第43話 予想外の来訪者


 目の前にいる美少女は、俺でもテレビで見たことがある。

 銀髪のストレートロングにアメジスト色の瞳。人形のように綺麗で端正な顔立ち。

 ソロで深層まで攻略して、激レアアイテムを手に入れ、億万長者になったという噂の少女だ。それが何故、日本の──しかも俺の家に来ている?


 疑問がぐるぐると頭を駆け巡る中、少女は形のいい桜色の唇を開いて言った。


「は、初めまして。今日隣に引っ越してきた、ステラ・クルヴィネンと申します」

「あ、えっと、はい。どうも、東雲 千紘です」

「あの、これ……つまらないものですが」

「ああ~、すみませんお気遣いいただいて。ありがとうございます」


 ステラは紙袋を手渡してくる。

 それにしても、なんて流暢な日本語なんだ。ネイティブか? というくらいに発音も言葉遣いもしっかりしている。


「それにしても、今どき挨拶なんて珍しいですね」

「そうなんですか?」

「ええ。だってここアパートやマンションじゃない、ただの住宅地ですし。それに、大体の人が引っ越してきても無挨拶ですよ」

「そうなんですね。ですが、母からマナーはしっかり順守しなさいと口すっぱく言われたので」


 そう言うと、ステラは顔をほんのり赤らめて俯く。


「いや、良い心構えだと思いますよ。立派です。なんて、ちょっと上から目線すぎちゃいましたかね」

「そ、そんなことありません!」


 ステラはぐいっと体を近づけてくる。

 いたたまれなくんなった俺は、悟られないようにやんわりと距離を取った。


 まだ帰る気配が無いステラに困惑しつつ、俺は会話を切り出した。


「あの、立ち話もなんですし……よかったらあがっていきますか?」

「いいんですか!? ぜひ!」


 ステラは目を輝かせると、嬉しそうに頷く。

 いやピュアすぎるだろ……下心があったらどうするんだよ。


 ステラの危機意識のなさに若干の不安を覚えつつ、家の中に案内する。


「わぁ……」


 特に面白いものを飾っているわけでもないのだが、ステラは楽しそうに部屋の中を見渡している。


「お茶でも淹れますから、適当に座っててください。あ、紅茶でいいですか?」

「はい、ありがとうございます!」


 笑顔で頷くステラの反応を見て、俺は台所にたつと給湯器の電源を入れ、その間にステラが差し入れてくれたお茶菓子の用意をする。

 程なくしてお湯が沸いたので、カップにティーバックを入れて、その他用意した諸々をお盆に載せてステラの元に向かう。


 ステラは楚々とした振る舞いで座布団に座っていた。


「お待たせしました」

「いえいえ、ぜんぜんです!」


 ステラはそう言うと、にっこりと笑った。

 俺はステラの対面に座ると、紅茶に口をつけた。


 うん。ちょっと高めのやつ買ったから美味しいな。

 ステラも紅茶を飲んで、ほっとした顔をしていた。


「それで、ステラさんは何で日本に?」

「ある人に会いにきたんです」

「へぇ、有名人ですか?」

「うーん、そうですね。有名といえば有名かもしれません」

「もう会えたんです?」

「はい! 実物を見て、やっぱり胸がドキドキしました!」


 羨ましいな、と思った俺だったが、黙って言葉の続きを待つ。


「とにかくかっこよくて、強いんです! 次々とモンスターを倒していく姿は圧巻で……!」

「ステラさんみたいな美少女がファンなんて、その人は幸せ者ですね」

「え?」

「ん?」


 ステラは不思議そうに首を傾げ、俺も状況がいまいち掴み切れず首を傾ける。


 だが、次にステラが発した言葉で俺は吹っ飛んだ。


「私が会いに来たのって、東雲さんですけど」

「……ほわっつ?」


 今の俺は、どんな顔をしているんだろう。

 まともな顔じゃないのは確かだ。


 だが、ステラはそんなこと意にも介さないように畳みかける。


「やっぱり凄かったのは、ディーバドラゴン戦ですよね! まさか相撲? で倒すなんて、思ってもみませんでした!」

「それって俺がバズってけっこう最初の方の配信じゃ……」

