第38話 小鳥遊とのデート


 いつもの如く自室のソファーに寝転がって、mutterを開く。

 トレンドには、まだ俺の名前が堂々と居座っていた。


 ほんの少し。ほんの少しだけ興味が湧いた俺は、それをタップしてみる。

 すると大量に俺に向けて送られる賞賛のつぶやき。

 俺は面食らってしまって、ソファーに倒れこむ。


「はぁぁぁぁぁ……」

「にゃーん?」


 あんみつが寄ってきて、俺の手を舐めてくれる。

 ちょっとザラザラしていてくすぐったいが、それがまたイイんだ。

 人によっては「痛いからやだ」なんて言う人もいるが、俺は大好きだ


 コーギーとかも飼ってみたいな。

 あの食パンのようなフォルムが走るというだけで可愛いし、きちんと躾をしてやれば無駄吠しなくなるらしい。それに、犬は人の気持ちが分かるなんていうしな。


 そう考えていると、ちょうど胸の上あたりに乗っているあんみつが猫パンチをしてきた。爪は出ていないが、表情は不満気だ。


「まさか……お前、俺の思考読んだ?」


 びたーん。尻尾をソファーに叩きつける音。


「俺のペットはあんみつだけでいいって?」


 びたーん。


 うーむこれは……。よし、少しからかってやるか。


「嫉妬? 嫉妬なんですかあっ!?」


 俺はふざけて、あるゲームのキャラクター真似をしてみる。

 …………おもいっきり殴られた。


 と、机に置いてあったスマホがピリリリと振動した。


 何気なく手にとってみると、そこには『小鳥遊 彩矢』との文字。


「……もしもし」

『ひゃっ! あの、その、どうも。こんにちは』

 

 こんなにコミュ障だったっけ、と俺は首を捻る。

 

 当然俺も小鳥遊の配信は見ているが、いつもの彼女は、堂々として凛々しいイメージだ。だというのに、今の小鳥遊は小動物んようにチャカチャかしているような音が聞こえる。この挙動不審っぷりはちょっと面白い。


