第22話 滾る葛藤

 自室のベッドでごろんと横になる。

 実家からは既に帰ってきたところだ。あんまり長居しても迷惑になるし、正直に言ってしまえばダンジョン配信ができないから。


 家族は「もっといればいい」と言ってくれた。

 その気持ちは嬉しかったが、罪悪感の勝った結果だ。


 毎日勝手に食事ができていて、勝手に風呂が沸いていて、勝手にベッドが整理されている。そこにありがたい気持ちを抱いたときこそ、親離れできた証なのだろう。


 なんとなく感覚で、mutterを開く。

 この感覚は、いわゆるミュー廃と呼ばれる存在そのものらしい。

 ぼけーっとタイムラインを追っていると、気になるアカウントを見つけた。


「お?」


 そこに書いてあったのはこんな文言だ。


 :リワークされた神谷町ダンジョンを深淵まで攻略します

 【URL】...


 最初見たときは、馬鹿だろこいつと思った。

 釣りにしても、釣り針がでかすぎる。案の定「嘘松」だの「売名乙」だの、散々な叩かれようだった。そういう暴言の類は見ているだけで嫌な気持ちになるので、俺はそっとそのツリーを閉じる。


 あ、別に俺に対する暴言は平気だよ?

 だって仮にリア凸されても余裕で捻り潰せるし。

 だけど、他人が攻撃されているのを見ているのはいたたまれない。


 そんな感じだ。

 まぁ、頑張ってくれたまえよ、名もなき探索者くん。


 心の中で、本当に行くかどうかも分からない探索者相手にエールを送る。


 ふと、スマホが鳴った。

 小鳥遊からだ。


「おー、どったん?」

「あ、東雲さん。今からダンジョンに行きませんか?」

「ダンジョンってあの、神谷町の?」

「ですです。ボスモンスターがリポップしたというので、どうしても気になって」

「あー……まぁいいけど、多分徒労に終わるぞ」

「ふえ? なんでですか?」


 不思議そうな声を上げる小鳥遊に、俺は先程の呟きのリンクを送ってやる。


「ふわぁ、すごいですね、こんなに小さい子がソロで下層まで潜ってるなんて」


 小さいのはお前もやろがい、というツッコミは飲み込んで、返事をする。


「まぁ、そうだな。けど、下層にいるってことはここまでのボス全部倒したってことだろ? なら、どうせ何もない空間が広がってるだけじゃないか」

「ノンノンノン、甘いですよ、東雲さん」


 俺は首を傾げながら、小鳥遊の言葉の続きを待つ。


「いいですか? ダンジョンボスが復活するなんて、それこそ前代未聞の大事件なんです。もしかしたら、そのリポップは際限なく起こる可能性もなくはないと思いませんか?」

「むぅ……」


 小鳥遊の発言に唸る。なるほど、確かにそういう発想もあるか。

 もしもそうなれば、ダンジョンボスの素材は貴重ゆえに高級品、そんな概念が崩れ去って、物価の流れが変わるかもしれない。


 それになにより、またあの強敵たちと戦えるなんてワクワクするじゃないか。


「……いいだろう。その話、乗った」

「やった!」

「それじゃあついでに、コラボ配信もしちゃうか」

「あ、それいいですね! 実は私もそう考えてたんです」


 葛藤は既に、熱意へと変わっていた。


 軽くシャワーを浴びて、白いパーカーといつものズボンに着替える。

 これが俺がダンジョンに潜るときの正装だ。血が付いても問題ない。

『落ちる君』という万能の洗剤があれば、どれだけ染みついてカッピカピになった血の汚れも綺麗さっぱり落としてくれるのだ。


 武器も携帯用荷物も持った。俺は意気揚々と、玄関のドアを開くのであった。




 太陽の日差しが眩しい駅前。そこで小鳥遊を待っていると、こちらへ小走りで駆けよってくる人物が視界に入った。


「東雲さーん!」


 そういう少女は、小鳥遊だ。

 いや、もう19歳らしいので少女と呼んでいいのかは微妙なラインだが。


「ごめんなさい、お待たせしちゃって」

「いや、俺もついさっきついたばっかりだ。気にしなくていいよ」

「ふふっ、ありがとうございます」


 小鳥遊と並んで歩く。

 神谷町ダンジョンは、ここから行ってすぐの場所にある。

 いわゆる陥没型と呼ばれるダンジョンで、地面に穴が開いており、そこから出入りできるようになっているのだ。


「そこのお二人、探索者ライセンスの提示を」

「ッス」

「はい!」


 守衛さんに呼び止められ、俺たちはライセンスカードを提出する。

 一般人が入って悲惨な事件が起きないように、こうして警備している人がいるのだ。


「こ、これは……東雲さんに小鳥遊さん!? 自分、ファンなんです!」


 守衛さんは、目を真ん丸にすると、俺と小鳥遊を交互に見てびっくりしている。

 はて……小鳥遊に人気があるのは分かるが、何故俺まで?

