エピローグ

 隣国の聖女様は――。


 この世のモノとは思えないような美しさらしくて。


 あー。

 認めたくはないけど、目の前でフレーバーティーを美味しそうに飲んでいるコアラ女は――。


 腰まで伸びた絹のような黒髪。

 透き通るような肌。

 眠そうな下がり眉だけど、その下には理知的な瞳。

 鼻筋の通った鼻、意外にも可愛いらしい口元。

 純白のワンピースドレスに、柔らかな生地で仕立てられた紺色のタバード。

 その胸元に小さく銀色の刺繍をされた――フローリア聖教会のシンボル。


 うーん。

 一気に黙り込む俺氏。


 だってぇ。

 如何にも、如何にもな時期に、如何にもな人物すぎりゅ。

 それから、お店の窓からチラチラ見える聖騎士さん達の姿。

 わらわーら集まって来ておられる。




 マ?




 あの……。

 つかぬことをお伺いしますが、隣国の聖女様だったりするん?

 と、低姿勢で尋ねてみーる。


「ええ……」


 涼しい顔で頷くコアラ女。




 マ?(二度目)




 開いた口が塞がらない俺氏。

 そんな間の抜けた姿を見ながら、コアラ女は口元に手を当てながらクスクスと笑う。


 あー。

 聖騎士さん達、こっそり尾行してたんやね?

 あとでお茶でも出してあげよう。


 それより、ねーねー。

 異世界転移の格差ヤバない?


 俺氏なんか根っからの平民やで?

 はあ……なんだかなーと頭を掻いた。

 

 でも、まー。

 




「また会えてよかった」

「また会えてよかったわ」

 




 二人の言葉が重なる。

 目の前で細められた美しい瞳。





 その瞳の色が、あまりに優しくて――。





 俺は喉の奥がバカみたいに熱くなった。





 はぁ……。

 昔から、変わらなかったんだな……。





 ――。

 コアラ女はずっとこの瞳で俺のことを見てくれていたのに――。

 

 



 恥ずかしいけれど、本当に今更だけど、俺は君の気持ちと、俺の気持ちに気づいた。





 それは、礼奈との日々があったから、あの優しすぎる愛を与えて貰えたから気づけたなんて――。





 俺は――。





 コアラ女と視線が交わる。





 目は口ほどに物を言うらしくて、コアラ女が頬を染める。





 夕方と夜の間が終わり――世界に夜が溶け込んでいく。




 

 だから残念だけど、君の顔をよく見たいのに、よく見えない。





「好きだ……」





 その言葉は声になったのだろうか?

 




 だけど、君が微笑む。





「多分……ずっと前から……」





 俺の声と同じくらい震えた指先が俺の頬へと触れる。





「私もよ」

「…………」

「だから、泣かないで」





 ――この幸運を一体誰が与えてくれたのだろう?

 俺の頬へ添えられた柔らかな手を掴む。

 


 目の前で閉じられた美しい瞳――それから、俺達は子供のようなキスをした。


 

 ◇◇◇



 五年後――。


 俺の隣には、ずっと君がいる。

 

 ねーねー。

 ところで、ずっと気になってたんやけど、隣国は大丈夫なん?

 

 んん?? 

 君の結界がないと――。

 隣国だけじゃない、この王国も含めた大陸中がヤバいん?




 マ?(三回目)

 俺氏、それ初耳やで?




 君、五年間、のほほんと紅茶飲んで、俺氏と暮らしてたけどいいん?


 んん?

 聖女のお仕事は――大事な案件ヤバいヤーツは直接やってるけど、他の雑務は(俺と再会してすぐに)優秀な後輩を育て上げて完全に任せている、だと?


 へ?

 誰?

 ん?

 あの毎月、月初めにやって来るフォルテさん?

 ふぁっ?

 あの人、教会が派遣してくれたお世話係の人やって言うてたやん?

 えっ、心配するから黙ってた?

 あと、次代の聖女として育ててる。

 あー。

 確かに五年前と比べて、げっそりしてる感は否めない。

 大丈夫か、フォルテさん。

 気の毒すぎりゅ。

 そうか……。

 あの人のおかげで俺達はこうしていられるのか、次からこれまで以上に、もっそー優しくしよう。


 俺が困ったと頭を掻いていると「その顔が好きよ」と愛おしい目をして羽美が笑う。


 その腕の中には――朝の光のような眩しい金色の髪の少女が眠っている。


 今日で四歳になるというのに、まだママにベッタリだ。


 俺が汗で張り付いた前髪を横へ流すと、レーナが目を覚ます。


「……パパぁ?」


 甘えきった声にトゥンクと俺の心臓が鳴りゅ。


「レーナ……」


 今度は羽美の指先がレーナの髪を優しく梳く。

 レーナは擽ったそうに笑う。




 幸せな光景だと思う。




「レーナ、今日はパパが街で好きな物を買ってやるからな。何がいい?」


 

 何せパパは富裕層Sugeeeしてるから、レーナが欲しいものを買えるくらいのお金はあるんや。

 

 そう言うと、レーナが四歳とは思えないような大人びた表情で微笑む。 






 そして――。

 俺達に向かってレーナが目一杯、両手を伸ばした。


 





「あたしは……パパとママがいればなーにもいらないよ?」




 

 


 俺と羽美は顔を見合わせる。

 あの女神もあの天使も、何も言わなかったけれど――。





 この幸運を与えてくれた君へ。



 


 俺達も――手を伸ばした。


 







『美人ギャルからの相談に乗っていただけなのにいつの間にかガチ恋されていた件』完。



 ◇◇◇



 無事、完結出来ました。

 沢山の応援、評価、ブックマーク等を頂けたお陰です。

 読者様にSSS級の感謝を捧げます。

(最後、お待たせしてすみません)

 お読みいただきありがとうございました。

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