第2話 清宮

「たぁたぁたぁっ!」

 打ち込み、引き戻さず、打ち抜いて旋回、連撃。隙のない攻撃に辰馬はかるく舌を巻く。塚原繭の指導2日目、昨日やったことは基本の筋トレと打ち込み稽古、あとは身体運用論を軽く聞かせただけだが、繭は1晩でそれをしっかり身にしてきている。


「大したもんだ……とはいえ、まだまだだが」

木刀をズン、と床に立てて長刀の一撃を止め、振り抜く間を与えずに先手を取って左の拳を下腹部に打ち込む。繭は苦悶してうずくまった。


「あ。悪い。痛かったか」

「い、いえ……大丈夫です……っ」

 十分に手加減したとはいえ辰馬の拳はほとんど凶器だ、痛くないはずはない。が、繭は歯を食いしばって立ち上がる。額の汗が激痛を物語っていた。


「んー、やっぱ女殴るのっていかんわ。つーわけでおれは口出し専門に徹する」

「それでは十分な練習になりません! 痛みぐらいいくらでも我慢しますから!」

「おれの神経が無理なの。つーわけで助っ人を頼む。源」

「はーい! 塚原さん、よろしくお願いします!」


 辰馬の声に応え、襖を開けて入ってきたのはきつね色の髪の少女。頭頂にはぴこぴこと動く狐耳があり、お尻の上、腰のあたりからは長くモフモフとしたしっぽが伸びる。大きな瞳が赤くらんと輝くのを確認するまでもなく魔の眷属であり、そして神の眷属でもある。狐神の少女・先代賢修院学生会長、源初音だった。


「源……さん……」

「塚原ー、源は悪くないからな。学園抗争の一件、悪いのは武蔵野伊織だ。いらん恨みは持つなよ」

 とは、いっても。源初音の名のもとに蒼月館や、友好校である明芳館を攻撃して大損害を与えた賢修院を許すことは難しい。初音自身が操られていただけだとはいっても、そこで遺恨を洗い流せるものでもない。


「新羅さん、大丈夫です。……塚原さん、言葉は無用だよね、剣で語ろう!」

「……わかりました。一手御指南願います!」

 二人構えて、そして先に動いたのは繭。長刀を頭上で大きく旋回させて遠心力をつけ、大ぶりの一撃を叩きつける!


 初音は木刀で長刀の軌道を跳ね上げ、下から滑り込むようにして間を詰める。鋭い一撃、繭は間一髪、長刀を引き戻し縦にして受け止めるが、衝撃で繭の腕がしびれたところに初音はすかさず反対側に抜けた。そして初撃とは反対側から一閃!


 がぃん!

「ぁく……!?」

「まず一本。どう? まだ続ける?」

「……はい!」


……………

その後、初音は容赦なく一方的に繭を打ち据えたが、繭は初音の曇りない剣に傾倒、二人は急速に親交を深め、辰馬の心配は杞憂に終わる。


「んじゃ、最後は今日もプロテイン飲んどけよー」

 要所で指示を出して監督に徹した辰馬は、最後にまたどろりとした汁を用意する。


「う……これ、実際何が入ってるんです?」

「ん? 納豆とか山芋とかオクラとか、あとシジミ汁やらなんやら。他には果物を混ぜたら臭みが消えるかと思ったんだが、逆だったな……。まあ、栄養価は高いから安心しろ。塚原は体格の割に筋肉が足りてねーから、プロテインは有効だ」

「まあ、そう言うなら飲みますけど……んく……やっぱりまじゅい……こくこく……」


かくて、今朝のコーチ業は終了。

………………

「新羅さん、行きます!」

「あいよー……」

そして、今度は昼。ネットを挟んで反対側のコートで、朝比奈大輔が白球を高く放り上げる。そして助走をつけて跳躍、

「ヌッ!!」

 大輔は歯を食いしばってジャンプサーブ。剛腕に叩かれた白球はぐぉ、と空を裂く勢いで辰馬側コートに飛び込む。

「ほっ」

 殺人的威力のサーブを辰馬はふわ、と膝を柔らかく使って衝撃を殺し、ふわりと巧みに打ち上げる。そこにシンタが床を蹴り、跳躍した。ちょん、と相手コートすれすれに落としてのける。