「大丈夫ッスよ、ゆっくりで」

『ありがとうございます。すぅ……はぁ』


 小鳥遊は一度深呼吸をすると、言った。


「わ、わたしとご飯でも行きませんかっ!」


 俺はそれを聞きながら、最近のことを思い出していた。。

 なんでこいつら、誰も彼もが飯に誘うんだろう、と。


 俺は二つ返事で了承し、着替えの準備をした。


 今回は電車を乗り継いで、駅前へ向かう。

 小鳥遊はまだいないようだ……と思っていると、背後からがっしりと腕を掴まれた。


「っ!?」


 慌てて振り返ってみると、そこには大きな帽子とサングラス、それにマスクをつけた、誰かどう見ても不信者な女性小鳥遊が立っていた。


 この間俺が推薦した、青いネクタイのついたオーバーオールを着ている。

 小鳥遊は人差し指を口元に当てながら、サングラスをずらした。


 そこから見える目の色。それはまごうことなき小鳥遊 彩矢そのものだ。


「そんな恰好してどうしたんだよ、小鳥な……ムグッ!?」


 思わず名前を呼びそうになったところで、慌てて口元を抑えられる。


「静かにしてって言ったじゃないですか!」

「ごめんごめん、これは完全に俺のミス」


 両手を上げて降参のポーズを取ると、小鳥遊はやっとその手を離してくれた。


「しっかし、有名人ってのも大変なんだな」

「何言ってるんですか? 東雲さんだって、もう立派な人気者じゃないですか」

「はへ?」


 確かにネット上で俺のファンになってくれている人は多いが、現実ではまったく交流がない。リア凸されたこともなければ、ポストに怪文書が入っていることもない。


 だからこそ、小鳥遊の不安に疑問を晴らそうとして──


「ねえ、あれ東雲くんじゃない?」

「またまたそんなこと言って……え?」

「本物だ……本物の東雲がいるぞ!」

「握手! 握手してください!」


 とんでもない状況に飲み込まれてしまっているのが分かった。


「た、たたた、小鳥遊さん、どうすれば……?」


 小声で問いかけると、小鳥遊は大きく溜息を吐いた。


「しかたないですね、魔法で逃げますから、しっかり私に掴まっててください」

「お、おう。わかった」


 俺は小鳥遊の肩にしがみつく。


「ではいきますね、≪浮遊フライ≫」


 小鳥遊がそう唱えた瞬間、ふわっという浮遊感とともに猛スピードで地面からの距離が大きく開いていく。こりゃ落ちたら終わりだな。


 そう考え、肩に掴まるだけでは安心できなくなった俺は、手をもっと下のほうに回し──むにゅん。何か柔らかいものに手が当たってしまった。


「ひゃうっ」


 小鳥遊の口から、甘い声が漏れ出る。


 フ、俺はラノベ愛好家だから、これがなんあのか分かる。

 おっぱいだ。バベルの塔だ。マチュピチュだ。

 後半何を言っているのか自分でも疑問に思ったが、まあいいだろう。


 小鳥遊は顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけてくる。

 やってしまったことは仕方ない。ここは潔く謝ろう。


 俺は即座に爽やかスマイルをキメると、言った。


「すまん、手が滑った! だけど俺は悪くない!」


 この直後、グーパンが飛んできたのは言うまでもないだろう。




 ◇◆◇




 俺たちは目的の場所に着くと、顔を見合わせた。

 そこはファミリーレストランだった。だが、聞いたこともない店名だ。

 多分、ここにしかない店なんだろう。


「美味そうな店だな。中に入るまでもなくわかる」

「そうなんです! 特に、ハンバーグかナポリタンがおすすめですね!」

「小鳥遊は何回かここに来たことあるうか?」

「何回とかじゃなく、頻繁に来てますよ! 常連、ってやつですね」

「へぇ」


 俺たちは木製のドアを開けると、中からはとてつもなく良い匂いがしていた。恐らくハンバーグを焼いているんだろう。店内を見渡すと、時間が時間だからかまだそこまで客は多くなかった。