 そうは思いつつも、折角の好意をすげなくするのは申し訳ないので、愛想笑いをする。


「わー! ありがとうございます~!」


 一方で、小鳥遊は持ち前の明るさで守衛さんと握手をしていた。

 恐るべきコミュ力だ。俺には到底真似できないだろう。


 小鳥遊と握手した守衛さんは、「俺もうこの手絶対に洗わないんだ……」とか呟いていた。いや、手はちゃんと洗いな? 


 そんなやりとりを挟んだあと、俺たちはダンジョンの内部に入った。


「それじゃ、まぁ……やりますか」

「はいっ!」


 俺たちは歩きながらそれぞれ荷物袋からD-Cubeを取り出して、起動する。

 そして操作をすると、キューブはブォンと重低音を鳴らしながら自力で浮かび上がった。どうやら配信は無事に始まったみたいだな。


 :きたああああああああ

 :全裸でまってました!

 :隣にいるのだぁれ?

 :あれ、あやちゃんじゃね

 :小鳥遊ィ! 生きとったんかワレェ!

 :勝手に殺すなwww

 :なんかあやちゃん目の敵にしてるやついてわらう


 始めた瞬間、洪水のように流れていくコメント欄。

 小鳥遊も小鳥遊で、リスナーたちに挨拶していた。


「今日はなんと、東雲さんとコラボしちゃいますっ!」


 途端に向こうのコメント欄がズザーっと流れていくのが見える。


「まぁ……お前ら聞いた通りな。今日は小鳥遊さんとコラボ配信だ」


 :すっご

 :偉業

 :うらやますぎる

 :おい小鳥遊、そこ代われ

 :尻尾振ってメスアピールしてんじゃねえぞ小鳥遊ィ!

 :東雲は俺のものだ!

 :えー、東雲ガチ勢も見てますw

 :あぁ~! 嫉妬の音ぉ~!

 :なんで急にコラボすることになったん?

 :たしかに

 :そこ気になる

 :詳しく説明求む


「あー、あれだ。ボスモンスターがリポップしたって情報がニュースで流れたろ? だからその調査にきた。際限なくリポップするのか、とか、はたまたそうじゃないのかとか」


 :なるほど

 :理解

 :あーね

 :把握

 :でもこんだけ探索者が戻ってきてたらその辺の情報出てもおかしくないけどな

 :ディーバドラゴンの時みたいに喰われたんじゃね?

 :はい不謹慎

 :それはさすがにライン越え

 :通報するぞ


 コメント欄でも議論が起きているようだ。

 確かに、暴走スタンピードを抑えて、その元凶になった魔物を倒した今、この神谷町ダンジョンは以前と同じ活気を取り戻しつつある。


 適当に歩いているとそこかしこで魔物と戦う探索者がいるのに、そういった情報は出回っていない。また厄介ごとの種が蒔かれているのか……?


「東雲さん、やっぱり変ですよね?」


 小鳥遊は肩を寄せると、俺の耳元で小さく囁く。


「なかなかいい情報がありませんね」

「ああ、そっちも同じ話題だったか。確かにこれだけ探索者がいて、リポップに関する情報が出回ってないのはおかしい」

「でも、ものすごーく楽観的に考えたらこうなりませんか? みんな自分のことにしか興味がなくて、ボスモンスターがどうしてリポップするのか考えてない、とか」

「さもありなん、って感じだな」


 俺は肩をすくめてみせる。

 今日の飯の種を稼ぐのに皆必死だ。特に、上層や中層で戦っている連中は。

 だから、ボスのリポップ条件なんて気にしていられないというのも一理ある。


 ま、原因が分からないんだ。とにかく進むしかないか。


 果たして中層へと続くボス部屋に辿り着いた。


 :ついたな

 :さて、鬼が出るか蛇が出るか……

 :がんばれー

 :ま、流石に中層のボスなんて皆倒してるし平気だろ

 :ただ今回は前例がないからなー

 :心配


 小鳥遊に顔を向けて、目を合わせる。


「んじゃ、行くぞ。覚悟はいいか?」

「はいっ!」


 そして俺たちはボス部屋の扉を開き──爆炎がこちらに飛来してくるのだった。

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