第3話 事情

「最近たぁくんよく食べるねー♪ お食事をつくるものとしてお姉ーちゃんはうれしーよ♡」

 掻っ込むようにどんぶり飯……豚汁をかけてかつお節をふった、豪勢な猫まんまだ。ほかにニシンの照り焼きと肉じゃが、ほうれん草のおひたしなど……を貪り食う辰馬に、雫がんふふーと目を細めた。辰馬の隣には繭と初音も劣らぬ勢いで食事をドカ食いしており、差し出されるお椀を雫は空にすることなく満たし続ける。ふだんはただのエロおねーちゃんだが、今のたのもしさはむしろ熟練したおかんのそれだった。


「それで、しず姉。あの清宮ってやつ、なんなの実際?」

「んー、個人的な事情だからなぁ……、まあ、気になるならたぁくんが自分で調べて! ごめん!」 

 ぱん、と手を合わせて頭を下げる雫に、あーいや頭下げんでいーよと辰馬。また食事に戻った。


「あー、うめーわこの魚……もしゃもしゃ」


 ここしばらく、煌玉大操練大会を目指しての練習で辰馬たちの空腹と疲労は普段の数倍になっており、それに比類してエンゲル係数も天井知らずである。雫は辰馬の母であるアーシェから財布を預かって買い物して料理して、なので身銭を切るわけではないが、辰馬たちにいいもん食わせてやろうと考えるあまり上等な食材を買ってしまうと、アーシェさんに悪いなぁという気にもなるのだった。


「さておき。塚原は必殺技どんな具合?」

「順調です! 長柄の長刀は間を詰めると不利、その固定観念を逆用して接近戦でのカウンター! 術理はだいたい掴めました。あとは実戦で確実に決められるだけの経験値を積むだけです!」

 興奮気味に繭が言う。今朝、辰馬が口頭で指示したのはまさに繭がいま言った技。敵が長物の弱点を突こうと間を詰めてきたところにこちらから間合いを潰し、カウンターの一撃を当てる。極めれば少なくとも初見には効果絶大、警戒されたとしても間合いを外されるなら刀より長刀に有利だ。

「……とはいえ、まだ源さんから一本も取れてないんですけど……」

「源も大概腕利きだからなぁ……。剣術に関してはおれより強いぐらいだし。まあ、しず姉ほどバケモンではないと思うが」

「わたしって手加減苦手だから。ごめんね」

「いえ! 手加減抜きの真剣勝負こそ望むところです! それでこそ実力が練磨されるというものですから、遠慮なくやってください!」

「……うん、わかったよ!」


 あ……源がホントに本気出しかねないな、こりゃ。今までも本気だったんだろーが、ホントの本気になられると塚原がぶっ壊れかねんよなぁ……、そこんところはしず姉がうまくやるか……。


「バレーボールはどんな感じー?」

 今度は雫が聞いてきた。


「どんな感じゆわれてもな。ガタガタだよ? おれら4人ならともかく、突然仲良くもない清宮押し付けられて……、あー、醤油が足りない。ほうれん草が……」


 醤油さしの中身が少ないのに悲しげな憂いの視線、秋波を投げて、辰馬は「てゆーか」としきり直す。


「なんで今回5人制なの? ふつーバレーボールって6人制じゃねーかな?」

「あー……。部活ならともかく、一般生徒が6人集めるのは難しいんだよ。サッカー、野球、バスケは早々にメンバーが決まったけど、バレーって悪く言っちゃうとあまりものだから」

「そんな理由かよ。しかし体育教諭があまりものとか言っちゃダメだろ、しず姉」

「あたしが思ってるわけじゃないよう!」


……………

 その後、アーシェが病院から帰宅(身体は丈夫ではないが、病気なわけではない。看護師として介護職についている)すると初音はアーシェと一緒にお風呂、辰馬は雫と一緒に繭を家まで送り、その足で雫と蒼月館の学生寮に戻った。


 男子学生寮・秋風庵の辰馬の部屋。

 その前に人影がある。


「? ……清宮か」

「よお。新羅。牢城に余計なこと聞いてねーだろうな?」

「あ?」

「あ、じゃねーんだよチンピラ。つまんねぇ詮索するんじゃねーぞ!?」

 清宮は辰馬のシャツの襟首を掴み、そして辰馬が正当防衛で膝蹴りを深々清宮の下腹部に突き刺す。「かは!?」苦し気に呻く清宮。アスリートとはいえ武術練達の辰馬に、バレーバカの清宮ではお話にならない。