「いらっしゃいませ~! 空いているお好きな席へどうぞ~! って、あれ……彩矢ちゃん?」

「やっほー秋穂ちゃん。今日も来ちゃった」

「ああ、うん。それは全然嬉しいからいいんだけど、そちらの男性は……?」

「この人はね、ダンジョンで死にかけていた私を助けてくれた優しい人なの! それから、えっと、私にとってす、す……素敵なお師匠さまなんだ!」

「初めまして、東雲 千紘です」

「ご丁寧にありがとうございます。私は芦屋あしや 秋穂あきほといいます」


 秋穂はそういって、ぺこりと頭を下げる。

 茶色のセミロングをした、綺麗な女子だ。


「おーい秋穂、モタモタしてないでさっさとせんかい!」

「ごめんねお父さん! そんなわけだから、また今度じっくり。ゆっくりしてってね!」


 自己紹介を済ませていると、秋穂の父親が秋穂を呼んだ。

 秋穂は最後にペロッと舌を出すと、厨房の方へ戻っていく。


 俺たちは空いてる席を探して見つけると、そこに座った。

 小鳥遊は俺の向かいの席に座った。

 皐月のときとは全く違う。

 隣に座って体を密着させてくることもなく、耳元で囁いてくることもない。


 そこに安堵しながらメニュー表を互いにチェックし、店員さんを呼ぶ。

 なるほど今回は秋穂さんじゃないのか。まぁ、そりゃそうだよな。

 人気店っぽいし、少人数で働ける環境じゃないだろう。


「いや~ワクワクしますねぇ」

「何回も来てるのにワクワクもクソもないだろ」


 そういうと、小鳥遊はぷくーっと頬を膨らませる。


「ご飯っていうのは、待っている間が一番楽しいんです! それは……確かに食べている時も美味しくて幸せですが、とにかくそういうことなんですよ!」


 何だか力説されてしまった。

 そうこうしている内に、料理が運ばれてきた。


 俺が頼んだのはホワイトソースのかかったオムライス。

 小鳥遊は案の定ハンバーグプレート。

 更に、付け合わせには味噌汁までついてきた。


「わぁ~……!」


 目を輝かせて料理を見つめる小鳥遊。

 一瞬スマホで写真でも撮ろうかと思ったが、やめた。

 どうせ誰に見せるわけでもないし、腹に入ってしまえばなんでも一緒だから。


 それに、温かい内に食べるのが作ってくれた人への礼儀というものだろう。


 俺は小鳥遊と顔を見合わせ、それから言った。


「「いただきます」」


 スプーンですくって食べると、今まで食べてきたどんな卵よりも甘みと旨味があった。ホワイトソースには若干カレー粉が入っているのか、これが絶妙に美味い。

 それだけじゃない。味噌汁は出汁がよく滲んでおり、ほんのりとした塩気が効果抜群で、これだけでもご飯3杯はいける自信がある。


「美味すぎる……」


 ふと顔を小鳥遊の方に向けると、彼女は先程迄のだらしない笑顔はどこへいったやら、本当に幸せそうな笑顔でご飯を食べていた。


 が、俺の視線に気付いたのか、小首を傾げる。


「東雲さん?」

「っ、ああ、いや。美味しうに食べてるなと思ってな」

「そうでしたか! ちょっと食べて見ますか? 実は私も、東雲さんが食べているオムライスが気になってるんです」

「ああ、別に構わないぞ」


 そう言うと小鳥遊はぱぁっと顔を綻ばせて喜んだ。


「それでは、交換タイムです~!」


 そう言って俺の皿と小鳥遊の皿が入れ替わる。

 当然、口を付けたスプーンもそのまま。

 だが、小鳥遊は意に介することもなくオムライスを切り分け、


「ちょ、待っ──」


 ぱくり。普通に食べてしまった。


「わぁ~、これすっごく美味しいですね! 東雲さん、注文のセンスもあるんだなぁ。って、あれ? 東雲さん? 東雲さん!?


 ハッと我に返った俺は、辺りを見渡す。

 どうやら迷惑客とは思われていないようだ。


「あ、やっと起きた。もう、心配したんですからね!」

「悪い悪い」


 俺は内心で「おまえのせいじゃい!」と叫びつつも、愛想洗いを浮かべて誤魔化した。しかし、この子は気付いているんのだろうか? 自分のしでかしたことに。


 更に見れば、あれだけあったオムライスがもう半分になってしまっている。


「ていうかさ、小鳥遊さん……」

「はい? って、ああっ! あまりにも美味しくて,こんなにも食べちゃいましたごめんなさい!」

「いや、それはいいよ。まぁ欲はないけど」

「えっと、何か他に問題が……?」

「そのスプーン、俺が使ってたやつ」


 余程の馬鹿でなければ、ここまで言えば気付くだろう。所謂、間接キス。

 小鳥遊もようやく状況を理解したのか、どんどん顔が赤くなっていき──


 ゴンゴンとテーブルを叩きながら突っ伏した。


「違うっ、違うんですううう! まさかそんなことに気付かないほどお料理に興味があったわけじゃないんですよ!」

「うん、墓穴掘るのすごいね」


 もしこの様子を配信していたら、きっと笑いの嵐が収まらなかっただろう。

 それからゆっくりと食事を終え、家に帰るための帰路の途中。


「東雲さん、今日もありがとうございました」

「気にすんな」

「ふふ、そうですか」


 俺は、はたと足を止める。


「なぁ小鳥遊さん」

「はい?」

「俺って、女たらしに見えるか?」


 先日、皐月に言われたその一言。

 それがどうしても胸につっかえて消化できずにいる。


 小鳥遊はほんの一瞬だけ何かを考えると、笑顔で肯定した。


「はいっ、そう思いますよ?」


 その発言に大層なショックを受けた俺は、両膝から地面に崩れ落ちる。


「そんな……俺の評価が、女たらしに……? 嘘だ……嘘だドンドコドーン!!」

「ドンドコドン?」

「ああ、やっぱり小鳥遊は知らないよな。だいぶ昔のネタだし……」

「へぇ、そんなのがあるんですね。あ! 家だ!」


 小鳥遊に釣られてその白くて細い指先の後を追うと小鳥遊家が見えた。


「もうここまで来たら大丈夫だな」

「そうですね、ありがとうございました! これからも是非、仲良くしてくださいね!」

「もちろん」


 そう言って、俺たちは別れた。

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