「うら、どーでぇ!」

シンタがガッツポーズ。ネットに前進が間に合わなかった大輔は悔し気に頭を掻く。


「吼えんな赤ザル! お前が点取れたのは新羅さんのおかげだろーが!」

「つーか、大輔のサーブ重いよな。何発もあれ受けたら痺れる」

「でも辰馬さんのサーブってあんなもんじゃないじゃねースか」

「そりゃ、おれの身体は極限まで発条鍛えてあるからな。でも大会となると大輔クラスのビッグサーバーが次々出てくるわけだろ、その都度おれが受けてたら腕殺されるわ」

「それは困りますね。新羅さんの一番の武器はスパイクの威力なのに、腕がしびれたら威力半減になる」

「だからレシーブはお前らにも頑張ってもらいたいんだわ。そもそも団体競技だし、おれ一人でやるのもおかしーだろ」

「そりゃいーっスけどね。つーか……そこのデブオタはなに黙ってんだ?」

「むう……なんでもないでゴザルよ……」

「なんでもじゃね-だろーが! お前練習開始からほとんど動いてねーじゃねーかよ!」

「仕方ないでござろーが! 拙者は球技が死ぬほど苦手なんでゴザル!」

「開き直んじゃねーや! お前この際ちっと動いて痩せろや!」


 シンタの言葉に今回ばかりは出水が反駁できない。今回「煌玉大操練大会」に出場となった一同(大輔はほかに徒手格闘にも参加)はこうして第2体育館で練習していたのだが、出水は明らかに「穴」だった。運動神経自体は人並み程度にあるはずなのだが、球技というものへの恐怖感・忌避感があるらしい。


「まあ、シンタはあんまし責めんな。出水もできる範囲で頑張れ」

「うす」

「わかっているでゴザル」

 辰馬がその気なら出水の穴を埋めて二人分働くぐらいのことは造作もないが、それをやることは出水を信頼していないことと同義だ。ダメなときはフォローもするが最初から出水を戦力外で考えるようなことは辰馬の性格的にできない。


 といって信じられると、できないやつとしては苦痛だったりもするのだが。


「さて。そんであと1人必要なんだよな。5人制だし」

「運動部の人間は……たぶんもう埋まってるでしょうね」

 辰馬の言葉に大輔が答える。大会まであと数日で無理矢理参加を強制された辰馬たちとしてはメンバーにえり好みもできない。最低限協調性ゼロのチンピラでなければ誰でもいいというところだ。


「それで、繭ちゃんモノになりそーっスか?」

「ああ、それは問題ない。今朝から源もコーチについたし……問題があるとすりゃあ精神的なもんだな。塚原って気迫に欠けるところがあるから」

「そういえば。学生会騒乱の雪山でも徹底して俺たちを潰すって感じではなかったですね」

「気が弱いという感じはしないでゴザルが……」

「うーん、気が弱いわけではないけど、相手ぶっ殺してでも自分を通すっていうのがないからな。上泉はそれがある相手だから、そこで差が出る」

「なるほど」

「まあ、普通は塚原の優しさは美点なんだがな。戦いの場ではそれが美点にならなくなる」

「それって辰馬サンもですけどね」

「だな」

「そーでゴザルなぁ」

「そーかなぁ、おれって結構冷酷残酷だと思うが」

「どこがですか!」

「たぁくんたち~、ちょっと集合」

 実のない会話を続けていると、雫がやってきた。傍らに背の高い少年を連れている。


「なに、しず姉?」

「たぁくんたちってメンバーぼしゅー中だよね? だったらこの子を入れてあげて欲しーんだ♪」

「……ああ、B組の清宮ですよ、こいつ。バレー部のエースアタッカー……なんでエースがあぶれてんだ、お前?」

 運動部系に顔の広い大輔が説明するが、この時期に部のエースが辰馬たちお遊びチームに参加する理由がわからない。どういうことなのか。


「ちょっと事情あってね~……、あたしからは言わないほーがいいと思うから言わないけど。そんじゃ、仲良くねー!」

 忙しいのか、それだけ言うといそいそと立ち去る雫を見送ると、辰馬は清宮に右手を差し出す。長身でそれなりにイケメンな清宮はしかしなにやら思いつめたような暗い表情をして、辰馬の握手を拒絶した。


「勘違いすんなよ、新羅。お前らの力なんか借りねぇ。俺一人で優勝してやるさ……」

「いや、無理だろ」

 呻くようにシリアスに言う清宮に、辰馬はあっさり正論をぶつける。バレーボールという競技の性質上、どうあっても1人では勝てない。


 辰馬と清宮はにらみ合い、そして清宮が目を逸らす。


 しず姉、事情があるとかゆーてたけど。まあ確かに性格に難ありらしいな。それでも本職のエースが参加してくれるなら心強い、か。


 こうして、辰馬チームにバレー部エース、清宮周良(きよみや・ちかよし)が参加することになった。

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