第44話 至高の双剣

 翌朝あああ。急速に目が覚めた俺は、普段の自分なら到底できないだろう速度で出かける準備をすると、家を出た。


「あんみつ、行ってくるわ!


 俺は矢継ぎ早にリビングの方に向かってそう言うと、ダッシュで店まで向かった。

 距離にして、徒歩30分程度の場所にある。全力で走っているため、すれ違う他の人は驚いたような顔をしているが意に介さない。


 だって、その向こうにあるのはワクワクだから。


 目的地に着いた俺は、服の襟をパタパタと扇いで涼む。

 ここに着くまでに大体5分か。流石にちょっと全力を出しすぎちゃったかな。

 けどまぁ、被害が出てないんだから問題ないだろう。


 その建物は広く、中からは鉄を叩く音や、冷却するときのジュウウという音。

 それから鉄や煙の匂いが蔓延していた。嫌がる人も いるうだろうが、俺は結構気にいっている。


 職人さんたちの働きを見ているのも楽しいので、じっと見つめていると、不意に横から声を掛けられた。


「よう、アンちゃん。ほんと鍛冶作業を見るのが好きなんだな」


 そう声をかけてきた大柄な男性は、スキンヘッドで肩から腕にタトゥーを彫っている、初見では間違いなく「ああ、危ない人だ」と思ってしまう人相をしていた。

 実際俺も最初に出会ったときは逃げだそうとしたさ。


 だが、話してみると意外と良い人なんだ、これが。

 今ではたまに飲みに行ったりしているくらい仲が良い。


 名前は|室山(むろやま) 英司えいじ

 俺は先程の室山さんの問いに答える。


「ええ。きちんとした鉄が次第に変形する様子、それを繊細に扱う職人さんたち、っそして出来上がる見事な武具。感嘆の言葉しか出てきませんね」

「そうか」


 室山さんは嬉しそうに目を細めて笑った。


「おお、そうだそうだ。今日はお前さんの注文品の受け渡しの日だったな。いやはや、最近記憶力が……」


 そんな事をぶつぶつと呟きながら、室山さんは工房奥の奥へと引っ込んでいく、

 まだ30代中盤だけどな、あんた。なんてツッコミは野暮なのでしないが。


 程なくして、工房の奥の方から室山さんが何やら大きな包みを抱えてもってきた。

 そして、何やら自慢げな表情をこちらに向けてきた。


「開けてみな」

「それじゃ、お言葉に甘えて……」

 

 それに包まれていたのは、二振りの剣だった。

 依頼したの双剣だから当たり前なのだが、その美麗さは一つの極致に立っていた。


「こ、これは……!?」


 その剣は、片方がラピスラズリのような淡い水色の輝き、もう片方はルビーのような真っ赤な鞘に納められていた。刃渡りは目算30センチほど。これがあれば、今までよりも戦いも楽になるし、良い戦闘ができるだろう。


「素材はほぼほぼ全部お前さんが持ってきたモノだ。青い剣の方はスノードラゴンの鱗や爪を、赤い剣は溶岩竜の素材をふんだんに使ったシロモノだな。溶岩流は元の耐熱性能がけた違いだったから、一番苦労した部分だったぜ」

「試しに持ってみても?」

「もちろんだ」


 俺は双剣を鞘から抜き払うと、舞いを踊るように一心不乱に剣を振りまわす。

 なんて軽いんだ。羽を振っているようだ。


「もう答絵には気付いてるだろうが、グリップはエルダーツリーの木を使ってる。それから、いくつか仕掛けを施してあるが……ま、それは自分で考えるこった」


「そんなものまで……」



 それを聞いた俺はそれだけでは飽き足らず、マジックポーチから使い道のない大剣を取りすと、そこに向かって双剣を振るう。結果は、双剣の圧勝だった。まるで豆腐を切るときののような感触で、大剣はまっぷたつに切断された。