「どっちがチンピラだよ、ばかたれ。しばくぞ」

「お、おま……、ホントに、手がはえぇ……!」


 先に胸倉掴んできてなにゆーてんのか。……詮索するつもりもなかったが、なんか妙に気になるよーになったし。ちっと調べさせてもらうか……。


……………

 翌日、清宮は練習を休んだ。


「そーいうわけで、清宮の事情なんだが」

「バレー部に行きますか?」

 大輔が手を上げる。辰馬は顎を引いてうなずくと、ひたすらトスを上げるシンタとひたすらスパイク練習の出水に声をかけた。


「ちっと行ってくる。シンタはトスをも少しゆっくり、出水はジャンプのタイミング半拍早めで」

「うっス」

「了解でゴザル!」

「がんばれー、がんばるんだよヒデちゃーん!」

 シエルが見てなかったらとっくにへたり込んでいるところだろうが、そこは男の意地。嫁の前で情けないところは見せられないと出水はひたすらジャンプ→スパイクを繰り返す。


 それを見遣ってから辰馬と大輔は第2体育館を出た。正規の運動部が使っている第1体育館に向かう。


「キモオタ……出水はモノになりますかね?」

「だいじょーぶだろ、アイツは運動神経自体悪くない。球技に苦手意識があるのを克服できりゃあ、最低限の働きは出来る……ただ」

「ただ?」

「克己を諦めてやる気をなくされると、さすがに打つ手がない」

「そうですよねぇ……ガトンボの応援が役に立てばいいんですが」

「だなぁ……」


………………

…………

……


「たのもぉー!」

 第一体育館に入り、いつものように声を張る。最近、忘れがちだがアルティミシア大陸の主流は女尊男卑の女権主義。蒼月館において北嶺院文が男子排斥を諦め男子との融和を模索するようになったとはいえ、幅を利かすのは女子である。当然のようにバレー部コート4面のうち3面を使うのは女子、男子はお情けで1面を使わせてもらっている状態。


 理事が交代したとかいろいろ変わったとはいえ、案外この辺は変わらねーよなぁ……ま、時間かけないと変わらんか。


「新羅くん、何の用?」

 女子バレー部の部長らしき女子が、上から言った。まさに上からで、辰馬より20センチ以上背が高い。繭くらいの身長ならかわいいもんだと思える。


 そのうえで、明らかに威圧的な雰囲気を醸し出すあたりが気にくわないわけだが、とりあえずこの女子に話はない。


「男子の代表に話聞きたい」

「ちょっと、無視!?」

「あんたに話はねーんだわ。おれが聞きたいの清宮のことだし」

「清宮……、あ、アタシたちはなにもしてないから!」

「は?」

「話すことはなにもないわ! じゃあね!」

「いかにもなんかありますって風じゃねーか! なにがどうした!?」


「イジメですよ」


 それほど大きくはない声。しかし凛とよく通る声が体育館に響いた。


 口を開いたのは辰馬とそれほど背丈の変わらない少年。バレー部員としてはきわめて小柄というほかない。童顔の少年は、幼い表情に怒りといら立ちを浮かべていた。


「鈴城!?」

「本当のことでしょう。清宮先輩が足をやったとなるとみんなで引きずりおろして、責め立てて、罵って暴力すらふるって先輩を部活にいられなくした」

「それは……そのおかげでアンタがエースアタッカーになれたんでしょお!?」

「そんなの求めていませんよ! 俺は清宮先輩とは真っ向勝負でレギュラーを取り合いたかったんですから! それがあんな陰湿な……!」

「なるほどな……新羅さん、これ学園に報告しますか?」

「したほうがいいんだろーなぁ。けど、清宮がヒネた理由ってこれだけか?」

「な、なによ?」

「あいつ、そこまで脆いとも思えんのだよな。なんかほかの理由が……」

「知らないわよ! 学園にはあたしたちが自分で報告するわ、それでいいでしょ!?」

「んー……、まあ、それでいいか」


……………

………

……

「新羅さん、あれでいいんですか?」

「まあ、自分たちに都合よく報告するだろーな。別にそれぁそれでいい。おれは司直なわけじゃねーし」


 そう、話し合う二人が体育館裏にさしかかると。


 ズドゥフ!!


「っぇう!?」

 二人の少年が殴り合っていた。

 正しくは一方的な暴力。

 黒髪ロン毛のチャラ男の拳を喰らって数センチ浮き上がるのは、藍髪短髪、アスリート体系の学生、清宮周良。そしてチャラ男の後ろには栗毛の少女がひとり、左右からチャラ男の手下らしき男に腕を取られている。


「しつけぇーよなぁ、清宮。もうあすかは俺のものなんだって」

「るせぇ、クソが……その手を離せやチンピラアァ!」

 立ち上がる清宮の顔面に、ロン毛のトウキック。身体能力はともかく、一目瞭然でケンカの場数があまりに違う。


「ちーくん!」

 あすかと言われた栗毛の少女が清宮に縋りつこうとするが、拘束されて果たせない。下卑た笑みを浮かべる男たち。胸糞の悪くなる展開が容易く想像できてしまう状況で、新羅辰馬と朝比奈大輔は清宮を庇うように前に立った。


「そこまでにしとけよー、ばかたれども」

「俺らの制裁は多少手荒いが、まあ覚悟の上だろうな?」


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