「はい! mutterで凄い日本人がいると聞いて、リンクを踏んでみたんです。そしたら、東雲さんの配信に立ち会えました!」

「まさかとは思うけど、ウチの隣に引っ越してきたのって……」


 嫌な予感がして聞いてみると、ステラは背筋が凍るような発言をした。


「はいっ! ネットで調べたら住所が晒されていたので、これはチャンスと思って勢いに任せて来ちゃいました!」

「はあ……」


 俺は頭を抱えて深く溜息を吐く。

 まさかネットにまで俺の個人情報が飛んでるとか……俺のプライバシーどこ?


 まあ、美少女だから許せるけど、これが体毛の濃いハゲかかった中年男性だったら、殴り飛ばして追い払っている自信がある。やはり世の中は顔なのだ。南無三。


「あの、千紘さんって呼んでもいいですか?」

「え? ああ……はい、まぁいいですけど」

「やった!」


 ステラは胸の前で小さくガッツポーズをする。

 何がそんなに嬉しいのか本気で分からない。まだ出会って少ししか経ってないし。

 これはアレか? 危ないタイプの人なのか?

 美少女なのは嬉しいことだが、危ない人はちょっと……。


 そう思っていると、ステラはこっちを見てむすっとした様子を見せた。


「な、なんです?」

「今失礼なこと考えたでしょう。危ない人かもしれないなー、とか」

「そ、そそ、そんなことないですよ?」


 恐ろしい。

 俺の身の回りにいる女性たちもそうだが、なぜこうも女性は勘が鋭いのだろうか。

 何かしらの異能力を持っているに違いない。

 

「まぁ今回は許してあげます。ふふっ、それじゃあ、今日はこれで失礼しますね。紅茶、ごちそうさまでした。これからよろしくお願いしますね、お隣さん・・・・


 そう言うと、ステラは去っていった。


 俺はステラを見送ると、そのまま壁にもたれかかって座り込んだ。


 まったく、ここ最近は人との絡みが多すぎる。


 小鳥遊から始まり、皐月、皇、小鳥遊の妹であるつむぎとご両親、凪人、トキさん、それからステラ。人生の歯車が大きく動き出してきた気がする。


 ずっと停滞ばかりだった。何度も心折れ、挫折した。

 そんな俺の心の真っ暗な闇に、一筋の光が差してきた。


 もはや、うじうじしないどころではない、俺はトップを目指してやる。


 そう決意すると、立ち上がった。

 体は羽根のように軽い。明日、工房に行って新しい武器を貰ったら早速ダンジョンに潜ろう。それも、アホみたいに難関と呼ばれているダンジョンに、だ。


 mutterを開き、あらかじめ宣伝する。

 バズったおかげでフォロワー数はとんでもない数になっている。


 ─────────────────────

 千紘@底辺ダンジョン配信者 2083年7月3日


 明日は練馬ダンジョンに潜ります。

 拡散よろしゅう

 ─────────────────────


 そんな呟きを投下した瞬間、怒涛の勢いでついていく「いいね」とリマターされていく。その光景を見て、俺はほくそ笑んだ。


「にゃーお」

「ん、どうした? あんみつ、腹でも減ったか?」

「んなおーん」


 どうやら空腹を知らせに来たわけではないらしい。

 単純に甘えたいだけのようだ。

 あんみつを抱きかかえると、柔らかくふんわりした感触と、ほのかな温かさが腕越しに伝わってきた。


「あんみつ、俺、明日がんばるからな。応援しててくれよ」

「にゃーお」


 返事をしてくれるあんみつを撫で、床にゆっくり下ろしてやる。


「さて、それじゃ俺も寝るかな。明日は忙しくなるだろうし」


 やることはもう全て済ませた。

 疲れた体をほぐすように背伸びをすると、ポキポキと小気味のいい音が鳴った。

 そのままベッドにダイブする。あんみつもやってきて、俺の横でまるまると、ゴロゴロと喉を鳴らしながら眠りに就いた。


 俺もあんみつを撫でてその毛並みを楽しんでいると、いつの間にか眠っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る