第7話

[黒川礼奈視点]


 羽美が帰ってから、ずっと柏田君を目で追ってしまっていた。


 だって……。


 八雲さん達、さっきまであんなに大変そうだったのに、柏田君が来てからは、凄く円滑に仕事を進めていて……お客さん達と軽い雑談まで出来るようになっていた。

 

 羽美なんか……。

 安心しきった顔しちゃってさ……。


「眠くなったから帰る」とかまで言い出すんだもん……。


 でも、柏田君の仕事を見ていたらわかるかも。

 この人の仕事の先には、いつも誰かへの思いやりがあるんだなーって思えるから。


 たまにパパから頼まれて、雑誌のモデルをするくらいしかバイト経験のないあたしが偉そうなことは言えないけど。

 

「あたしも、もっと仲良くなりたいなー」


 ボソッと呟いた自分の本音に顔が熱くなる。

 多分、これには他意はない、はず。

 大丈夫!羽美の前でも言えるし。


 でも……天童君の前では口が裂けても言えないな。

 柏田君に迷惑が掛かるし。


 はぁ……。


 急に嫌なことを思い出して、思わず深いため息が出てしまう。


 ずっと返事をしていない天童君からのライン……。


『土曜日に洋輔の家でタコパして、夜は花火をするから礼奈も参加しろよ。剣二や瀬奈達も来るから、きっと楽しいぜ』

『返事ないけどよー。具合でも悪いのか?なんかあったら俺に言えよ。すぐ駆けつけてやるからな』

『着信』

『着信』

『着信』

『おい、無視すんなよ』

『もしかして瀬奈達に焼いてんのかよ?俺がモテるのは仕方ないだろ。瀬奈達が来るのが嫌なら、その日は俺だけお前ん家に行ってもいいんだぜ?そう言えば、まだ二人きりで遊んだことねぇよな』

『着信』

『着信』

『着信』


 既読と着信無視をしている時点で空気を読んで欲しい。 


 はあ。

「別れたい」とあたしから言えたらいいのに。


 きっと、天童君は女子達の間でどんな弊害があるかもわからないんだろうな。


 こっちが自然消滅にしたい気持ちをわかって貰えればいいんだけど……。


 一学期の終わり――。

 騙されるように連れて行かれたクラス会で……周囲から一斉に天童君を勧められた。


 天童君もみんなの前なのに「頼むからお試しで」って、執拗に言って来て、あたしは中学時代のトラウマもあって、いつものように上手く流せるような状況でもなくて……。


 でも、あの時の――「お試しなら」と答えた自分をバカだと思う。


 あーあ。

 初カレだったのに……。


 本当はもっと優しい人で、他人に思いやりの持てる人で……。






 そう、例えば……。






 柏田君のような人だったらよかったのに……。


 




 ◇◇◇

 


 いつもお読みいただきありがとうございます。

 皆様に読んでいただけて幸せです。

 次話も黒川さん視点です。

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