 それに、一つも刃こぼれが見受けられない。


 折れた大剣をマジックポーチにしまいながら、俺は感動する。


「お、お前……それ……」

「? どうしました?」


 室山さんの顔を見ると、目と口をかっぴらいてありえないものを見るような表情をしていた。


「バッカ野郎! その剣のフォルム、間違えない! 聖剣デュランダルじゃねえかあああああっ!?」

「え、あ~……これがそうだったのかぁ。俺、大剣なんてめったに使わないから知りませんでしたよ」

「お前なぁ……」


 親方である室山さん悲痛な叫びが周囲にこだまし、職人さんたちが何ごとかと振り向いてくる。


 仕方がない。あんまり目立ちたくはなかったが、自分が蒔いた種だしな。


≪完全修復 オール・リペア≫」


 真っ二つにあったデュランダルに手をかざすと、不思議な光が発生し、見事元の形に戻っていた。


「ふう。室山さん、これいらないからあげますよ。良い研究対象なんでそ?」

「そ、それは助かるが…なんなんだよその魔法は……」


 俺は自分の唇に人差し指を当てて他言無用とジェスチャーをする。

 さらに風呂敷を開くと、新品の鞘入れやポーチ付きのベルトが入っていた。


「室山さん、これは?」

「あ、ああ、サービスだよ。お前、探索者になってから一度も装備更新してねえだろ?」

「言われてみればたしかに……」

「お前なぁ……そんなにダンジョンを舐めてると、いつか死ぬぞ?

「返す言葉も無いっスね」


 軽く呆れた顔で室山さんにそう指摘されてしまう。

 ごもっとな意見だ。

 とはいえ、ダンジョンで死ぬなら本望だ。

 どうせ常人に話しても理解されないだろうが。


「まぁいいか……。お前のことだ、どうせ何かが起きても余裕の表情で帰ってくるんだろ?

「アハハ……まぁ善処はしますよ」


「どうだか」と言って笑う室山さんに、俺は札束を渡す、


「ん? なんだこりや」

「今回の依頼の報酬金ですが……足りませでしたか?」

「いやいやいや、足りる足りないの話じゃない! こんな額は受け取れねえって話だだ! 何ならデュランダルの件もあるし、こっちから金を払うべきだろ!?

 」


 それから暫く、受けとる・受け取らないの応酬が続き、結局は次にここを訪れたときに一本だけ無料で武器を作ってもらうということで話がついた。室山さんはまだ不服そうな顔をしていたが、諦めてほしい。適切な仕事には正当な評価を、というのが俺のポリシーなのだから。


 その後、借り物だった短剣を返していると、ふと室山さんが口を開いた。


「そういやお前さん、その剣の銘はどうするんだ?」

「銘、ですか。てっきり室山さんが付けてくれると思ってたんですが 」

「馬鹿言うんじゃねえよ。職人ってのは、依頼を請けて、その要望通りに物を作るのが仕事だ。銘は使い手が決めるモンなんだよ。少なくと俺はそう思ってる」


 室山さんの発言を聞いて、俺はなるほどなと思った。

 人に決められた名前より、自分でつけた名前の方が愛着が沸くもんな、


 それから、新たなベルトに挿した鞘から双剣を抜くと、天に掲げる。

 刀身は太陽の煌めきの影響か、キラキラと光り輝いていた。


 この剣たちとならば、どこまででも行ける気がする。

 深淵を越えた新天地。噂だけが流れている場所にも行けるかもしれない。


 だから俺は、双剣にこう名付けた。


「──ニライカナイ」


 それお聞いた室山さんは、俺の肩をバシッと叩いた。


「いい名前じゃねえか! せいぜい、大事に使ってやれよ?」

 ’「はいっ!」


 それから俺は親方の室山さんと工房の皆さんに挨拶をして、その場を後にする。

 気付けばもう昼過ぎだ。昼休憩が終了してしまった社会人たちは、俺の配信を見れないだろう。申し訳ないが。


 工房を出ると、外はすっかり太陽が真上に登っており、セミがやかましく鳴いていた。慌てて時刻を確認すると、13時。まだ間に合う時間だ。

 俺は焦ることなく、しかし早歩きで駅へと向かう。


 難関とうたわれる練馬ダンジョン。どれほど凶悪なダンジョンなのかと想像するトワクワクが止まらない。ああ、早く行って思いっきり暴れてやりたい。


 だが──だが、頼むから、もうイレギュラーとか悪魔は無しでお願いしますんね、神様。

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