように夕食をすすめ、母がそれにのっかった。


「いえ、そこまで長いするわけには・・・。」


エドワードが恐縮しながら断りを入れようとした際に、グゥーとエドワードのお腹が鳴った。


「し、失礼した。」

「まあ、エド様はお腹が空いていたのね。気づかずごめんなさい。両親もこう言っていることですし。ぜひ食べていってください。」

「そうですそうです。せっかく3カ月ぶりにお越しくださったのですし。ぜひぜひ。」


疑ってしまった罪悪感をぬぐうように3人はエドワードを引き留めた。

そして、急いで料理長に夕食を準備するように伝え、そのまま晩餐が始まった。



ゆったりコース料理を食べ、ユリアーナも両親もだいぶ気持ち的にも持ち直したところエドワードが頭を下げた。


「急な晩餐にも関わらずごちそうになりすまなかった。実はこちらに戻ってきてから碌に食べていなくて。」


「え、王城ではどうしていたのですか?」


「部屋にいろと言われたまま、食事も運ばれてこなかったので仕方なく遠征の残りの携帯食を食べていた。」


((((か、可哀そう))))


3人とそばに控えていた執事の心が一致した。

そしてはたと気が付いた。

誰もエドワードに事情を説明していないのではと。


陛下も含め王城の人たちに悪気はない。

騎士達はまだエドワードがリリーベルの影響を受けている可能性があり、言い逃れされることも考えられたため何も説明はできなかった。魔術師たちも同じく。

そして、魔術師たちにリリーベルの影響はないと断定された後はバリバリ影響を受けて問題を起こしまくっている皇太子や第2王子殿下たちへの対応で手いっぱいで、問題のなかったエドワードの事は後回しになってしまったのだ。

そして末端のメイドや侍従たちは騎士に緊急で連行されてきたエドワードの存在を知らない。そのため、食事の用意も当然されない。


エドワードにしてみれば意味が分からないだろう。遠征から帰ってきたらいきなり王城に連れていかれ身体検査を受けさせられた後は放置。

食事も出されず、部屋から出るなと言われた手前、誰にも事情を聞けずに待機。

よく1週間も耐えたものだ。

そして、ようやく抜け出して来てみれば固い雰囲気で待つ婚約者。

もう気の毒すぎて目も当てられない。


「すみません。本当に私が、私の心が醜くてすみません。」


罪悪感に耐え切れなくなったユリアーナは思わず手で顔を覆いながら謝った。

エドワードに向けられる顔がない。

できるなら土下座もしてしまいたい気分だった。

しかし、事情は説明できない。説明してしまったらエドワードはショックを受けてしまうだろうから。


(このまま、この罪悪感と一緒に墓まで持っていきましょう。それがエド様への償い。)


そしてそれは両親や執事も一緒で。

矢継ぎ早にエドワードを労わるように言葉をかけた。


「エドワード殿下。本当に申し訳ございませんでした。」

「よろしければ、こちらのデザートもいかがですか。」

「なんでしたら泊っていってください。王城にはこちらから使いを出しておきます。ええ。ぜひそうしてください。陛下も絶対に許可をくださるはずですので。」


「いや、そういうわけには・・・」


そして、辺境伯家一同は、遠慮するエドワードに断る隙を与えるまいと、皆で押し切ることにした。


「そうですわ!ささ、こちらのワインもどうぞ。我が家の秘蔵のワインなんです。」

「今夜はゆっくりお酒をのんで、寝てください。湯あみの準備もさせますので。」


そうして最後まで訳がわからないまま、エドワードは辺境伯邸に泊まりそのまま騎士学校に戻っていった。


「もう二度とエド様を疑うことはしないわ。」

「ああ、そうしなさい。」


その後、辺境伯家ではしばらくエドワードが来るたびに一家総出で歓待するようになった。







~~~おまけ~~~


一方、辺境伯から使いをうけた王城では。


「へ、陛下!辺境伯家からの使いの者が参りました。エドワード殿下はしばらく辺境伯家に滞在したのち騎士学校に戻られるとのこと。」


「エド・・・わ、忘れておった!至急辺境伯家に許可する旨を通達しろ。あと騎士学校から要請がきていた特注の剣と食堂の改装の手配を早急に。」


「かしこまりました!」



~~~人物紹介という名の補足~~~


エドワード

完全なる巻き込まれの被害者。

第3王子殿下。皇太子達を支える騎士になりたいと自ら貴族学園ではなく騎士学校に。

幼いころから婚約者のユリアーナ一筋。世界で一番というより世界でユリアーナだけが可愛いと思っている。

ダイヤモンドよりも固い心とユリアーナへの愛でリリーベルの誘惑を跳ね返した。

(本人は無自覚)

結局最後まで訳が分からないままだったが、学校の食堂が豪華になり備品も新しくなってうれしい。ユリアーナの好きな色が自分の瞳の色だと知ってますます幸せ。


ユリアーナ

幼いころからエドワードの事が好き。特にエドワードの瞳はお気に入りでよく同じ色のドレスを身に着けている。

今回の事でエドワードに惚れ直すと同時に、二度と疑わないと誓った。

勢いで問い詰めて婚約解消などと言わなくてよかったと思っている。


辺境伯家の人たち

エドワードとユリアーナを微笑ましく見守ってきた。

今回はエドワードを一瞬でも疑ったことを反省して、来るたびにご馳走を用意している。

早く婿に来てほしいと思っている。




リリーベル

諸悪の根源。結婚詐欺師ではなく実は隣国のスパイ。男爵家に上手く入り込み男爵令嬢として貴族学園に転入した。

怪しげな薬を使い王太子達を落としたところまではよかったが、王家の影に見つかり投獄された。

現在、魔術師たちから尋問中。


王太子達

困っていた可愛い子を助けて、お礼に渡されたお菓子をつい食べてしまい、まんまと操られた間抜けな人たち。

婚約破棄騒動にまで発展して学園と王城はしばらく大騒ぎになった。

正気に戻った後は反省し、それぞれの婚約者に土下座した。

「二度と知らない人からの贈り物は食べません。」


陛下含む王城の人たち

王太子達と同じくエドワードもリリーベルと接触したという報告があったため、急いで招聘して身体検査した。

何もないと分かった後に王太子達が騒ぎを起こし、そのままエドワードのことは放置状態に。落ち着いたころにエドワードを呼んでほしいものを上げた。

ただし事情は説明していない。



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