多田いづみ

 死のうと思って、川へいった。

 そこはわたしがよく釣りをするところで、おだやかそうに見えるけれど、流れが複雑で川底は渦を巻いている。水難事故がよくおこった。

 ついてみると、先客があった。見るからに初心者という感じの下手な釣り人だ。

 わたしはそいつが帰るまで待つことにした。が、そいつはいつまでたっても釣れなかった。こいつが早く帰ってくれないと、わたしは死ぬことができない。

 だんだんイライラしてきて、「おいちょっと貸してみろ」と奪うように竿さおを取り上げて、放った。釣り人の腕はひどかったけれど、道具はまずまずだったから案外よく釣れた。

 釣り人は最初びっくりして怒ってもいたが、わたしが次つぎに魚を釣り上げると、しだいに感嘆の声をあげるようになった。

 自分もやってみたいと言うので、魚のいるポイントを教え、釣り上げるコツを伝えた。

 ふだんなら他の釣り人に声をかけたり、まして初心者に教えたりすることなんてない。しかし、わたしにとって今は『ふだん』ではなかった。

 釣り人はだんだんコツをつかんで、釣れるようになってきた。わたしから見るとまだまだだったが、釣れるたびに大喜びするので、わたしもだんだん楽しくなった。

 その日はけっきょく、日が暮れるまでそいつの釣りにつきあった。わたしはいつの間にか、死ぬ気分ではなくなっていた。

 そして別れ際、その釣り人とまたいっしょに釣りにいく約束をした。

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多田いづみ @tadaidumi

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